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第十五章:仮面の王子

「ご精読ありがとうございました!もし少しでも『面白い』『続きが気になる』と思ってくださったら、ページ下部にある【ブックマークに追加】や【評価(☆☆☆☆☆)】で応援していただけると、執筆の励みになります!ぜひよろしくお願いします!」


「あの、ロザリアさん。実は最近、防犯カメラに放課後、塀を乗り越えている君の姿がよく映っているのだけど……?」休み時間、清水しみず先生はマリを臨時の面談室へと呼び出した。もちろん、頭ごなしに説教をするような真似はしなかった。


「あら! そうでもしなければ、放課後の校門前の交通安全に影響が出てしまいますわ」マリはわざと声をワントーン高くし、大袈裟に驚いてみせた。


彼女が塀を乗り越えて下校するのは今に始まったことではない。これまでは校方(学校側)も担任も、基本的には見て見ぬ振りを決め込んでいたはずだった。


「実はね、君が頻繁に塀を乗り越えていることが、どうも校外にまで噂として広まっているみたいなの」


清水先生は声を潜めた。着任したばかりで、未だ教育への熱意に満ち溢れている彼女にとって、初めて担任を持ったクラスにマリのような「問題児」がいるのは頭の痛いところだった。


当然、マリの成績は優秀で、体育もほぼ万能。何より、この年齢の学生には到底備わっていない圧倒的な実務能力を持っていた。


それは彼女の過去のアイドル経験や、尋常ならざる家庭環境に起因しているのだろう。


「なるほど。教えていただきありがとうございます、先生」


マリは丁寧に頭を下げ、燦然たる笑みを浮かべた。流石のマリにとっても、これは想定外の事態だった。

すべての事象を自らの掌の上で計算し尽くすことなど不可能だ。だからこそ、平穏な日常の随所に「同盟者アライ」を配置しておく必要がある。


彼女はオフィスを出ると、即座に対策を練り始めた。


廊下を歩きながら、天性の鋭敏な聴覚を働かせる。それだけで、周囲の誰が自分に好意を抱いているかが手取るように分かった。幼少期、彼女はこの能力のせいで深く悩まされたものだ。


毛虫が木の葉をかじる微細な音から、他人の心臓の鼓動までが容赦なく耳に飛び込んでくる。


群衆の中を歩くのは、彼女にとって不協和音の演奏会を聴かされているようなものだった。だからこそ、彼女はあえて「高調ハイテンション」に振る舞うことで、周囲の人間の心音のテンポを強制的に同調させ、調和をもたらしていたのだ。


ちなみに、アイドル時代はステージ上で常に特注のノイズキャンセリングヘッドホンを装着していた。


放課後。マリは今日、東・西・南・北のどの塀を乗り越えるべきか思考を巡らせた。


最終的に、路地裏に最も近い壁を選ぶ。バッグからあらかじめカットしておいたアセンダー用のロープを取り出し、二つ折りにして支柱へと引っ掛け、登攀とうはんを開始する。魔力を使わない生身の状態で、女子高生が5メートルの絶壁を直に登るのは本来なら無茶な話だ。


けれど、この登攀プロセスは腕力と心肺機能の鍛錬になり、突発的な災害への即応訓練にもなる。魔法を使えば一瞬で、かつ痕跡を残さず解決できるが、必要に迫られなければ極力使わないのが彼女のスタンスだった。


例えばテストの時、彼女には隣の席の生徒が文字を書く摩擦音が聞こえる。そのリズムからどの選択肢を選んだかさえ判別できた。


だが、そんなカンニング行為は貴族の審美眼(美学)に反する。作弊(不正)という汚点だけは、貴族の身の上に絶対に存在してはならないのだ。


「ロザリアお嬢様」背後から、聞き覚えのある男の声が響いた。


振り返ると、そこにいたのは背が高く、容姿端麗な男子大学生だった。


「あら、ごきげんよう。お久しぶりですわね、堀町ほりまち様」


マリは振り返り、優雅で従容とした微笑みを浮かべた。以前、彼女は学内の「無差別格闘大会」を通じて校内のすべての男子生徒を物理的に、そして完璧に振った(拒絶した)実績がある。しかし、校外の有象無象(しつこい連中)は未だに死に体のまま付きまとってくる。


九条くじょうのおじい様とおばあ様は、お元気ですか?」男は爽やかに微笑んだ。彼の名は堀町三郎ほりまち さぶろう


近隣の大学に通う学生であり、この地域の有力な政治家の息子だった。


彼の兄や姉たちはすでに社会に出て門を叩いているため、社会倫理の範疇においてマリの「白馬の王子様」の座を狙える独身の弾は、我が身をおいて他にないと思い込んでいる男だ。


Opaオパは最近、毎日ハチマキを締めて銃剣術の稽古に励んでおりますわ。Omaオマは体操に夢中でして。お二人とも恐ろしいほどお元気ですの」マリは微笑みながら、手にした白い手袋の端を小さく引っ張った。


「おじい様がそれほど硬剛(お元気)なら何よりだ」相手は笑っていたが、その心臓の鼓動(心音)には一切の変化がなかった。


「せっかく久しぶりにお会いできましたし、お隣のファミリーレストランで少しお話しでもいかが? あたくし、大学という場所がどのようなものか興味がありますの、堀町先輩」


マリは不遠処(少し離れた場所)に停められた高級車に目をやった。おそらく、ドライブにでも連れ出して夜景を拝ませる腹積もりだったのだろう。


――そんな安易な手口、乗ってあげるわけにいきませんわ。


一般の女子高生なら、高級車を目にすれば「イケメン」「社会的地位」「恋愛の可能性」を連想するかもしれない。だが、本物の貴族世家に生まれたマリは違う。そんなものはとっくに新鮮味を失った、むしろ「庸俗(俗悪)」の象徴に過ぎない。


マリが足早にファミリーレストランへ入ると、堀町も慌てて後に続いた。彼の表情には一瞬、愕然とした色が浮かんだが、すぐに自分の想定の範囲内へと収めて平静を装った。


何しろマリは本物の箱入り娘だ。男への防衛心が多少強いのも無理はない、と脳内変換したのだろう。


「僕、ロザリアさんがアイドルの頃からずっと注目していたんだ」


堀町は天真爛漫な笑みを浮かべ、同時にその瞳に僅かな羞恥を滲ませた。


「まあ嬉しい。あたくしのファンでいらしたのね?」


マリは甘い笑みを返し、紅茶のグラスの氷をストローでそっとかき混ぜた。


「ああ。あのグループの結末は残念だったけれど、もし君が望むなら、もっと信頼できる(まともな)芸能事務所を紹介できるよ。僕の力でね」


「信頼できる、ですか?」


「相当にね! ロザリアさんの実力なら、アイドルから歌手やタレントへの転向だって、この僕、堀町三郎が絶対に保証するよ」


堀町は言葉巧みにマリを持ち上げた。しかし、その甘言の裏には、自らの家族背景の誇示と、マリの周辺を事前に嗅ぎ回ったという調査報告マウンティングが透けて見えていた。


「実はね……僕は本当に、ロザリアのことが好きなんだ」


堀町は頭を掻き、いかにも処置なしといった風を装って見せた。


「ふふ……実はあたくし、あなたが直接『マリ』と呼んでくださっても構いませんのよ?」


マリは人差し指を唇に当て、声音を優しく落とした。微かな涙光が彼女の眼角(目元)をかすめ、守ってあげたくなるような憐愛さを演出する。


「じゃあ、マリ……もし嫌じゃなければ……僕と、付き合ってくれないか」


少女の心の琴線に触れたと確信したのか、男は一気に攻勢へと打って出た。


「どうして……かしら?」


マリは俯いた。だがその頬は赤みを帯び、まるで初恋に胸を焦がす少女そのものだった。


「分かっているよ、マリ。男の人と付き合うのは、きっと初めてなんだろう……?」


堀町の口調には微かな震えがあった。目の前の奇跡が信じられないといった様子だ。


「あたくし、一応『アイドル恋愛禁止条約』を遵守しておりますのよ?」


マリの顔はさらに羞紅(赤面)し、耐えかねたように両手で顔を覆ってしまった。


「てっきり、マリさんは男の子にすごくモテるものだと思っていたよ」


「周囲の人間はあまりにも幼稚すぎますわ。それに……Opaオパが許してくれませんもの」


マリはストローから紅茶を吸い上げ、滾る(火照る)頬を冷ますように喉を鳴らした。


「どんな困難があろうと、僕のマリへの想いを止めることはできない。マリの家が厳格なのは知っている。けれど、マリが望むなら、僕は君のためにどんなことだってする覚悟がある!」


堀町は信誓旦旦(自信満々)に言い放った。周囲の客がチラチラとこちらを見ており、まるでトレンディドラマの撮影現場のような有様だった。


「では……あたくしのために、一つだけお願いを聞いてくださる?」


マリは身を捩り、いかにも気恥ずかしそうな仕草を見せた。


「マリが口にすることなら、火の中水の中、どこへでも飛び込んでみせるよ!」


「――それでは三郎さん、あたくしの前に二度と姿を現さないでくださる?」


マリは極上の、甘美な微笑みを浮かべた。


彼がどれほど耳障りの良い愛の告白を並べ立てようとも、先ほどから堀町の心音(心拍)は、ただの一度も乱れていなかったのだ。


「え……今、なんて言ったんだい?」


男の爽やかな微笑みが、突如として石のように凝固した。


「あたくし、この学校の『アイドル』になりましたの。ですから、今後も『恋愛禁止条約』を守り続けるつもりですわ。それに、先輩方からたくさんのロマンチックな恋物語ロマンスを伺いましたけれど、

――その王子様、全員あなた(同一人物)でしたもの」


マリは笑った。彼女は「完璧なペルソナ」がもたらす利便性を知り尽くしており、それをどう武器として運用すべきかも理解している。


「堀町三郎さん。日本という国は封建制度をほぼ完全に廃止した場所ですが、ウィーン、あるいはヨーロッパには、未だにいわゆる『貴族』という存在が厳然と息づいていますのよ」


マリは小さくため息をついた。目の前の男が、自分という存在をあまりにも理解していないことに呆れたのだ。


「三郎さん、あなたは帝国主義時代の日本の軍事行動に参加する覚悟はおあり?」


「……僕はあんな間違った戦争なんて支持しないよ」


男は義憤に駆られたように言った。当然だ、普通の現代人ならそう答える。


「では、明治天皇を優れた改革者であると認めますの?」


マリはさらに追及する。


「ああ、あのお方がいなければ現代の日本はなかった。それは当然の常識だ」


男は頷いた。日本人としての標準的な教育の賜物だろう。


「ですが、あのお方を起点として、日本は植民地主義の道を歩み始めましたわ。本土の資源が乏しい以上、国家を富強に保ち、食糧生産を増やすための最も単純なロジックは『対外拡張』ですもの。もしあなたが本当に貴族の血を引いているなら、どちらを選びますの? ……まあ、見たところ、あなたは本物の貴族の生まれではないようですけれど」


マリは淡々と告げた。


「貴族とは、そういう人々のことですわ。あなたが知る列強の背後には、多かれ少なかれこうした血筋の人間が出謀画策コントロールしていますの。だからこそ、今の世界にはこれほど多くの問題が溢れているのです。あたくしのGroßvater(父方の祖父)はナチスであり、Opa(母方の祖父)は軍国主義者でした。彼らの行いは間違っていましたが、貴族として、彼らは時代の先頭を走らねばならなかった。その道が正しかろうと、誤っていようと」


マリは軽く手を挙げ、給仕ウェーターを呼び寄せた。


「あたくしにはOpaほどの熱狂的な愛国心はありませんけれど、彼らの血が流れていますの。ですから、どうかあたくしをそこいらの平民(庶民)と同じ枠で測らないでくださいな」


「あの、お会計はご一緒でよろしいですか?」


やってきた給仕は、当然のように堀町三郎が財布を出すものと思って視線を向けた。


「Zusammen! Danke!(ご一緒で! ありがとう!)」マリは先んじて声をかけると、伝票に書かれた額丁度の紙幣をテーブルへと滑らせ、そのまま席を立って歩き去った。残されたのは、唖然とする男と給仕の二人だけだった。


この食事代は、せいぜい千円かそこらの端金はしたがねだ。しかしマリは、堀町三郎という男を「金を払う権利すら与えられない平民の階級」へと完璧に釘付けにしてのけたのだ。


堀町は席に座ったまま、怒りに身体を震わせ、奥歯をぎりりと噛み締めた。これほどの屈辱を味わったのは、彼の人生で初めてのことだった。

確かに堀町は貴族ではない。しかし、社会的な権力を持つ側の人間であり、決して無能な男ではなかった。


その日の夜。マリの自宅の正確な住所が、いくつかの主要なソーシャルメディア(SNS)上へと一斉に拡散された。


不穏なスレッドのタイトルはこうだ。

『軍国主義の生き残り、侵略戦争の罪人は審判を受けるべきである』


そこには、九条家が保有する莫大な財産や土地の明細、そしてその血統にまつわる黒い歴史が、これでもかと洋々洒々(詳細)に書き連ねられていた

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