ep.97 未来を認める
「それに、貴族の誰かがギョクリンの血統にケチをつけるのですか? その瞬間、ワルシャワにもケチをつけてますが?
具体的にはどなたでしょう? 私が一人一人説得に行きますよ」
――ケチつける貴族なんて、いるわけないだろ!
心の中で突っ込んだ瞬間、青くなった。
――そうだ。ケチをつけてるのは恐らく、私だけだ……。
私が黙ると、チェーザマリー公爵は思い出したように顎に手を当てた。
「ですが、国一番の権力者であらせられる陛下が"ギョクリンは不十分だ"というなら、仕方ありませんね」
――なんつー嫌な言い方だ。だが、諦めたのか?
「でしたら、人間の血が混ざっていないユリジェンヌの血筋であれば、次期ユリジェンヌ侯爵になれるのですよね?」
「そうだ」
私が頷くと、チェーザマリー公爵はにっこりと笑った。
「でしたら、ユリジェンヌ侯爵には再婚してもらいましょう。それで、純血の男児を儲けて、その子を次期ユリジェンヌ侯爵にすれば良いのでは? ギョクリンではなく」
「……は?」
私が呆然とすると、チェーザマリー公爵は笑顔で続けた。
「ユリジェンヌ侯爵は魔界一美しい男と名高い。しかも、三名家の侯爵です。再婚したい女性は山ほどいますよ。相手選びには困りませんね」
「なんだって!? ユリジェンヌ侯爵は亡き妻との再婚しない約束を律儀に守る男だぞ!?」
「その点については、昨日ユリジェンヌ侯爵に聞きました。彼曰く『ギョクリンが認められないときは再婚する』だそうです」
「再婚するのか?」
「ええ。再婚相手は……」
言いかけて、チェーザマリー公爵はまたはっとした顔をした。
「怪鳥王家の王女様とかいかがですか? 陛下も聞いたことがあるでしょう。王女様がユリジェンヌ侯爵の美貌に一目惚れしたから、彼女は未だに独身だという噂を。
沢山の男性からの求婚を断り続けてますからね」
――おいおい。ちょっと待て!
「俺は、怪鳥の魔王様とは宰相時代に親しくさせて頂いてました。私から魔王様に縁談のお話をしようかな?」
――権門のユリジェンヌが、王家と姻戚になるだと!? それは嫌だ! これ以上ユリジェンヌに権力を持たせてたまるか!
「しかし、王家は再婚という点を気にされるかもしれません」
「そうだな。縁談は難しいんじゃないか?」
チェーザマリー公爵は頷くと、にっこりと笑った。
「なら、お相手は花人魚のクレイ=デ=タシュビッツ侯爵とかどうでしょう? 侯爵同士の縁談ですし、お似合いですね」
「魔界有数の大富豪のタシュビッツと!?」
――ふざけるなよ! ユリジェンヌに財力まで付ける気か!?
「クレイ侯爵は喜ぶでしょうね。私が女なら、あんな美男に求婚されて頷かないわけがありません」
――ギョクリンを認めないと、婚姻でユリジェンヌを強くするってことかよ!
「では……。ユリジェンヌ侯爵と話し合ってきます。ワルシャワはすでにユリジェンヌの親戚ですし、より良い結婚相手を探すために、全力で手伝わせて頂きますよ」
――ワルシャワとの姻戚だけでも、うざいのに! さらに親戚が増えんのかよ!
「ギョクリンを認めてもらえないようなので……。これで失礼しますね」
チェーザマリー公爵は笑顔で一礼した。そして、ゆっくりと踵を返した。
「待ちたまえ!」
「いかがされました?」
チェーザマリー公爵はきょとんとした顔で振り返った。
「ギョクリンの侯爵位継承と、オン称号を認める! ギョクリンはダンピールだからな!」
◇◇◇
「それで、ギョクリンはオン称号を獲得。爵位継承は承認? 凄いじゃん! ユリジェンヌ侯爵もチェーザマリーもやるね!」
ネルヴァー卿ははしゃいだ声を出したが、ダータン伯爵は苦い顔をした。
「絶対に最初から再婚する気、ゼロだろ。上手すぎる脅し文句だな」
「ふふっ。それはどうでしょう?」
私とチェーザマリーは笑い合った。
今日は十一月一日。ワルシャワ邸にダータン伯爵とネルヴァー卿を招待して、アヤナとギョクリンをお披露目していた。
「それにしても、猫耳が可愛すぎるよ! ギョクリンなんて、ユリジェンヌ侯爵の顔だよ。それでターコイズとスカイブルーの色彩とか、イケメンすぎる!
将来は隣に並びたくないね。僕が霞んじゃうよ」
「まあ! ネルヴァー卿ほどの美形が何をおっしゃいますか」
私たちはお茶を飲んで楽しく談笑した。
ギョクリンとアヤナは二人に抱っこされると、嬉しそうに笑っていた。
一時間ほど談笑したときだ。ネルヴァー卿が急に、真剣な顔で話しだした。
「そういえばさ、ドラゴンの第二王女様が反逆罪で投獄された話、聞いた? 怖いよね」
「ええ! なんですかその話は!?」
「リト公爵夫人は知らないの!? ビッグニュースだよ!」
ダータン伯爵とネルヴァー卿は顔を見合わせた。
私はチェーザマリーを見た。
「チェーザマリー……。知ってて私に黙っていたでしょう?」
「すまない。せっかくリトが赤子に夢中になってるのに、ショックを与えたくなかったんだ……」
――そうだったんだ……。
「ネルヴァー卿。詳細を教えてくれません?」
「超簡単に言うとね、第二王女様が前々から皇太子を呪殺しようとしてたことが発覚したんだよ」
「呪殺!? 呪術!?」
「第二王女殺害予告も自作自演だったってバレた。その件で、第二王女に懸想して殺害予告を出した嫌疑をかけられてたアンバー卿は釈放されたよ。
ほら前に、王女への恋心を綴った日記がアンバー卿のベッドの下から出てきた事件があったでしょ?」
「そういえば……。そんなニュースがありましたわ」
「王女様と仲良くしてた貴族は、全員取り調べを受けてる。ドラゴン王城には血の雨が降りそうだよ。これを機に、皇太子は邪魔者を一掃するつもりさ」
「そうなんですか……?」
「うん。第二王女に忠実だった貴族のポストが空けば、そこに皇太子陣営の人材も送り込めるし。前に、シェルバにアクアマリン卿から守ってもらって良かったじゃん。仲良くしてたら最悪だよ。彼は今、投獄されてるし」
――権力の世界って、怖いな……。第二王女様もアクアマリン卿も親切な顔をしてたのに……。気をつけなきゃ……!
私が暗い顔をすると、ダータン伯爵が話題を変えた。
「そういえば、リト公爵夫人とチェーザマリーは、もう人間界には帰らないのか?」
「はい。子育てしたいし、猫生活は辞めました。アンたちの記憶は魔法で書き換えて、飼い猫クレハの私が天寿をまっとうしたことにしました」
「俺も調香師は辞めた。人間界生活は終了。宰相に復帰するまでのあと八年は、子どもたちと過ごすことにしたよ。子育てと教育に専念する」
「……ヴァンパイアの魔王様はチェーザマリーの魔界暮らしを承認したのか? 休暇の名目でチェーザマリーを人間界に三百年追放しただろ?」
「育休って名目で承認してもらったよ。反対しずらしいだろ?」
「なるほどね」
ダータン伯爵とネルヴァー卿が頷くと、チェーザマリーは急に私を抱きしめた。
「でも、人間界に追いやられて良かったよ。こんなに可愛い妻と人間界で出会えたんだからな」
「ちょっともう! 二人の前で恥ずかしいです!」
「ヒュー! ラブラブじゃん!」
ネルヴァー卿は口笛を吹いたが、ダータン伯爵は苦笑いをした。
「俺がヴァンパイアの魔王様の立場なら最悪だよ。チェーザマリーは人間界の裏社会で活躍したし、調香師として成功した。
魔界では部下がフラシェルとヘアシェルとフクシェルの三ブランドを所持。しかも、権門のユリジェンヌと結婚までして……。
追い出さない方が良かったんじゃないか?」
「僕が魔王様なら地団駄踏むね。アハハハッ」
ネルヴァー卿は可笑しそうに笑った。
このときは、思ってもみなかった。
私の子どもたちが、ドラゴン王家と深い関係になるだなんて。




