爆弾娘現る…
佐々木よりどんな手を使ってもと言質を取った由香…
~17話~
部活が終わり、辺りは茜色に染まる。
由香と瞬は学校の帰り道、二人頭を抱えていた。
『瞬君…パパ素直に学校に来てくれるかな?』
『普通にお願いしたら、あっさり来てくれそうですよね?』
『そうだね。次の火曜日パパは休みだったから聞いてみるよ。』
その時英家では…
『雅樹~、火曜日私も休みなんだ~』
『じゃあ、二人で買い物でも行く?』
『うん!久しぶりに二人で、お出かけだね。』
『お昼は…香奈が行きたがってたあのお店で、ランチ食べて、その後は、この前CMやってた映画は?』
『うん!雅樹は私の行きたい所、分かってくれてるよねぇ~』
香奈は雅樹に甘える。この姿を見せるのは生涯で雅樹一人と決めている。もちろん娘の由香でさえ、この甘える香奈の姿を知らない。
夫婦二人の時間が終わりを迎えた…
ガチャガチャ…カチャン…玄関のドアの鍵を開け、由香と瞬が帰宅する。
その瞬間、二人は少しだけ距離を空ける。
『あっ、パパもママもいるね~。ただいま~!』
『ただいま帰りました。』
『ああ、おかえり、二人とも。』
『あらあら、二人一緒になんて珍しいわねぇ~』
先程までの夫婦の甘い空気を一切見せない。瞬や由香からしたらいつもの英家の落ち着いた柔らかな空気。
『パパ~あのね、火曜日なんだけど、休みだよね?』
『休みだよ。』
『よかった~、私に付き合ってくれる?』
『ゴメン、その日は香奈と買い物に行く予定なんだ。』
『えっ?買い物に…?ママ~、買い物は他の日じゃ、ダメかな?』
『ごめんねぇ~、その日は雅樹に荷物を運んでもらいたくて、大切な買い物なの。』
『パパ~どうにかならない?』
『香奈一人では無理(だってデートだもん!)だからね。それに大切な買い物(だからデートなんだよ!)なんだよ。』
『由香さん…状況はとても不利です…』
小声で瞬は由香に呟く。
『搦め手…狙うしかないわね…』
瞬と由香は雅樹達がどうしても外せない大切な買い物の正体がデートと知らない為に、あの手この手を考える。
『そうだ!パパの剣道のライバル、佐々木さんって覚えてる?』
『佐々木?誰?』
『えっ…知らないの…?佐々木さんだよ!大会でパパに一回も勝てなかったライバルの!』
『俺に一回も勝てなかったヤツがなんでライバルなの?』
『うっわ…エグ…』
『由香さん、由香さんが佐々木先生に同じ事を言ってます…』
『もういいか?火曜日は俺達二人で出掛けるから。』
『二人とも、ごめんなさいねぇ~。とっても大切なお買い物なの。』
『なんなのよ!いいわよ!二人でデートでも買い物でもど~ぞ!』
一度、態勢を整える為に由香は瞬を自室に招く。
『由香さん、どうします?』
『大丈夫。最後の奥の手…使う。』
『どんな?』
『これは…瞬君は知らない方がいい。悪者は私と《佐々木先生》で十分…』
《それに、瞬君は知らない方が効果抜群…》
火曜日の前日…月曜日夜の英家では…
由香は必死に雅樹に訴える。
『お願い、パパ…瞬君を助けて…佐々木先生…パパが何度も圧勝した事を根に持って…瞬君に…』
話し声は遠く、全部は聞き取れない…
ただ、話を聞いた雅樹と香奈、二人とも地獄の鬼でも逃げ出す…そんな顔付きであった。
翌日…火曜日…佐々木の待つ剣道場
佐々木は懐かしいライバルの登場を楽しみにしていた。由香が仕組んだ恐ろしい《どんな手を使っても》の結果が…
『おい、英、雅樹はもうすぐ来るんだよな?楽しみだなぁ。30年近く経つんだなぁ。あっ、茶菓子…』
まるで初恋の相手と初デートをする乙女の様な佐々木。
一方、愛する妻とのデートをキャンセルする事になった雅樹。普段ならデートが最優先…それが由香の《どんな手を使っても》策略に躍らされる…
ガッ!ドガァ!乱暴に剣道場の扉が外れる勢いで開け放たれる。
そこに立つのは鬼気迫る顔付きのスーツ姿の男性と、フワリとしたワンピースが似合う女性…英夫妻の姿があった…
その姿を見た瞬は真っ青になり、由香に問う…
『ゆゆゆ…由香さん、雅樹さんに何を言ったんですか!』
『正直に話すとね。夕べ、瞬君が佐々木先生にイジメられてる…パパに勝てなかったから、その仕返しに…って。』
『全くのウソじゃないですか!大場先生に会った時より殺気がダダ漏れですよ…雅樹さんだけじゃなく、香奈さんまで…』
『だって…佐々木先生に《どんな手を使っても構わん》ってお墨付きもらったから~。まぁ、佐々木先生、迷わず逝って下さい、恨まないで下さい、成仏しなっせ…成仏しなっせ…南~無~…』
静かだが怒気を含んだ声で雅樹が言う。
『失礼…あなたが佐々木先生ですか?』
『おお!英、雅樹!懐かしいなぁ!お前が剣をいきなり捨てて…再会できるとは思ってなかったよ…』
佐々木の目に薄らと涙が浮かぶ。
『ちょっと…由香さん、佐々木先生と雅樹さん…温度差が酷いです…』
『そう…ね。まぁ、ケツは俺が取ると言ってたし…申し訳ないけど、パパと戦ってもらわないとねぇ…』
『酷い…』
『雅樹、お前全く剣道やってなかったんだろ?橘の腕前、知ってるか?』
『いや、栃木のかなり上位とはな…』
《その瞬を痛めつける事ができるってか?》
『あっ…ヤバッ、パパだけじゃなくてママも怒りが振り切れてる…』
『僕も覚悟決めました…佐々木先生の屍の上に立ちます…』
瞬は佐々木の覚悟を《勝手に》受け止め、雅樹の剣をしっかりと眼に焼き付けると決めた…
『橘…優秀なんだぜ。英…お前の娘の発案でさ、橘とお前の娘に雅樹の剣を見せてやりたくなったんだ。よかったら…久しぶりに剣を握らないか?』
『ああ…ただし、期待するなよ?それから剣道ではないからな。剣術だ…ルールは守る。けど、反則負けになったらスマンな…』
《佐々木…だったな…由香や瞬の前で剣を握ってなかった俺を倒す…か?いいだろう。お前の心を殺す…徹底的に…な!》
『もちろん、長いこと剣を振ってなかったんだ。構わない。それにしても…懐かしいなぁ青春時代…思い出すよ…それじゃあ雅樹も着替えてくれよ。準備はしてあるから。』
『胴着はいいよ。防具だけ貸してくれないか?』
『いいのか?袴…用意してあるぞ?』
『大丈夫。スーツは作業着。今の俺の戦闘服みたいなモンだ。』
《コイツ…そこまで準備してたのか…それ程…瞬を!》
雅樹はジャケットを脱ぎ捨てネクタイも投げ捨てる…
借り受けた防具をサッと着けはじめる。
瞬は、異様な程重すぎる《逆に佐々木の嬉しそうな》空気に我慢の限界が訪れていた…
こっそり香奈の隣に立ち、真実を香奈に告げた…
『香奈さん…ごめんなさい…実は…』
香奈の表情は逆光で見えなかった…
雅樹と佐々木の準備が整うと、香奈が審判に名乗りを上げる…表情はイマイチ読み取れない…
香奈は穏やかで静かだが凜とした声で勝負の始まりをつげる…
『始め!』
『キェーイィ!』
先に動いたのは佐々木。構えを崩さず、正眼の構えのまま、雅樹に突進する。隙を見せず雅樹の動きに対応出来るように考え抜いた佐々木の戦略だった…
竹刀が触れ合ったと思った瞬間…雅樹の竹刀が高速で円を描く…
それは無音であった…佐々木は何故か両手を高く掲げていた。しかしその両手には竹刀はない…いつの間にか弾かれた竹刀は空高く宙を舞っている。…
《な、なんだ?足さばき、身体の動き…胴着じゃないから丸見えなのに…見えない…竹刀は…触れたのか?正眼に構えてたのに…なんで両腕が上がって…竹刀はどこだ?》
雅樹は得物を無くした佐々木を冷徹な目で見据え、モーションもなくいきなり消えたように動いた…
ドンッッッ!
雅樹が床を蹴る…それは瞬や由香が見覚えのある蹴り出しではなく…あまりにも一瞬の出来事であった…
『突きィィィー!』
ビシュッ!雅樹の剣速は佐々木の目に留まらなかった…
寸止め…雅樹は佐々木に突きを放つが、それは寸止めであった…
佐々木はその場にへたり込む…
その背中にイヤな汗が流れる…
《寸止め…まともに入ってたら喉を潰されてた…?一撃だったよな?額、喉、鳩尾にそれぞれ食らった様な感じが残ってる…今のは…なんだったんだ…本当に何十年も剣を握ってこなかったヤツの動きなの…か?》
チラリと審判の香奈を見ると…一本とも、有効とも、何も動きがない。これは試合継続…
ガシャン…カラカラ竹刀がようやく床とご対面したようだった…
その様子を見た雅樹が佐々木に口を開く…
『竹刀拾ったらどうだ?さぁ、次だ。』
佐々木は心の底から恐怖を感じる…
そこではじめて香奈が口を開く。
『それまで!雅樹もそこまで。ここからは佐々木先生とお話の時間よ?』
雅樹は妻の顔をチラリと見ると、今まで冷静なつもりでいたが、頭に血が上っていた事に気が付いた…
『すみません、佐々木先生、久しぶりの剣に興奮してしまいました…』
申し訳なさそうに佐々木に小手を外して手を差し伸べる。その手を佐々木も小手を外して握り返して起き上がる。
『雅樹、あの時より強くなったな…全く敵わないって心底感じた…』
この時、雅樹は佐々木がかつて全国大会でしのぎを削った男と気が付く。
『いや、剣道なら負けていたのは俺かもしれないよ。あれから更にウデをあげたね。実際にさっきもバンザイしてたし…』
『お前、あの時も同じ事したよな!跳ね上げ…』
《香奈とのデートで舞い上がって佐々木って誰?だったけど、瞬をイジメてる…でスッカリ頭から消え失せてた…佐々木がそんな陰湿な事するハズ…ないよな…何でだ?》
雅樹は冷静になり、疑問が溢れる。
『じゃあ、雅樹の剣も見られた事だし、由香ちゃん?どう言う事かしら?佐々木先生を悪者に仕立てて、パパとのデートを邪魔した事は許される事じゃないわよ?』
『えっ?どう言う事?佐々木、瞬をイジメてなんかないよね?』
雅樹は瞬の姿を探す…居た…申し訳なさそうにしている…
《嵌められた…のか?俺も香奈も、そして佐々木も…》
『由香?ちゃんとみんなに分かるように話してくれるわよねぇ?』
笑顔で周りの空気が凍り付く様なプレッシャーを放つ香奈…
『あっあのですね…コレには深い事情が…先生にパパの若い時の話を聞きまして…今の私や瞬君、どっちが強いかなぁって思いまして…』
『その深い事情が佐々木先生が瞬君を虐待する事?』
『んな!そんな事は一切していない!』
その言葉に瞬は首がもげる勢いでブンブンと縦に振る…
『あのですね…最初はパパと先生を引き合わせて試合を…と思いまして…しかし!しかしですよ!パパはママとのデートを優先する始末!ならばパパと先生の思い出でと思ったら…二人がかりで潰され…最後は先生が言った《どんな手を使っても構わない。俺がケツを持つ》に素直に従った訳でして…』
雅樹はようやく事の次第を理解した…
『そうか…じゃあ由香は悪くないな…悪いのは佐々木だな…ってそんな事はあるわけないだろ!確かにどんな手を使っても構わない…これは佐々木が悪い。だが、由香!お前は何歳だ!佐々木の社会的な死を考えた上で出した答えなら最低だ!』
『いや、雅樹、奥さん。悪いのは俺だよ。英は雅樹と剣を交えたい…俺の願望を読み取ってくれたんだから…』
『あら?由香…あなたは何か言うことがあるんじゃないかしら?』
『うう…みなさま申し訳ございませんでした…私が軽率でした…特に先生にはご迷惑を、おかけしました…』
『英…分かってくれたならそれでいい。…どうだった?雅樹に勝てそうか?』
『今は…まだ勝てません。でも攻略の糸口は見つけました。』
『そうか、橘は?』
『ごめんなさい。僕がもっと早く香奈さんや雅樹さんに伝えていれば…』
『橘…お前の性格なら何も聞かされてなかったんだろ?聞いてたら、あんなに堂々と出来ないヤツだ…お前は。雅樹に勝てそうか?』
『全く敵わないですよ…僕からしたら異次元です…』
その言葉に雅樹が応える。
『瞬は力だけに頼ってるんじゃないかな?もっと身体の構造…関節の可動域や角度、それを知らないと身体は上手く動かせないよ。』
『雅樹は昔からそれを言ってたよな…俺もそれを聞いて勉強したらいつの間にか物理の教師になってたよ。』
『佐々木が物理?似合わないなぁ、体育科だとばかり…』
『ほっとけ!』
『お話は無事に終わったようね?それじゃあ私たちは買い物に行きましょ?雅樹…』
『そうだね。佐々木、たまに顔を出してもイイかな?瞬やウチのトンデモ娘も監視したいしね。』
『ああ、いつでも歓迎するよ。それと、今日、歓迎の茶菓子を用意してたんだよ。賞味期限が短いヤツだから早めに来いよ?』
返事の代わりに佐々木に背を向けた雅樹は右手を軽く上げヒラヒラと手を振る。左腕には香奈の腕が絡んでいた。
『雅樹さん…凄い…』
瞬は雅樹を目標にすると決める。
由香は二人を見ると…
『あんなにパパにひっつくママ…はじめて見た…』
雅樹の隣の香奈が笑顔で後ろを振り向く。由香は視線を感じる…
《家に帰ったら…分かってるわよね?》
何故か由香の脳内に香奈の声が聞こえた…
そして由香は呟く
『帰りたくない…』
こうして騒動は幕を閉じた。
雅樹…お前まで人間離れしてたのか…?
雅樹と香奈の二人を書きたかったのに…何故か雅樹が無双してしまいました。




