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第三章:触れられないような存在

「努力しなさい。私が日本に一人の天使を連れてきたのだと、人々に知らしめるために」


あの日、成田空港の出発ロビーで、マリーは母親と別れの言葉を交わした。仕立てのいいスーツに身を包み、常に足早なその日本女性は、娘を祖父母の家に預けると、すぐに金融界という名の戦場へ戻るべくウィーンへと飛び立った。


マリーの父親はオーストリア貴族の血を引く実業家であり、母親はある日本の華族の出身だった。末っ子として生まれた彼女の上には、家業を完璧に引き継げる兄と姉がいた。


そのため、マリーは高圧的ながらも自由な環境で育った。カリキュラムは厳格で、礼儀作法の訓練も妥協を許さないものだったが、彼女が成果を出しさえすれば、どんな願いも阻まれることはなかった。


そして、彼女は実際にやってのけた。学業でもスポーツでも、兄姉に引けを取らない成績を収めた。さらに人並み外れた聴覚を持っていた彼女は、音楽やダンスの分野でその天賦の才をより一層開花させた。それゆえ、末娘でありながら、家族全員からの寵愛を一身に受けていたのである。


「ママ、私、あのフランスの王妃と同じ名前で、しかも同じ国籍なのよ」マリーは微笑んだ。その口調には、年齢にそぐわない聡明さと機敏さが宿っていた。


「いつの間にか、マリーはこんなに大きくなって……」母親は静かに応じたが、その笑顔の裏には、微かな不安が隠されていた。


「大きくなってなんてないわ。私はずっと、ママの小さなお天使さまだもの」彼女は母親の胸に飛び込んだ。それが、別れの前になされた最後の抱擁だった。


天使……かしら?


彼女が日本へ渡り、アイドルを目指した理由。それは、ヨーロッパ人にしては小柄すぎるその体躯が、同年代の貴族たちの間でしばしば揶揄の対象となったからだ。


彼女は誓った。二度と誰にも触れられないような存在になってやると。母親の勧めもあり、彼女は日本のアイドルオーディションに応募した。


ハーフゆえの美貌、幼少期から鍛え上げられたダンスと音感。それに加え、「懸命に馴染もうとする外国人」というイメージが、審査員やプロデューサーの目に「天選の子」として映った。


事務所が用意した訓練は、過酷を極めた。ダンス、歌唱、演技、イメージ戦略――そのすべてにおいて、マリーは言葉の壁すら驚異的な学習能力で乗り越え、周囲に追いついた。


カメラの前でどう瞬きをすべきか、いつ稚気のある笑顔を見せるべきか。どのステップが最も歓声を引き出し、スカートの裾がどの角度で翻るのが最も美しいか。彼女はすべてを正確に計算できた。


人々は彼女に奇蹟を見、天使を見出した。


新人でありながら、彼女の人気は瞬く間にプロジェクトのトップへと躍り出た。


大規模なイベントのたび、ファンと触れ合うたびに、彼女は彼らが最も欲している言葉を投げかけた。なぜなら彼女には、彼らの高鳴る鼓動が聞こえていたからだ。


だが、彼女は知っていた。この世界では、努力が必ずしも報われるわけではないことを。


楽屋の裏で、プレッシャーに押しつぶされ涙するメンバーや先輩たちを何度も見た。


自分の化粧品が隠されたこともあったが、それ以来、彼女は引き出しの中に小さなボイスレコーダーを忍ばせるようになった。


壁越しに、あるメンバーが年上の男たち数人と過ごしている際の、隠しきれない醜悪な声を聞いたこともある。


だが、彼女は違った。彼女はプロジェクトの核心を担う柱であり、影響力を持つ貴族の末裔なのだ。

――出自さえあれば、多くのことが決まる。なぜなら、彼女は貴族だから。


しかし、ある重大なスキャンダルが勃発し、数人のメンバーが集団で切り捨てられた。


彼女は今も、その子たちがその後どんな人生を歩んだのかを知らない。彼女たちの顔さえ覚えていない。ただ、公演が終わった瞬間の、あの弾むような鼓動の音だけを覚えている。


予想通り、プロジェクトの中核メンバーは頻繁に入れ替わり、グループ全体の運営は行き詰まった。

こうなれば、一流のアイドルであっても泥舟を立て直すことは難しい。


最後のファンミーティング。それは沈滞した空気と、縮小された会場が交錯する日だった。それでもマリーは、いつものように燦然たる笑顔でファンを迎え入れた。


「マリー、近くで見ると想像以上に可愛いね」その男はテントに入ってくると、落ち着いた礼儀正しい声で言った。若く、紳士的な気品を纏っていた。不思議なことに、マリーは彼の顔をどうしても思い出すことができない。ただその声と空気感だけが、記憶に深く刻まれていた。


「お兄さん、いつも応援ありがとう。今日はマリーに会うために、そんなに格好良く決めてきてくれたの?」彼女は蜜のように甘く微笑み、相手の手を握った。


「最後だってのに、ずいぶんと力いっぱい笑うんだな」


「そうね。お客さんは少ないし、会場も狭くなっちゃったけど……Aber egal(でも、どうでもいいわ)。まともな目を持ってる人なら、もうおしまいだってことくらい分かるもの」


「そういう時は普通、『これからも頑張ります』なんて言うもんじゃないのか?」


「そんな換金もできない嘘をつくなんて、自分の価値を下げるだけだわ。それに、お兄さん……きっと他の子の手も握ったんでしょう?」


握手をした瞬間、マリーは相手の手から見覚えのあるハンドクリームの香りを嗅ぎ取った。それは、ある同僚が愛用していたものだった。


「……君は面白いな。もし、あと一年で死ぬと分かっていたら、どう過ごす?」


「呪ってるのかしら?」彼女は不満げに頬を膨らませ、小ウサギのような愛くるしい表情で彼を見つめた。


「ただの好奇心だ。どう生きることを選ぶ?」


マリーは笑った。その問いへの答えは、すぐに出た。

「一年後にしか死なないってことは、その一年間は何をしても死なないってことでしょ?」


「そういう解釈もできるな」


「じゃあ、核爆弾でも受け止めに行ってあげるわ。核爆発の中で生き残った、最初のスーパーアイドルになってやるの」


「それなら、結局は死ぬだろうけどな」男は声を上げて笑った。


「でも、その一年間だけは、何があっても死なないんでしょう? それって最高に愉快じゃない」彼女はクスクスと笑い、その瞳にわずかな傲慢さを滲ませた。


「君は本当に面白い。私はただのしがない宝石商だ――二度と会わないことを願うよ」


男は彼女の手を握ったまま、掌の中に一つの宝石を滑り込ませた。


次の瞬間、得体の知れない音が脳内を駆け抜け、現実ではない無数の光景が視界を占拠した――ほんの一瞬、彼女は自分ではない誰か、戦場で血を流し戦う存在になったかのような錯覚に陥った。


我に返ったとき、男の姿はすでになかった。


手を開くと、そこにはダイヤモンドのように眩しく煌めく宝石が、静かに横たわっていた。

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