1円は1枚1グラムなんだよ!
雅樹の日常。今回は変わったお客さま(?)が来店をする
~第四話~
英家の家族会議から一夜明けた朝の出来事…
早朝5時30分
リビングから香奈の柔らかな声が響く
『パパ~、由香~、起きなさい!二人とも仕事でしょ?』
『ママおはよう。由香もおはよう。今日はなんだか早いね…瞬君はまだ寝てる?』
香奈はチラッとリビングを見て一言…
『とっくに起きてるわよ。あなた達が遅いの!』
俺の後から寝ぼけ眼の由香が無言で現れる。
『………』
相変わらず由香は朝が弱い。いつまで経っても変わらない。
『瞬君おはよう。』
『あっ、英さんおはようございます!』
少しだけ吹っ切れた様子の瞬と挨拶を交わす。
昨日再会した時とは打って変わった笑顔が見える。
『瞬君、ココ、みんな英だから俺のことは雅樹でイイよ。』
俺が何が言いたいのか察した香奈も
『じゃあ私は香奈でいいわよ。』
無理矢理目を開けた由香も
『…………お姉ちゃんで…』
『ハイハイ、由香でいいからね~
簡単に朝ご飯用意したからみんな食べましょ~』
早めの朝食を食べながら香奈が瞬に今日の予定を話し出した。
『瞬君、今日は私と転校や引っ越しの手続きとか、細かい事を決めに行きましょ?お昼はオススメのお店があるからそこで食べましょ!』
『はい、昨日から楽しみにしてました。か、香奈さんよろしくご迷惑かもしれませんがお願いします。』
『ストップ!迷惑なんて何もないから!この人、雅樹にも頼まれてるのよね~。もうわかってると思うけど雅樹ってとんでもなくお人好しなのよ(笑)』
少し目が覚めかけた由香が一言ツッコんだ。
『それ、ママも…』
由香が言い終える前に香奈がニコッと由香を見据える…
香奈から無言の圧が感じられる…
その圧に気圧されて慌てて言う。
『そうだった、私も上司に相談があったから早く行かなきゃ!』
身の危険を察知したかの様に寝ぼけてた由香はビシッと動き出した。
『じゃあ、パパは予定通りお願いね。』
『もちろん、なるべく早く帰ってくるよ。』
『あっあの!雅樹さん、僕やっぱり雅樹さんと働きたいです。』
『わかったよ。面接の希望だけ伝えるよ。ただし、学校とか色々決まってからね?』
『はい!よろしくお願いします。』
『瞬君、働くならウチでもいいよ?』
由香はお姉さん風を吹かせたい様だ…
『そうだなぁ、瞬君が気になる方でいいよ?』
そんな他愛もない会話を楽しんでいると…
香奈からは笑顔で無言の圧が…
(二人とも早く自分の成すべき事をしなさい!)
こんな声が二人には聞こえた様な気がした…
俺と由香は香奈の笑顔の圧を受け、早々に仕事に向かう。
俺は元々休職中に繋ぎでバイトとしてスーパーに入った。元々職歴の中にスーパーの鮮魚チーフ経験があったから魚の調理という面では何も心配していなかったのだが…
当時の店長から面接の時に言われたのが枠が埋まってしまったと…
代わりに精肉なら…と
まぁ、肉の切り方を憶えるチャンスと思い、この提案を受け入れた。
3年ほどで一人前の肉の切り手に成長した後、社員にならないかと誘われたのだが、当時スーパーの近くにマンションを購入したばかり、転勤したくない事を理由に断ったのだが、ならば店舗固定の社員では…と、ありがたい提案をしていただいた為、この話を受けるのだった。
その後瞬や大勢のお客さんとの出会いと別れを繰り返すウチに由香も大学に進学、その間何度も転勤有りで更に好待遇にって話も何度もあったのだが由香が大学を卒業するまでは…と思いとどまっていた。
その後、現在の店長が赴任して、この店長との相性が良かったのか、本部の人事には、この店長がいる間は今のままでと伝えてある。
長いようで短かったココ十数年を思い出しているウチに職場でもあるスーパーに到着。
『やっぱりこの店通いやすいよなぁ~、転勤して千葉とか、神奈川だと通勤辛いよなぁ~』
と独り言を呟きながら制服に着替える。
着替えが終わるとビシッとスイッチが入る。
さあ、これから一日に何度か訪れる戦争の時間だ!
軽く売場を見ながら早朝のパートさんに挨拶を兼ねて声を掛ける。
ウチの会社は自社のセンターからパック詰めされた商品が届くのでそれを売場に並べ、必要な商品を作り開店を待つ。コレがかなり忙しい。
商品作りの順番を即座に作業時間を逆算し、効率よく進める。
開店を迎え、準備中の静寂から華やかな空気に変わる、開店と同時に見知ったお客さんが何人か来店する。
『あっ、おはようございます!昨日買われたお肉どうでした?』
『あら、マー君オハヨ!昨日のオススメ、美味しかったわよ~、あの調理法で料理すると鶏肉のムネ肉も柔らかいのね~』
常連さんの殆どが俺を雅樹から、マー君と呼ぶ人が多い。
『良かった~、あの切り方をするとメチャクチャ柔らかいんですよ~』
『あら?あたしは初耳よ?マー君私には豚バラスライスオススメしたわよね?』
『あっ、おはようございます!昨日のバラスライスどうでした?旦那さんがガッツリ系が好きだったのでバラスライスで厚揚げを巻いたのをオススメしたんですよ!』
『ああ、そう言う事ね~。旦那が喜んで全部食べちゃったわ』
『ウチは娘がダイエットって言ってムネ肉ってウルサいのよね~。でもムネ肉ってパサつくから私も旦那も飽きてきたんだけど、マー君の言った切り方を試したらムネ肉好きになったわ~』
こんなたわいもない会話が楽しみでこの仕事を続けていると自分でもわかる。
売場が落ち着いた頃合いを見計らって店長を探す。
見つけた!売場を忙しく動き回る店長がいる。
今の店長は20代の女性にして、最年少で店長に就任した仕事の出来る女性だ。
『店長~、おはようございます!』
『あっ!英さんおはようございます!
開店を迎えるまで何故店長と挨拶を交わさなかったかと言うと、店長は朝がメチャクチャ弱い(笑)
そんな状態で挨拶ならまだしも、瞬の話はとてもムリがあると判断して今に至る。
『店長、バイトの件なんですが…』
『英さん聞いてください!なんと英さんが帰った後で面接希望の電話がありまして!しかも17歳のフリーター!働く時間は何時でも大丈夫って!』
なにー!その条件、瞬と被る…下手したらバイトの枠が埋まりかねない!
内心焦りつつ
『おお~!これで慢性的な人手不足が解消される…。しかもです!、昨日僕の知り合いの同じく17歳の子もバイト希望なんですよ~。なのでこの子も面接よろしくお願いします。それと面接の日時が被らない様にしないとですね!』
いきなり人手不足のスーパーに若手が二人も面接!店長は一気にテンションがあがったようだ。
『はい~!英さんの知り合いの子もお待ちしてます!』
よし、無理矢理かもしれないけど、瞬の面接ももぎ取った(笑)
俺
『それで、その子なんですが、少し時間をもらえますか?ちょっとだけワケありで…』
店長
『もちろんです!英さんの紹介ですからね!』
こうして面接の確約を手にした俺は話せる範囲で瞬の身の上をサラッと話すことにした。
~数分後~
『わかりました、じゃあ各種手続が落ち着いて彼が働きたいなら面接で。まぁ採用は確定ですが(笑)』
今回瞬の話は両親が行方不明、俺の家でしばらく暮らす事、転校する事位に留める。
あまり深く話すと人情家の店長まで香奈と同じになってしまいかねない(笑)
少し余裕を見て昼前に香奈から仰せつかった指示を実行に移す。
『もしもし、私は英 雅樹と申します。そちらの学校に通っている橘 瞬君の事でお電話させていただきました。』
瞬の担任とコンタクトがとれた。
『お待たせしました。私は橘の担任の大場と申します。アイツまた何かやったんですか!最近は学校にもまともに来ないんですよ…今は夏休み中でして…目が届いてなくて申し訳ございません、橘は両親に捨てられたようでして…』
正直、この担任と話しているだけで殺意が湧いてくる。
なんなんだ?瞬の名前を出しただけで、また何かやらかしたって?親に捨てられた?そんな認識だから瞬は学校に行けなくなったんだよ!
爆発しそうな怒りを噛み殺し静かに担任に問う。
『またとは、以前にも何かしたんですか?橘君。』
もしかしたら何か事情があるのではないかと思い、冷静に話しを進める。
『いえ、あまり良くない噂が…両親に捨てられたのではなく、暴力を振るったかもしれないと…
何せ橘は剣道の県大会常連でしたので…
もしかしたら…も十分にあり得るかと…』
なんだ?その訳の分からん予測は!
大場の頓珍漢な受け答えにイラツキ始める。
『そうだったんですか…実は橘君、ウチで保護してまして、近々コッチの学校に転校させようかと思って電話をさせてもらったんですよ。私は都内在住でして、妻も橘君を迎え入れる事に賛成してまして…急で申し訳ございませんが、月曜日にお伺いして手続を取らせていただきたいんです。何時にお伺いしたら宜しいでしょうか?』
俺は怒りを見せない様に相手の予定も聞かず、一番近い月曜日と、こちらの要望を押し通す底意地の悪い問い方をする。
担任は保護と聞いて猫の子を借りてきたかの様に大人しくなる。
『えっ?、月曜日ですか?あっあの、13時なら…』
かなりグレーなテクニックでアポをもぎとる事に成功した。
《何故か》通話が録音されていたが気にしない事にした。
本来はあまり使いたくないテクニックだが、話を急にひっくり返して自分の方が立場が悪いと認識させた瞬間を狙って威圧的に月曜日と日付を強制的にこちらから指定し、時間を相手に指定させる。本当に予定がなければ相手は会うことが強制的に前提となる。
これは営業時代に培ったテクニックのひとつでもある。
こうしてアポを取った俺は英家のボスである香奈にメールを送るのだった。
《瞬君の学校にアポ入れたよ。13時に担任と会って手続き進める流れだよ。瞬君の話してた通りの担任だったよ。会話の内容は何故か?録音しちゃってた。瞬君をよろしくお願いします。》
これで良し!これから昼飯タイムだ!
先程の怒りを打ち消すかのように怒りを食欲に変換するのだった。
『英さん!お願いします!厄介なのが来ました…』
幸せランチタイムが始まった直後…
『榊さん?』
『違います、レジで怒鳴りまくってるおじいちゃんです!』
『何したの?』
『それが、レジに小銭を大量に入れて30枚以上…それでレジが受け付け中止になって…』
『なるほどね、すぐに行きます。』
たまたま店長も商談のために外出中であったがため、俺は売場へと急ぐ。
この店のレジは少し前からセミセルフレジに変わった。セミセルフレジとは、通常セルフレジはバーコードの読み取りから清算まで全てお客さんが行うのだが、セミセルフはバーコードの読み取りを従業員が行い、精算のみお客さんにしてもらうタイプだ。
機械の制限もあり、一回の清算で小銭は合計30枚までしか受け付けない。それ以上は吐き出されて残りは札以外受け付けないのである。
『なんで金が使えないんだ!小銭だって立派な金だ!』
怒鳴られ続けて泣きそうになっているレジ従業員は俺の姿を見つけるとすがるように助けを求める。
『英さん、お願いします!このおじいさん、ペットボトル貯金の小銭で払うって…』
確認してみると金額は3000円程、ペットボトルは…4リットル焼酎…絶対30枚じゃ効かないだろ…
『大変お待たせして申し訳ありません、機械の特性で小銭は30枚以上は使えないんです。残りの金額はお札をお使い頂けないでしょうか?』
『金は金だろうが!なんで小銭が使えん!俺はかなり待たされてるんだぞ!』
『大切なお時間を頂いてしまって申し訳ございません。ただ、この機械は30枚ですが、法律上同一の硬貨は20枚まで、それ以上はお店側は受け取りを拒否する事が出来ると法律上あります。』
『じゃあこの小銭はどうしたらいいんだよ!せっかく貯めたんだぞ!きっと三万円は有るはずだ!お前が買い取れ!』
老人は更にヒートアップし怒鳴り散らす。
『お客様、もしよろしければ向こうに椅子とテーブルを御用意しております。立ち話もなんですからそちらへ…』
『ココでいい!違う所へ行ったらお前は警察を呼ぶだろ!』
頑固にこの場所に固執する老人。
老人を避けるようにレジの並びを他のレジに移すよう、パートに指示を出す。
『全部一円ですよね?おおよその金額を調べられます。確実な枚数ではないですが。ここに宅急便の秤があるので乗せてみますね?』
一円=1グラム容器は計ってないから重さ不明だがおおよその見当は付く。
計る間も老人は威嚇を続け、何人もの常連のお客さんを見送りながらの対応を続ける。
『だいたい2キロと言った所ですから二千円前後ってところですかね?凄いですね、ちりも積もればって、努力の証ですよ。』
『いや、俺は三万円は確実に貯めたんだぞ!このレジが盗んだんだ!一万円返せ!』
どう聞いても1万円の根拠がわからないが、先程の老人が言っていた場所を移すと警察を呼ばれるの一言。これは慣れてるな…
俺は何かを察する。
老人はヒートアップしている。この様子から他のお客さんは遠巻きにこちらを見ている。
買い物を終えたお客さんの中には警察、呼びましょうか?と声を掛けて下さる方も何人かいたが…ソコまでの脅威を感じなかった俺は丁重に断る。
『先程も申し上げた通り、30枚、30円分だけレジに入ってますね。どうしても使いたいなら銀行か郵便局などの金融機関で両替をして頂いた方がよろしいですよ?』
『ウルサい!俺は元ヤクザだったんだ!俺に逆らうと組が黙ってないぞ!』
『あまり迂闊な事は言わない方がいいですよ?今のご時世、組やヤクザと名乗ったら警察が喜んじゃいますよ?それに組の方達だってお怒りになりますから…』
こんな感じのグダグダな問答を繰り返すあいだに時計を見るとこの爺さんと話し始めてもう1時間近く経っている。
他のお客さんは野次馬か、俺を知ってるお客さんは警察を呼ぼうとしている。
俺は軽く手を挙げて大丈夫と笑顔でジェスチャーを送る。
『ウルサい!お前はお客様は神様です!って言葉を知らんのか!俺は神様だぞ!』
『神様って言っても八百万って言いますからねぇ。福の神ならウエルカムですけど、貧乏神や疫病神はノーセンキューです(笑)』
流石に俺もこの老人が騒ぎ続けるのをヨシとは出来ない。冗談交じりに老人に貴方は疫病神と伝える俺。
『お前なんか嫌いだー!もう二度と来るか!こんな店!』
老人は一時間ほど粘ったが結局泣きながら怒って帰って行った。
その後、成り行きを見守っていたパートやお客さんから拍手を頂く事となる…まるで漫才と…
助けに入ったパートさんからは
『助かりました…もう、怒鳴り散らしててどうしたらいいのか…』
『アレだけ怒鳴ってたら怖かったですよね?他のお客さんを誘導して騒ぎにさせなかった。頑張りましたね。』
『英さん、怖くなかったんですか?』
『よくある事ですし、ヤクザとか言ってる時点で怖くない相手って思いましたから。ヤクザと名乗った時点で御用の世の中ですからね。』
『いや、普通そんな風に思わないですよ…』
『そうですか?ホンモノは絶対にヤクザって言いませんよ?』
『なんなんですか…その訳の分からん自信は…』
ふぅ、今日は厄日だなぁ。飯食いそびれたし本物の疫病神だったんだろうなぁ、あの爺さん…
後から慌てた店長の声が聞こえて来た。
『英さん、大丈夫ですか!ヤクザが来たって…』
『ああ、ヤクザのカタリでしたよ。適当に追っ払いましたけど。』
商談が終わり、騒ぎを聞きつけた店長は慌てて売場に現れ謝罪をはじめた…
『申し訳ありません!全て英さんに押しつける形になっちゃいまして…』
『あれ位なら大した案件じゃないから気にしなくて大丈夫ですよ。』
『相当暴れたって聞きましたよ?』
『まぁ、しつこかったのは確かです。怒鳴って脅すだけなら問題ないですよ。以前違う所でもっと厄介なのいましたから。』
そのやり取りを聞いた先程のパートさんは
『この店勤めて長いですけど、あんなの見たことがなかったですよ?今までどんなクレーム対応してたんですか…』
『まぁ、本物のヤクザと外国人が押し寄せるカーショップのクレーム対応係やってました。』
この一言に店長もパートさんは
『まず経験しない事案ですよ!!!』
と声を揃えて驚く。
そんなに驚く事かなぁ?一時はそれが日常だったからなぁ…
俺は頭を掻きながら仕事へと戻るのだった。
実体験を少し混ぜてみました。たまにこんな珍客が訪れます。




