第八章:ワルキューレの独行
初めて魔法少女となった時、マリは少々慌てはしたものの、すぐに夢を通じて戦闘技術をマスターした。
「宝石商」と自称するあの男に対しては、たまに白い手袋をはめ、優雅にその面を張り飛ばしてやりたいとすら思う。
――何しろ、マリをこのような、この上なく厄介な戦争に巻き込んだ張本人なのだから。
――けれど、もし自分にすら抗えぬというのなら、一体他に誰ができるというのか。
もしあの男が本当に神なのだとしたら、それこそ容赦なく毟り取ってやるべきだとマリは考えていた。何しろローザリアの先祖は、教皇の首にすら刃を突きつけ、その財を略奪したほどの猛者なのだ。
「この世界、本当に奇妙ですわね」
残骸を屠るたび、マリはいつも足を止め、世界の亀裂を観察していた。
魔力とは、まるでガスのようだった。異界においては森一つを焼き尽くすほど強力なのに、現実世界へと戻れば、マッチ一本を擦るのがやっと。
現実世界において、魔法少女たちが引き出せる力は、実に限定的なのである。
「あなた方、全員ここに横たわっていらっしゃったのね……」マリは、へし折れたスペースシャトルの外板を担ぎ上げ、コアモジュールへと歩を進めた。
いくつかの晶石には、未だ魔力の反応が残っており、ハッチの外には太陽系の外側に広がる星々が映し出されていた。
どうやら、この世界の魔法少女は公に存在するもののようだった。
――けれど、これはスペースシャトルというよりは、むしろある種の「終末の箱舟(方舟)」と呼ぶべき代物である。
先ほど墜落した残骸の中で、何らかの残影と刃を交えたばかり。月面のように死に絶えたこの広大な大地には、マリの他にはもう、いかなる生命の気配もなかった。
「地球、最後の戦士たち……これがあなた方の、死に様ですのね」数羽の彩蝶がマリの肩に止まり、まるで案内するかのように、彼女を船室の奥深くへと誘った。
船室は想像していたよりも小さく、そして精緻で、どの部屋にも繊細な贅沢さが隠されていた。
――手作りの髪飾り、銀製のデザートプレート、香水瓶の中に乾いた残り香。
それはまるでタイタニック号の貴族用の一等客室のようだった。ただ、ここにはもう、逃げ延びられる人間など一人もいない。
――魔法少女は空間跳躍ができる。それは人類にとって、夢にまで見た技術のはずだった。
「それで結局、この計画はどうなりましたの?」マリは呟いた。
「大体の予想はつきますわ。数十億の人口のうち、救えたのはせいぜい数百万というところかしら……。もっとも、あたくし自身がその二割の富裕層に入れるなんて、そんな自信は微塵もございませんけれど」
軽薄なトーンとは裏腹に、彼女の指先は残された痕跡を優しく撫で続けていた。
――あらゆるディテールが、かつてそこに確かにあった、必死の求生の証言だったからだ。
警備室に辿り着いたマリは、すべての銃器や器具を分解し、検査した。
そして導き出した結論は、この文明の軍事レベルは、自分の世界とさほど変わらないということだった。
武器というものは、往々にしてその文明の真の科学技術レベルを最も如実に暴き出す。
特にこの終末の箱舟が、真に「逃亡」のために建造されたものであるならば、当然ながら最先端の兵器が搭載されているはずだった。
けれど、これらの武装では、あの残影の皮膚一枚すら擦り切ることはできない。この者たちが、一体どこからそんな勇気を湧き立たせて星間航行などに挑んだのか、マリには到底想像もつかなかった。
「どういたしましたの?」彩蝶たちが再び羽ばたき、エンジンルームの近くにある、一枚の分厚い扉の前へとマリを導いた。
ハッチは重厚で、完全にロックされており、起動にはパスワードが必要な状態だった。
けれど、今の艦体はすでに損壊している。マリが一太刀浴びせるだけで、そのようなものは容易く両断された。
室内のスクリーンはとっくに砕け散っていたが、ボタンの上には未だ鮮明なラテン語とドイツ語の表記が見え、空気中には鼻を突く薬物の臭いが充満していた。
ここは医務室というよりは、むしろある種の監視センターのようだった。
マリが並び立つ細長いカプセル型の隔離槽の間を通り抜けると、インストルメントには未だ、薬物注入の記録と生体特徵のデータが記録されていた。
その投与量――マリの世界において、それに耐え得るのは魔法少女だけである。彼女はふと、反応炉の残骸の中で見つけたあの宝石のことを思い出した。
「……魔法少女」理解した。これらの培養槽に、かつて何が収められていたのかを。
あの少女たちは、このようにして中に閉じ裂かれ、注射を打たれ、監視され、抽出されていたのだ。名前は数字へと置き換えられ、死にゆく者の声はすべて消音されていた。
そうして初めて、彼女たちはあのように「お利口さん」でいられたのだ。――逃げず、騒がず、死にすらさせてもらえず、反応炉の中で大人しく、永遠に『有用』な状態を維持させられ続ける。
マリの指先がその微かに霞んだ数字の羅列を滑り、彼女の口角が自然と歪んだ。
マリはかつて、他の終末の箱舟が未だ宇宙のどこかを漂流し、生存者が残されているのではないかと幻想を抱いていた。けれど、他の区画を回り終えた今、その念頭を完全に否定した。
艦体は、何らかの外部からの超強力な力によって貫通されていた。システムの故障でもなければ、内部の衝突でもない。
その「何か」は、まるで致命的な一発の狙撃弾のように、艦首から一文字に穴を穿っていたのだ。
真の敵は、未だ姿を現していない。そ奴は今も宇宙で狩りを続け、この世界を破片へと変え続けている。
轟然たる一撃とともに、大地が激しく振動し、流星群が墜落した。
これは地震でもなければ、余震でもない。純粋な衝突によってもたらされた、衝撃波だった。
マリはエンジンルームへと突入した。艦船の構造上、動力に関連するエリアは、最も強固に設計されているはずだ。
周囲を取り囲む精鋼の厚みが、彼女の推測を証明していた。何しろここは、魔法少女を監禁するだけでなく、宇宙航行がもたらす極端な衝撃にも耐え抜かねばならない場所なのだから。
震波は絶え間なく伝播し、まるで戦場における一斉砲撃のようだった。その戦慄と脳内での演算が、マリの全身の総毛を逆立たせた。
反応炉の隔壁が不気味に凹んでいく中、マリは剣を構えて警戒し、金属が変形していくその悲鳴に耳を澄ませた。
理解していた。敵は反応炉を直接破壊することも、この方舟を完全に瓦解させることもできなかったからこそ、艦首からの突襲を選んだのだと。
マリは思考した――もし自分が敵の立場であるならば、最も効率的な突入ルートは、間違いなく反応炉のメンテナンス通路だ。あそこはエンジニアリング設計上の弱点であり、防御のコアではない。
砲撃は未だ止まず、壁面に亀裂が走り、あの精鋼すらも耐え切れずに変形を始めた。
マリは脳内で素早く金属の共振周波数を記録し、音波を通じて、あの微動だにしない存在の位置を特定した。
確実にこちらを仕留めるため、視線を外さず、そして己の強さに対する絶対の自信ゆえに、相手は必ず自分へと接近してくるはずだ。
足音が大地に灰塵を巻き上げ、そ奴が反応炉の船室へと一歩一歩近づき――そして、ドアノブに手をかけたその瞬間。
亀裂が猛然と拡大し、大爆発とともに飛散した破片がそ奴を貫いた。
マリは高強度の共鳴によって隔壁を粉砕し、さらに魔力によって衝撃波を引き起こすことで、まるで指向性爆薬のような効果を演出したのだ。
「Merry Slaughter zog in das Feld!(出陣ですわ!)」爆煙の中から、少女は剣を振るって躍り出た。爆発の破片と塵幕を利用し、敵の隙を完全にロックオンして、連続の斬撃を見舞う。
紅い光が乱舞し、剣影が閃いた。――けれど、その刃は次の瞬間、ガガッと音を立てて唐突に静止した。
その存在は、格闘することも、反撃することすらいたさなかった。ただ静かに佇んでいるだけ。破片が肉体を穿ち、斬撃が骨に達しているというのに、そ奴は全くの無反応だった。
マリは刹那の間に異様を察知した。身体は思考よりも早く反応し、急速に後方へと跳躍。目標との距離を強制的に引き離した。
次の瞬間、空気が引き絞られるように歪み、周囲は不気味なほどの静寂へと陥った。
地面が猛烈に崩落し、幾重もの衝撃波が同心円状に拡散。方舟の鋼板はまるで紙切れのように踏み潰され、マリが立つ場所へとすら、恐るべき重力の圧迫が押し寄せた。
「……消えておらぬな、微弱なる蝋燭の火よ」
塵霧が晴れ、敵がその真の姿を現した。
それは、喪服を纏った、高大かつ健強な体躯を持つ女性だった。青白い長髪が肩へと流れ、その背後には、無数の「手掌」によって構成された不気味な羽翼が幾対も展開されていた。
「我は御前の鉄鎚。この罪深き世界に、審判をもたらす者なり」彼女が歩みを進めるたび、魂をも震え上がらせるほどの威圧感が放たれ、その通り道にある万物が悉く崩壊していった。
「審判? ──あなた、神様(上帝)のつもりかしら?」マリの声が、張り詰めた空気の中に響き渡った。
「ただの代弁者に過ぎぬ。神罰を降すためのな」
「あたくし、これでも毎晩お利口さんに、お祈りを捧げておりますのよ?」
マリは軽快に剣を払い、周囲の砂塵と残骸の破片を巻き上げて使徒へと叩きつけた。……ですが、予想通り。それらは衝突する手前で、一瞬にして超重力によって粉末へと圧搾された。
近接戦闘は絶対に避けねばならない。――皮肉なことに、それこそがマリの最も得意とする戦術だった。
「子よ、汝の魔力は強大だ。だが、彼らはいつの日か、汝の世界をも踏みにじるだろう。この世界を、その足で蹂躙したようにな」
「あたくしの友人が申しておりましたわ。大人たちがきっと、どうにかしてくださる、と。――そして、この世界は彼女たちを文字通り踏みにじりましたの」使徒は静かに両手を合わせ、まるで哀悼を捧げるかのように目を閉じ、語った。
「破滅が再び訪れるより前に、あのいわゆる『偉大なる者たち』はとっくに逃げ出した。ゆえに、私は破滅を抱擁し、世界の終焉を見届けよう。我が声は洪鐘の如く響き、最も冷酷なる宣告を下す」
「私は、いかなる救済が再びこの世に降ることも、容赦せぬ」
「ですから……お家へ帰らせてはいただけないかしら、とお聞きしていますの」マリは軽薄な語り口を崩さなかったが、その足の踵は、恐怖によって微かに、しかし確実に震えていた。
それでも、彼女は毅然と剣を掲げ、そのルビーの瞳を鋭く研ぎ澄ませ、脳内で高速の対抗策を演算し続けた。
彩蝶たちが乱雑に舞い踊り、死に絶えた空気の中で、それは異様なほど鮮烈に映った。その羽ばたきが奏でる怨嗟の声を聴き取れるのは、世界でただ一人、マリだけであった。
「我は御前の鉄鎚。罪に染まりしあらゆる世界に神罰を降し、救済を妄想するあらゆる蝋燭の火を、この手で吹き消そう」使徒の声はどこまでも柔和で、まるで母性すら感じさせる響きでありながら、それゆえに寒気がするほど残虐だった。
マリはもう、何も問わなかった。ただ剣を構え直し、いつもと変わらぬ軽薄な微笑みを浮かべる。
「あたくし、生来、大嫌いなものが三つございますの」
「第一に、あたくしより背の高い奴」
「第二に、態度が傲慢で高々とした奴」
「開して第三に――あたくしの家族の命を脅かす、不届き者ですわ」彼女は凶悪な笑みを浮かべ、剣先を真っ直ぐに相手へと向け、その足取りを完全に固定した。
「――ローザリアの名において、あなたを微塵切り(シュレッド)にして差し上げますわ!」彩蝶たちが一斉に騒ぎ立った。彼女たちはかつて魔法少女であり、死してなお、復仇の執念だけをその翅に宿しているのだ。
「どうやら汝は、哀れな騎士の如く、徒労なる戦闘に身を投じるつもりのようだな」使徒の声には未だ憐憫が満ちており、その喪服の下の黒き瞳からは、まるで涙が零れ落ちるかのようだった。
――ですが次の瞬間。
黒き鮮血が、虚空に激しく飛び散った。
斬撃が彼女の肩を容赦なく引き裂き、聖像の如く強固であったはずのその肉体も、この一撃を完全に防ぐことは叶わなかった。
――先ほどの小細工(試み)はすべて、超重力場が作用する正確な範囲を計算するためのものだった。突撃の慣性と、相手の重力そのものを利用して叩き込んだ、まさに雷霆の一撃。
「……徒労なる、戦闘を」使徒は低くその言葉を繰り返した。剣刃が肩へと深く突き刺さっているというのに、その顔には苦痛のいささかも浮かべず、ただ静かにその手を振り上げた
――凄まじい重力場が、マリの全身へと圧し掛かる。
筋肉が悲鳴を上げ、骨格がメリメリと砕ける音を立て、内臟が破裂の衝撃に震え、口角から鮮血が溢れ出した。マリの膝が、激しい衝撃とともに地面へと屈した。
――貴族として、このような屈辱を受けるのは、生まれて初めてのことであった。
彼女は片手で死に物狂いで剣を握り締め、その手がどれほど震えようとも、もう片方の手を、その艶やかな唇へと添えた。
「Tanzen wir(さあ、踊りましょう?)」彼女は高らかに宣言し、吐き出したその鮮血を、まるで反撃のためのルージュ(化粧)のようにその唇へと塗りたくった。
次の刹那。
天井の彼方から、世界そのものが崩落し、彼女たちは一気に下落していった。
これこそが、魔法少女が最も得意とする魔法――「空間跳躍」。
だからこそ彼女たちは異界から現実へと生還でき、命の灯火が消えかける刹那においてすら、もう一条の活路を切り開くことができるのだ。
「狂ったか、汝は!」上空に位置するマリを見上げ、使徒の声に初めて動揺と、底知れぬ恐怖が混じり合った。
「己の世界を危険に晒すなど! そのような真似をして、汝、それでも騎士を名乗るか!」
彼女は驚愕の眼仗でマリを凝視していた。
――現実世界において、魔力の作用は大幅に減衰する。それは、彼女たちのような超常の存在が、長時間を維持することを許さぬ、絶対の檻だった。
「騎士精神? ――あら、おあいにく様。あたくし、『ドン・キホーテ』の売り場を隅から隅まで探し回りましたけれど、そのような安物の概念、一体どこの店舗で売っているのか、見つけられませんでしたわ?」マリは軽やかに嘲笑し、その手の中の剣刃は、鼓膜を突き刺すような高周波の震鳴を上げ始めた。
次の瞬間、噴き出した鮮血が眩しい太陽の光を浴びて、美しい虹の架け橋を描き出した。
破裂した内臓は、まるでロケットの如く天空へと昇り
――マリはその飛び散る腸を容赦なくその手で掴み取り、使徒がこの場所から容易く逃亡することを、決して許さなかった。
そこから先は、ただの残虐極まる屠殺であった。
それは紅い光と黒き血が交錯する流星。引きちぎられた残肢と血肉によって構成された醜悪な尾を引きずりながら、天空から遥かなる海平面へと向かって、猛スピードで墜落していく。
「Nimmerwiedersehen(二度とお目にかかりませんわ)!!」マリは斬撃をピタリと止め、優雅に手を振って別れを告げると、虚空で身体を鮮やかに一回転。
右足に全身の体重と凄まじい遠心力を乗せ、使徒の胸口へと、猛烈な一蹴を叩き込んだ。
鼓膜を破らんばかりの巨響と震盪。使徒の身体はまるで音速の壁(音障)を突き破るかのように弾き飛ばされ、遥か彼方の海面へと叩きつけられた。
次の瞬間、その海域が突如として深淵の如く陥没し、超重力の渦へと変貌した。
その破壊の渦は、使徒の肉体を文字通り、塵一つ残さず粉々に絞り砕いてしまった。
彼女は黒き光の粒子(魔力)へと還り、かつて己が世界の審判に用いたはずの、その『鉄鎚』の重圧によって、自らその命を散らせたのだった。




