ep.84 美しい屋敷
「四つ目の試験は、国内で出世する、です」
――ミンチェ家、超スパルター!? やっぱり、序列一位の公爵家だわ!
私は思わず、軽く仰け反った。そのとき、ファウバブト公爵が第一夫人に微笑んだ。
「そういえば最近、ユウはゴーストの国で、三級官僚まで出世したんだって? やるじゃないか」
王城の官僚には、一級から十級まで位がある。三級は上から三番目。上級官僚だ。
「だって、私の息子ですもの。当然ですわ!」
第一夫人は嬉しそうに笑った。すると、ファウバブト公爵は第十夫人にも微笑んだ。
「ナオは二月十四日の冬終わり祭で、花人魚の魔王様の前で"春迎えの舞"を披露して酒を下賜されたんだって? 流石だね。ナオは昔から芸事に秀でていたからね」
第十夫人は花のような笑みを浮かべた。
「そうなんです! 魔王様がナオの舞を参加者の前で絶賛してくれたんですよ! だから、魔王様は美酒を下賜してくださったんです!」
「そうか。息子たちが活躍していて、私も鼻が高いよ」
ファウバブト公爵が笑うと、第八夫人が口を開いた。
「あら。私の息子は新種の稲穂の研究をしてますわ。もうすぐ完成するそうです。そしたら、病気に強いフェアリー米ができますわ。リュマは農林省の期待のホープですよ」
すると、第九夫人が第八夫人を見て言った。
「リュマも優秀ですけどね。私の息子も優秀よ。最近ね、官僚の汚職の証拠を見つけたのよ。人事部の上司から評価されてたわ」
第九夫人が誇らしそうに笑うと、ファウバブト公爵が口を開いた。
「息子たちは優秀だね」
――あれ? なんか、妻同士で競ってる?
全員、笑顔だ。だが私は、妙な違和感を感じた。
「これからも期待してるよ。ところで、ガルシアンはどうかな?」
ファウバブト公爵がオローズ公爵夫人に聞くと、夫人はおっとりと笑った。
「もちろん、息子は頑張っていますわ」
「そうか」
ファウバブト公爵とオローズ公爵夫人が微笑み合うと、チェーザマリーが聞いた。
「ご息女はいかがお過ごしで?」
「娘たちは、嫁ぎ先で大事にされてるよ。特に、長女のアーシュは大事にされてる。夫はアーシュにぞっこんでね。他の妻を持ってないんだよ。あっ。アーシュはパーラ公爵家に嫁いだんだ」
――一夫多妻の国で、唯一の妻!? めちゃくちゃ愛されてるわ……!
「アーシュは君に似て、美しくて優しいからね。夫が虜になるのも分かるよ」
ファウバブト公爵が第七夫人に微笑むと、夫人は頬を赤らめた。
「旦那様ったら! 嬉しいです……」
――夫婦仲、いいんだな。私なら、他の奥さんだけが褒められてたら嫌だけど……。
私はちらりと他の妻を見た。
八人全員、微笑んでいた。
――家庭は円満なのかな?
そう思ったときだ。第一夫人が私とチェーザマリーを見て言った。
「この後、屋敷をご覧になるのでしょう? よろしければ、そのお役目は私にさせて頂けないかしら? お客さまをご案内するのは名誉な役目ですから」
――第一夫人に案内してもらおうかな?
私は頷こうとした。すると、第二夫人が口を開いた。
「私も案内役になりたいわ!」
――二人に案内してもらおうかな?
「私が案内役になりたいです! 譲ってください!」
「私もやりたいです!」
第十夫人と第八夫人も手を挙げた。
――ええ!? そんなに案内役になりたいの!?
「四人は多いかな。一人で十分だよ」
チェーザマリーが笑って言うと、第一夫人が言った。
「では、案内役は私にさせてください。最初に申し出ましたし」
第一夫人が優雅に微笑むと、第二夫人と第十夫人と第八夫人が口々に言った。
「私もやりたいですわ!」
「私にさせてください!」
「ぜひ私に!」
四人とも、笑顔だ。けれど私はなんとなく、空気がピリつくのを感じた。
――どうしよう……。
私はファウバブト公爵を見た。
――あれ?
彼は微笑んでいるが、四人の妻たちを眺める瞳がなんとなく冷たい気がした。
少しだけ居心地の悪さを感じたときだ。オローズ公爵夫人がぴしゃりと言い放った。
「あなたたち、お客さまの前で揉めて、はしたないですよ。案内はファウバブトがすればいいでしょう。この家の主ですからね。ねえ、ファウバブト?」
「そうだな。ユリジェンヌ侯爵令嬢とチェーザマリー公爵と話がしたいし。私が案内しよう。せっかくだし、オローズも同伴しなさい。私の正妻だからね」
「ありがとうございます。光栄ですわ」
オローズ公爵夫人はファウバブト公爵に丁寧に頭を下げた。
「旦那様がそう言うなら、仕方ありませんわ」
第一夫人は笑顔で頷いた。他の三人も微笑んだ。
――無事に決まって、良かった。オローズ公爵夫人、凄いわ……。気迫があるわ。
私はオローズ公爵夫人を尊敬の眼差しで見つめた。
目が合うと、彼女は優しく微笑んでくれた。
◇◇◇
「わあ! 素敵な中庭! 綺麗な鯉!」
屋敷を丁寧に案内された後、私はチェーザマリーとファウバブト公爵とオローズ公爵夫人と共に、中庭を散策していた。
大伯父様はミンチェ邸を知り尽くしているので、一足先に来客が滞在する宮で休んでいた。
「この鯉、体が紅ですわ! 鮮やかですわね!」
私は池の淵にしゃがみ込むと、中を覗き込んだ。
松の木が植えられた広い中庭には、所々に小さな池があり、色鮮やかな鯉たちが泳いでいた。
「私、鯉なんてはじめてみました! ユリジェンヌ邸の庭園には池がありませんし」
「そういえば、化け猫の令嬢と令息は二十歳になるまで領地から出られないのよね」
オローズ公爵夫人が気遣わしげな視線を送ったが、私は笑顔を向けた。
「屋敷でずっと暮らしてた分、今は楽しいです! 世界って新鮮で、広いんですね!」
「そう。楽しまれてるなら何よりだわ」
「それに、悪魔の魔王様に色炎を献上するために、悪魔の国には行ってましたよ」
「その話は噂で聞きましたわ。……実は、突然なんですけど、ユリジェンヌ侯爵令嬢にお願いがあります」
「なんですか?」
私が立ち上がると、オローズ公爵夫人は真剣な顔で言った。
「私も炎玉を買いたいのですわ。銀色と虹色と青色の色炎を見てみたいのです」
「もちろんお売りしますわ。でもごめんなさい。今、様々なお客さまから注文の依頼を頂いていて。炎玉をお売りできるのは、四年後になりますわ。ユリジェンヌ邸に沢山、依頼書が届いているのです」
「まあ! 予約でいっぱいなのね! 納得だわ」
「それと、青色の炎玉はお売りできないのです」
「どうして?」
オローズ公爵夫人とファウバブト公爵は不思議そうな顔をした。理由を知っているチェーザマリーだけが微笑んでいた。
「青色の色炎はつわりや陣痛に効くんです。だから、妊娠した女性がいつでも買えるようにしたくて、購入は妊婦さん限定にしました。鑑賞目的での購入はお断りしています」
「それはいいね。購入者を絞れば、予約枠に空きが出る」
ファウバブト公爵が納得して頷くと、オローズ公爵夫人が頼んだ。
「では、銀色と虹色の炎玉だけ購入できないかしら?」
「もちろんですわ。今度、注文書と契約書をミンチェ邸に送りますわね」
「ありがとう!」
オローズ公爵夫人が嬉しそうに笑うと、チェーザマリーが口を開いた。
「別に、炎玉にこだわらなくてもいいのでは? 蝋燭を用意すれば、リトが炎の色を変色してくれますよ。それなら滞在中に色炎が見られますよ。変色するだけなら、青い色炎も見せてもらえるのでは?」
「それは良いアイディアだ。オローズ、そうしてもらいなさい」
「はい。ユリジェンヌ侯爵令嬢、よろしいかしら? もちろん、代金は多めに支払わせて頂きますわ」
「はい! 大丈夫ですよ!」
「嬉しいわ! では、馬車でお疲れでなかったら、夜に私の宮にいらしてくださる? 蝋燭を用意しておくわ」
「かしこまりました!」
私たちはその後、別の中庭も散策した。中庭ごとに、椿や薔薇などが植えられていた。
――ミンチェ邸って、凄く美しいわ。中庭は自由に散策して良いらしいし、滞在中は退屈しなさそうね。




