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貴族社会を奇策で殴る  作者: 水守 鳴
18章 白い結婚・新婚旅行
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ep.94 吐き気がする

◇◇◇ 

 私は褥に入ると、毛布をいじって気を紛らわせていた。


 体育座りをしながら、爪先をばたばたさせる。


 しばらくすると、チェーザマリーが寝室に来た。


「リト。待っててくれてありがとう」


「いいえ! 待ってないです!」


 長身の彼がベッドに乗り上げると、ベッドがきしむ。シーツと毛布が擦れる。その音が、鼓動を速くした。


 肩が触れ合うか触れ合わないかの距離で、チェーザマリーが私の隣で足を伸ばす。


 私は恥ずかしくなって毛布に潜り込もうとした。その瞬間、背後からチェーザマリーが私を抱きしめた。


「今日が初夜だね。何もしないから、抱きしめるのだけは許してくれ」


「……うん」


「可愛いな」


 チェーザマリーの腕に導かれて、私は彼の胸に額を押し付けた。


 彼の心臓の音が聞こえる。

 私の鼓動だけが、早い。


 背中を撫でられると、少しだけ怖いのに、力が抜けてしまった。


「おやすみ」

 耳元で囁かれ、心臓が壊れそうになった。


「おやすみなさい」


 彼は今、どんな表情をしているのだろう。


 もう目は閉じただろうか。私を見つめているのだろうか。


 鼓動だけが異様に速いのに、私の瞼はすぐに落ちてしまった。

 


◇◇◇   

 目覚めると、ぬくもりを感じた。 


 逞しい腕にしっかりと抱かれ、彼の胸に頭を預けていた。


 寝ぼけて、頭をすりすりした後に、はっとした。


――やばいー! 甘えてるー! 一緒に寝てたー!


 私は腕の中から逃れようとした。けれど、チェーザマリーがその気配を察したのか、強く抱きしめ直し、腰に腕を回してきた。


「おはよう。昨日は良い夢を見られたよ」


 耳元で低く囁かれて、思考が停止した。


 私がチェーザマリーと目を合わせると、彼はクスリと楽しそうに笑った。


 そして、左手を私の頬に添えて、指先でゆっくりなぞると、顎を上げさせられた。


 息をつく暇もなく、唇を重ねられた。


「……っう」


 角度を変えて、何度も口づけられる。体の力が抜けて、されるままになってしまった。


――どうしよう……。嬉しい……。


 キスが終わると、チェーザマリーは微笑んで、目元を和らげた。


 左手で、頬を何度も撫でられた。


「気持ち良かったか?」


――ちょっと待って! この新婚生活、危険かも!


「うん……良かったよ」


 私が視線を逸らすと、彼は再び顔を近づけた。


 唇が重なると、私は目を閉じた。


◇◇◇   

 翌日から、私とチェーザマリーは観光と乗馬に興じた。


 特に私が熱中したのは乗馬だ。森林の中で乗馬をしたのは初めての経験だった。


 森の中を馬で駆け、木の皮の香りや草の湿った香りを胸いっぱいに吸い込む。それがこんなに楽しいとは知らなかった。


 森の道は乗馬がしやすいように舗装されていたので、遠乗りにも快適に行くことができた。


 朝食を食べ終わると、ほぼ毎日のようにチェーザマリーを乗馬に連れ出した。


 彼は嫌な顔一つせずに乗馬に付き合ってくれた。


 乗馬をしない日は、観光を楽しんだ。チェーザマリーは私が行きたいと言った場所には、どこへでも連れて行ってくれた。


 その日も、私は遠乗りに出かけていた。

 二時間ほど、森の中を散策したときだ。


「チェーザマリー、そろそろ馬を休息させましょう」


「そうだな。そこの草でも食べさせてやるか」


 私たちが馬から降りると、二頭の馬は草を食べ始めた。


「ふふっ。可愛いですわね」


 美味しそうに草を食べる馬の首を私が撫でていると、チェーザマリーは目を細めた。


「リトは本当に馬が好きだな」


「そうなんです! 馬ってなんでこんなに可愛いんでしょう!」


「ハハハッ。こんなに綺麗なレディに好かれて、馬も嬉しいだろうな」


 チェーザマリーは楽しそうに笑い、愛おしそうに私を見つめた。


 そのときだ。


――チェーザマリーの子どもが欲しいな。……!? え!? 突然何!?


 唐突に湧き上がってきた感情に、自分で戸惑った。

 それでも思った。


――彼との子どもが欲しい。赤ちゃんってどんな感じかな? もし子どもができたら、どっちに似るかな? もしチェーザマリーに似たら、髪と瞳の色が綺麗でいいかも……。


 二人で笑顔で子どもを抱っこするシーンを想像した。


――妊娠、してみたいかも。そしたらどんな感じかな?


 私はチェーザマリーをじっと見つめた。


――チェーザマリーって何でもできてかっこいいし、父親に似たら嬉しいかも……。


◇◇◇   

「あの……。私、あなたとの子どもが欲しいんだよね」


 数日じっくり考えて、私は切り出した。


 チェーザマリーは大きく目を見開くと、急に真剣な顔になった。


「いいのか? 出産が怖いんじゃなかったのか? 無理してないか?」


「やっぱり、欲しくなったの……。子ども産みたい。赤ちゃんと過ごしてみたいな。つわりも陣痛も、青い色炎があれば楽になるし。あなたの子どもだから欲しい」


 私はじっと彼の目を見つめた。


 本心だと伝わったのだろう。

 チェーザマリーは私を勢いよく抱きしめた。


「嬉しいよ! 子どもが欲しいって思ってくれてありがとう! 子どものことは大事にする! リトに似たら可愛いだろうな!」


「私はチェーザマリーに似てほしいけど……」


「どっちに似るかな? 俺はリトに似た可愛い女の子がいいな」


――チェーザマリー、私に似て欲しいんだ……。嬉しい!


「次代のワルシャワ公爵は、俺たちの子どもだよ!」

「……うん!」


――喜んでくれて、嬉しい……!


 私は彼の背中に腕を回すと、強く抱きしめ返した。


◇◇◇   

 七月一日。新婚旅行から約二カ月が経った頃――。


 私とチェーザマリーは、十二時に遅めの朝食を食べていた。朝から遠乗りに行く予定だったのに、二人で寝過ごしてしまったのだ。


 管理人夫妻は気を利かせて、私たちを起こしに来なかった。


「もうすぐ新婚旅行も終わりですわね」


「そうだな。二人で人間界に帰るか」


「アンとリコに再会するのが楽しみですわ。シバ家の猫生活はなかなか快適ですわよ?」


 楽しく会話しながら、私はエッグトーストを一口噛んだ。


 その瞬間、吐き気が込み上げてきた。普段は大好きなたまごの香りが、いやに鼻につきまとう。


――気持ち悪い! 何これ……!


 私は皿に口の中のものを吐き出した。さらに、むせて何度か咳をした。


「リト!? どうしたんだ!」


 チェーザマリーは血相を変えた。そして、側に控えていた使用人に命じた。


「すぐに医者を呼べ!」


 使用人は即、駆け出して行った。


 咳が収まると、チェーザマリーは私の顔を覗き込んだ。


「大丈夫か? 水飲むか?」


「いらないです……。なんか、気持ち悪くて……。吐き気がするんです」


「横になって休もう。この近くに貴族向けの医者の駐留所がある。医者はすぐに来てくれるからな」


 チェーザマリーは私を抱き上げて寝室に運んでくれた。



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