ep.86 公爵と侯爵の晩酌・公爵夫人とピュアなレディ
◇◇◇
――キャー! キスしてる!
私は茂みの影に隠れながら、真っ赤になっていた。
オローズ公爵夫人に妻全員分の贈り物をした後、私は中庭を散策していた。
よく手入れされた花々に夢中になって散策していると、黄金躑躅が咲く中庭に来た。
黄金躑躅は茂みの下の方にだけ花を咲かせる独特な躑躅だ。
躑躅をよく見ようとして、私はしゃがみ込んだ。そのとき、吹き抜けの回廊にファウバブト公爵とオローズ公爵夫人が姿を現したのだ。
二人は仲よさそうに話していたかと思うと、キスを交わした。
――ええー! キスって、あんなに長いの!?
心臓がばくばくして、私は固まっていた。
気まずい。今出ていったら気まずすぎる。
キスを終えると、二人はまた歩き出した。すぐに姿は見えなくなった。
――キスってどんな感じなのかな? 私も恋人ができたらするのかな?
なんだが恥ずかしくなった私は、立ち上がると、大伯父様が探しにくるまでの十分間、中庭をうろうろしていた。
◇◇◇
「それで、元男爵令嬢のサーズ侯爵夫人なんかのために、恋人作戦を始めたのか? ユリジェンヌ侯爵令嬢はお人好しすぎるな」
私は呆れた笑いを漏らしながら、酒の杯をあおった。
「まったく。付き合わされるチェーザマリー公爵も不憫といいますか……。申し訳ないですね」
ユリジェンヌ侯爵はため息をつくと、チェーザマリー公爵をじっと見つめた。
本心を探るような眼差しだった。
――ふうん。チェーザマリーがユリジェンヌ侯爵令嬢をどう思ってるか、ユリジェンヌ侯爵もやっぱり気になるんだな。
チェーザマリー公爵は楽しそうに笑った。
「嘘でも、リトと恋人になれるだなんて光栄ですよ。リトは優しくて頭が良くて美しくて、才色兼備の令嬢ですから。マリアンヌ男爵夫人とユリジェンヌ侯爵の血が濃いのでしょうね」
「そうなんだよ! リトは世界一可愛いんだ!」
「ユリジェンヌ侯爵、親ばかだよ」
私が突っ込むと、ユリジェンヌ侯爵は非難がましく私を指差した。
「は? ファウバブト! 現実を見るんだ。リトが世界一可愛いのはどっからどう見ても事実だろ?」
「はいはい。ユリジェンヌ侯爵令嬢が世界一可愛いなら、世界一美しいのは私の妻かな。もちろん、オローズのことだよ」
「オローズ公爵夫人だけですか。他の九人の妻が聞いたら、怒るのでは?」
チェーザマリー公爵は掠れた笑い声を漏らした。完全に面白がっている。
「勝手に怒れば良い。私は怒れなんて言ってない。私の一言で、一人で勝手に怒り出すような妻もいるけどね」
私は妻たちの顔を思い浮かべて言った。
「チェーザマリー公爵も趣味が悪い。あなたが『案内役は一人で十分』などと言うから、食事の席で妻たちが揉めだしたんですよ。私がどんなに恥ずかしかったか。あれ、わざと煽りましたよね? もしかして、女の醜い争いがお好きで?」
「まさか。そんな趣味はありませんよ」
チェーザマリー公爵は可笑しそうに笑った。しかし、その目を見て私は確信した。
――やっぱり、わざとだったか。
妻たちの内情を見ようとしたのだろう。
「来客の前では品位を保って欲しいですね」
私が言うと、ユリジェンヌ侯爵が吹き出した。
「お前も最低だぞ。妻たちの食事の席で、息子を一人褒めれば、妻同士の競争心が刺激される。わざと煽って、野心や競争心を確認しようとしてんだろ? そういうのが強すぎる母親は次期当主の母親として心配だからな」
「ユリジェンヌ侯爵、ストレートすぎるよ。毎回毎回、私の心理を当てるのは止めて欲しいな」
ユリジェンヌ侯爵は楽しそうに笑うと、杯を一息に飲み干した。
すぐにチェーザマリーがユリジェンヌ侯爵に酌をした。
――チェーザマリー、ユリジェンヌ侯爵に取り入る気、満々か? ユリジェンヌ侯爵令嬢を手に入れたら、未来の義父だもんな。
「ところで、化け狐の国には一週間滞在することになってるけどね。墓参りの予定は大丈夫かい? ユリジェンヌ侯爵は、亡き妻の墓参りを毎週しているじゃないか?」
「来る前に花を供えてきたから問題ないよ。外国に長期間滞在するときは、毎回そうしてる」
「そういえばそうだったね。ユリジェンヌ侯爵は愛妻家だね。亡き妻との約束を守って、今でも再婚しないんだから」
「毎週墓参り!? それは凄い」
チェーザマリー公爵が驚くと、私はチェーザマリー公爵を見ながら言った。
「ユリジェンヌ侯爵令嬢の結婚相手は、ユリジェンヌ侯爵みたいに愛情深い男が向いてるんじゃないか?」
「そうですね。できればその相手には、俺がなりたいです」
チェーザマリー公爵が微笑むと、酒を飲んでいたユリジェンヌ侯爵が軽くむせた。
チェーザマリーはユリジェンヌ侯爵をじっと見つめて言った。
「俺は本気です。リトを愛しています。将来的には求婚するつもりです。そしたら、彼女を俺にください」
ユリジェンヌ侯爵は瞳を爛々と光らせた。
「本気なんですか? それは良い! チェーザマリー公爵になら、リトを任せたい! 私はリトに結婚して欲しいんだ。称号を持たせてやりたいからね」
「リトにはファル称号をお約束しますよ。それから、最高の待遇と条件で我が家に迎えさせて頂きます」
「最高の待遇と条件ね。具体的には?」
ユリジェンヌ侯爵の瞳が妖しく光った。チェーザマリーは笑顔で続けた。
「結婚の支度金は、ワルシャワ家で全て負担しますよ。結婚後は我が家の財産を好きに使ってくれて構いませんし。ユリジェンヌ侯爵家にも、色々と便宜を図らせて頂きます。他にも、具体的な条件はリトが承諾したら話し合いましょう」
「リトがワルシャワ公爵夫人になってくれたら最高だよ。ヴァンパイアの魔王様は不死身で永遠に結婚しないから、ヴァンパイアの国の王妃は不在。つまり、序列一位のワルシャワ公爵夫人が、ヴァンパイアの国のファーストレディだ。リトに最高地位をあげられる!」
「地位以外にも、リトが快適に暮らせるように色々配慮させてください。異国に嫁ぐなら、慣れないことも多いでしょうし。全力でサポートさせて頂きますよ」
「リトの話を聞く限り、チェーザマリー公爵とは楽しくすごしているようだし。この前は手紙をくれたね。君なら頼りになるよ」
「ありがとうございます。リトに惚れてもらえるように、頑張ります」
チェーザマリー公爵が真剣な顔で言うと、ユリジェンヌ侯爵は満足そうに笑った。
――チェーザマリー公爵、本気なのか。ユリジェンヌ侯爵はあっさり承認か……。
考えてみれば当然か。序列一位の公爵からの求婚なら、貴族の常識で考えたら断る理由がない。
「へえ。チェーザマリー公爵はなんでユリジェンヌ侯爵令嬢に惚れたんだい?」
私は少し身を乗り出して聞いた。好奇心を抑えきれなくなっていた。
――ヒガシの部屋を訪れる時間まで、今晩はチェーザマリー公爵を質問攻めだな。
◇◇◇
「それで、何回かデートして、すぐにファウバブト公爵と結婚されたんですか?」
私がみたらし団子をもぐもぐしながら尋ねると、オローズ公爵夫人は花のように笑った。
「そうなのよ。ファウバブトはすでに妻が二人いたから、エスコートも上手くてね。それに、あんなに美男なのよ。私、くらっときちゃったわ」
夜の九時。色炎を宿すためにオローズ公爵夫人の宮を訪ねた私は、侍女と夫人から大歓迎を受けていた。
私が蝋燭の炎を変色させると、オローズ公爵夫人と侍女たちは色炎の美しさに感嘆のため息を漏らし、私に何度も感謝を述べてくれた。
その後、菓子と抹茶を勧められて、私とオローズ公爵夫人は話に花を咲かせていた。
「化け狐の国ではね、何人か妻を娶って一緒に暮らした後に、夫が正妻を決めるのよ。でも、結婚前にファウバブトは『オローズを正妻にする。君がふさわしい』って言ってくれて、私を始めから正妻にしてくれたの」
「うわぁ! 愛されてるんですね!」
私が瞳をきらきらさせると、オローズ公爵夫人は少しだけ冷たく笑った。
「私の実家は名門だし、正妻は妻たちのまとめ役だからね。ファウバブトは愛だけじゃなくて、素質を見てるのよ」
「そうなんですか? でも、ラブラブじゃないですか? 今日だって回廊でキス……」
言いかけて、私ははっとした。
――まずいー! 口が滑ったー!
赤くなった私を見て、オローズ公爵夫人は艶めいた笑みを浮かべた。
「あら? 見られたのかしら?」
「あの……! 黄金躑躅を見てたんです! しゃがんでたら……二人が現れてキスしてて……! 気まずくて隠れてました!」
「ユリジェンヌ侯爵令嬢って、ピュアなのね。ふふっ」
――うわー! なんか大人の女性って感じ! なんか恥ずかしくなってきたー! 話、逸らそう!




