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貴族社会を奇策で殴る  作者: 水守 鳴
17章 魔王からの不当な求婚
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ep.90 傀儡の魔王と嵐の前の権力者たち

◇◇◇ 

 銀狐のポンチョを上から着ると、私は蒼薔薇の庭に向かった。


 吹き抜けの回廊に出ると、チェーザマリーの姿が見えた。 


 昨夜は雨が降ったようだ。蒼薔薇は雨粒を反射して、きらきらと輝いている。


 侍女は私に一礼すると、去っていった。


「チェーザマリー! おはようございます」


 私が声をかけると、彼は振り向いた。


「リト! おはよう!」


 笑顔を向けられて、私は彼の元に駆け寄った。


「なんで私にプロポーズしたんですか? いや、理由は聞きましたけど! ちょっと! どういうことかちゃんと説明してください! 私に恋愛感情とかがあるんですか!?」


 私が赤くなって食い気味に聞くと、チェーザマリーは穏やかに笑ってベンチを指差した。


「あっちで、座って話そう」

「でも、濡れてるんじゃ……」


 言いかけて、はっとした。ベンチは全く濡れていなかった。


「ミンチェ邸は庭師によく手入れされてるな」


 チェーザマリーは満足そうに笑った。


◇◇◇ 

 私とチェーザマリーはベンチに並んで腰掛けた。


 拳一つ分の距離に、なぜか鼓動が早くなる。


「今日はハーフアップなのか。可愛いな」


――気づいてくれた……。


 自然と、頬が緩んだ。


 すると、チェーザマリーは真剣な顔で言った。


「お前のことがずっと好きだったんだ。愛してる。結婚して欲しい」


「えっと……。いつから好きだったんですか?」


 私が赤くなると、チェーザマリーはクスリと笑った。


「お前、初めてバー・ゴスメーデで会ったときに俺に『失礼ですよ。自分から名乗るものでしょう? 紳士なのにマナーがなっていませんね』って言っただろ?」


「言いました」


「あれで、気に入ったんだ。俺にそんなことを言う令嬢は初めてだった。女はほぼ皆、俺の公爵の肩書に目を輝かせる。お前はそういうのがなかった」


「それが惚れた理由?」


「違うよ。俺が『話を聞かせてくれ。好きなカクテルを奢るよ』って言ったら、


『奢っていただかなくて結構です。私、稼いでるので。それに、奢ってもらうから隣に座るんじゃありません。あなたとお話したいから隣に座るんです。だからカクテルは不要です』って言ってくれただろ。


それで、セリフと笑顔にくらっときた。かっこよかったし、嬉しかった」


「じゃあ……。それが惚れた理由ですか?」


「きっかけかな。一緒に過ごす内に完全にノックアウトされた。お前はリアクションがピュアだし、可愛いし、美人だし、優しいし、所作も綺麗で笑顔が素敵だ」


「あっ……ありがとうございます!」


 ターコイズブルーの瞳に熱っぽく見つめられて、私は耳まで赤くなった。


「タシュビッツで、子どもは産みたくないって言ってただろ? だから、後継者は養子をとる」


「ええ!? 公爵なのにいいんですの!?」


「子どもより、リトが欲しいな」


――私のこと、考えてくれたんだ……。


 私は少しだけ、泣きそうになった。


「お前を他の男に奪われたくない。一生大事にする。結婚してくれ」


 私は両手を握りしめた。


「こんなに良い縁談……。もうないと思います。だから、昨夜、結婚することに決めたんです。でも、私もあなたの優しいところと、頼りになるところが好きです。尊敬してます」


 私はチェーザマリーを真っ直ぐに見つめた。


「気づいたら……。私、いつの間にかあなたを好きになってたみたいです。好きです。結婚してください」


 チェーザマリーは心から嬉しそうに笑った。


「嬉しいよ。ありがとう」


 そう言うなり、私を抱きしめた。


 私は真っ赤になりながら、されるがままになっていた。


◇◇◇ 

 同日――王城、王太后宮。


「お前! なんて愚かなことをしてくれたのです! 身の程をわきまえなさい!」


 ファウバブトの叔母――王太后は、息子の化け狐の魔王を呼び出し、叱責していた。


「公侯爵家の支配から抜け出すために、年若い令嬢を後宮に入れて利用しようなどと! お前、男として恥ずかしくないの?」


 化け狐の魔王は言い返した。


「恥? 私は恥辱にまみれて生きていますよ! 毎日毎日、貴族様が持ってきた書類に判を押すだけの日々! 僕のどこが魔王なのですか!」


「あら。自分の身の程をよく分かっているじゃない? 無駄な抵抗はしないで、安穏と日々を過ごせば楽よ? 皇太子を儲けて、美しい王妃と側室と楽しく過ごしたらいいじゃない?」


「女に夢中になって、言いなりになってろということですか! 私は子どもを作る道具ですか?」


「よくその言葉を反芻することね。ユリジェンヌ侯爵令嬢に、お前は同じことを言ったのよ。皇太子を産めってね」


 王太后が目を細めると、魔王は青くなった。


「名門のユリジェンヌに妾でいいなどと! ユリジェンヌ侯爵令嬢はデビュタントのときに、混血だからと、とある二人のご令嬢に色々言われたそうだけどね。そのご令嬢たちはユリジェンヌ侯爵令嬢に謝罪したわよ? なぜか分かる?」


「……噂だと、公爵夫人やユリジェンヌ侯爵などがブチギレたからだとか」


「そうよ! あの子の力は人脈と色炎よ! 誰も、混血だからと彼女を馬鹿にしないわ! お前はユリジェンヌ侯爵令嬢じゃなくて、彼女の周りの魔族を怒らせたのよ!」


「……」


「なぜ化け狐の国の公侯爵家が強いと思う? 人脈があるからよ!


お前は人脈という逆鱗に触れたのよ!


自分の過ちを思い知りなさい! お前に必要なのは、傀儡の自覚と分をわきまえる心ね! ……近衛兵!」


 王太后が声を張り上げると、騎士たちが入室してきた。 


 彼女は冷ややかに命じた。


「魔王は、風邪で深刻な体調不良のようだ。移ると悪いから、誰も接触させるな。魔王宮をよく見張るように」


「かしこまりました」

 近衛隊長はにやりと笑った。彼は化け狐の侯爵の一人。王太后の忠実な臣下だ。


「僕を仮病で軟禁するつもりか!?」


「お前が健康だと言ってもね。我が公侯爵家が風邪だといえば風邪になるわ。王太后の私が魔王が風邪だと言えば? 当然、それが事実だ。


いいか。今、各国の権力者が動いている。二週間あればあちらの準備が整うだろう。……自分が何をしたか知るまでは、部屋で大人しくしていろ! 連れて行け!」


◇◇◇ 

「もう行っちゃうんですね……。寂しいです」


 馬車に乗り込もうとしたチェーザマリーを、私は少し潤んだ瞳で見上げた。


 お互いに思いを通わせた後、私とチェーザマリーは大伯父様に結婚の報告に行った。


 大伯父様は大歓喜した。ファウバブト公爵とオローズ公爵夫人も祝福してくれた。


 報告が終わるとすぐに、チェーザマリーは帰り支度をした。ヴァンパイアの国に帰国して、反撃の準備を整えるためだ。


 今は、ファウバブト公爵とオローズ公爵夫人とその侍女たちと大伯父様でチェーザマリーの見送りに来ていた。


「この一件が終われば、またすぐに会えるよ。そのときは、一緒にウェディングドレスを仕立てに行こう。四月には結婚だ」


「分かりました」


 チェーザマリーは愛しそうに目を細めた。そして、優しく微笑んだ。


「そうだ。言い忘れてたけどな。ダンピールって知ってるか?」


「ダンピール? 確か、人間とヴァンパイアの混血のことですよね」


「そうだ。ヴァンパイアの国にはダンピールが約二千人いる。貴族にもダンピールがいる。つまり、ヴァンパイアは人間との混血なんて、一切気にしない。そんなの気にしてるのは、化け狐と化け猫の国だけだな」


「……そうなんですか?」


「そうだ。だからもう、気にするな。混血なんて関係ない。リトは生まれながらに、リト=オン=ユリジェンヌさ。これからはリト=ファル=ワルシャワだ」


「嬉しいです……。ありがとうございます」


 私が涙を流すと、チェーザマリーは私を抱きしめた。


 侍女たちから黄色い声が上がった。


 ファウバブト公爵とオローズ公爵夫人と大伯父様はにこにこしながら私たちを眺めていた。


「行ってくる」


 長い抱擁が終わると、チェーザマリーは颯爽と馬車に乗り込んだ。


「さて、私たちも帰国しよう。化け狐魔王を潰す」

 大伯父様は瞳を冷たく光らせた。



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