第二十六章:歴戦からの生還
【重要なお知らせ】作者多忙のため、来週より毎週月曜日のみ(週1回)の更新に変更させていただきます。
「今回の勝利に――カンパーイ!」
カラオケの個室の中、亜季はオレンジジュースを高く掲げ、一気にグラスを空にした。
「乾杯ですわ!」
「乾杯」
マリと優子もそれに続いて杯を掲げ、オレンジジュースを飲み干した。
「今回の勝利は貴重。それに、意外な収穫もあった」優子はバッグから、見慣れない文字が刻まれた一枚の金属板を取り出した。
「何かしら、これ?」マリが身を乗り出し、魔力の微光を放つ金属板を好奇心に満ちた目で見つめる。優子までが異界から物品を「拝借」してくるとは思ってもみなかったのだ。
「あの世界は魔力を基礎エネルギーとして駆動していた」優子が魔力を注ぎ込むと、金属板はふわりと宙に浮き上がったが、次の瞬間には「パチッ」と音を立てて粉々に砕け散った。
「先輩、マジで手品でも見せてんの?」
飛び散る光の屑を見て、亜季は吹き出した。爆発した板は何の役にも立たなかったが、散らばる蛍光はとても美しく、まるで室内の小さな花火のようだった。
「まさか、あたくしたちの世界で異界の道具でも造ろうとなさっているのではなくて?」マリは優子をジロリと睨んだ。優子は日常における魔法の行使を頑なに禁じていることで有名だからだ。
「てか先輩、いっつも日常生活で魔法乱用すんの反対してんじゃん」亜季も不思議そうに彼女を見つめ、疑いの眼差しを向けた。
「実は、なぜ『使徒』のような強大な異界の存在が、私たちの世界に来ると急速に衰退するのかをずっと考えていた」優子は静かに頷き、冷静な口調で続けた。
「強大な異界の生命体が現世で活動すれば、それだけ消耗が早まる。だからこそ、人間に憑依するか、あるいは取って代わる必要があるのだ」優子はため息をついた。その表情には僅かな虚しさが滲んでいた。
「私たちは所詮、魔力の器に過ぎない。あの宝石……これにも、おそらく私たちの認知を超える魔法の行使を防ぐための、何らかの制限機構が内蔵されているのだろう」
「はいはい、そこまでですわ!」
マリはその隙を突いて、優子の口に大きなケーキを放り込み、今にも理論講座へと発展しそうだった彼女の語り口を強引に遮った。
「……すまない、水を差した」優子は無表情のまま二人を見た。確かに今は、自分が場の空気を読めていなかった。
「明日生きていられるかも分からないのですから、今はただ勝利の余韻を楽しみましょう」
マリはケーキをフォークで上品に口に運んだ。これは彼女が出戦前に特別に予約しておいたもので、予約を取るのが非常に困難な有名店のものだった。
「でもさ、うちら三人だけなんだよね」
亜季は二人を見つめた。これっぽっちの人数で、世界を滅ぼしかねない存在に立ち向かわなければならないとは、今でもどこか現実感がなかった。
「実は……もう一人いますのよ。ただ、彼女は戦いに加わるつもりはないみたいですけれど」マリは首を振り、デンモク(曲のリスト)をいじった。
「毎回こういう場所を選ぶが、少し単調だとは思わないか?」優子は咳払いをして、個室を見回した。
「しょーがないっしょ、ここくらいしか気楽に話せる場所ないし。てか、お祝いの時まで良い子ぶるのとかマジ勘弁」
亜季は脇に置かれたメガネケースとヘアバンドを指差した。
「なるほど、『AKIAKI Channel』の登録者数が三十万人か」
優子はスマートフォンを取り出し、亜季のチャンネルの数字に目をやった。投げ銭や広告収入だけで、そこらのサラリーマンよりも稼いでいるらしい。これぞ元アイドルの実力といったところか。
「実はあたくし、男子たちが優子の噂をしているのをよく耳にしますのよ? 彼女は『高嶺の花』だ、なんてね」
マリはいたずらっぽい笑みを浮かべた。挑発の色が十分に混ざっている。
「へー、先輩ってあっちの学校だとそんなキャラなんだ」
「いいえ、どちらかと言えば――『学年トップの怪物』という説の方が濃厚ですわ」
「ウケる。最近のAIの方が、よっぽど人間味あるっしょ」
「魔法少女になる前、私はただの凡人だった。勉強ができて、規律を守るだけの、ただの凡人だ」
優子はフンと鼻を鳴らし、いつもの無機質な瞳で二人を見返した。
彼女はただの一般人のように、真面目に勉強して、良い大学に入り、安定した仕事に就けば未来を掴めると信じ込み、その道をただ誰よりも徹底的に突き詰めただけだった。
「でも、マリちゃんも何気にヤバくね? あの学校でトップテン維持してるとか」
「当然ですわ。あたくしは貴族ですもの、トップテンくらいどうということはありません!」
マリは誇らしげに胸を張った。
「だが、いくつかの概念において……お前はまだ復習が必要だ」
優子は教師のように厳格な視線をマリに向けた。
イントロが流れ始めると、マリと亜季はかつてのアイドル時代に戻ったかのように身体を揺らし、メロディに合わせて歌い踊った。曲が終わり、二人はマイクを優子へと手渡した。
画面に映し出されたのは、誰もが耳にしたことのある童謡『きらきら星』だった。
「私は流行の音楽には疎いが、一曲も歌えないわけではない」
優子はまるで次の決闘の挑戦状を受け取るかのようにマイクを握った。しかし、画面の曲名を見た瞬間、彼女はピキリと眉をひそめた。それはあまりにも明白な、幼い頃の兒歌だった。
「優子って、子供の頃はプログラムのコードから生み出されたわけじゃなかったんですのね」
マリは悪戯が成功した子供のように、優子の表情を見てコロコロと楽しげに笑い転げた。
「あはは、優子先輩サーセン!」
亜季はペロッと舌を出した。
「お前たち……」
優子は目を細めて二人を睨みつけたが、それでもマイクを口元に寄せ、静かに歌を歌い始めた。
もしかしたら、これこそが彼女が普通の少女に戻れる、数少ない瞬間なのかもしれなかった。




