第二十九章:勝利の剣
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九条家の剣道場。ウォーミングアップを終えたマリは、いつもの大剣(木剣)を手に取り、自らの内に渦巻く雑念を断ち切るかのように激しく振り抜いていた。
体中から大汗が噴き出し、その鋭い双眸にはいささかの揺らぎもない。繰り出される一挙手一投足は、すべて寸分の狂いもなく敵の心臓(急所)を貫くためだけに最適化されていた。
「マリ!」その鋭い動作を呼び止めたのは、マリの祖父であり、この道場の主である九条龍二だった。
「どうなさいました、オーパ(おじい様)?」マリが剣を振るう手を止めると、歩み寄ってきた龍二は、彼女の手から容赦なく木剣を取り上げた。
「マリ、ワシにはよく分からん。お前のような若い娘が、なぜこうも刀剣を振り回すことに執着するのか。……だが、最近のお前の剣は少々妙だ。焦りすぎている」
「あたくしの剣が、ですか?」マリは怪訝そうに祖父を見つめた。身体的な若さの優位性だけで言えば、現在の彼女なら年老いた祖父を容易に圧倒できるはずだった。だが、剣の本質を見抜く眼力において、彼女はまだこの老人に遠く及ばない。
「そうだ。お前は一体、何をそんなに煩悶している?」
「煩悶……」
「今のお前の剣はあまりに重苦しい。まるでただの『鉄の塊』を力任せに振り回しているようだ。一撃必殺を追うだけならそれも良かろう。だが、ワシがお前の鍛錬を見てきた限り、お前の剣技の本質は致命傷を与えることではなく、相手を無力化することにあるはずだ」
龍二は手にした木剣を見つめた。それはただの木製の剣であるにもかかわらず、刃の部分に刻まれた無数の傷跡や摩耗は、見る者に凄惨な実戦の気配を感じさせた。もし自分の孫娘が振るっていたものでなければ、昭和の時代の叩き上げの軍人が戦場で使い込んだ得物(武器)だと錯覚しただろう。
「オーパ。……実は、あたくしには背負わなければならない重大な使命がありますの。ですが、その詳細を口にすることは許されませんわ」
「そうか。お前はそれを、たった一人で抱え込んでいるのか?」老剣士は、まるで罪人を尋問するかのような冷徹で重みのある眼差しをマリに向けた。たとえ相手が目に入れても痛くない最愛の孫娘であろうとも、龍二には決して妥協できない一線があった。
「いいえ。……あたくしには、魂の底から信頼できる仲間がおりますの」マリは一度視線を落として少し考えた後、いつもの甘く、自信に満ちた微笑みを浮かべた。
「ふむ。男や色恋沙汰が絡んだ話ではなさそうだな」龍二の張り詰めていた表情が、いくらか和らいだ。一人の老人として彼にできることは、ただ孫娘の選択を信じ、必要な時に十分な支えを与えることだけだった。それに何より、自分の孫娘は恐ろしいほどに聡明だ。
「当たり前ですわ! オーパ、あたくしを一体どこの平民の娘とお思いになって?」
「思い出すな。お前がまだ六歳、あの双子のウィリアムとエリザベスが十四歳だった頃のことだ。彼らもお前と同じように道場と鍛錬を愛し、まるで黒船のように近隣の道場へ道場破り(キックアウト)に繰り出していたものだ」
「あたくしも、あの場に同行していたような気がいたしますわね……」マリは朧げな記憶を呼び起こした。彼女の兄と姉である双子は極端に無口だったが、その行動力は常に常軌を逸していた。
ある年の夏休み、兄姉はマリを連れて日本へやってきた。彼らは小遣い稼ぎのために、大量のグラフィックボードやPCパーツ、そして特殊な冷却液を買い込んできたのだ。
当時、水槽のような冷却液の中に沈められたパソコンの基盤を見て、幼いマリは「サイバーな熱帯魚でも飼育し始めたのかしら」と本気で思っていた。
「マリも一緒になって、あの二人の応援に走り回っていたな。結果、あの一米七超えの小童どもは、近隣の中学の剣道部員たちを片端から叩きのめしていった」
「実にあのお二人らしい、型破りな所業ですわ」
「彼らは互いを『半身』と呼び合っていたな。何かの狂ったアニメーションの影響だろうが。……まあ、あのがき共も今では立派な大人になった。実に感慨深いものだ」龍二は小さくため息をついた。あの二人は当時、ドイツ語で自分には理解できない奇妙な用語を連発していたものだ。
「あれはただの中二病ですわ。お兄様とお姉様の思考回路は、昔から常人の理解の範疇を超えていましたから」マリは苦笑した。兄たちはいわゆるオタク文化をこよなく愛し、時にはマリに非常に高価で豪奢なドレスを着せて、嬉々として写真を撮影していたものだ。
「今でもワシは、彼らの行動が奇妙でならん。だが、ロザリア家の祖先たちの肖像画を見せてもらった時、ワシはてっきり全身を強固な板金鎧で固めた勇猛無比な騎士が現れるかと思っていた。……だが実際に目にしたのは、妙に色鮮やかで花美な格好をした、やたらと体格の良い男たち(ランドツクネヒト)だった」
「それは……」マリは家の中に飾られている肖像画を思い浮かべ、少しきまずそうに視線を泳がせた。彼女の祖先たちの多くは、戦場で最も目立つド派手な衣装を纏った傭兵たちであり、中には美しすぎてその性的指向を疑いたくなるような美男子も数多く存在していた。
「ワシは当時、このような軟弱そうな格好でどうやって戦場を生き抜いたのかと疑問に思った。だが、お前たち一家の身のこなしを見て、ようやく理解したのだ。あの派手極まりない男たちが、いかにして戦っていたかをな」
龍二はマリをまっすぐに見つめた。
「お前たちの使う剣術の神髄は、乱戦の中で自らの身を守り、かつ徹底的に相手の戦闘能力を奪うことにある。日本剣道のような、己の命を投げ打つ『捨て身の必殺』とは根本的に異なるのだ」
「重装騎士を戦場から駆逐したのは、火器の発達だけではない。戦場を『商場』として割り切り、泥臭く実利を求めたお前の祖先のような傭兵たちだ」
「マリ。ワシには今の若者の流行など分からん。だが、今のお前の剣の振り方は、まるで自分に合わない不慣れな武器を無理に使っているかのように見える。非常に効率が悪い。一人の『兵士』の眼から見れば、それは勝利を掴み取るための剣ではない」
龍二は手にした木剣をマリへと放り投げた。銃火器が戦場を支配する現代においても、刀剣の持つ精神的な価値は依然として死んではいない。
「……だが、何よりもしっかり飯を食うこと。それこそが、いかなる戦いをも制するための絶対的な基本だ。マリ、おばあ様がお呼びだぞ」
おじい様はそう言って豪快に笑うと、マリに向かって手を振り、道場を後にした。




