ep.83 一夫多妻制の化け狐国
◇◇◇
私はユリジェンヌ邸に帰っても、夕食の席でアイミルの話ばかりしていた。
大伯父様は嫌な顔一つせずに、にこにこしながら聞いてくれた。
ようやく私が話すのを止めると、大伯父様は私にある提案をした。
「私と化け狐の国に行かないか? ミンチェ邸に泊まりで遊びに行こう」
――ミンチェ邸? まさか、ファウバブト=オン=ミンチェ公爵の屋敷に遊びに行くの!?
「ええー! 前に『ユリジェンヌ侯爵とぜひ一緒にいらしてください』ってファウバブト公爵に言われましたが、本当に行くんですか!?」
「そうだ。ミンチェ夫妻と仲良くなっておいて損はない」
「ファウバブト公爵って、妻が十人いるんですよね? つまり、ファウバブト公爵含めて十一人と仲良くなって帰るってことですか?」
私が恐る恐る尋ねると、大伯父の瞳に冷たい光が宿った。
「私が言ってるミンチェ夫妻とは、ファウバブトと正妻のオローズ=オン=ミンチェ公爵夫人だ。他の妻より、オローズ優先だ」
「オローズ公爵夫人?」
「そうだ。彼女は肩書が強烈だ。オローズの妹は化け狐の魔王様の王妃、兄は宰相だ。実家は序列二位のカタビラ公爵家だ」
「カタビラ兄妹で、王城の権力掌握!?」
「そうだ。話してみたいだろ?」
――何その肩書……! ファウバブト公爵の正妻、強すぎるー!?
「ファウバブトからな。手紙が届いたんだ。ぜひ遊びに来てくださいってな。よろしければ、チェーザマリー公爵もご一緒にって書かれたぞ」
「なんでチェーザマリーが出てくるんですの!?」
「リトがサーズ侯爵夫人をかばって、恋人のふりを始めたからだろ? 恋人同士、一緒に観光などされてはいかがでしょうって書かれてたな」
◇◇◇
結局、私はチェーザマリーと大伯父様とミンチ邸に泊まりに行くことになった。
チェーザマリーとは現地集合だ。
化け狐の国までは、魔道で約四十時間かかる。
二月十五日にユリジェンヌ邸を出発して、ミンチェ邸に着いたのは十八日の昼頃だった。
「ようこそ! ユリジェンヌ侯爵! ユリジェンヌ侯爵令嬢!」
ファウバブト公爵は、妻十人と使用人たち総出で私たちを出迎えてくれた。
――うわ……。この使用人たちって、皆貴族なんだよね……。何この異様な光景……。
化け狐の国の公爵家と侯爵家の使用人は、全員が非爵位持ちの下級貴族で構成されている。
つまり、制服を着ている目の前の彼らは、貴族なのだ。
私が若干引き気味でいると、ファウバブト公爵は自身の隣に立つ黒髪の美女を手で指し示した。
「彼女はオローズ=オン=ミンチェ。私の第三夫人で正妻だよ。オローズ、こちらがユリジェンヌ侯爵令嬢だ」
「はじめまして。オローズ=オン=ミンチェと申します。お会いできて光栄ですわ」
オローズ公爵夫人は、スカートの裾をつまんで静かに一礼した。
――ええ!? なんて綺麗な礼!
私が思わずぼーっとして見惚れると、大伯父様が軽く私の肩を叩いた。
「リト。どうしたんだ?」
「あっ。えっと。オローズ公爵夫人があんまり上品なので、見惚れてました」
「まあ。嬉しいわ。ありがとう」
オローズ公爵夫人は上品に微笑んだ。同性なのに、なんだか私はどきどきしてしまった。
――なんて綺麗な瞳……。翡翠みたい……。まずい! このままだとまた見惚れてしまうわ! じろじろ見たら失礼よね!
私はオローズ公爵夫人から視線を外し、ファウバブト公爵を見た。
ファウバブト公爵は微笑むと、屋敷を指差した。
「昼食をご用意しました。チェーザマリー公爵はすでに食の宮でお待ちですよ」
「食の宮って何ですか?」
「ミンチェ邸は様々な宮が集まって構成されてます。妻の宮や私の宮、子どもたちの宮、使用人の暮らす宮、保管庫の宮など、様々です。全てが回廊で繋がってますよ。食べ終わったら案内しますね」
「ありがとうございます」
「他の妻の紹介は食事の席でします。立ち話もなんですからね」
私は頷くと、ファウバブト公爵とオローズ公爵夫人の背後に立つ九人の妻を見た。
彼女たちは、黙って微笑んでいた。
◇◇◇
「チェーザマリー! こんにちは! あっ! 竜牙宝石のネックレス、つけてくれてるんですね!」
「こんにちは。リト。ネックレスは凄く気に入ってるんだ」
「嬉しいです!」
チェーザマリーはすでに席についていて、座席は私の隣だった。
食の宮には広い円卓が用意されていた。
大伯父様は私の隣の席だ。
ファウバブト公爵とオローズ公爵夫人は私たちの目の前の席に、九人の妻たちは間に座った。
「わあ! おいしい! 化け狐の国では前菜の前に油揚げが出てくるって、本当だったんですね!」
一口食べてみて驚いた。衣はさくさくで、噛めば噛むほど油が滲み出る。
目を輝かせてもぐもぐする私を見て、全員が微笑ましそうに笑った。すると、第一夫人が口を開いた。
「気に入ったら、おかわりしてくださいね」
「ありがとうございます」
――妻たちの名前と肩書……。一度に覚えきれないわ……。
先ほど九人の妻たちが自己紹介してくれたのだが、私はすでに不安になっていた。
第一夫人の名前はシェイ。第二夫人はレミ。第四夫人と第五夫人は双子で、ハリとルリ。第六夫人と第七夫人は姉妹で、タークとアーク。第八夫人と第九夫人も姉妹で、名前はヒガシとニシ。第十夫人はアケボノだ。
――まずい……! 姉妹の夫人は、顔が似過ぎてるよ……! 見分けがつかないー!
困った顔になった私に、夫人たちは「毎回名前を聞いてくれて大丈夫よ」と言ってくれた。
「ユリジェンヌ侯爵令嬢は、なんの食べ物が好きなんですか?」
第四夫人のハリが私に聞いた。
「私は甘いものが好きです。特に、蜂蜜が好きですわ」
「そうなの? ユリジェンヌ侯爵も甘いものが好きっておっしゃってたわ。家族で似るのね」
「? なんで大伯父様の好みをご存知なんですか?」
「だって、ユリジェンヌ侯爵はよくミンチェ邸にいらっしゃるもの。ねぇ、旦那様?」
第四夫人がファウバブト公爵に艶っぽく流し目をすると、ファウバブト公爵は機嫌良さそうに笑った。
「ああ。ユリジェンヌ侯爵と私は友人だからね。最近はあんまり泊まりに来てくれなかったから、寂しいよ。君が来ると妻たちが喜ぶんだ」
「だって、ユリジェンヌ侯爵は魔界一美しい男ですもの。女は美男が好きですわ」
九人の妻たちは楽しそうに笑い合った。すると、オローズ公爵夫人がファウバブトに微笑んだ。
「ファウバブトとユリジェンヌ侯爵が並ぶと絵になりますわ。あなたは私にとって世界一かっこいい男ですもの」
「そうか。嬉しいよ。ユリジェンヌ侯爵と絵になるだなんて光栄だな」
――十人も妻がいたら大変そうなのに、ミンチェ家は皆、仲良しなのかな?
私たちは和やかに談笑し、食事を楽しんだ。デザートまで食べ終わると、私は気になっていたことを聞くことにした。
「あの、ファウバブト公爵にはお子さんが十人いらっしゃるんですよね? ご子息とご息女はどちらに?」
――仕事で不在なのかな?
ファウバブト公爵は妻一人一人と、ひとりずつ子どもを儲けていると聞いていた。
誰一人姿を見かけず、挨拶にも来ないのは不自然ではないだろうか?
「息子は全員外国にいます。娘たちは他家にすでに嫁いでいるので不在です」
「全員が外国に? なんでですか?」
「次期ミンチェ公爵を決めるための、三つ目の試験中だからですよ」
「三つ目の、試験? 次期公爵?」
「はい。我が家では、当主を決めるための試験が四つあります。一つ目は、座学です。政治、歴史、領地運営、魔法など、様々な知識や思考力を試すペーパーテストを実施します。これに合格すると、二つ目の試験に進めます」
「なんだか大変そうですね……。二つ目の試験はなんですか?」
「実技です。書道、華道、舞などの上流階級の教養全般ですね。息子たちは五人全員がここまでパスしたので、現在三つ目の試験を受けています」
――そういえば、化け狐の国では当主になれるのも、魔王になれるのも男性だけなんだよね。息子さんたちは全員優秀なんだ……。
「三つ目の試験は、外国で活躍・出世するです」
「外国で?」
「はい。例えば、化け狐の国の王城で息子たちが勤務したとします。その場合、貴族かつ公爵家出身なので、スムーズに出世できます。それだと、本人の実力が分からないでしょう?」
「確かに」
「だから、外国にぶち込むんですよ」
ファウバブト公爵は不敵な笑みを浮かべた。
――なんで外国!?
「公爵家出身といえど、他国では外国人ですからね。出世は自国より困難。文化の違いや価値観の違いがある中で、どれだけ順応して活躍できるかを試します。息子たちは、第三試験を一斉にスタートしたので、今三十年目ですね」
「三十年目……? その試験はいつ終わるんですか?」
「試験期間は五十年です」
――あと二十年!?
ぎょっとした瞬間、私は気づいた。
つまり、ファウバブト公爵自身が、この試験を勝ち抜いた者なのだ。




