ep.87 魔王様と二人きり
「そういえば、一夫一妻制なのは化け狐の国だけですよね……! 正妻ってポジションがあるのもこの国だけだし! 正妻って、具体的に他妻と何が違うんですか?」
「例えば、公式行事で夫の隣に立てるのは正妻だけなのよ。使金の額も他妻より圧倒的に高いわ」
「使金って何ですか?」
「夫から毎月渡される生活費とお小遣いよ。化け狐の国では、女性の就労が禁止なの。だから、夫からお金をもらわないといけないよ」
「あれ? でも、ミンチェ邸では侍女が働いてますよ。王城には女官もいるらしいし。それは良いんですか?」
「国に申請して、特別な許可が貰えれば女性でも就労できるわ。でも、正当な理由が必要よ」
「理由……」
「例えば、ある子爵令嬢がミンチェ邸で働くとしましょう。我が家で働けば、貴族社会や王城で、色々と優遇してもらえるのよ。序列が低い家門の貴族だと、実家のためにミンチェ邸で働きたい令嬢も沢山いるわ。一定期間働けば、その子に良い嫁ぎ先も見繕ってあげるのよ」
「嫁ぎ先を見繕う?」
「そうよ。私の侍女の一人に、サイネという名の男爵令嬢がいるわ。二十年前に、私の侍女になったのよ。勤めて十五年が経ったときに、私がサイネの結婚相手を見つけてあげたわ。
お相手は子爵中序列七十五位の美形子爵よ。サイネもサイネの両親も喜んでたわ」
魔界では、子爵家の数は各国百家である。つまり、男爵令嬢からすれば上昇婚だ。
「ミンチェ邸で働くと、そんな特典がつくんですか!?」
「そうよ。子爵も喜んでたわ。公爵夫人の側仕えが自分の妻になるんですからね。サイネは子爵夫人になっても仕事を辞めないで、今も忠実に仕えてくれてるわ。
給金だって、もの凄く高いのよ。末端の下級官僚より良い時給よ」
「もしかして、ミンチェ邸で働きたい貴族はものすごーく沢山いるんですか?」
「ええ。募集をかければ申し込みが殺到するわ。どの妻に仕えるかも重要よ。侍女に縁談を斡旋するのは、女主人だけだもの。基本的に、他妻の侍女の縁談は整えないわ」
「そうなんですね。もしかして、妻全員が自分の侍女に縁談を斡旋してあげるわけじゃないんですか?」
「そうよ。第一夫人と第十夫人が自分の侍女に縁談を斡旋してあげたのは見たことないわ。
二人の侍女で、二十年以上仕えてくれてるのに独身の侍女が三人いたから、その子たちには私が縁談を見繕ってあげたわ。結婚したら、その三人は退職したわ」
「そうなんですね」
「男性向けには、御者や庭師、フットマンや執事や台所の募集もあるわよ。こっちは卿たちから熱烈な人気があるわ。だって、卿は爵位を継げないからね。彼らの縁談は全部、正妻が整えるのよ。ちなみに、男性の場合は結婚による退職は禁止よ」
「うわあ! 正妻って、大変なんですね。それに、男女で随分違いがあるんですね」
「そうよ。化狐の国は男性の地位や権限が強いわ。だって、女は働けないから金銭面とか全部、夫依存よ?」
「それって大変なんじゃないですか?」
私が顔を曇らせると、オローズ公爵夫人は穏やかに笑った。
「そんなことないわ。一夫多妻は良いことも沢山あるわよ」
――良いこと? 私なら、旦那さんを他の女性と共有なんて、嫌だな。
「例えば、ある村に十人の狐男と十人の狐女がいるとするわ。九人の狐男は貧しいけど、一人は裕福よ。一夫多妻制なら、十人の女全員が裕福な狐男と結婚できるわ。一夫一妻制なら、裕福な男と結婚できるのは一人だけよ。
だから、狐国では、女は結婚相手の選択肢が広いのよ。他国みたいに未婚の良い男を取り合わなくていいもの」
「なるほど……」
「それに、浮気以外の理由で夫が妻を離縁するのは禁止よ。もちろん、浮気したら裁判と調査をして、本当にしたのかきっちり調べるわ。妻に使金を渡さないのも禁止。夫からのDVは法で厳罰よ」
「それは良いですね」
「そうよ。でも、ユリジェンヌ侯爵令嬢には関係ないわね。チェーザマリー公爵がいるじゃない?」
「ええっと……。そうですね」
「チェーザマリー公爵のどこが好きなの?」
「それは……。頼りになるとこですかね……」
オローズ公爵夫人は瞳をきらりと光らせた。どう見ても、探る気は満々だ。
――まずい……! ぼろを出さないようにしなきゃ!
「ファーストキスはどんな感じだった?」
「ファッ……キス!?」
オローズ公爵夫人は艶っぽく目を細めた。その目元から、色気が滲み出る。
「キスが上手い男性って、良いじゃない? ファウバブトは凄く上手いのよ」
「スゴクウマイ……!?」
――って、どんな感じなんだろ……。
思わず、声が上ずった。私は真っ赤になっていた。
「チェーザマリー公爵は? 女性経験豊富そうに見えるけど?」
――まずい……。この話題はぼろが出るー! てかオローズ公爵夫人、なんでいきなりキスについて聞くの!?
私は正直に言うことにした。
「実は、キスはまだなんです……。恥ずかしくて」
――うん。嘘は言ってないわ。
「まあまあ。そうなの。可愛いわね。チェーザマリー公爵はさぞ楽しいでしょうね」
――どーしよー! 早く部屋から逃げないと危険かも!
結局、根掘り葉掘り聞かれてしまった。私がオローズ宮を出たのはそれから一時間後だった。
◇◇◇
その日から、私はチェーザマリーと化け狐の国の観光を楽しむようになった。
美術館や王都の名所を一緒に観光した。
「一緒に観光しません?」
私がそう言って誘うと「二人で楽しんできなさい」と言って、なぜか大伯父様は同伴してくれなかった。
――大伯父様も一緒なら楽しいのに? 屋敷でゆっくりしたいのかな?
大伯父様が来ないので、私は毎日チェーザマリーと二人で出かけた。
朝食と夕食は食の宮で食べ、昼食は外出先で、チェーザマリーと二人で食べた。
到着から四日目。二月二十二日になると、オローズ公爵夫人が私を婦人会に連れて行ってくれた。
婦人会とは、化け狐の公爵夫人と侯爵夫人の正妻たちが集まって談笑や演奏を楽しむ集まりだ。
私はそこで、蝋燭の炎を変色させて、夫人たちに喜んでもらえた。オローズ公爵夫人はサックスを、私はアコーディオンを披露した。
そんなのどかな日々を過ごして六日目。二月二十三日に事件は起こった。
◇◇◇
「化け狐の魔王様が、私の色炎をご覧になりたい?」
私は白米をもぐもぐしながら聞き返した。二月二十三日の夕食の席だった。
「そうなんだよ。史上七人目の色使いが化け狐国に来ていると魔王の耳に入ってね。魔王が王妃に『色炎を見てみたい』と言ったんだ。それが王妃経由でオローズに伝わってね。ぜひ王城に来てほしいとのことなんだ」
ファウバブト公爵がそう言うと、オローズ公爵夫人は微笑み、妻たちはざわついた。
私は申し訳なくなって頭を下げた。
「すみません! 炎玉の提供はできませんわ! 予約でいっぱいなのです」
「大丈夫よ。私から妹にそのことは伝えたわ。蝋燭の炎を変色するだけでいいそうよ」
「……そうなんですか?」
「だからね。明日の二十時に、王城に行ってくれないかしら? 迎えの使者が来てくれるわ」
「分かりました! そういうことでしたら、参ります!」
私が笑顔になると、オローズ公爵夫人は、すまなそうに頭を下げた。
「本当は同伴したいのだけど……。明日のその時間は婦人会があるのよね。ファウバブトは家で片付けなきゃいけない書類仕事があるし」
「そうなんですね。大伯父様は空いてますか?」
「すまないね、リト。私とチェーザマリー公爵は明日は化け狐貴族のパーティーに呼ばれてるんだ。パーティーは十五時からだから、二十一時くらいには帰って来られるが……。同伴はできないな」
「分かりました。では、二十時に伺います」
◇◇◇
「これが色炎か!? 素晴らしいな!」
私は使者に、化け狐の魔王様の私室に案内された。そこには、蝋燭が二百本用意されていた。
化け狐の魔王様は、紫の髪と瞳を持つ美男だった。
「とくに、虹色の輝きが良いね! きらきらしていて美しい!」
魔王は興奮しながら部屋を見渡した。
「光栄です。気に入って頂けて、嬉しいですわ!」
「魔王様。良いものが手に入って良かったですね」
使者が微笑むと、魔王は嬉しそうに笑った。
その笑みはまるで、少年のようだった。
――そういえば、化け狐の魔王様はまだ二十一歳なのよね。私と一つしか違わないし、お若いわ。
「ユリジェンヌ侯爵令嬢、よければ一緒に茶を飲まないか? お礼に美味い茶菓子を用意したよ」
化け狐の魔王は、指先を揃えて近くのテーブルを指し示した。そこには、クッキーとティーポットが置かれていた。
「まあ。ありがとうございます。頂きますわ」
「お前、茶を淹れてくれ」
「かしこまりました」
魔王が命じると、使者はティーカップに茶を注いだ。
私と魔王が席に着くと、魔王は使者に微笑んで言った。
「ユリジェンヌ侯爵令嬢と、二人で話したいな。色炎とかについて、色々聞きたいんだ。お前はもう、下がっていいよ」
「かしこまりました。」
使者は一礼すると、退出した。




