第二十四章:強襲の美学
「『アリス・ワンダー(Alice wonder)、変身!』」激しい狂風が優子の金色の長い髪を荒々しくなびかせた。
彼女が選択したのは、この世界の「上空」へと次元の入り口を開き、世界そのものに対して真っ向から力任せの強襲を仕掛けるという、極めて苛烈な手段だった。
「ちょっと待って! そこまで過激な方法をとる必要マジでなくない!?」隣にいた亜紀は、優子をキッと睨みつけた。
あの合理的で頭のいい先輩が、よもやこれほど無茶苦茶で乱暴な作戦を思いつくとは想像もしていなかったのだ。
「『ピノキオの冒険』って聞いたことある?」優子が静かに魔法書を開くと、そこから数頭の巨大なクジラが咆哮を上げるように飛び出してきた。そのうちの一頭が大きな口を開け、彼女たちを丸呑みにする。
直後、鼓膜を破らんばかりの凄まじい轟音とともに、クジラたちは地上へと墜落した。
分厚いクジラの脂肪が落下の衝撃をすべて吸収したが、激突した無数のクジラたちの圧倒的な質量は、地面に隕石の衝突跡のような巨大なクレーターを穿ち、かつて緑豊かだった妖精の森を、またたく間に血肉の飛び散る地獄絵図へと変え果てさせた。
「『ハンターフッド(Hunterhood)、変身』」
クジラの死骸の山から、深緑の不気味な光が噴き上がった。変身を遂げた亜紀は死骸の隙間から這い出したが、周囲の血肉がこびりついた凄惨な光景を目にした瞬間、胃袋がひっくり返るような感覚に襲われ、思わず嘔吐しそうになった。
「マジでありえない……。マリちゃんが『あの先輩の脳みそには美学って言葉がない』って言ってたの、ガチで理解したわ」
そうこうしている間にも、遠くから無数の人影が動き始めていた。しかし、優子によって地形が完全に破壊され、あちこちにクジラの残骸が散乱しているため、敵の軍勢は嫌でもこの血肉の領域へと足を踏み入れざるを得ない。
そこへ、何発もの鋭い銃弾が容赦なく襲いかかった。亜紀による超長距離からの狙撃だ。残影たちは回避を試みたが、地面が想定外に滑ることに気づく。クジラから流れ出た大量の脂肪のせいだった。
「ダンス教室の床の方が、ここよりよっぽど滑るし!」遠方から飛んでくる矢や光線を紙一重でかわしながら、亜紀は油で滑る地面の慣性を利用してスライディング移動し、同時に正確な照準で反撃を叩き込んでいく。
彼女は弾痕のクレーターへと滑り込み、遮蔽物を蹴って跳躍した。血と骨で構成された最悪のステージ。矢と弾丸が作り出す「スポットライト」を掻い潜りながら、彼女は銃声という名の轟鳴を響かせ、戦場という名の演奏を完璧にこなしていく。
同時に、上空からは優子の召喚した無数の鷹やハヤブサが地面の敵へ向かって猛烈な攻勢を仕掛けていた。油まみれの滑る地表は、同じく優子が放った毒蛇たちの機動力と隠蔽性を劇的に向上させていた。
亜紀の正確無比な射撃、空からの猛禽類の突撃、そして地を這う毒蛇たちの容赦ない攪乱。元魔法少女たちの残影は、一歩前進するたびに、天文学的な損失を強いられていった。
「次のフェーズへ!」優子は激しく肩で息をしていた。敵を仕留めることで魔力は補給できているものの、途切れない連続した魔力消費は、確実に彼女の肉体に疲労を蓄積させていた。
上空には、次々と新たな人影が現れ始めていた。ある者は異形の乗り物に跨り、またある者は自らの力で浮遊している。空戦を得意とする魔法少女の残影たちだ。
「はぁ!? ――次のフェーズって何よ!」亜紀は空を見上げた。彼女たちは地上ユニットとは違い、遮蔽物を迂回して上空から攻撃を仕掛けてくる。低空には身を隠す場所など何一つない。
しかも彼女たちは近代的な戦闘機ではないため、電子照準器のような高度なシステムは持っていなかった。火力こそ強大だが、彼女たちにできるのは零戦のように急降下し、地上ユニットと泥臭いドッグファイトを演じることだけだった。
亜紀は素早くマガジンを装填し、より口径の大きい銃身へとパーツを換装した。さらに強力な火力で、一気に奴らを叩き落とすつもりだ。
突然、トウモロコシの花粉が霧のように辺り一面に立ち込め始めた。上空の残影たちは矢や光線による飽和攻撃を仕掛けてくるが、それを遮るように、無数の蜂の群れが空を埋め尽くし、視界を真っ黒に染め上げた。それらは一見ただのミツバチだったが、その身体には大量の花粉と、そして引火性の高い脂肪が付着していた。
「跳んで!」優子が亜紀の元へ駆け寄り、その腕を掴んで思い切り地面へ向かって跳躍した。直後、地表が大きく陥没し、二人は深い穴へと落下していった。
それは、優子が事前に召喚しておいた無数の「ハダカデバネズミ」たちが掘り進めた地下の坑道だった。
「もう、マジでめちゃくちゃなんだから!」亜紀は落下しながら上空に向けて手榴弾を投げつけた。爆発は坑道の入り口を完全に崩落させると同時に、地上の粉塵へと引火した。
連鎖的に巻き起こる大爆発。クジラの脂肪とミツバチの群れは巨大な爆弾へと変貌し、地上を瞬く間に巨大な火葬場へと変え、すべてを焼き尽くしていった。
「七百人……。まずはこの魔力を消化しなければ……」優子は顔面蒼白のまま崩落した坑道の中に座り込み、変身を解除して普通の少女の姿に戻った。
「嘘、先輩でもオーバーヒートすることあるんだ」亜紀が優子の額に手を当てると、彼女の体温は異常なほど高くなっていた。
亜季自身も大きく息を吐き出す。これほど高強度の戦闘を続けたせいで、自分の身体も熱を帯びていたが、その体内にはかつてないほどの魔力が満ち満ちていた。
「あそこが一番薄い。そこから外へ出て」優子は坑道の天井の一角を指差した。
「はいはい、マジで人使い荒いんだから」亜紀は銃を構え、数発の徹甲弾を土の壁に撃ち込んで無数の細かい穴を穿った。天井がガラガラと音を立てて崩落し、隙間から容赦のない灼熱の空気が顔に吹き付ける。
「それじゃあ、再登台といきますか!」
彼女は坑道から飛び出し、再びその炎が吹き荒れる戦場へと足を踏み入れた。
彼女の銃口から吐き出される炎は、さながら死神の鎌のようであり、襲い来る少女たちの残影を次々と刈り取っていく。
彼女たちは致命傷を負いながらも、折れた四肢とボロボロの肉体を引きずり、亜紀に向かって盲目的に突撃してくる。――本来、とうの昔に迎えているべきだった、自らの「死」に向かって。
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