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第七章:戦うべくして生を受け、美を求めて戦場に咲く

「あの新入生、少々目立ちすぎではないかしら?」


高二に進級して間もなく、クラスの話題はいつも一人の新入生のことで持ちきりだった。特に男子たちの間では、その噂は熱を帯びていた。


貴族の血筋を引いているだとか、元アイドルだとか、そんな浮世離れした存在が、なぜこの平凡な進学校に現れたのか、誰もが訝しんでいた。


傷ついた過去を持つ優子にとってその名前は、「かつて仲間が好んでいたアイドル」という、朧げなラベルに過ぎなかった。その仲間はもういない。使徒との激戦の末に灰となり、生き残ったのは自分一人だけだった。


優子は教室の窓辺に寄りかかり、静かに絵本をめくっていた。かつては周囲に「幼稚だ」と嘲笑されたその本を、今では彼女だけがめくっている。


あの戦いには勝利した。しかし、代償は大きすぎた。彼女の感情も記憶も、あの日の炎の中にすべて埋葬されてしまったのだ。


「あの人がマリよね? 本当にテレビのままだわ!」クラスメイトたちのひそひそ話が、優子を思考の底から引き戻した。


目を上げると、数人の女子がスマートフォンを囲み、アイドルの番組を眺めているのが見えた。画面の中の少女は華麗な衣装を纏い、太陽のように燦然たる笑顔を振りまいていた。


確かに、死んだ仲間が愛したアイドルその人だった。


――もっとも、あの子の「好きなもの」は、あまりにも多すぎたけれど。


時折、廊下でその少女とすれ違うことがあった。


彼女は歩く際、膝を驚くほど高く上げる。それなのに、足音が床に落ちる瞬間は、不気味なほど無音だった。計算され尽くしたかのように翻るスカートの裾は、それだけで周囲の視線を惹きつける。


彼女は猫のように孤高で、同時に猫のように他者へ懐く。その完璧さは、冷徹に鍛え上げられた鋼の刃を思わせた。


弟の悲劇を二度と繰り返さないため、優子は今も、街の至る所に虫型の使魔を潜伏させている。それらは彼女の魔力の延伸であり、人間には感知し得ない異常を敏感に捉える。


彼女はもう、あの頃のように神話の巨獣を召喚することはなかった。それらはあまりに非効率だった。自然界はすでに、より小さく、より効率的で、より単純な生物を造り出している。今の優子は、そうした存在を好んでいた。


あの日、放課後の校内から大半の生徒が立ち去った頃、一匹のハエの使魔が異常な信号を伝えてきた。

視覚を共有すると、校舎の裏手に異界の残骸が侵入しているのが見えた。


優子が魔法書を開き、出撃しようとしたその時――彼女は、残骸が「逃亡」していることに気づいた。


「Lärman, lärman, lärman, heiridiridiran, ridiran. Ride Landsknecht voran! Landsknecht voran!」

(進め、進め、進め。♪~ハイリディリディラン、リディラン~♪ 傭兵たちよ、前へ進め!傭兵よ、前へ!)


それは、彼女――マリ・ローザリアだった。


その歌声は空霊で、調べは軽快だった。ドイツの古い傭兵歌をまるで童謡のように口ずさみながら、彼女は人間の姿を模した残骸を追い詰めていく。


残骸は恐怖に慄き、ガタガタと震えていた。マリーが歩み寄り、剣刃を高く掲げる。紅い光が一閃し、首級が落ちた。後に残ったのは、砕け散った紫色の結晶だけだった。


優子は息を呑んだ。相手が魔法少女であることは受け入れられた。しかし、人間そっくりの姿をした残骸を容赦なく屠るその様は、かつて仲間たちとの間に流れていた、あの微かな躊躇いや不安とは決定的に異なっていた。


「この季節には、些か不釣り合いな虫がいらっしゃいますわね」マリの視線が、正確に使魔へと向けられた。口角が吊り上がり、悪戯っぽい微笑が浮かぶ。


あの日以来、優子は彼女を密かに観察するようになった。それは試みであり、警戒でもあった。


マリは常に、あまりにも目立ちすぎた。


成績は常に学年上位、体育の能力にいたっては無欠。昼食の際の所作は過剰なほどに優雅で、まるで毎食が宮廷の礼儀作法の演習であるかのようだった。彼女はそれを隠そうともせず、周囲の目など微塵も気にかけていなかった。


ある日、優子が下駄箱を開けると、一通の手紙が静かに横たわっていた。


『――親愛なるリリス閣下。あなたは、あたくしの想像よりも遥かに美しいお方ですわ。もし閣下が昼食の一席を賜ってくださるならば、余にとってこの上のない栄誉にございます。――ローザリア』


封筒の中には、二枚のカラオケの食事券と、個室の番号が同封されていた。


「……小澪が生きていたら、狂喜乱舞したでしょうね」優子の口角が、わずかに持ち上がった。

その瞬間、彼女の脳裏に、今の自分にとっては極めて非効率的な問いが浮かんだ。――もし、彼女たちがまだ生きていたら。


優子は約束通り、その場所へ赴いた。


ハエの存在に気づき、ハトの視線を感知し、異常な戦闘能力を持つ少女。それを単なる誘いとして片付けるわけにはいかない。これは情報交換であり、互いの領域を探り合うための端緒だった。


「有栖先輩、お怒りになっていらっしゃらないか、少し心配でしたのよ」マリは微笑みながらケーキの箱を開け、綺麗に切り分けられた一切れを優雅に差し出してきた。


「……どうやって気づいた」優子の声は、いつものように抑揚がなかった。


「全校生徒の中で、あなただけですもの。心拍数がほとんど変化なさいませんの。特に、表彰台に登っていらっしゃる時など、実に見事でしたわ」彼女はパチパチと小さく拍手をして、崇拝の眼差しを向けた。しかし、優子は知っている。このマリーという少女は、極めて演技に長けている。


「……目的は」


「アイドルが新しい部屋に入った時、最初に何をなさるか、ご存知かしら?」

マリは優子のグラスに飲料を注いだ。


「お手洗い、ドアの隙間、化粧鏡……盗撮カメラが隠されそうな場所を、すべて徹底的に調べ上げることですわ」その語り口は軽やかだったが、決して軽薄ではなかった。彼女がかつて、過酷な現実を生き抜いてきた証拠だった。


「グループの中に一人でも喫煙者がいれば、翌日にはインターネットという名の裁判所で処刑されますの。盗撮されたのはあたくしたち被害者の方ですのに、不公平極まりありませんわね」彼女は不満げに頬を膨らませた。その仕草は、いかにも年相応の少女の甘えのようだった。


「ですから、あたくし、そのような『視線』に監視されるのが大嫌いですの。あたくしたちの間で、白い手袋を投げ合うような真似(決闘)をしなくて済むことを切に願いますわ」そう言うと、彼女はフォークでケーキを上品に口へと運んだ。


「……使徒を、知っているの」


「世界を滅ぼすと騒ぎ立てる、あの不躾な怪物たちのことですわね? 本題が早くて助かりますわ」


「……あいつらから、生き延びた?」


「死にかけましたわ。本当に、辛うじて勝利をもぎ取ったようなものですもの」彼女は軽快に笑ってみせたが、そのルビーの瞳の奥には、確かな憤怒の炎が揺らめいていた。


「……多くの仲間を失ったはず」


「まさか。普通のお嬢様方が刃物を持ったところで、本物の兵士の代わりになるわけがありませんでしょう?」


優子は呆然と彼女を見つめた。優子の仲間たちは、勝利のために命を賭して戦った。マリーのその言葉は、優子にとって、彼女たちの犧牲に対する冒涜に近いものだった。


その時、マリーが不意に優子の手をそっと握りしめた。


護られた環境で育った外見からは、到底想像もつかない手だった。爪は美しく整えられていたが、手のひらは驚くほど厚く、傷だらけで荒れていた。それは、ダンス、剣術、歌唱――長年にわたる過酷な鍛錬の痕跡そのものだった。


「……嘘を言っているわけでは、なさそうね」優子は低く呟いた。


この少女はどうやって生き延びてきたのだろうか。その完璧さ、その気品、その無欠の佇まいは、いかにして維持されているのか。彼女はまるで兵器のように鍛造され、人間としての脆弱さを一切持ち合わせていないように見えた。


「あたくしの祖父が申しておりましたわ。東部戦線では、誰もが銃を手に取り、それを国を守るためだと呼んだ、と」


「……あなたの祖父は、赤軍の兵士?」


「いいえ、ナチスの機関の将校ですわ。尋問の際、彼はまず相手の手を観察し、それからどのように『使用』するかを決めたそうですの」


マリはまるでお伽話でも語るかのように、淡々と、しかし静かに言葉を続けた。


「農夫や新兵の手には、特有の肉刺マメができますわ。老兵は人差し指が変形し、将校は命令書を書き続けるために、人差し指と親指の付け根が擦り切れる……」彼女は優子の手をじっと見つめた。


「そして、先輩の手――それは、武器を手に取り、ただ『幸運にも何度か戦争を生き延びてしまった』だけの、普通の間の人間の手ですわ」


優子は何も言わなかった。傷を隠すように、握られた彼女の手の力が増していくのを、指節の痛みを通じて感じていた。


「……なら、あなたは何回生き延びられる」優子は問い返した。


マリはふっと手を離すと、先ほどまでの重苦しい空気を投げ出すように、急に声のトーンを明るくした。まるで話題を轉換させる子供のようだった。


「ローザリア家の先祖は、板金鎧プレートアーマーを纏い、近親婚で血統を保ってきたような、退屈な騎士の旦那方とは違いますのよ」彼女は可笑しそうに肩をすくめ、微かな嘲弄を込めて笑った。


「衣服を華麗に着飾った、誰もが性別を疑うほどの美男子でありながら、無数の戦場を斬り伏せて爵位を毟り取ってきた……そんな猛者が、我が家の始まりにございますの」


「肖像画を描かせる際、彼、頬紅チークを塗り、白粉まで叩いていたそうですのよ。おかげであたくし、恥ずかしくて他所では滅多に口にできませんわ」マリはクスリと笑った。しかし、フォークをケーキに突き立てる力は、確実に強くなっていた。


「彼が遺したものはごく僅か、いえ、おそらくたった一言だけですわ。――『戦うべくして生を受け、美を求めて戦場に咲く』。……あたくし、とっても聞き分けの良い良い子(Gutes Kind)ですの。先祖の遺訓には、決して背きませんわ」彼女はケーキを大きく切り分けると、優子を見つめた。


「宜しければ、半分差し上げますわよ? 女の子同士、こうして分け合えば、お友達になれるのでしょう?」


「……いらない。今日の糖分摂取量は、すでに過剰」


「そうですのね」マリの瞳に、ほんの一瞬だけ、寂しげな陰りが走った。


「……でも、これからは優子と呼んで」


「まあ! 本当に、少しは素直になってくださらないと」


マリはそう言いながら、手の中の紅茶を軽く揺らした。その顔には、先ほどの冷徹な気配など綺麗に消え失せ、まるで幼子のような、無邪気で燦然とした微笑みが浮かんでいた。


【註解 / Glossar】

Lärman, lärman...:ドイツの古い傭兵歌『Unser liebe Fraue vom kalten Brunnen』(冷泉の我が愛しき聖母)の一節。「Landsknechtランドクネヒト」とは、16世紀に活躍したドイツの雇傭兵(傭兵)を指す。


Gutes Kind (グーテス・キント):ドイツ語で「良い子」「聞き分けのいい子」の意。



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