1話(ミラside)
「ごめん、ミラちゃん…」
そう言って差し出された肘から下の右手。
その手は見慣れたものだった。
お母さんとお揃いの指輪、手の甲に彫られたお守りのタトゥー。
少し毛むくじゃらで私の頭をすっぽり包んでしまう大きな手。
「…お父さんは…お父さんは…!」
周りの冒険者達を見ても目を逸らされるばかりだった。
痛い沈黙が流れて、一人がようやく口を開いて告げたのは残酷な現実だった。
急に出現した魔物に食べられたこと。
遺体がほとんど残らなかったこと。
それだけだった。
『明日は街に遊びに行こう。』
『本当!?』
『ミラが欲しがっていた人形を買おう。
誕生日だからな。』
『うん!』
朝、約束をしたのに、その日冒険者の父は帰ることはなかった。
次の日の誕生日は、街で葬儀をあげた。
こんな理由で街になんか来たくなかったのに。
私は、冒険者ギルドの受付嬢になった。
お父さんと同じように死んでしまう冒険者を少しでも減らすために。
その家族が私と同じ悲しい思いをすることがないように。
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ガヤガヤと賑やかな冒険者ギルドには今日もたくさんの人がいる。
屈強なほぼ裸の人
奇抜な服を着た魔法使い
護衛依頼に来た商人などそれらは多岐に及ぶ。
その中で私はギルドの任務受注の管理をする受付嬢をしていた。
ギルドの任務に絶対に安全。というものは存在しない。
魔物は街の外に出ればたくさんいるし、ある程度の生態がわかっていたとしても時にイレギュラーが発生することは多々ある。
父の時のように。
誰でもなれるし、一攫千金も狙える仕事。
なんて冒険者は言われているが、その実態は常に危険と隣り合わせ。
だからと言って冒険者がいなくなってしまえば魔物を討伐できるのが騎士団だけとなり小さな街や集落は一瞬で飲み込まれてしまうだろう。
命をかける、尊い仕事。
それなのに何故か自分の実力に溺れて勘違いで高難易度のものを持ち込む人もいる。
命を大事にしてほしいのに。
目の前で私に対し威圧してくる冒険者もその中の一人だ。
「この任務は認められません。」
「なんでだよ!俺だってCランクになったんだから受ける資格はあるだろう!」
この冒険者が窓口に持ってきたのはCランク任務、ゴブリンの巣の調査と壊滅。
最近、近隣の森で増えているゴブリンを討伐する過程で、冒険者が見つかったゴブリンの巣。
放置すればゴブリンが増え民間にも被害が及ぶ可能性があるため、ギルドが直接依頼書を掲示板に貼り付けたものだ。
この手の任務は緊急性も高く、その分報酬や評価にもかなりの影響力を持つため、このようにやりたいと言う冒険者は多くいた。
ただ、その分難しい任務であることに変わりはない。
その旨を説明しても聞く耳を持たず先ほどから話は堂々巡りするばかり。
冒険者の顔色が断るごとに怒りに赤く染まっていくのがわかる。
だとしても引くわけには行かなかった。
もし万が一Aランクモンスターのゴブリンメイジやキングが生まれていたら?
Cランクになりたての彼では戦うことは愚か逃げることも叶わないだろう。
そうすれば待っているのは理不尽な死だけ。
気持ちを落ち着かせるように父の遺品である指輪を通したネックレスを強く握る。
今でも昨日のことのように思い出せた。
あの日の悲しみも喪失感も。
時折ギルドのドアを見つめてしまうのは、いつか、帰ってくるんじゃないかって思ってしまうからだ。
彼をその一人にするわけには行かない。
私が最後の砦にならなくてはいけない。
目の前の冒険者が怒りに任せて拳を振り上げる姿が見える。
私が押さない判子一つで一人の命が守られるならばそれでいい。
殴られるのは怖い。
痛いのも怖い。
でも、逃げない。
スローモーションのように拳が振り下ろされて
咄嗟に目を瞑った。
「痛ぇ!?」
「乱暴は感心しないなぁ…」
痛みは来なかった。
聞き覚えのある声が聞こえた。
恐る恐る目を開けてみれば、一人の男が冒険者の腕を捻り上げていた。
その人の姿を見て内心、安堵してしまった。
「離せって!」
「えー?もうミラちゃんのこと、殴らない?」
「〜っ殴らねぇよ!!」
「なら離してあげる」
笑顔で自分よりも大きな男を片手で持ち上げている彼はフレデリック。
この街で彼を知らない人はいない。
世界に3人しかいないSランク冒険者に最も近いと言われているAランク冒険者だ。
「お帰りなさい、フレデリックさん
任務はどうでしたか?」
「問題ないよ」
そう言う笑顔はいつもと変わらない。
大きな怪我はなさそうだが、汚れのついた頬。
服の一部や鎧の一部の傷を見るに激しい戦闘があったことはすぐにわかった。
ランクが上がれば上がるほど任務の難易度も上がる。
彼が持ってくる任務内容、相手にするだろう魔物の名前を見るたびに、もう、この人に会えなくなってしまうかもしれないという恐怖を押し殺して判を押す。
今回だってそうだ。
無事な姿が見られて本当に良かった。
「それよりこの冒険者と揉めてるようだったけど…」
「たいしたことでは…」
心配してくれるのは嬉しい。
でも彼ほどの人に、たかが受付嬢の一人である私の仕事に巻き込むのは違う。
そう思ったのに冒険者が鼻息荒くフレデリックに状況を伝え出してしまった。
「聞いてくれよ!この受付嬢が俺の任務受注に判子を押してくれないんだ!」
「へぇ…」
表情は笑っているはずなのにその目はどこか鋭くて冷たい。
いつもと違うその雰囲気が怖かった。
「戦えもしない女は黙って男のいうこと聞いとけば可愛がって…」
「お前さ…」
「やるのに…って…」
キンッと金属の擦れる音
剣先は冒険者の喉元に当てられていた。
スッとフレデリックの先ほどまで浮かべていた笑顔が完全に消えた。
その様子にガヤガヤとしていた周りも唾を飲んで様子を見守っている。
私自身も動くことができなかった。
「死にたいなら勝手に死ねよ。」
「は?…っ俺は別に死にたいわけじゃ…」
「…選ばせてあげる。
ゴブリンに殺されるか。
俺に殺されるか。
黙ってここから消えるか。
さぁ、どうする?」
そう言ったフレデリックさんが放つ殺気に背筋が冷たくなる。
目の前にいる冒険者も先ほどまでの威勢はなりをひそめガタガタと体を震わせていた。
違う、私は、こんなふうにしたかったわけじゃない。
ただこの冒険者に死なないでほしかっただけ。
痛めつけたいわけでも、怖がらせたいわけでもない。
フレデリックさんにもいつものように笑顔でいてほしい。
ギルドの中での争い事は御法度。
殺気の中震える声を絞り出した。
「…フレデリックさん、気遣ってくださって、ありがとうございます
でも、ギルドの中で剣を抜くのはやめてください。」
「………あぁ、ごめんね?」
キンッと再び金属の擦れる音がして剣は鞘に収められた。
それと同時に息苦しい殺気も消える。
「はぁ…はぁ…っ…」
「…大丈夫…ですか?」
「ヒィ!お、俺は、…っ」
頭を抱え込んで冷や汗が取らない様子の冒険者に声をかけると過剰に体を跳ねさせてギルドを駆け足で出て行ってしまった。
あの様子だと戻ってこないかもしれない。
でも、正直それでいいと思う。
だって彼は魔物に食べられることも、毒に侵されることもなくなるのだから。
「やれやれ、最近の若者は根性がなってないね」
「フレデリックさんだってまだお若いじゃないですか…」
「まぁ、俺のミラちゃんにちょっかいかけたんだからあれくらいは…」
「だめです。」
「えー」
フレデリックさんにいつもの様子が戻り、ギルドの中も段々と賑やかさを取り戻していった。
「ミラちゃんはさ…」
「はい」
「…いや、なんでもないよ。」




