瞬の実力…そして由香無双!
由香の支配する空間と化した剣道場…
瞬の実力は…
~第8話~ その五
剣道場は静寂に包まれていた…
この静寂さえ由香の支配下の装置に過ぎない…
その中で相馬はよく通る声で話す。
『さっきも言ったが試合が終われば遺恨は残さない!いいな!』
『俺がコイツに負けるなんてありえねぇーから。』
がなり立てる部員を一瞥して瞬は静かに口を開く。
『相馬主将、僕達は剣で語るのみです。始めてください。』
相馬は強く頷くと、一呼吸置き、大きく息を吸い込み、
『はじめ!』
ドン!
始めの掛け声と同時に瞬の左足が剣道場の床が抜けるほどの勢いで踏みこむ。普通なら右足で踏み込むのだが、瞬は違った。出足が逆になる…それだけでも相手を混乱させるに充分な動きでもある。それは一瞬の出来事だった…瞬の踏み込む音を聞いた瞬間、喉元に竹刀が吸い込まれる…
『ツキーィ!』
ドン!吸い込まれる様に竹刀は喉元へ…
『一本!それまで!』
始めの掛け声と同時に勝敗は決まった。
まさに電光石火の一撃。
とてつもない早さで突きを放つ瞬。
しかしその身体は一切ブレることが無い。
先程まで瞬を罵った部員は、後ろに倒れ込み衝撃のあまりに唖然としている。
瞬く間にリプレイを見るようにもう一人の部員も同じ様に沈んでいく…
相馬は瞬の太刀筋を見て、満足そうに言った。
『橘、流石だな。これで終わりだ!みんなもいいな!』
拍手が巻き起こり瞬の圧勝が知れ渡る。
『瞬君凄いね~!瞬殺だったね~!』
『いえ、クセを知った仲間が相手でしたから。』
『ワクワクしたよ~!私も実は剣道経験者だからね~瞬君に勝つためには…って考えちゃった!』
『えっ?由香さん剣道やってたんですか?』
『そうなんだよ~、もう何年もやってないけどね。久しぶりに剣道やりたくなったなぁ、瞬君、少し手合わせしてくれない?』
『いや、由香さんに怪我をさせる訳には…』
瞬は由香の実力もわからないため、言い淀む。
『あ~、傷ついちゃうなぁ。大丈夫!多分いい試合になるから。私もかなりブランクあるし。瞬君も自分の弱点知りたいでしょ~?』
由香は瞬の心配を余所に周りを見渡しはじめる。
『試合するにしても防具が…』
周りの男子生徒が色めきだつ。皆由香に自分の防具を使って欲しくて必死に渡そうと…
『ごめんね、ソコの美少女剣士、相馬さんだよね?防具を貸してくれるかな?』
と相馬に声を掛ける。
『えっ?自分ですか?美少女剣士って…』
男子生徒からザワつきが聞こえる。男女とか、脳筋ゴリラ娘とか…
『はいはい!さっきお姉さんが怒った事忘れちゃダメだよ!人間は暴力より言葉が一番傷つくし、治らないキズになるんだよ!わかったかな?』
その一言で先程の由香のプレッシャーを思い出した部員達は、すみませんでした、や、ゴメンと謝る。
『あの、自分の防具で良かったら使ってくれますか?』
相馬はそう言うと面を外す。手ぬぐいを外すとサラサラとしたショートの髪の毛が揺れる。
『ありがとう!もちろん、大切に使うからね!』
由香は相馬から防具を借り受け呼吸を整える。
瞬は複雑な気持ちを抱えながら蹲踞する。
相対する由香も呼吸を整え、蹲踞する。
『瞬君、手加減はいらないからね?どちらかと言ったら瞬君の全力、本気を見たいから。さっきの子達にしたような手加減はダメだよ!』
先程の二人に手加減をしていた事を見抜かれた瞬は内心焦った。
面の隙間から由香の目が輝いて見える…
恐ろしいプレッシャーが瞬に纏わり付く。
瞬は英家に世話になってから威圧感を感じる場面に多々遭遇していたが、その多くは雅樹の妻、正面の女性、由香の母親である香奈のプレッシャーは周りの温度が下がり、気が付くと動けなくなる…まるで凍結する様なプレッシャー。対する娘である由香は全く違うプレッシャー…それは肉食獣であると、親子なのに威圧感の中身が違う…だが言える事は一つ…自分が狩られる側と本能が危機を告げるように心臓が早鐘を打ち続ける。
相対する瞬には一筋縄でいかない相手だと本能が理解した…
《僕の得意技、最大の速度で突きを放つ!由香さんに勝つためにはそれしかない!》
瞬は覚悟を決めた。
その覚悟を感じ取った相馬は緊張で唾を飲み込んだ…
『はじめ!』
掛け声と同時にドン!と左足から踏み込む足音。瞬の得意の一撃必殺の戦法!そのまま全力で自分の最高にして一番自信のある一撃を放つ!
《由香さんは反応しきれてない!狙うはこのタイミング!》
瞬は今の自分の最大のパフォーマンスを出し切り渾身の一撃を見舞う!
『ツキィ!』
《手応えが全くない!由香さんが…消えた?》
その刹那由香の凜とした声が道場に響く!
『胴!』
誰もが瞬の圧勝と思っていた。試合開始の掛け声と共に電光石火の突きが放たれた途端、由香はほんの少し、舞うような動きで瞬の突きをすり抜けフワっと軽く舞う様に瞬の懐に入りすり抜けざまに胴を決める。
それは開始わずか数秒間の刹那とも言える瞬間だった…
『一本!』
『由香さんが…消えたと思ったら…取られた…しかも胴を…なんで?』
それはあまりにも流麗な動きで本当に由香が消えた様な錯覚を瞬は覚えた。
実際に由香は身体の縦軸横軸を僅かな回転で瞬の竹刀の直線的な動きをいなしただけであった。
瞬の突撃の速度を上手く利用して最小限の動きだけですり抜けざまに胴を払ったのだ。
胴を取られた瞬は何が起きたのか全くわからず、唖然となる…
『つっ…打たれた時はなんともなかった…今になって打撃の痛みが…』
『やっぱり鈍ってるね~。現役の時ならもう少し早く踏み込めたんだけどなぁ~』
相馬は目をキラキラさせながら由香に迫る。
『あ、あの!めちゃくちゃかっこ良かったです!
あの橘が瞬殺って…見たことなかった…』
『ありがとう。でも真剣に剣道に打ち込んだらみんなだって出来るからね!』
『はい!ありがとうございます!』
剣道場からは割れんばかりの拍手が巻き起こる。
『由香さん、何物なんですか…僕、剣道は密かに自慢できるって思ってたんですが…』
『瞬君の突きは速さこそ申し分ないけど、モーションでバレバレなんだよ~。まず、左の踏み込み。右足がすり足になってるので動く前に身体が沈むでしょ?更に呼吸もバレ気味。更に突きって狙いが一カ所だから身体の軸を逸らすだけでさっきお姉さんがやったことが簡単にできちゃうんだなぁ~それに瞬君、突き以外だと勝ちを拾いにくいでしょ~?一撃必殺、外したら終わりって。』
『僕、県大会ベスト4なのに…』
『私も高校時代全国大会ベスト8まで行けたから瞬君ならそれ以上狙えるよ!』
相馬は由香の話を聞き熱い眼差しを送る。
『あの、お姉さん、名前を聞いてもいいですか?』
『由香、英由香だよ。英は英語の英で英。連絡先も交換する?あっ、私より瞬君の連絡先の方が良かった?』
『いや、橘と連絡先交換しても意味が無いと言うか…スマン橘!』
『いや、なんで僕が振られたみたいになってるの…?』
『そんな事よりも由香さんは子供の頃から剣道やってたんですか?』
瞬の悲しい叫びを《そんな事》と切りすてる相馬。
『高校入ってからだよ。性格も今と違って、暗くて友達もいなかったからメチャクチャいじめられてさぁ。まぁイジメ問題は解決したんだけど、父親から、心に仮面を付けたらどう?って。憧れ、理想の人間の人格の仮面を装着するって。それを聞いたら心が軽くなってね。じゃあ身体も鍛えようってはじめたのが剣道。
最初は弱かったよ(笑)毎日やられて泣きそうになったけど、仮面の自分なら泣かずに悔しがるって(笑)』
『自分も…、私も理想の人間になれますか?』
『もちろん、今だって自分って呼び方から私に変えたでしょ?面を被ってても、声を張ってても女性らしいなぁっておもってたんだよねぇ。素質十分!今でも美少女なのに数年後には美人って呼ばれる存在になれるとおもうよ!!』
由香の言葉に先程まで凛々しさが勝っていた相馬の顔から照れた様な優しい笑顔が自然と漏れた…
『そんな、美人って…それに自、私が女って気が付いてたんですか?みんな女らしくないって言ってるのに…』
そんな相馬を見て由香は心から笑顔で呟く。
『本当、可愛いなぁ。』
由香の話を聞いた瞬は考え込む。
『理想とする自分の仮面…』
こうして剣道場の騒動は幕を閉じるのだが…
学校の駐車場に集合した雅樹夫妻と由香、瞬。
お見送りに相馬、大場が一緒にいる。
大場は瞬の正面に立ち真っ直ぐ瞬の目を見る。
『橘君、申し訳ありませんでした。本来なら私が橘君の相談に乗らないといけなかった…それなのにあなたを傷つけるばかりか、適当なデマを言ってしまった…当然許されるとは思っていませんが、謝罪をさせていただけないでしょうか?これで橘君と会えなくなるかもしれません。最後まであなたの担任として謝りたいです。』
瞬はとまどいながら雅樹を見る…
雅樹は優しい顔で軽く頷く。
《君が決めるんだ…、》
目がそう言っている。
瞬は一瞬考えた末に
『先生…先生の謝罪確かに受け取りました。』
『橘君、本当に申し訳ありませんでした。あなたから見たら私はたった一人の担任の先生のハズなのに…橘君に誓います。二度と同じ過ちは繰り返さないと。』
香奈が優しく瞬にいう。
『人は幾つになっても変われるのよ。大場先生も瞬君も…』
瞬は涙ぐむ。
『はい…先生、ありがとうございます。僕、この学校に…帰ってきて、みんなに会えて…良かった…』
こうして大場と瞬は和解が出来た。
その様子を眺めていた相馬は由香に尋ねた。
『あの優しそうな人達が由香さんのお父さん、お母さんなんですね?』
『そう。私の剣の師匠の一人はパパなんだよ~』
『えっ?あの人が…?とてもあの強さの由香さんを鍛えたとは…』
それを聞いて雅樹は微笑む、
『俺が教えたのは技ではなく身体の動かし方だけ。後は由香の努力の賜物だよ。』
『あと、剣道場でみんなを叱った時の話し方…パパの真似。』
とクスっと由香が笑う。
それを見て相馬は、
『あの威圧感、お父さんから…』
香奈は由香達の会話を聞き、
『剣道場で何があったの?』
笑顔だ…しかし周りの温度が下がる。
『あっ、私は剣道部の主将の相馬葵です。先程剣道場で橘を責める事がありまして…由香さんが治めてくれたんです。』
葵は嬉しそうに憧れの由香の武勇伝を語る。
が、香奈の周りの温度は更に下がる…
『何があったのかしら?』
『えっ、あっ、何でもないよ!少しお説教しただけだから!』
何となく察した雅樹が問う…
『由香、まさか竹刀を持って無双してないよな…?』
『えっ?してない、してない!』
香奈のプレッシャーを感じた由香は必死に言葉を選ぶ。
しかし瞬の口から全てが明かされる…
それ程瞬にとって衝撃と由香への憧れがあったからである。
『由香さんと手合わせしたんですが…、瞬殺されました!全く由香さんが見えませんでした…消えたんです!気が付いたら胴を取られてました…』
『由香は全国大会に出場したんだけど、全部秒殺で勝ち進んだんだ…そしたら由香はこの大会が自分の求める試合ではない…と棄権したんだ…』
雅樹は由香の過去を告げる。
すると香奈は面白そうに追加の説明を…
『対戦相手から付けられた二つ名は不可視の剣鬼、観客からはフワッと舞うように一本を決めるから剣姫って。』
葵は目をキラキラさせながら更に剣道場での出来事を語る。
香奈は笑顔で由香を見据える。
雅樹は…右手で顔を覆い俯いた…
こうして栃木での英家の騒動は幕を閉じるのだった。
この一件で瞬は英家が普通ではない何かを感じとっていた…そしてその英家の一員になれたことを嬉しく思う。
その後、瞬は無事転校の手続きを終え、雅樹の職場でバイトもはじめる事となる。
その後瞬の更なる受難が始まるのだった。
由香の無双劇になってしまいました。
由香も、私の思惑とは全く関係なく育ってしまいました…




