瞬の事情
急いで仕事を片付ける雅樹は瞬の思い出の定食屋に向かう。
果たして瞬はどんな事情を抱えて雅樹を訪ねたのか…
~第二話~
手早く明日の準備と残された仕事を終えた俺は店内の休憩スペースのベンチに力なく座る瞬の元へ急いだ。
『瞬君お待たせ!』
本来、終業時刻は19時、無理矢理17時台に終わらせた。まぁ、文句は言わせないが…
『英さん…大丈夫です、あれから1時間も経ってないですから…』
不安と悲しみに押しつぶされそうなか弱い笑顔を俺に向ける瞬…
『お待たせしたからには瞬君の食べたいモノ、何でもいいよ?食べたいモノきまった?大丈夫、給料日の大人パワーを信じなさい!』
財布の中身を考えると、大人パワーはとても無理な状況なのだがあえておどけて見せる。
『あっあの…この近くに定食屋があったと思うんですが、まだありますか?』
『この近くだと、あっ、あそこね?まだやってるよ。瞬君渋い店知ってるよね。』
確かにこの定食屋は、味ヨシ、値段ヨシ、大将夫妻の性格ヨシ!と財布にも《俺にも》優しい店だ。
確か…瞬の両親に勧められて常連になったんだっけ…
『懐かしい…昔、よく両親に連れて行ってもらったんです…』
『じゃあ今日は瞬君の思い出の味を求めて、定食屋に行くか!』
内心、財布の軽さを思い《ヨシ!》と心の中で雄叫びをあげる。
街の移り変わりを瞬の思い出と照らし合わせながら歩く事10分。瞬の思い出の店に到着する。
まだ18時前だと言うのに店内から賑やかな笑い声が聞こえ、暖かな雰囲気を纏う店のガラス戸をゆっくり引き開ける。
ガラス戸を開けた瞬間に大将の威勢の良い声が俺達を出迎えた。
『らっしゃい!おっ!ハナちゃんじゃないか!今日は若い子連れてきたんだなぁ!店の新人さん?』
気さくに俺を英=ハナと呼ぶ大将の後から穏やかだけど、肝っ玉かぁちゃんの女将さんも声をかけてくる。
『ハナさん、いらっしゃい!お連れさんは新しいバイトの子?ハナさんがここに連れてくるってハナさんのお気に入りの子~?』
夫妻の歓迎を受けながら俺も挨拶を交わす。
『十年ぶりにコッチに帰ってきた子なんだよ。
思い出探求でココが良いって。』
『そうかい、若いのにこんな店で良かったのか?ハナちゃんにねだったらカウンターの寿司屋でも連れてってくれるぞ?』
おどける大将だが、内心止めてくれ、ココで瞬が心変わりをした日には…
『アンタ、馬鹿言ってんじゃないよ!思い出の店っていってるじゃない!そもそもハナさんは奥さんに財布握られてるし、何より給料日前よ!』
バラさないで…俺の家庭と財布の事情を…
折角瞬に見栄を張って瞬の遠慮を取り除こうとした俺の努力が…
それを聞いた瞬はクスっと小さく笑った。
気を取り直すと
チラリと店内を見渡すと珍しく空席が何席かある。確か…瞬の父親とも何回もココで会った時に瞬の父親のお気に入りの席は、店内の最奥、店内を見渡せる席がお気に入りのハズ…
『大将、一番奥の席座っても?』
『おう!好きな席にいっちゃってよ!』
『じゃあ瞬君、あそこにしようか?瞬君のお父さんが好きな席だったと思うんだけど…ちがってたかな?』
『いえ、あの席…憶えてます。父が奥に、僕と母が反対側に…』
『ココは瞬君のお父さんが教えてくれた店なんだよ。お父さんとも何度もココで会ってるんだよね』
思い出の会話をしている側では《カンパーイ!》
《大将~刺し盛り追加~》、《野球が…》
それらを大将と女将さんがスムーズに対応する。
『ウチで野球と政治と宗教の話しは禁止!もめるから!』
『そうそう、絶対に同じ方向にならない問題だからココでは禁止よ~』
笑いながら客をさばく二人は接客のプロとして見習うモノがある。
『ハナちゃん、ワリぃ、コレをアッチの二人に運んでくれ!』
おいおい、俺も客だぞ。内心苦笑をし、大将と女将さんのもとに料理を受け取りに行く。
『ハナちゃん、連れの坊主、もしかして橘さんの坊主か?見覚えある顔なんだよ。』
『私も、橘さんの奥さんの面影あったから懐かしいなぁ~って』
やっぱり接客のプロだ、この夫妻。十年ぶりに会った、当時子供の顔を覚えてる。しかも常連だったとは言え橘さんの名前まで。
大将夫妻は俺から、瞬が橘夫妻の息子なのかを確認したくて理由を付けて俺を呼んだようだ。
『そうなんですよ、橘さんの息子さん、瞬君。』
『あの小さな男の子が大きくなったわね~、そりゃあ、私達も年を取るわけだわ~』
とおどける女将さん
『でもよ、ハナちゃん、瞬君だっけ?ワケ有りだろ?顔をみてたら分かるよ。』
『それっぽいですが、まだ何も話してないんですよ。とりあえず一人でコッチに来たみたいですし、何より何も食べてないって…』
『じゃあ美味いモン食わせてやんねぇとなぁ!』
『アンタ、手を抜くんじゃ無いわよ!』
店内は相変わらず賑やかな空気に包み込まれている。むしろ、騒がしいとも…
そんな中、俺は頼まれた料理を酔客の席に運び、瞬の待つ自分の席に戻る。
瞬は懐かしいのか店内の様子をしきりに気にしている。
『大将と女将さん、人使いが荒いよね~。注文決まった?』
『ハナちゃん、さっきはありがとな!確か瞬君だったよな?名前間違ってたらごめんな?』
大将は素知らぬ顔をして瞬の名前を思い出したかの様な言い方をする。
『いえ、瞬であってます。あの…よく憶えてますね?』
瞬は自分の事を憶えている大将を嬉しそうに見つめる。
『こちとら、客商売で飯を食ってるからな!当然だよ。なんてな、橘さんはよく来てたからなぁ、オヤジさんの面影あるなぁってさ』
『旦那さんにもよく似てるけど、私は奥さんにも似てると思うわよ?瞬君がまだ小さい時に家族でよく来てたからからおぼえてるわ~。だからお父さんの転勤で栃木に引っ越すって挨拶に来たときは悲しかったわぁ~』
『なんとなく憶えてます。ココでお別れしたのを…』
大将夫妻の軽快な話し方で瞬は自分の事を憶えていてくれる人が俺だけではなく、こんなにいたんだ…と嬉しそうに目に涙を溜めた。
『なんか話しが湿っぽくなったなぁ!そうだ、ウエルカムドリンクだよ!サイダー、まだ好きか?小さい時はよく頼んでたよなぁ!ほら、サイダー』
と大将はあらかじめ用意されていたサイダーを瞬に手渡す。
先程まで瞬の事を忘れていたと思わせない、記憶を辿ったとしても凄い事だと俺は密かに感心する。
『ありがとうございます。』
瞬は嬉しそうにサイダーを大事そうに受け取る。
『注文は決まったか?メニューに無くても何でも作るぞ?今日はサンマもオススメだ!』
大将のオススメのサンマを聞いた瞬間、榊との会話がよぎり苦笑する俺。
『サンマ以外だと何がオススメ?』
無意識にサンマを避ける俺。
『ハナちゃんは食えたら何でもいいんだろ?今日は瞬君との再会だから瞬君は特別!』
『そうそう、ハナさんは何でもいいでしょ?』
湿っぽくなった会話を温かい空気で変える。プロの技を見た。
しかしこの騒がしい店内で二人の声は決して大きくない。それなのにしっかりこちらに届く。こちらもプロのなせる技だ…
『じゃあ、嫌いなモンはない?俺のお任せでもいい?』
『はい!お任せします』
瞬は嬉しそうにうなずく。
『俺は…』
『ハナさんは好き嫌い無いのは知ってるわ~』
そう言い残して大将達は笑顔を残してカウンターの奥へ消えた。
大将夫妻が立ち去ると店内は変わらず賑やかだが、席には静寂が訪れる
『折角ウエルカムドリンク貰ったから乾杯しよっか?瞬君との再会に…乾杯!』
カチンとサイダーの入ったグラスが小気味のよい音を立てる。
サイダーを口にした瞬は覚悟を決めたように静かに話し出した。
『英さん、数ヶ月前にショッピングモールで火災と爆発があったの知ってますか?』
『ああ、ニュースになってたね。あれ?栃木だったよね?』
イヤな予感が警笛を鳴らす…
その時女将さんが近くのテーブルに料理を運ぶ。
『はい、カツ丼おまちどおさま~』
女将さんの優しい声に俺はチラリと女将さんを見ると女将さんと目が合う。こちらの様子を密かに伺っているようだ。
『実は…あの時、家族でショッピングモールに居たんです。買い物を終えてフードコートで食事をしてたらいきなり目の前が真っ白になって…』
『えっ?あの事故人的被害は皆無って…奇跡だって。負傷者や死者も居なかったって聞いたぞ!
瞬君、怪我は?大丈夫なのか!』
瞬は顔面蒼白、呼吸は浅く過呼吸気味になる。
『僕も気が付いたら何故か外のベンチに座ってたんです…何故かかすり傷一つなくて…』
あれだけの事故なのに被害者が一切居なかったって不思議な事もあるもんだ…とニュースを聞きながら思っていたんだか重大な疑問が生まれた。
『聞きにくいけど、ご両親は?』
この質問は大将夫妻の元気な声で掻き消されようとしていた…
『はい、おまちどおさま!コレサービスの出汁巻き!』
『それから瞬君には特製海鮮丼!ハナちゃん金欠だから寿司食い損なっただろ?』
『ハナさんの金欠はいつものことでしょ』
二人が場の空気を変えるためにかわざとらしく料理を持って現れる。
瞬は二人の会話を聞きクスッと笑う。
大将夫妻はコレを狙っていたのは間違いないようだが、あまり俺を金欠、金欠と連呼しないでくれないか…瞬にまで金欠と思われてしまうではないか…
『じゃあ大将、女将さんいただきます。』
『ありがとうございます。いただきます!』
余程空腹だったのか、瞬は丼を抱え込む様に食べ始める。
そうか、海鮮丼が大将のオススメなのは調理時間が短いのもあったんだぁ…と俺は一人納得した。
それから5分ほどで瞬は海鮮丼を完食する。
『ごちそうさまでした…』
瞬の丼には米一粒たりとも残っていない。大将の料理は料亭仕込み、味は特級品だ。だがそれだけではない、瞬の幸せそうな表情を見ればそれが伝わってくる。
『瞬君、あっという間に食べたね。まだ食べれるかな?おかわりは?』
気持ちのいい食べっぷりを見た俺は瞬におかわりを勧める。
『まだ入りますが…』
『瞬君部活とかやってるの?食べっぷりが部活後の運動部の子ぽかったよ。』
少しからかう様に尋ねる。
『剣道やってます。結構強い方だと思います。』
剣道…娘の由香もかなりの成績だったな…もしかしたら話が合うかもな。
瞬の顔色が少しだけ戻ったのを確認して話しの核心に戻す。
『そっか、そう言えば食事中に事故に巻き込まれたんだよね?』
先程より顔色も呼吸も落ち着いた瞬は再び語り始める。
『気が付けば僕一人ベンチに…どれだけ探しても両親は影も形も…』
瞬は悲しそうに答える。
店内は変わらず賑やかだが、何故か二人の周りの音が消えた様に感じる…
『警察にも伝えたんです。でも、内部にいた事も信じてもらえなかった…両親も見つからず、警察は両親は僕を置いて失踪したと言ってました…』
俺は思った疑問をぶつける。
『事故は数ヶ月前だろ?どうやって暮らしてた?お金もそうだけど、住む所だって。それに学校もあるだろ?』
相変わらず賑やかな店内だが俺には瞬の声だけが静かにクリアに聞こえる。
俺の疑問に答えようとする瞬の表情が今までにないほど苦痛に歪む…
『お金は…バイトしてたのでなんとか…家は父の実家だったので、学校には…行ってないです…』
絞り出すように答える瞬
『バイトも少し前に辞めました。学校では両親に捨てられたとか、両親を殺したとか、影で色々言われてて…僕、親戚もいないし、両親の祖父母はどちらも亡くなってるし…』
『学校の先生は?』
『先生も捨てられた可哀想な子と…』
目に涙を浮かべ瞬は答えた…
この時俺はどす黒い感情が心を支配しはじめていた…
何で周りの大人が子供を守らない!
何で学校の教師が相談に乗らない!
何で?何で?何でだ!怒りで我をわすれそうになる…
『追加の出汁巻きお待ち!出汁巻きを美味そうに食べてくれたから俺からのサービス!』
大将の声で俺は自分を取り戻す。
『瞬君、若いからまだ食べれるだろ?料理作りすぎたからさ、さっきは海鮮丼だったから今度は煮魚なんてどうだ?俺の煮魚はひと味違うぞ~』
『そう言えば橘さんの旦那さん、ウチの出汁巻き大好きだったわね~。毎回頼んでくれてて。家族で来た時も必ず頼んでくれて。瞬君と仲良く食べてたの今でも憶えてるわよ』
いつの間にか女将さんもテーブルを囲むように…
あぁ、敵わないなぁ、この夫婦にずっと見守られていた…
『橘さんの旦那さんとこの店で何度も一緒になりましたけど、確かに好物って言ってましたね。』
『はい、父が出汁巻き大好きだったの憶えてます。』
あぁ、やはり大将達は俺達を見守ってくれてたのか…きっと海鮮丼も素早く作れるからって理由だけでは無く、出すタイミングを自在に操るためにオススメしたんだなぁ…
先程までの怒りでどす黒い感情が穏やかに消えていく。
『女将さーん、お勘定!』
『はいよ~』
『大将ー!ビールとつまみ、大将のお薦めで!』
相変わらず賑やかな店の温たかい空気にホットする。
『ところで瞬君、コレからどうする?栃木に帰るの?』
『あそこには帰りたくないです…それにお金も無くなったし…』
『良かったらウチに来るかい?』
『ご飯までご馳走になったのにそこまでご迷惑かけられないです…』
申し訳なさそうに下を向く瞬。
ココまで来るのにどれだけ勇気が要ったか…
もし俺が転職してたら…
もし俺が今日休みだったら…
なけなしのお金で子供の頃に会ったスーパーの店員を頼らなければならない位追い詰められて…
それなのに俺に会うと決めた事…
神様がいるならこの素晴らしい偶然に感謝しないとな…
『とりあえず今日はウチに泊まりなよ。』
瞬は迷っている。頼りたい、でも頼れない…
どうしたものか考えあぐねていると大将夫妻が二人揃って
『自慢の逸品、金目鯛の煮付けだよ!』
『瞬君の食べっぷりを見てたからコッソリ先に作らせてたのよ~』
喧噪のなか、湯気が立ち上る煮付を持って現れる。
『瞬君のオヤジさんの事、色々思い出したよ。出汁巻きを食べてる時の顔、オヤジさんによく似てるよ。』
『そうですか?』
少し嬉しそうに返事をする瞬。
『そう言えば、オヤジさん、こんな話が…』
瞬は興味深く聞き入っている。
『ハナさん、そろそろお会計いいかしら~』
うっ、特製海鮮丼×2、出汁巻き、極めつけは金目鯛の煮付け…頼み!財布よ持ってくれ…
ツケ…効くよな…?
俺は覚悟を決め、女将さんとレジまで進む。
『ハナさん、話しは聞こえてたから…もしあの子が行く所が無いならウチに来てもいいからね。大将なんか煮付け作りながら泣いてたんだから。』
クスリとお茶目な笑顔を見せる女将さん。
しかし俺は女将さんの瞳に静かな怒りが滲んでいるのを感じた…
『今夜のところはウチに泊めます。』
『そうね、ハナさんの所なら香奈ちゃんいるし、年の近い由香ちゃんもいるからね。それにハナさん、味方になるんでしょ?さっき止めに入ったのはハナさん凄い顔してたわよ?』
気付かれてたか…
『そうそう、瞬君の身の回り、コレで揃えてあげて!』
女将さんは俺の手に無理矢理札を数枚握らせた…
『お会計は今度家族で来た時にね?ハナさん金欠だから。』
笑いながらそう言ってくる女将さん。
この夫婦の掌の上で完全に躍らされている。
『ありがとうございます。このお礼はいずれまた。』
『次でいいわよ、瞬君も加えた家族で来てくれれば。それと、大将が話してる間に香奈ちゃんに連絡しておきなさいよ?』
『分かりました何から何まで…』
女将さんが目配せをする。その隙を使って香奈に電話をする。
『もしもし?コレから買い物して帰るよ。結構重い話…詳細はメールで送るよ。』
『分かった。気をつけて帰ってきてね?布団は役に立ちそう?』
『うん、お願い。』
本当に敵わないなぁ。
香奈といい、女将さんといい、頭が上がらない。
こうして俺は瞬と身の回りの品を買い揃えて帰路に向かうのだった。
少しづつアップしていきます。
今回が初の小説につき、読みにくさ等荒さが目につきますがアドバイス頂けると大変ありがたいです。




