ep.96 話術と権力を全力で使わせてもらうよ
◇◇◇
「なんだって!? リト=ファル=ワルシャワの息子を次期ユリジェンヌ侯爵にする!? オン称号を名乗らせろだと!?」
「そうです。本日は陛下に、その許可を頂きに参りました」
化け猫の魔王――私は仰け反った。
執務室に、私の怒声が響き渡った。
「ユリジェンヌ侯爵! 王城監察局長だからって、調子に乗るのもいい加減にしろよ!」
ユリジェンヌ侯爵は王城監察局の局長だ。
王城監察局とは、王城の人事と昇格・降格・解雇を管理する部署だ。不正の調査・処罰も一手に引き受ける、選ばれたエリートの集団。
ユリジェンヌ侯爵は監察局トップであり、大臣までもが顔色を伺う絶対的権力者だ。
しかも、その美貌から、国内外のレディたちに絶大な人気を誇っている。頭の痛い存在だ。
――臣下はこいつの顔色ばっかり伺いやがって! 今日までユリジェンヌに何度、煮え湯を飲まされたことか!
ユリジェンヌ侯爵令嬢を正式に認めさせたときのように、私に圧をかけるつもりか。だが、何度も屈してたまるものか。
「化け猫の国法では人間と結婚したら化け猫資格剥奪だ! ギョクリンは人間の血を引いてるだろ?
侯爵令嬢は非爵位持ちだから認めてやったけどな! 人間との混血猫を侯爵にするなんて駄目だ! オン称号は論外だ!」
「ギョクリンは人間との混血猫ではありません」
「は? お前、何を言っている?」
「陛下はダンピールをご存知で?」
「知ってるよ! 人間とヴァンパイアの混血だろ!」
「ギョクリンは父親からはヴァンパイアの血を、母親からは化け猫と悪魔と人間の血を受け継いでいます。
ヴァンパイアと人間の血が混ざるとダンピールです。つまり、ギョクリンは化け猫と悪魔の血が混ざったダンピールなんですよ」
「はあ!?」
「我が国は人間の血を認めていない。しかし、化け猫の国法には、"ダンピールを認めない"という記述はありません。人間とダンピールは別種族です」
ユリジェンヌ侯爵は勝ち誇ったように笑った。私は執務机を平手で思いっきり叩いた。
「なんだその屁理屈は! 減らず口もいい加減にしろ!」
「しかし、理論上は間違っていません」
――何を言ってるんだこの男は!?
「だめと言ったらだめだ! この話は以上だ! 帰れ!」
「そうですか。今日のところは失礼しますよ」
ユリジェンヌ侯爵は踵を返した。
彼が勝ちを確信した笑みを浮かべたことに、私は気づかなかった。
◇◇◇
次の日の昼頃。臣下が血相を変えてやって来た。
「陛下! 大変です! チェーザマリー公爵がいらっしゃいました!」
「はあ? チェーザマリー公爵が? 化け猫の国に来てたのか?」
「ええ! 二日前から滞在していたようです。それで、公爵は至急、陛下にお目にかかりたいとか。難しければ、何時間でも待つと言ってらっしゃいます」
――昨日のことと関係あるのか?
「分かった。すぐに通せ」
◇◇◇
「化け猫の国一美しく高貴なレディでいらっしゃる陛下にお目にかかれて光栄です」
執務室に来るなり、チェーザマリー公爵は丁寧に礼をした。
「ありがとう。それで、いきなりなんの用だ?」
私が怪訝な顔で聞くと、チェーザマリー公爵は微笑んだ。
「ギョクリンを後継者として認めてもらえないとか。昨日、ユリジェンヌ侯爵から聞きました」
――やっぱり後継者問題かよ。面倒なのが出しゃばってきたな。
「そうだ。ギョクリンには人間の血が流れているからな。法の元に、爵位継承とオン称号は認められない。卿としてなら認めてやってもいいが、侯爵はだめだ」
「……ほう」
「ヴァンパイアの国では人間との混血でも爵位を継げるそうだな。だが、我が国では駄目だ。ギョクリンは次期ワルシャワ公爵にしたらどうだ?」
「ギョクリンはダンピールですよ。化け猫国では、ダンピールの爵位継承を認めていないのですか? 私が法典を確認した限り、そんな記述はどこにもありませんが?」
「法典? 貴殿は外国人だろう。魔王の私より、我が国の法が理解できるとでも?」
「私は外国人ですが、元宰相です。あと八年で宰相に復帰予定ですし。外国人ですが、多少なりとも化け猫法への理解はああります」
――くっそ……。ワルシャワは魔界有数の名門だ。次期宰相との口論は避けたい。ワルシャワとの関係悪化は避けたい。
私は作り笑いを浮かべた。
「貴殿の知識には敬意を示すが……。現行の法では認められないんだ。伝統ある法を改正する予定はない」
「改正ではなく、解釈の違いだと思いますよ?」
「……法により、認められないんだ。ユリジェンヌにこだわる理由はないだろ? ワルシャワ公爵にしてやったらどうだ?」
チェーザマリーは穏やかな笑みから一転、急に冷たい笑みを浮かべた。
「そうですか。ギョクリンは我がワルシャワ公爵家の血を引いているのですが……。ワルシャワ家の血統に、何か問題でもあるのでしょうか?」
――なんだこの質問は!?
"ある"だなんて言ったら大問題だ。しかし、"ない"と言っても問題だ。
「ならばなぜ、ギョクリンを認めてもらえないのですか?」
"ない"と言った瞬間に、そう言われるに決まっている。
「……ワルシャワ家の血統は完璧だ。高貴な血筋だよ」
「ですよね。我が家は序列一位公爵家です。国家最高峰の家門なんですよ」
「……そうだな」
「なのに、息子が侯爵になれないとは。陛下は、我が公爵家では、次期侯爵のバックに不十分だとお考えですか?」
「いや……。そんなことはない……。ワルシャワの政治力は完璧だ。何人も宰相を輩出したじゃないか?」
チェーザマリー公爵は笑顔で頷いた。
「ええ。次期ユリジェンヌ侯爵が窮地に陥れば、いつでも助ける準備ができてますよ。家門とは国家の力の一部です。困ったときは助け合わなくては……」
言いかけて、チェーザマリー公爵は、はっとした顔をした。
「まさか、陛下は教育問題を気にされてるのですか? ユリジェンヌとワルシャワの後継者教育には、何か問題があると?」
――くっそ……。また、イエスでもノーでも詰む質問が来た!
「ワルシャワ家の後継者教育は、実績を見る限り完璧だな」
「では、ユリジェンヌはいかがです? 妻やユリジェンヌ侯爵に何か欠陥がありますか?」
「いや……。ない」
「ですよね。両家の後継者教育は陛下も認めてくださるほど完璧。なら、ギョクリンも立派な後継者に育てあげてみせますよ」
――まずい……。上手く反論が潰されている!
「ギョクリンはユリジェンヌ侯爵になりますが、ユリジェンヌ家の養子になるわけではありません。
私たちワルシャワ夫婦とユリジェンヌ侯爵三人で、教育させて頂きます。
具体的には、十歳になったら、一年の内半年はワルシャワに滞在、残りの半年はユリジェンヌ邸に滞在させようかと考えています」
「半年ずつ? なぜそんなことをする?」
「化け猫の国の法では、二十歳までは領地外に出られません。しかし、ヴァンパイアの国は違います。何歳からでも社交ができます。十歳までに、ギョクリンには国内外の人脈を作らせます」
――なんだって!? そんなことされたら、次代のユリジェンヌ侯爵が最強になるだろ!?
「ですので、後継者教育についてはご心配なく。勉学・教育・人脈全てで、最高のバックをお約束しますよ。どうです?
ギョクリンがユリジェンヌ侯爵になるのに何か問題でも?」
私は焦りを必死で押し隠して微笑んだ。
「ワルシャワのバックが最強なのは分かったよ。でもな、ギョクリンには人間の血が混じってるだろ。それが問題だ」
「そうですか。ですが、ギョクリンはダンピールですよ?」
――またその理論に戻るのかよ!




