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魔法少女は暴虐すぎ。戦うべくして生を受け、美を求めて戦場に咲く  作者: 摩訶凜香


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第三十四章:異世界エコ理論


「『狩猟の使徒』まで打ち倒してしまうとはね。あの方の特質が、彼女の中で幾分か開花しつつあるということかな」


男は学園祭の屋台で買い求めたばかりのみたらし団子を手に持ち、食べ物の詰まったポリ袋を何個もぶら下げていた。三つ揃えのスーツを着用し、立ち振る舞いは極めて洗練されている。


本来なら悪目立ちするはずの異国風の容貌でありながら、彼は周囲の風景へと自然に溶け込んでいた。行き交う人々は彼を認識すらしていない。


東洋人ばかりの日本の学園祭において、その外国人らしい顔立ちは本来なら浮き彫りになるはずだったのだが。


「生き残った君たちなら、あるいは本当にこの世界を護り切れるかもしれないね」


男は手に持った団子を一口頬張ると、背後へと視線を向けた。そこに立っていたのは、端正で清らかな容貌に黒髪の長髪をなびかせる高身長の少女――有栖優子(ありす ゆうこ)だった。


「場所を変えて話すわよ」


優子は静かに男を見据えると、少し離れた場所にあるベンチを指差した。


「おや、無表情なシンデレラさんかい」


男は気負いもなく歩み寄ると、ベンチへと腰を下ろした。


「見張らせてもらうわ」


優子が男を注視すると、ベンチの後方にそびえる大木から、眼光を鋭く光らせた数羽の烏(カラス)が男を睨みつけた。それらは優子の魔法によって召喚された使い魔だった。


「使徒や、あの少女たちの残影を打ち倒したことで、生き残った君たちも色々と理解し始めたんじゃないかな?」


男は優子を軽妙な眼差しで見つめると、彼女が何を尋ねようとしているかを察したように、被っていたシルクハットを静かに脱いで見せた。


「宝石商……あなたはそう名乗っていたわね」


「いかにも、愛しきシンデレラ。だがそれは君たちが理解しやすいよう便宜上使っていた名前に過ぎない。何より君たちの大部分は、私と再会する日まで生き残ることもできないのだからね。……そうだな、今の君なら『サンジェルマン伯爵』と呼んでもらおうか。その名が持つ意味くらい、今の君なら察しがついているだろう?」


「錬金術と魔法に精通した、不老不死の人物……?」


「ただの異世界からの亡命者に過ぎないよ」


「そのために、私達を『兵器』に変えたわけね」


優子は声を低く落とした。かつて散っていった同伴たちの姿が脳裏をよぎる。だが、現在の平穏を護るため、彼女は己の怒りを必死に押し殺していた。


「その通り。今のところ、魔法少女こそが使徒に対抗し得る最良の手段だからね」


「なら……あの異世界の魔法少女たちの残影も、あなたに関係しているのかしら」


「彼女たちはただの壊れた兵器さ。異世界の汚染に曝され、意志を持たぬ動く屍と化した存在に過ぎない。もし君たちが運悪く異界で魔力を使い果たせば、いずれあのような成り果てに行き着くことになる」


「想像以上に正直なのね、伯爵閣下」


「ふふ、なぜならね……まだ君たちに話していない、もっと残酷な真実があるからだよ」


伯爵はくすりと笑うと、持ち歩いていたパック詰めのたこ焼きを開け、一粒を口へと運んだ。


「異界でゾンビになるのが最悪の末路ではない、と?」


優子の瞳がさらに冷ややかに研ぎ澄まされた。使徒の上に更なる絶望的な存在がいることは知っていたが、それが具体的にどのような脅威なのか、これまでは推測の域を出なかったのだ。


「使徒など、魔王の前衛(先鋒)に過ぎない。魔王が降臨すれば、この世界は文字通り破片と化し、虚空を漂う異界へと成り下がる」


「魔王とは、君たちの世界でいう『二酸化炭素』のようなものだ。目に見えず、触れられず、だが確実に蓄積され、やがて全てを飲み込んでゆく。ただ一つ異なるのは、それが突如として意志と肉体を持ち、歩き出し、狩りを始めるということだがね」


男は頭上に広がる空と、高々と懸かる太陽を指差した。


「私たちが戦っているのは、歩く『生態系危機(環境破壊)』だとでも言いたいの?」


「その通り。魔王とは、人間が魔法を行使し、因果を歪めた末に生み出された『パラドックス(矛盾)の集合体』だ。その目的はただ一つ……パラドックスの根源である『世界』そのものを消滅させることにある」


「ならば……私達を魔法少女に変えたことは、その矛盾をさらに悪化させているだけではないかしら?」


優子は不審そうに目を細めて男を見つめた。魔法の行使が世界の崩壊を早めるというのなら、なぜ自分たちのような魔法少女を生み出したのか。


「目ざといね、シンデレラ。魔法とは因果を削り取る科学であり、未来の前借りと引き換えに目前の奇跡を起こす技術だ。そして、その副産物である『魔力』こそが世界を侵食する元凶に他ならない。君たちはまさに、その毒そのものを力に変えて戦っているのだよ」


「氾濫する大河を押し止め、乾いた大地に恵みの雨を降らせるには、誰か一人の人間を犠牲にし、その者が秘めたる可能性を消費して魔法を発動するのが確実だ。だがその過程で莫大な魔力が放出され、世界の未来が前借りされてゆく」


「『人身御供』と言いたいわけね、伯爵」


優子は授業で解答するかのように、淡々と切り捨てた。


「そうだ。そして最も複雑で豊かな因果を秘めているのは、決まって純潔な少女たちだ。彼女たちの未来は白紙であり、同時に次の世代という更なる因果へと繋がっているのだから」


「私たちが、最も都合の良い生贄というわけね」


「いかにも。可能性という因果を磨り潰したことで生じる排出物……それこそが、君たち魔法少女の原動力たる『魔力』の正体だ」


「私達は、世界の毒素を糧にして今日まで戦ってきた、と」


「理解が早くて助かるよ、流石は優等生だ。魔力という魔法の産業廃棄物は、世界を少しずつ荒廃させ、君の目にする人間たちを……君の弟君のような『怪物』へと変貌させてゆくのだからね」


伯爵は満足そうに微笑むと、まるで教え子を褒め称える教師のようにパチパチと手を叩いて見せた。


「なら……なぜ、私だったの?」


「かつて君がクローゼットの暗闇に隠れていた時、その小さく震える身体に宿る圧倒的な『可能性』を見出したからさ。だから君を選んだ」


「随分と主観的な理由ね」


期待とはかけ離れた回答であっても、優子の無表情が崩れることはなかった。


「何事にも縁というものが必要でね。それに何より……『魔力』という世界の毒素に適合し、それを魔法へ変換できる体質を持つ者は、誰でもなれるわけではないのだよ」


男は薄く笑うと、脱いでいたシルクハットを再び頭へと戻した。


「……私たち魔法少女は、魔王の模倣物に過ぎないのね」


数秒の沈黙の後、優子は己の推論を口にした。自分たちとあの異界の怪物たちは、根本において全く同じエネルギーを糧としているのだと。


「正確には『魔力の浄化機関』だよ。植物が二酸化炭素を光合成で再利用するようにね。もっとも、そのためには極めて残忍で苛烈な条件をクリアせねばならん。宝石による肉体改造に耐え切れる者など、滅多にいはしないのだからね」


男は自嘲気味に苦笑を浮かべた。


「恐ろしく軽々しく言ってくれるわね」


優子の眼差しは処刑台の執行人のように冷やかだった。彼女が指一本動かせば、次の瞬間には背後の烏たちが男の肉体を穿ち散らすだろう。


「私はね、かつて東洋の最初の皇帝に魔法の書物を焼却するよう進言し、後世には『魔女に与える鉄鎚』を著して世界を愚昧の闇へと突き落としたこともあるのだよ」


伯爵は顔を背け、後ろに控える烏たちをちらりと見やった。


「随分と多くの人を殺してきたようね」


優子の予想通り、目の前の男は一般的な倫理観で語れるような善人では到底なかった。


「そうだ。今更善悪や道徳を語るなど滑稽の至りだよ。魔法が存在せぬ『エデン』を創り出すためなら、それらは全て必要な犠牲だ。人間は私の描いたシナリオ通り、無知の暗闇から脱し、科学の文明を築き上げた……まあ、その過程が平和的だったとは言いがたいがね。なにしろ魔法を基礎として発展した世界など、滅びた後に破片として残ることすら許されんのだから」


突如として強い突風が吹き荒れ、優子の顔を叩いた。彼女はたまらず目を細めた。


「全ての引き金を引いた者として、幾ばくかの『真実』を明かす義務があると思ってね。なにせ私が知る真実の重みは、高々十数年しか生きていない少女たちの手に余る代物なのだから」


男はハットの庇に手をかけると、キザな紳士然とした所作で静かに別れを告げた。


「異世界の住人は、ゴミの分別収集すら学んでいないのかしら」


風が止み、優子が目を開けた時には、ベンチの上には誰の姿も残されていなかった。

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