ep.88 魔王からの侮辱? 国家で反撃だ
「さあ。食べてくれ」
「ありがとうございます」
魔王に笑顔で勧められ、私はチョコチップクッキーを頬張った。
――さくさくしてて、美味しいわ!
私はあっという間に三枚平らげた。皿の上の残りのクッキーはあと二枚だ。
「美味しいかい?」
「はい! とっても美味しいです」
微笑むと、魔王も微笑んだ。
私はもう一枚、手に取ると口に入れた。魔王も一枚クッキーを口にした。
クッキーはサクサクと小気味よい音を立てた。
食べ終わると、私は喉が渇くのを感じたので、お茶を一口飲んだ。
私がティーカップをソサーに置いたときだ。魔王がにこにこしながら言った。
「あなたは、化け狐の国がどんな風になってるか知ってるかい?」
――どんな風?
「えっと。一夫多妻制だと聞いておりますわ。男性は仕事をして家計を支えて、女性は家庭に入るのが普通とか。社会制度で女性が手厚く保護されているとも伺いました」
「そうだよ。じゃあ、公侯爵家の連中が、侯爵家と公爵家同士でしか婚姻しないのも知ってるかい?」
「ええ。知ってますわ。確か、伯爵家以下とは絶対に婚姻しないとか」
「そうだよ。外国に娘や息子を嫁入り婿入りさせるときも同様。といっても、外国に嫁入りは稀かな」
「そうなんですね」
――ええっと。なんの話?
「つまりね、"侯爵家と公爵家"と"伯爵家以下"の化け狐貴族には、越えられない高ーい壁があるのさ。その最たる原因の一つは、なんだと思う?」
「えっと……」
私が答える前に、魔王は笑顔のまま自分で答えを言った。
「魔王の後宮には、化け狐の侯爵令嬢と公爵令嬢しか入れないんだよ。つまり、王妃も王太后も侯爵家か公爵家出身。侯爵家と公爵家は、皆、親戚同士。利益のために、仲良く結託してる。
純血が美しいとはよく言ったものだよ。アハハハッ」
魔王は乾いた笑い声を上げた。
――これ、何の話?
背筋を、冷たいものが這った。
「魔王なんてお飾りさ。だって王城は、公侯爵家の連中が牛耳ってるからね」
――笑いながら、自分で言っちゃうの?
「この状況を打開しようと、何人もの化け狐の魔王が伯爵令嬢以下の化け狐を後宮に入れようとした。だが、公侯爵連中が阻止した。だが、僕は違う。変える、変えてみせる!」
急に、化け狐の魔王の顔つきががらりと変わった。その表情は、権力に抗う王そのものだ。
「僕は外国から側室を迎える。公侯爵家が反対できないような家柄の娘をね」
「ええ!? それは、無理ですわよ! だって、化け狐は化け狐同士でしか結婚してはいけないと、法律で決められていますわ! 狐の外国への嫁入りと婿入りだけが、例外です! 狐は純血主義ですもの!」
私は思わず反論した。すると、魔王は微笑んだ。
「できるよ。正統な理由があれば良いだろ」
「正統な理由?」
「世界で唯一の高貴なレディで、化け狐の公侯爵と縁がある娘なら許されるはずさ。……リト=ユリジェンヌ。君みたいにね。君は魔界唯一の色使いじゃないか?」
「なんですって!?」
私は目を剥いた。魔王は瞳を爛々と光らせた。
「純血にこだわって、国内の伯爵令嬢以下を後宮に入れようとするから悪いんだ。化け狐の公侯連中に対抗できるのは外国の名門だけだ!」
「対抗って……。ユリジェンヌと化け狐序列一位のミンチェは仲良しですわよ!」
私が声を荒げると、魔王は笑った。
「それがむしろ良いんだよ。ユリジェンヌが化け狐侯公爵家と敵対家門なら、君の後宮入りは大反対に合う。でも、仲良しなら反対する理由、薄まるよね? 君が皇太子を産めば、血統の連鎖に風穴が空くよ」
「は? 私が皇太子を? 出産?」
「そうだ。そしたら君は生母王妃だ。化け狐の国では正妻の王妃が跡継ぎを産まなかった場合、皇太子を産んだ側室に生母王妃の称号が与えられる。君は化け狐の魔王の母になれるよ。悪くない話だろ?」
思考が追いつかずに固まっていると、魔王は笑顔を浮かべて続けた。
「なにがなんでも、君の子どもを次代の魔王にする。結婚して、僕と改革を起こさないか?」
「……」
「それから、結婚するなら君は側室じゃなくて、妾かな」
「……は?」
魔王は生真面目な顔で続けた。
「だって、君は人間との混血なんだろ? 人間の血は不浄のものだって、化け狐の国では言い伝えられてる。人間と結婚したら、化け狐の法の下に処刑。だから、君を妾にするのが精一杯だよ」
――何、それ……。
頭が真っ白になった。直後、心臓をハンマーで殴られたような感覚に襲われた。
「君はチェーザマリー公爵と付き合ってるんだって? でも、公爵夫人より生母王妃の方が位が高いよ。僕にしなよ」
私は勢いよく立ち上がると、部屋を飛び出した。
魔王の声が聞こえた気がしたが、私は振り向かずに走った。そして、馬車に乗り込んだ。
◇◇◇
「大伯父様!」
私は馬車から飛び降りるなり、出迎えに出て来てくれた大伯父様に泣きながら抱きついた。
「リト!? どうした!? なんで泣いてるんだ!?」
大伯父様は私を抱きとめると、とんとんと背中を撫でてくれた。
それでも声を上げて泣き続ける私を見て、大伯父様は表情を引き締めた。
「リト。滞在の宮に入ろう。外は冷えるからね。今、ファウバブトとチェーザマリー公爵も呼ぶ。王城で何かあったんだろう? 話してみなさい」
◇◇◇
私が全てを打ち明けると、大伯父様は烈火のごとく怒り狂った。
「なんだって!? リトを後宮に入れる!? しかも、不浄の血だから妾が妥当だって!? 傀儡の若造が! 身の程をわきまえろ!」
大伯父様の怒号が宮に響き渡った。
ファウバブト公爵とチェーザマリー公爵も憤慨した。
「ユリジェンヌを侮辱して、我が化け狐貴族の頭を抑えようなど、片腹痛いわ!」
「そもそもリトの意思を確認してないでしょう? 一方的すぎる!」
私は温かいお茶を飲みながら、ぽろぽろと涙を流した。
「人間との混血だから、私の体は汚れてるんですか? 妾程度ですか? 酷いです!」
私が大声で泣くと、大伯父様は私を抱きしめてくれた。
「リト。安心しなさい。ユリジェンヌは化け猫の国の三名家だ。お前は正式なユリジェンヌ侯爵令嬢だよ。
化け狐の魔王はお前の血じゃなくてユリジェンヌを侮辱したんだ。許さない! 化け猫の国の名家を侮辱したなら、国家レベルで抗議だ!」




