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魔法少女は暴虐すぎ。戦うべくして生を受け、美を求めて戦場に咲く  作者: 摩訶凜香


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第三十二章:舞台殺戮

夜幕が静かに降り立ち、校庭の中央では大きなキャンプファイヤー(後夜祭の篝火)が煌々と赤く燃え上がっていた。火光(ひかり)に包まれた無数の男女が生徒たちが手を繋ぎ、弾けるような青春の旋律に合わせて楽しげに踊っている。


その賑わいから遠く離れた校舎二階の廊下。マリは腕を組み、冷ややかな視線でその光景を見下ろしていた。まるで自分がこの祭典の一員であることを辛うじて証明するかのように――彼女は昼間のメイド騎士服を纏い、肩には練習用の無骨な鉄製の大剣(アイアンソード)を担いでいた。


「清水(しみず)先生。こんな夜遅くまでお残りですのね?」マリは自クラスの教室へと足を踏み入れた。そこでは担任の清水教諭が一人、窓辺に寄りかかりながら校庭の歓声を見つめていた。


「あら、マリさん。最後に向かって校庭がパニックになったらどうしようかと心配していたのよ」清水先生は優しく微笑んだ。彼女は若く情熱的で、いつも親身になって生徒を気遣う、誰からも愛される理想的な教師だった。


「ご安心なさって。あたくしを踊りに誘う男たちが百人も殺到したらどうしようかと、あたくしもハラハラしておりましたの」背中の鉄剣をコンコンと指先で叩きながら、マリは事も無げに冗談を返した。


「ふふ、あまり男の子たちを傷つけちゃダメよ?」


「……実はあたくし、清水先生のこと、けっこうお気に入りでしたのよ。ですから、できれば考えたくありませんでしたの。――『ある可能性』のことを」マリの声が静かに落ちた。その語調には、ほんの僅かな哀愁が混じっていた。


「……え? 何のことかしら……?」


「清水先生。わがクラスの生徒たちの詳細な個人データ……堀町三郎(ほりまち)に売却したのは、あなたですわね?」マリの瞳が担任を射抜いた。その冷徹な眼差しは、尋問官のそれ以上に鋭く、逃げ場を塞ぐ。教室内の空気が一瞬にして凍りついた。


「ごめんなさい……! わたし、脅されていたの……っ!」清水先生は肩を震わせると、マリの肩を掴むようにしてその場に崩れ落ちた。ポロポロと涙を流し、今にも泣き叫びそうな声を上げる。


「脅されていた……ふふ」マリは鼻で笑った。確かに筋の通った筋書きではある。だが、この私を納得させるには甘すぎる。


「先生。あなた……『魔法』というものをご存知かしら?」マリの瞳から完全に感情が消え去り、その口元に凶悪で美しい悪魔の笑みが浮かんだ。


次の瞬間、彼女の手中に真紅の大剣が具現化する。ためらいの一片すらなく、マリは膝突く清水先生の首筋へ向けてそれを一閃させた――。


――ガキンッ!!


しかし、振り下ろされた斬撃は半空で無数の光粒子へと分解され、霧のように消散した。


自分と周囲の魔力が、目に見えない力によって急速に吸い上げられていく。魔法の行使が強制的に阻害されたのだ。


「……あらあら。最初から私を疑っていたわけね」崩れ落ちていた女がゆらりと立ち上がった。その顔からは怯えが消え去り、極悪非道な陰惨な笑みが浮かんでいた。


異変を察知したマリは即座に後方へ跳躍し、距離を取る。敵は魔法の行使を直接干渉・妨害する何らかの手段を有している。これではドレスへの変身すら叶わない。


「ええ。堀町のような愚か者が、あたくしの校門突破の癖やクラスメイトの個人情報を独力で把握できるはずがありませんもの。それらを手配できる立場にいるのは、清水先生……あなたしかおりませんわ」マリは身構え、かつての恩師を凝視した。目の前の女は手に生えた禍々しい漆黒の利爪を不気味に舐めずり回し、歪んだ笑みを深めていく。


「賢い子ね、マリさん。そうよ、あの金持ちのボンボンに話を持ちかけたのは私から。だってあの子、死ぬほどあなたに執着していたんですもの」


「我が主(主上)の降臨のため、障害を排除する――それだけよ!」清水先生が跳躍した。鋭利な爪が空を裂き、狭い教室内に重苦しい金属音が響き渡る。練習用の鉄剣と不気味な利爪が交錯し、激しい火花が散った。


「そんな子供のおもちゃで、この私に勝てると思っているの!?」清水先生の強烈な蹴りがマリの腹部を捉えた。マリの身体は吹き飛び、木製の引き戸を激しく破砕しながら廊下へと打ち付けられた。


「……ただの凡人が、己の肉体だけで怪物に挑む。……なんとロマンチックなシチュエーションですこと。感謝いたしますわ、先生」マリはゆっくりと立ち上がった。服の汚れを軽く払うと、口元の血を拭い、再び練習用の鉄剣を両手で強く握り直した。


「……本当に、あなたという娘の脳構造が理解できないわ!」清水先生の腕の筋肉が気味悪く膨張し、利爪が鈍い光を放つ。その容姿は徐々に人間としての形を失い始めていた。


「マリ・ロザリアは……竜を討つ戦乙女(ヴァルキュリア)ですのよ」マリは悠然と笑ってみせた。その双眸は氷のように冷たく、恐れなど微塵も感じさせない。


「ならばその愚かな美学と共に、地獄へ落ちなさい!!」怪物が暴風のごとき速度で突進してくる。凶悪な爪が、次の瞬間にマリの華奢な肉体を八つ裂きにせんと迫る。


「Mordhau(ハーフソード・ハマー打撃)!!」マリは極限まで姿勢を低く低空へ潜り込んだ。敵の爪が鉄剣の身を滑り、耳を劈く摩擦音を立てる。その摩擦の瞬間、マリは両手で剣刃(ブレード)を直接掴み取ると、本来の柄ではなく柄頭(ポメル)と十字護手(ヒルト)の重厚な金属部位を、槌(ハンマー)のように敵の顔面へ向けて叩きつけた!


バコンッ!! と重い破砕音が響き、清水の額が大きく陥没する。マリは即座に間合いを詰めて後方へ跳躍した。敵の生命力は想定以上に強靭だ。


「無駄よぉッ!!」怪物は狂気的な高笑いを上げると、歪んだ指先で飛び出しかけた己の目玉を力任せに眼窩へと押し戻した。


「先生……あなた、どうしてあたくしが『コンセプトレストラン』を選んだか、お分かりになりますこと?」マリは口元を吊り上げ、悪魔的な微笑を浮かべた。


「知るかそんなことッ!」


「本物の『剣』を、堂々と持ち込めるからですわ」


マリは手にした鉄剣を見つめた。刃にはすでに無数の欠けと亀裂が入っている。長引きさせればこちらが不利だ。使徒として相手の個体性能はそれほど高くはないが、頭部を破壊されても平然と起き上がってくる異形は、普通の人間にしてみれば絶対に勝てない絶望の対象だ。


――だが、凡人の肉体をもって不可能な存在を凌駕する。それこそが「竜殺し」の真髄だ。


「ただの生身の人間であるあなたに、何ができるというの!」怪物が嘲笑する。しかし、目の前の少女を「ただの人間」と定義した時点で、敵の敗北は決定していた。


「まったく……せっかくの可愛らしい衣装ですのに」マリはメイド服のエプロンを豪快に引き千切ると、それを片手に絡め取った。


「無駄悪あがきをッ!」清水が再び襲いかかる。マリは身を翻して間合いを外すと、視界を塞ぐように引き千切ったエプロンを相手の顔面へと投げつけた。白布が怪物の視界を完全に遮断する。


その刹那の隙を見逃さず、マリは跳躍。全身の遠心力を乗せた渾身の一撃が、清水の項(うなじ)へと正確に叩き込まれた。


グシャッ!


首骨を破壊された怪物が膝から崩れ落ち、一時的に運動機能を喪失する。


「トドメ(フィニッシュ)ですわ!!」マリは両手で十字護手を逆手に握り直すと、剣先を敵の背身へと向けた。自らの体重のすべてを注ぎ込み、鉄剣を「杭」のように深々と怪物の胸腔へと突き立てる!


ドスッ!


心臓を貫かれた清水の身体から、完全に力が抜けた。


干渉されていた魔力が、濁流のようにマリの体内へと還元されていく。これでようやく、本物の魔法が使用可能となった。


「……なるほど」


マリは足元の肉塊を冷ややかな目で見下ろした。異界の生物のように光粒子となって消滅する気配はなく、その胸の奥では微かに心臓が脈動を続けている。


「残念ですが、その程度の浅知恵があたくしに通用するとお思いで?」マリの手中に、完全な姿を取り戻した真紅の大剣が現れる。彼女は容赦なく腹部へ向けて剣を振り下ろしたが――次の瞬間、視界を灼くほどの強烈な閃光が教室全体を包み込んだ。敵の緊急脱出(ワープ)の仕掛けだ。


「逃げられましたの……?」マリが目を開けると、教室のドアの前に、優子がぽつんと立っていた。


「逃げられたな」優子は感情の失われた氷のような声で呟いた。その表情には何の起伏もない。


「問題ありませんわ」マリは優子の元へ歩み寄ると、その華奢な手を優しく握り締め、眩しいほどの笑みを向けた。


彼女は優子の性格も、声の癖も、さらにはその心拍のリズム(拍動)まで完全に把握している。


――だからこそ、使徒のこのような拙劣な偽装(お芝居)に騙されるようなマリ・ロザリアではない。


「だって……本物はここに逃げてきているのですもの!!」マリは「優子」の手を万力のような力で固く握りしめた。次の瞬間、世界の色彩が反転する。


空間が破裂し、二人は異界へと引きずり込まれた。――これこそが、マリ・ロザリアの固有魔法。


広がるのは、息をのむほど豪奢な劇場の空間だった。観客席は左右の圧倒的な高台に配置され、中央には青澄んだ水が満々と湛えられた巨大なプールが広がっている。水底には眩い純金が敷き詰められ、色鮮やかな花壇を載せた小さな舟が、静かな水流に乗ってゆったりと揺られていた。


「素晴らしいロケーションでしょう? あたくし、この場所の空間座標(コード)をずっと記憶しておりましたの」ステージの上で、マリは「優子」を見下ろした。水面には二人の姿がくっきりと映し出されている。


「貴様……!」


「優子」が魔法少女の姿へと変貌を遂げると、空を覆い尽くすほどの隼(ハヤブサ)の群れを召喚し、マリへと一斉に襲いかからせた。


「優子の名を汚すんじゃないわよ!! 彼女が本物の戦場で、このような無防備な姿を晒すはずがありませんわ!」マリは疾走した。舞い散る虹色の蝶の群れに包まれながら、彼女の変身が瞬時に完了する。


真紅の大剣を一閃させ、迫り来る隼たちを文字通り一刀両断に切り捨てると、マリは一瞬で間合いを詰め、剣先を「優子」の喉元へと突き突きつけた。


「なぜ分かった……!?」偽物の優子は歯を食いしばり、理解不能といった表情でマリを睨みつけた。


「あたくしの耳は非常に聡いのですわ。優子の心拍のピッチも、発声の癖も、あたくしにはすべてお見通しですのよ」マリはそのまま突きを繰り出した。しかし、敵の真紅の大剣がそれを弾き返す。


「そう……あんたの耳は本当に聡いわね」敵の姿が歪み、形を変えていく。


洋服を纏った人形のような完璧な造作の顔立ち。白銀の如き流麗な髪。小柄でありながら豊かな胸元――それは、マリ・ロザリア自身の姿だった。


「あら、なかなかお買い物上手なセンスをしておられますわね。そんなに可愛らしい姿になられて」


マリは大剣を振るい激しい斬撃を繰り出した。しかし、自身の攻撃パターンを完璧に予知されているかのように、すべての刃が滑らかに受け流されていく。


「はぁ……自分の攻撃って、こんなにも手応えがないものかしら?」偽物のマリは口を尖らせると、マリの攻撃をかわしながら不満そうに呟いた。


「戦闘中にそんな余計な考え事をしていると、命を落としますわよ?」偽物は小悪魔のような笑みを浮かべた。その瞬間、二人が立つステージの床面に、巨大な亀裂が走り出す。


マリは即座に跳躍して後退したが、すでに舞台全体が脆く崩壊しかけていた。一歩足を滑らせれば、下の水池へと転落し、相手の意のままに切り刻まれることになる。自分の魔法で構築された空間がどのような特性を持つか、マリ自身が誰よりも理解していた。


「舞台(ステージ)を破壊するなど、一流の演者(役者)としての素養に欠けておりますわね」


崩れゆく床を見下ろし、マリは気品ある微笑を保ちながらも、その瞳の奥には激しい憤怒を宿らせていた。


「そのような下らん美学にこだわっていては、戦には勝てませんわよ!」偽物のマリは凶悪に笑うと、大剣を一振して凄まじい暴風を巻き起こし、舞台の崩落を加速させた。


崩れ去る舞台から二人は同時に飛び降り、水面に浮かぶ幾艘もの小舟の上へと着地した。広大な水池を挟み、二人の「マリ」が対峙する。


「ええ、あなたには『観客』がおりませんものね。だから美意識などというものを理解できないのですわ」マリは船上に飾られていた一輪の鮮花を手にとると、静かに水面へと投じた。花弁は水に触れた瞬間、不気味な黒ずみを帯びて溶け崩れ、深海へと消えていった。


あの水池を満たしているのは、超高濃度の強酸液だ。


「この世界の貴族たちは、このような壮大な建造物を造り上げましたの」マリは目の前の偽物を見つめ、冷徹な笑みを浮かべた。


「ですが、この建物の本来の用途……それはローマのコロッセオと同じですわ。そしてあたくしたちは、死を賭して戦う剣闘士(グラディエーター)」


「まるで暴君ネロの悪趣味な戯れですわね」偽物のマリもまた冷笑を返した。二人は言葉を交わさずとも完璧なタイミングで踏み込み、同時に大剣を振り抜いて凄まじい津波を巻き起こした!


酸の巨浪が正面から激突し、水滴が雨となって二人へと降り注ぐ。


しかし、マリの周囲を舞う虹色の蝶たちが一斉に羽ばたき、微細な気流を作り出して降り注ぐ強酸の雨をことごとく弾き飛ばした。


酸の霧が晴れ渡る刹那――蝶たちに祝福された小舟の上で、マリの大剣は偽物の胸の中央を完璧に貫いていた。


「な……ぜ……」偽物は血を吐き出しながら、己の胸を深々と穿つ真紅の刃を固く握りしめた。


「あなたには『観客』がいない……だから観客の反応を計算に入れた行動ができませんでしたのよ。それでは、一流のアイドルにはなれませんわ」


マリは悪魔のように甘く囁くと、一気に刃を引き抜いた。


ドサリと音を立てて、偽物の身体は強酸の池へと転落していった。


周囲を舞う虹色の蝶たちが、憐れむように羽ばたく。彼女たちは、かつて異界の戦場でマリが拾い集めた魔法少女たちの「魂の残滓」。力は弱くとも、彼女たちには確かな実体があったのだ。


「だから……あなたはこの『マリ・ロザリア』にはなれませんの」


激しく沸き立つ酸の池から、青い煙が立ち上る。


熱意に満ちていたあの若い女性教師。彼女もおそらくは、使徒の手に落ちた無数の犠牲者の一人に過ぎなかったのだろう。使徒が滅び去った今、この現世から彼女の存在した記憶もまた、綺麗さっぱりと抹消されていく。


マリは激しく泡立つ水面を見つめた。かつての教え子として、彼女だけは、いつも自分に振り回されていたあの哀れで愛おしい教師の面影を、決して忘れることはないだろう。

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