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2話(フレディックside)




討伐証明の手続きが終了するまでギルドの壁に寄りかかってある一点を見つめる。


いつもの俺の癖。


俺の視線の先にいるのはギルド受付嬢のミラ。

ガヤガヤと酒を飲んで騒がしい冒険者共に嫌な顔せず、いつも穏やかに笑っていた。


「ミラちゃん!今度飲み行こうぜ!」

「仕事がありますので。」

「冷たいねぇ」

「振られてやんのー!」


ギャハハと下品な笑い声。

俺にはとても不愉快だが、彼女にとってはそうじゃないらしい。

ギルドの受付嬢らしく淡々と答えているようでその声はとても優しい。

それがもし俺だけに向けられたらどんなにいいだろう。


そう考えたことだってある。

でも、俺には、それを伝える資格がなかった。




___________



「街の外に出てはダメよ!」


幼い頃から母さんに耳にタコができるほど聞かされてきた言葉。

でも俺はガキで、外の怖さも何もわかってなくてその日、言いつけを破った。


だって周りのダチはみんな外に冒険に出てるって言ってたから。

俺だってできるってところを見せないと弱虫だっていじめられるから。


そんなしょうもない理由だった。


出入りをする商人の場所に潜り込んで案外街の外には簡単に出られた。


初めて見る森、草原。広大な大地。


なんだ、何も怖くなんてないじゃないか。

そう思った俺は森の中に足を踏み入れた。


不思議なキノコ、本で見た薬草。

カバンいっぱいに詰め込んで母さんにも自慢してやるってそう意気込んでいた時。


ガサガサ…

草をかき分ける音がした。


小さくなって草陰から音の方を見てみたらそこにいたのはゴブリンの群れ。


俺と変わらない身長。

皺くちゃな顔。

鋭い牙。

涎をダラダラと垂らす姿はとても恐ろしくて、なんとか悲鳴を飲み込みながら後退りした。


後ろ見なかった俺が悪い。


ポキッと、小さな枝を踏んでしまった。


ギロリと向けられた視線。

腰が抜けて逃げることも叶わない。


もうダメだ。


ギャーギャー!と威嚇されて咄嗟に頭を抱え込んだ時だった。


「坊主!こんなところで何やってる!?」


毛むくじゃらなあの人は俺の前に立ってあっという間にゴブリンたちを切り捨てていった。


「ふぅ…」

「あ…あの…」

「馬鹿野郎!ガキは街の外に出るなって親は教えてくれなかったのか!?」

「違う!俺が…勝手に…」


助かったと言う安堵。

約束を破った罪悪感。

死ぬかもしれない恐怖。


それらが俺の中でぐちゃぐちゃになって涙が止まらなくなった。


そんな俺を見てあの人はやれやれと言った様子で乱暴に頭を撫でてくれた。


「街まで送る。」


差し出された大きな手を掴む。

すごく暖かかった。


「坊主お前いくつだ?」

「10歳」

「俺の娘も明日でちょうど10歳なんだ」

「そうなんだ」

「これがまた可愛くてな…

あ、嫁にはやらんぞ?」

「別に…いらないよ」

「あ゛ぁん?俺の娘が可愛くねぇってのか!?」

「そんなこと言ってないよ!!」

「俺より強いやつじゃないと認めねぇ!!!」


そんな他愛もない話をしていた。


爽やかな風が駆け抜けて木々の隙間から見える木漏れ日が綺麗だった。


あの人の背中は分厚くて腕が回らなくて、親父を早くに亡くしていた俺にとってはなんだかすごく安心できるような。


「坊主、お前は…」


あの人が何かを言いかけたその時森の野鳥が一斉に飛び上がって、虫たちの声も止んだ。


不気味なほど完全な静寂。

先ほどまでの温かい森とは違う。

ピンとした張り詰めた空気が辺りを包み込んだ。


「…なんだ?」


あの人が眉を顰めたその瞬間


「キャー!!!!!!」


森じゅうに大きな悲鳴が鳴り響いた。

一瞬でただ事じゃないことがわかった。


あの人も先ほどまでの親バカはどこへやら真剣な表情で俺の頭を押さえ込んで草陰に隠れて様子を伺う。


そして腹の底に響く地響き。


やがて現れたのは俺の住む家くらいでかいグリズリーだった。


先ほどの悲鳴をあげたであろう冒険者の肉を貪るように食べ、バリバリと骨の砕ける音がここまで聞こえてくる。


「なんだよ…あれ…」


あの人も恐怖で震えていた。

本来なら街の近くにいていいはずのない魔物。

恐怖に震えながら、冒険者たちは盾で防ぎ魔法や剣で応戦するも効いてる様子はなかった。


一人、また一人死んでいく。

あるものは鋭い爪で引き裂かれて

あるものは踏み潰されて、

またあるものは食われた。


絶望。

その言葉以外見つからなかった。


「坊主、ここに隠れてろ。」

「え…いや、勝てるわけないよ!」

「だとしても、もしあれが街に行ったら俺の娘もそれ以外も大勢死ぬ。

そうなる前に戦わなきゃならねぇ。」

「そんな!」

「大丈夫、ミラとの約束、破るわけにはいかないからな…」


そう言って立ち上がると腹の底から声を出して駆け出していってしまった。

俺はただそれを見ているだけ。

自分ほどの大剣を自在に振り回しながらあの人は果敢に立ち向かっていた。


「お前!

冒険者ギルドにいって応援を呼んでこい!」

「わかりました!」

「お前はあいつの足元を凍らせろ!できるな?」

「やってみます!」


あの人を中心にバラバラだった冒険者たちが連携していく。

やがて少しずつダメージを与え始めて来た時だった。


目があった。あってしまった。


グリズリーと。


魔物はさまざまな進化を遂げる。

頭がよくずる賢いものもいる。

だからソイツもわかったんだ。

この場にいる一番弱いものの存在。

俺の存在を。


「っしまった!」


グォオオオオオオ!!


大きな鳴き声をあげて俺の元に凄いスピードで走ってくるグリズリー。

あ、と思った時にはもう爪が迫っていた。


ザシュッビチャッボタボタボタ…

ドクンドクンドクンドクン

耳元で聞こえる音。


遅れて目に入って来たのはグリズリーの爪に切り付けられてあの人の、片腕がなくなって、そこから血飛沫が出て血が滴り落ちていて…


俺を抱えるあの人の鼓動の音が耳に痛いほど聞こえていた。


「ぐっ…」

「おじさん!!」

「だい、じょうぶだ…

坊主も怪我はねぇな?」

「あ…あ…でも…」


手を差し出したいのに触ったら痛そうでどうしていいのかわからなくて手は震えるばかりで。


そんな時だ


「アイスニードル!」

「サンダーボルト!」

「ウインドカッター!」


先ほど呼びにいった冒険者たちの応援部隊が到着した。

あの人もそれがわかったのかホッとしたようなそんな表情を見せた。


大丈夫、これで、これなら。


そんな希望が見えたのも束の間。

グリズリーは再び俺たちを見た。


自分の最後を悟って最後に悪あがきをしようとしたのかもしれない。


ガキンッ

「走れ!!」


大きな音がしてあの人は大剣を構えて爪から俺を守った。

でも、片手のせいか、血が滑ったせいかはわからない。

大剣は一撃で弾き飛ばされてしまって、差し迫る大きな口。


「ミラとの約束…守れそうにねぇや…

坊主、ミラを頼むぞ。」


そう言ってあの人は俺を力一杯突き飛ばした。

視界が回転する。そんな中で


バクンッ


と大きな口があの人を飲み込んだ。

すぐさま魔法使いや剣士たちが立ち向かってももう遅かった。


バリバリと骨が噛み砕かれて、飲み込まれて。


どのくらい時間が経ったのか、やっとの思いでグリズリーを倒した。


怪我人多数、死者は10名を超えた。


その日、どうやって街に帰ったのかは覚えてない。

ただ、あの人の腕を抱きしめて涙を流すミラの姿だけは一生消えることなくこの目に焼き付いている。


俺があの日母さんの言うことを守っていれば。

俺があの時逃げられていれば。

俺があの時食われていれば。

あの人は死ななかった。

俺が、あの人を殺した。


その日俺は誓った。

あの人の代わりにミラを護ることを。

あの人に救われたこの命でミラに精一杯償っていくことを。


…これは勝手な俺の自己満足なんだけど


「…フレデリックさん?」

「ミラちゃんお疲れ様」

「どうしてここに?もう遅いのに…」

「遅いからこそだよ。

昼間の輩がいないとも限らないし君一人じゃ危ないと思って…家まで送るよ」


手を差し出そうとして降ろす。


きっと、彼女は何も知らないから手を取ってくれるだろう。

でもお父さんが俺を庇って死んだって知ったら俺を突き放すだろうか。


だから、きっと、この距離が正解なんだ。

君に触れたいと願うのも、抱きしめたいと思うのも全て烏滸がましい。


「何か元気ないですか?」

「…そんなことないよ」


どうか君はそのまま幸せに笑っていて

それだけで俺は幸せだから。







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