日曜朝市は戦場と化す!
昨夜雅樹が瞬に伝えられなかった事…
普段とは違うスーパーの顔を見れます!
コレは本当だ。だが…
~十三話~
日曜朝市のスーパーの朝は、さながら戦場だ。
雅樹はいつもより早く出勤する。日曜だけは開店時間が30分早くなる。
スーパーの開店前の時間が早くなれば早くなる程従業員には負担が増える。
『じゃあ、行ってきます。瞬は時間通りに間に合う様に来てね。ただし、休日ダイヤだから電車には気をつけてね。』
『いってらっしゃい。雅樹さん、また後で。』
『雅樹、いってらっしゃい。ガンバってね。』
由香はまだ夢の中の様だ。
『みなさんおはようございます!朝市、気合いを入れていきましょう!』
雅樹は自分自身にも気合いを入れる為に声を張る。
『英さん、このパン大量に来てますが、値段は?』
『オール99円で、メーカーの番重(パンの箱)に山積みで!』
『英チーフ!肉の99円セールの商品は…』
『昨日POPも用意してます。鶏肉のモモをグラム99円でいきます!』
雅樹は流れるように指示を出し続ける。
スーパーの朝はさながら戦場だ。しかも今日は日曜朝市。開店の時間も通常より30分早い…
『英さん、豆腐が予定数量入荷してないです!』
『その豆腐は広告ではないので定番の価格でO.K.です!その代わりの商品を安く出します!違う豆腐がダブってますのでそれで!』
雅樹は部門の兼任チーフでもある。その為に幾つもの質問が矢継ぎ早に…
『開店まで1時間切りました!みなさん、事故の無い様に可及的速やか!』
『『『『『ASAP了解です!』』』』
この時雅樹は事故と言ったが、スーパーの事故は当然、怪我だけではない。何よりも恐ろしいのは広告商品の欠品、並べ忘れ、そして売価エラー…
売価の設定ミスが起きると、お客さんだけではなくレジ従業員にも多大なる迷惑がかかってしまう。
通常の午前中の客数(レジを通過した人数)は12時までで多くて300人程度。朝市は違う。平均でも700人は下回らない。つまりレジもパンク寸前なのである。
そこに売価エラーが発生するとレジは止まり、謝罪、返金、更にそれまで買ったお客さんが返金に戻ってくる…と嵐の中に爆弾を投げ入れる様な状態に…雅樹はそれを一番危惧する。
《開店まで30分です。》
店内のアナウンスが無情にも時を告げる。
雅樹はフルスロットルで自分の受け持つ部門の売り場を小走りで駆け回る。
『商品は揃ってますか?売価チェックは大丈夫ですか?POP(ポップ…商品の名前、価格、コメントなどが書かれた紙)は大丈夫ですか?』
雅樹は自分の目で広告と商品を照らし合わせながら走り続ける。
『問題ありません!』
『O.K.です!そしたら牛乳と納豆、ヨーグルトをすぐに補充出来るように台車に積んで下さい。』
『わかりました!』
『俺はこれから肉を確認しますから!』
雅樹は本業の精肉の売り場へと走り去る…
『POPは…O.K.、売価…O.K.、商品は…ひき肉が間に合ってない!』
すぐさま精肉のバックルーム(作業場)へ踵を返す。
『ひき肉が出てませんが大丈夫です?』
『あと半分が、できてません!』
『O.K.です。できてる分は即値段をつけて売り場に!残りは…材料を切ってないですね?俺が切りますからどんどん商品を作って下さい!普段の倍作る勢いで!』
雅樹はひき肉の材料を切り始める。雅樹の作業はかなり早く正確だ。
肉を切りながらチラリと時計を見る。
日曜日はどれだけ時間があっても足りない…あっという間に時が過ぎる。
『さあ、開店まで15分切りました!とりあえず今出た商品で売り場の100%陳列はこれで大丈夫!』
パートさん達は安堵の表情を浮かべる。
『それでは、ひき肉は続きをお願いします。鶏肉はすぐに補充出来るように用意を!多分開店して30分でロースの切り身が消えるので、これから切りますから。』
まだ開店5分前だが、雅樹は先を見越して作業を振る。
《大変お待たせいたしました!開店の時間です!》
店内に開店を知らせるアナウンスと同時にお客さんがなだれ込む。
『いらっしゃいませ~!いらっしゃいませ~!』
『さぁさぁ!朝市だよ~!早い者勝ちだよ~!』
『無くなり次第終了!お昼の12時までだよ~!』
店内に店員の威勢の良い掛け声がこだまする。
雅樹も負けじと売り場の確認をしながら声を上げる。
『今日は国産の鶏のモモ肉!こちらが数量限定!数量限定!100グラムがなんと!99円!今日は50キロ限定!無くなり次第、お時間限り!早い者勝ち!さぁ~ご利用~ご利用~!』
《次の補充は…およそ20分後って所だな。》
次の作業を組立ながら売り場を見渡す。
見知った顔が…榊だ。
『榊さん、おはようございます!』
と雅樹は頭を下げ、挨拶をする。
『英さん、おはようございます。』
榊も雅樹に気が付いて軽く右手を上げヒラヒラと挨拶を返す。
榊はこの時間は雅樹が忙しい事を熟知しているので軽く挨拶をして買い物に戻る。
開店後1時間が経過…
作業指示が雅樹の予想通りピタリと当てはまり、欠品もなく順調に進む。
賑やかな売り場を見回す雅樹。しばらくは補充の必要性はないと判断し、売り場からバックヤードへ向かうと、出勤した瞬の姿を見つけた。
『橘君、おはよう!』
『英さんおはようございます!』
昨日の大将の定食屋で椿、雪柳の言っていた仕事とプライベートは別。仕事中は英さんと呼ぶ。
雅樹は瞬に《橘君》、瞬も理解し即座に《英さん》と返す。
瞬の後から皆瀬も現れる。
『雅樹さんおはようッス!』
『皆瀬君、おはよう。』
皆瀬は雅樹に会えたのが嬉しかった様だが…瞬との差が浮き彫りになる。
更に後ろから椿と雪柳も現れる。
二人とも日曜は本業が休みのようで、たまに朝市から出勤する。
『皆瀬君、君は昨日の俺達の会話、聞いていたのか?』
雪柳がチクリと刺す。
『あっ、椿さん、雪柳さん、ザースッ!』
『皆瀬君、雪柳さんが昨夜言ったのは仕事とプライベートは分ける事が大人の行動だと言ったのだよ。』
『でも、雅樹さんは気にしないですよね?』
苦笑して雅樹は答えた。
『橘君は俺を英さんと呼んでくれてるよ?』
『だって…』
食い下がる皆瀬に雪柳は一言…
『大人になれない皆瀬君はこれから皆坊と呼ぶよ。』
『ちょっ…なんすか?それ…』
それまで黙って雪柳と皆瀬の会話を聞いていた椿が言葉を発する。
『それは…坊主だからさ…』
慌てた雪柳が椿の言葉を遮る。
『ちょっと!椿さん何言ってるんですか!その低音のイケボで!微妙に危険なワード!』
『どうかしたのかね?』
『だから…!』
『フッ…なんの話かな?』
『だから!』
完全に雅樹達は置いてきぼりで楽しそうに会話を楽しむ椿と雪柳。
咳払いをし、皆瀬に向き直る雪柳。
『なぁ、皆瀬君、売り場でお客さんが俺達があだ名や名前を気軽に呼んでいるのを聞いたら、どう思うかな?』
『えっ?仲良しって…』
皆瀬の答えを聞いた後で雪柳は瞬にも質問をする。
『じゃあ橘君は?』
『例えば、お客さんが声を掛けてきた時、聞こえなかったとしたら、従業員が楽しそうに名前やあだ名で呼びあってたら、遊んでる…って…思います。』
『そうだね。プロ意識が足らないって言われても文句言えないと俺は思うよ。』
『・・・・・』
瞬の答えを聞き、うつむき黙る皆瀬。
そこに雪柳が…
『わかったか?皆瀬君。君が雅樹さんって仕事中に呼ぶ限り俺は皆坊って呼ぶよ。』
『・・・・』
『俺達は仕事をしている。ギャラが発生している限りはプロだ。それがわからない限りは子供扱いされるぞ?』
瞬は雪柳の言葉を聞き、目を輝かせた。
『雪柳さん、ありがとうございます。僕も皆瀬君も勉強になりました!』
『そうか…では君は皆瀬君か?それとも皆坊かな?』
椿は少し意地悪く皆瀬に問う。
『俺は…俺は!剛です!』
あっけにとられる椿と雪柳はため息交じりの苦笑を浮かべる。
雅樹は互いをフォローする。
『皆瀬君、今はわからないかもしれないけど君にも必ず分かる時が来るよ。雪柳さんも、本当なら俺が皆瀬君に言わなければいけなかった事を伝えてくれてありがとうございます。』
雅樹の言葉を聞いた椿は、真面目な顔に戻り雅樹に言う。
『英さん、その優しさは逆に残虐でもあるかも知れない…』
『椿さんの言う通りです。今、教えないと後で後悔するのは周りだけではないですよ?本人が一番後悔します。』
椿と雪柳の言葉を雅樹は皆瀬だけではなく、雅樹自身にも甘やかす言葉を使ってしまったと後悔する。
『そうですね…皆瀬君、我々の給料はお客さんから頂いてるのは分かるかな?だからって、お客さんのいいなりになる事はないけど、お客さんが楽しんで買い物ができる環境を用意しないといけないって俺は考えてるよ。』
『・・・・・』
『お客さんは数あるスーパーからウチを選んで来てくれている。お客さんに負を与える事はあってはいけないんだよな。欠品、売価エラー、接客技術…簡単に隙を見せられない。』
『仕事は楽しく、真剣に!って俺の考えだけど…楽しくは、遊びで楽しく!ではいけないんだよな…皆瀬君、ごめんなさい。俺も自分を甘やかしていた。全てはお客さんの為に!だよな。』
『・・・・・・』
皆瀬は雅樹に言われた事で自分の味方が誰もいないと錯覚する。
瞬は雅樹が皆瀬に頭を下げる所を見て驚き、小さく呟く…
『雅樹さん、バイトにも頭を下げる…注意を受けたのは剛なのに…』
瞬は雅樹が簡単に頭を下げたと思っていた。
それを見て椿が優しく瞬に語りかける。
『橘君、君は英さんがバイトに簡単に頭を下げた事がショックのようだな。だが、それは違う。英雅樹という男の凄さ、恐ろしい所だ。年を取り、地位が上がるに連れ、簡単に頭を下げられなくなってくる人間が多くなる。』
その椿の言葉に雪柳もうなずく。
『ああ、そうだな。俺自身も、俺の周りも、そんな大人が多いよ。』
『ああ、だが英さんは相手を部下や年下とではなく、同じ人間として対等に扱う。君も学校の先生にそんなタイプの人間はいなかったかな?』
椿の言葉に瞬はかつての担任であった、雅樹に諭される前の大場の姿が浮かび上がる…
時間にしたらわずか5分足らず。疎外感の塊の皆瀬からしたら体感時間は1時間にも感じられた。この会話は各々が考えさせられる時間であった。
《俺は皆坊?何で瞬だけ優しくされてやがる!チクショー!》
皆瀬は悔しそうにうつむく。
雪柳は、そんな皆瀬の表情を見逃さない。
『英さんの言いたい事は伝わったか?じゃあ、仕事に戻るぞ?いいな。剛…っと、皆瀬君。』
軽く皆瀬の肩を叩く雪柳。
その後ろから椿も笑顔で皆瀬を見ると、軽く肩に手を掛ける。
『仕事中は、英さん、皆瀬君、橘君だ。分かったな?剛。』
『はい!』
皆瀬の元気な返事を聞き、相変わらず戦場と化した朝市の売り場に戻る男達五人…男達は笑顔であった。
日曜朝市のスーパーの裏側を話せる範囲ですが書いて見ました。
椿さん…ネタが危ない(笑)




