由香…恩師を頼る。
雅樹との差を意識した由香…
高校時代の恩師を頼り、瞬の学校に嵐の様に現れる…
~16話~
スーパーの朝市から数日後
英由香は少し焦っていた。
仕事帰りに自宅に向かいながら考える。
《定食屋の帰り道、パパと並んで走ったけど、ちっとも勝てる気がしなかった…仕事とかは経験値の差があるから分かるけど…体力や身体の動かし方…パパはもう50になるのに私…追いつけてない。それどころか、剣道だってすぐに瞬君に追い越される…職場で先輩や後輩と比べても勝ってる!って思ってた…天狗になってたなぁ…》
パシッ!
由香は頬を両手で軽く叩き、
『ヨシ!』
と何かを決断して気合いを入れる。
翌日瞬の学校では…
『始め!』
バシン、ダン!ガシャッ!
竹刀の合わさる音と部員の元気な気合いの声が剣道場に響く。
「始め!」の号令を掛けた部活顧問、佐々木が瞬を見つけ声を掛ける。
『お~い、橘、学校に慣れてきたか?』
『あ、佐々木先生!慣れてきましたよ。今、僕も目標が出来ましたしね。』
と瞬はチラリと壁に大きく飾られる昔の部員が全国大会に出場を決めた時の記念写真を見つめる。
それを嬉しそうに見つめる顧問。年齢は雅樹と同じ位だろうか…
『そうか、全国大会…橘、精進次第で狙えるぞ。あの写真の中央、あの女子は高校から剣道を始めたんだが、そりゃあ鬼気迫る勢いで成長したんだ…』
懐かしそうに佐々木は目を細める。
『あの女性、英由香さん…ですよね?今の僕と当時のあの人、どっちが強いですか?』
佐々木は考え込み、指を折り数える…
『もう…英が卒業して8年近く経つか…俺は未だに当時の英より強いヤツを知らんなぁ。この学校でも、外でも。もちろん俺も敵わんしなぁ…』
佐々木は遠回しにまだまだ由香に追いついていないと瞬に告げる。
《やっぱり…由香さんは遠いなぁ》
再度写真を見つめる瞬。
『だけどな?橘、お前の剣筋は英に似ているよ。兎に角相手に勝つ!ではない。今の自分に勝ちたい!そんな剣筋だよ。自分の長所を最大限に生かし、伸ばす…俺にはそう見える。』
『勝ちたい人が出来て忘れてました…僕は、剣道が好きって事を…』
突然嵐は現れた…
ガラガラガラ…バン!
剣道場の重い扉を力任せに引き、最後までこじ開けた扉の音が剣道場に響く。
『おっ久っしぶりで~す!佐々木先生!カワイイOGが陣中見舞いにきましたよ~!』
嵐の正体は佐々木と瞬が話題の主にしていた…英由香であった…
『扉は静かに開けろと何回言ったら分かるんだっ!卒業しても何にも変わらんなぁ!お前と言うヤツは…』
あきれ顔の佐々木は嬉しそうに突然現れた由香に笑顔を向けて出迎える。
『でも~、あの扉、メッチャ軽くないですか?』
『そう思うのは英…お前だけだよ…』
この佐々木の言葉に、突然現れた由香に圧倒されていた瞬や部員達は激しく首を縦に振る…
『そうですかぁ~?力は普通の人と変わらないですよ?みんな力の使い方に無駄が多すぎて力が逃げてるだけですよ?』
『簡単にできるか!昔からお前は…だから剣鬼なんて不名誉な二つ名がつくんだ…』
『私は剣鬼ではなく、剣姫って呼ばれてましたよ~?』
『対戦相手からは不可視の剣鬼…打たれた所が後から腫れあがり…打突の音も激しくないのに何故か…』
『相手が当たる瞬間に身体を固めるからです~!剣道はチャンバラではないんですよ?武道ですよ~?本来なら当たった瞬間に死ではないんですよ。ギリギリまで足掻かないからです~!
それに、達人なら真剣なら力と遠心力だけで切る、ではなく、最適な角度と刃のコントロールで空の紙パックだってゆっくり充てるだけで切れますよ。』
『英よぉ、お前の言いたい事は昔と何も変わらんなぁ。剣道は競技、お前の目指す所は剣術…真剣での斬り合いまで見越してるよなぁ…』
『今日は佐々木先生に、お願いがあってきました!』
『英のお願いねぇ?イヤな予感しかしないが…言ってみ?』
『たまに練習に混ぜてください!』
『まぁ、構わんが…試合はさせんからな?生徒が壊れる…』
『はい!構いません。たまに瞬君と手合わせさせてくれるなら。』
『えっ…?僕と?』
突然話題を振られて焦る瞬。
いきなり瞬に話題を振るのは英家の血のなせる技なのだろうか…
『英、話を聞いていたのか?試合はさせんと言っただろ…』
『試合ではないですよね~?手合わせです。』
『意味は変わらんだろ…橘を壊す気か?将来有望株だぞ。しかし、なんで橘を指名する…。お前、橘を知ってるのか?』
『色々ありまして。今、英家で楽しく暮らしています。』
『ああ、そうか、お前の家だったか…。まあ、あのオヤジさんがいるなら橘も安心だな。どうだ?橘。英の家は?』
『凄く楽しいです。雅樹さんも香奈さんも、もちろん由香さんも優しいです。』
『ん?橘…英のオヤジさんから何も習ってないのか?』
『いえ、色々教わってます。今バイトでお世話になってまして、働く事が楽しいです。』
『橘よ…そうじゃなくて…英!』
『はい?』
『オヤジさん、雅樹は橘に何も教えてないのか!』
『多分…ウチでは恐妻家のオジサンですから。』
瞬は佐々木と由香が何を話しているのか分からない…
『あの、佐々木先生、雅樹さんを知ってるんですか?』
『アイツは俺が学生の時のライバルだ。何回全国大会で負けた事か…と言うか、勝った事がない…』
『雅樹さんが?』
『英…お前は雅樹の実力…知ってるよな?』
『先生とライバルって初耳ですが?て言うか勝てた事がないのにライバルなんですか?』
『ウルサい!お前等親子は異常なんだよ!英は目の前から消える!いつの間にか一本取られる!雅樹はもっとタチが悪い!跳ね上げって知ってるか?開始いきなり俺の手から竹刀が消えるんだぞ!』
『先生、跳ね上げって柔道の山嵐と並ぶ再現できる人がほぼいない伝説に近い技ですよね?それを雅樹さんが…?』
『パパ、そんな隠し技持ってたんだ…』
『アイツの悪質な所は跳ね上げでも、強打によるモンじゃない…流れるような静な動作で気が付いたら竹刀が宙を舞うんだ…。だから注意も反則も取られない…竹刀がなくなったら、そのまま優しく、ポン!と小手を…』
『我が父ながら悪質~』
『でも、それだけの技量があれば相当な強さですよね?』
『アイツは対戦する度にスタイルが変わる…剛剣だと思い、それに合わせると流水の様に…なんなんだ!コッチがどれだけ対策してもその上を行きやがる!だから英や橘は素直だぞ。毎回同じスタイルだからな。しかもアイツ…もう違う道を行くっていきなり剣道辞めやがって…』
佐々木は雅樹が剣道を辞めた事が心底悔しいと呟いた…
『先生、私と瞬君…パパ…父、英雅樹に辿り着けますか?』
『今のアイツは恐妻家のオジサンなんだろ?』
『この前、よんどころない理由で一緒に走ったんだけど…まだまだ敵わないって…』
『僕は雅樹さんと由香さんに、ついていくのがやっとでした…』
『相変わらず身体の使い方がバケモンだな…アイツ、昔から力だけではなく、身体の使い方、物理や人間工学か?そんなモノを取り込んでたんだよ。英が扉が軽いって言ってたのと同じだな。』
佐々木はフ~とため息を漏らし、由香と瞬を見据える。
『俺は、雅樹…英雅樹に一度も勝てなかった。その俺がヤツを超える剣士を育てる…最高の意趣返しだな…』
『『先生!お願いします!』』
由香と瞬にも佐々木と同様に打倒雅樹への闘志が燃え上がる。
『ここでだ!英、橘。』
『『はい!』』
『雅樹を誘き出せ。ココに連れて来い。』
『『はい?』』
『俺がケツを持つ。《どんな手を使っても構わん》からココに引きずり出せ!』
『本当に?ですか?』
『おう。後は任せろ。』
どんな手を使っても…佐々木はこの言葉を心底後悔するのだった…
最後の一言…由香にだけは、言ってはいけない一言…
この後、由香が大暴走?




