ep.92 王妃からの謝罪と償いの品
◇◇◇
さらに二十日後。ユリジェンヌ邸にて――。
「この度は私の夫が大変申し訳ありませんでした」
私はユリジェンヌ侯爵とチェーザマリー公爵の目の前で、ユリジェンヌ侯爵令嬢に頭を下げていた。
三人はソファに座っているが、私は立って謝罪していた。
「そんな! 王妃様に頭を下げて頂くなんて、恐れ多いです! わざわざ来て頂いただけでも恐縮ですのに!」
満足気なユリジェンヌ侯爵とチェーザマリー侯爵とは違い、彼女だけがあたふたしていた。
「ヴァンパイアの国と化け猫の国には、我が国から正式に謝罪文を送らせて頂きました。もちろん、化け狐の魔王の直筆ですわ。
本日はワルシャワ家とユリジェンヌ家への謝罪文と、賠償の品をお持ちいたしました。トウシュン!」
私は側仕えの名前を呼んだ。トウシュンはすぐに、恭しく二枚の和紙を差し出した。
「こちらは私と魔王の直筆の謝罪文ですわ。どうぞお納めください」
チェーザマリー公爵とユリジェンヌ侯爵は謝罪文を受け取ると、内容をさっと確認した。そして、満足そうに微笑んだ。
「トウシュン。賠償の品を差し出しなさい」
トウシュンは螺鈿細工の大きな箱を差し出した。私はそれを机に置くと、蓋を開いて中を見せた。
「家門への侮辱と精神的な損害について、それ相応の賠償を求めるということでしたので、こちらの品をご用意しました」
箱の中には、金でできた簪、漆の櫛、翡翠の髪飾り、ダイヤモンドがこれでもかと使われたネックレスなどが敷き詰められていた。
「これらは、絶世の美女と名高い五代前の王妃様がお使いになられていた装身具です。
売ってくださっても構いませんし、身につけてくださっても結構です。
この度の責任、金ではなく権威で責任をとらせてくださいませ。リト=ファル=ワルシャワ公爵夫人には、傾国の美女の装いがふさわしいですわ。
四月にはご結婚されるとのこと。おめでとうございます。化け狐王家からも、祝の品を贈らせて頂きます」
「あっ……ありがとうございます」
ユリジェンヌ侯爵令嬢は嬉しそうにはにかんだ。チェーザマリー公爵はそんな彼女を愛しそうに見つめている。
「本来なら、夫と謝罪に伺うべきですが。夫は風邪をこじらせて肺炎になってしまったのです。あと半年は療養が必要ですわ。申し訳ありません」
「そうなんですね。お大事にしてください」
――ユリジェンヌ侯爵令嬢って、ピュアね。嘘に決まってるじゃない。
私はクスリと笑ってしまった。
◇◇◇
四月末、ユリジェンヌ侯爵令嬢とチェーザマリー公爵は結婚した。
世紀のラブストーリーの主人公となった二人は魔界中から盛大に祝福された。
各国有力貴族や王家からも祝いの品が届いた。
そして、リト=ユリジェンヌはリト=ファル=ワルシャワとなった。人間との混血という理由でオン称号を名乗れなかった彼女は、ついに、称号を獲得したのだ。
化け狐の魔王からの不当な求婚による二人の物語は、後に舞台や紙芝居になり、広く上演されるようになった。
しかし、祝賀一色の結婚後に嘆いている男が一人いた。ユリジェンヌ侯爵だ。
「ああ! リトの美しい花嫁姿を見られないなんて!」
実は、ヴァンパイアの国には結婚式はない。結婚式はせずに、新郎と新婦はウェディング姿で二人だけで夕食をとるのだ。
つまり、花嫁の美しいウェディングドレス姿を見られるのは、花婿だけの特権なのだ。
「大伯父様! 私の花嫁姿を見られるのは、夫だけです!」
嘆くユリジェンヌ侯爵に、リトは花のような笑顔でそう言った。
幸せそうな彼女を見て、ユリジェンヌ侯爵も笑顔になった。
◇◇◇
「それで、明後日から新婚旅行でしょ? 新婚生活はどうなのよ? リト?」
マリアンヌは身を乗り出した。悪魔の魔王シェヘラザードも瞳をきらめかせた。
「えっと。えっとお……」
私はテンパった。
――どーしよう! 全然、新婚っぽくないんだよね……。
今日は、祖母と魔王様から茶会に呼ばれていた。
悪魔の王城の庭園の東屋には、茶会の席が設けられ、テーブルにはフルーツをふんだんに使ったケーキが沢山並べられていた。
「新婚生活は……今まで通りですね……」
「今まで通りって何?」
マリアンヌは怪訝な顔をした。すると、魔王が笑顔で聞いた。
「初夜はどうだった? 楽しかったか?」
私は飲んでいた紅茶を吹きそうになった。
「なんですか!? その質問は!?」
「それ、私も聞きたいわぁ!」
マリアンヌはさらに身を乗り出した。
私は小さな声で答えた。
「共寝してないので……。初夜はありません」
「はあ!?」
マリアンヌと魔王の声がぴたりと重なった。二人はぎょっとした顔をした。




