ep.82 揺らぐ価値観
「そうなんです! 化け猫の国って、国内婚ばっかりなんですよね! 全然外国人と結婚しなくて! ほら、デビュタントがあるのは魔界だと化け猫の国だけだし! 化け猫の国って独自文化が多いじゃないですか? 茶会にも複雑な作法がありますし」
「確かに。化け猫の国に嫁入り婿入りすると、文化の違いが大変だから、国際婚は稀だよね。化け猫の他国への嫁入りや婿入りもレア。でも、ヴァンパイアの国は祝日も多いし、社会の福利厚生とかもしっかりしてるし、嫁入りしたら暮らしやすそうじゃない?」
――うわ……。話戻された。てか、結婚まで話が飛躍してない?
「そうですか? ヴァンパイアの国って暮らしやすいんですか?」
「そうだよ。土地は広くて豊かだし。貧富の差もそこまで酷くないし。生活保護や失業保険制度まであるんだよ? 最高じゃない?」
「堕天精霊の国にはないんですか?」
「生活保護はないな。代わりに、市役所に行けばすぐに仕事を斡旋してもらえるよ」
「へー! やっぱり堕天精霊の国は素晴らしいですわ!」
――よっし! 話が逸れたわ!
「うん。我が国は最高だよ! ところで、次のデートはいつ行くの?」
――うわ……。話戻された。
「一月二十日です。乗馬で勝負ですわ! 私、まだ競争で勝ててないので!」
「えー! ラブラブじゃん! 仲良しだね」
――ラブラブじゃありません! 勝ちたいだけですわ!
「あっ! 突然なんだけど、ユリジェンヌ侯爵令嬢の青い色炎は凄いね! 無痛で出産できるんだって?」
「? なんのことですか?」
「一昨日、仕事で花人魚の国に行ったんだよ。それで、リドル公爵に会ったの。リドル公爵が言ってたんだよ。『青い色炎を飾ったら、ケイミルは痛くなく出産できた。出産後も母子ともに凄く元気。色炎は凄い。ユリジェンヌ侯爵令嬢に感謝だ』ってね」
「ええー!? 無痛分娩!?」
私が声を上げると、ネルヴァー卿とダータン伯爵とマスターも驚いた顔をした。そして、口々に言った。
「青い色炎って、ペネロペ公爵を救ったやつでしょ?」
「無痛で出産なんて、可能なのか? 青い色炎にはそんな力があるのか」
「もしかして、出産後の体の回復にも作用するのでしょうか? これは凄い」
――青い色炎にそんな力が……!? いやそれより……。
「ケイミル公爵夫妻に、無事に赤ちゃんが生まれたんですね! いつ産まれたんですか?」
「一月九日だよ」
「ああ! 私が早朝に、ウララ邸に青い色炎を送った日ですわ! 子どもは女の子ですか? 男の子ですか? シェルバ公爵は知ってますよね?」
「男の子だって。ケイミル公爵夫人にそっくりらしいよ」
「へえ!」
「リドル公爵はユリジェンヌ侯爵令嬢に凄く感謝してたよ。ユリジェンヌ邸にお礼の手紙と品が届いてるんじゃない?」
「どうでしょう? 九日にユリジェンヌ邸に帰宅してからは、すぐに人間界に戻って今日までシバ邸にいたので。そういえば、アンも懐妊したんですよ!」
「アンってユリジェンヌ侯爵令嬢の飼い主じゃん!」
「今は伯爵夫人だよね!」
「おめでたいな」
「よかったじゃん!」
皆が口々に言うと、シェルバ公爵が話題を変えた。
「話は変わるんだけどさ、チェーザマリーは十八日まで化け狐の国に滞在するんだってね」
「え? そうなんですか?」
「あれ? 知らないの? なんか、化け狐貴族のパーティーに色々出席するみたいだよ」
――そうなんだ。じゃあ、二十日まで会えないわね。ていうか、シェルバ公爵ってなんでも知ってるわね。情報通だわ。でも、なんで化け狐の国に?
◇◇◇
私はシバ邸には帰らず、ユリジェンヌ邸に帰宅した。
すると、ケイミル公爵夫妻からのお礼の手紙と、お礼の品が山ほど届いていた。
――ほんとに、無痛分娩だったんだ……。
手紙を読んで、私は驚いた。
ケイミル公爵夫人の手紙によると、青い炎を飾った瞬間、陣痛の痛みは消えてしまい、出産後もずっと体調が良いそうだ。
――もしかして、私も青い色炎を使えば、安全に出産できるのかな?
出産は怖くて危険なものだと思っていた。
祖母が出産の後遺症で、子どもが産めなくなったからだ。出産後しばらくは後遺症で痛くて辛かったと言っていた。そもそも、出産自体が痛い。痛いのは怖い。
――でも、色炎があれば、大丈夫? 私も無事に出産できる? ……赤ちゃんができるって、どんな感じなんだろう?
ケイミル公爵夫人は、赤ちゃんができてとても喜んでいた。アンは目覚めると、嬉しさのあまり泣いていた。
――妊娠って、怖いものじゃないのかな? 幸せなことなのかな? もし、痛くなくて安全で、好きな男性との子どもなら、欲しいかも……。でも、やっぱり出産はちょっと怖いな。
◇◇◇
「わあ! この子がアイミル!? 可愛い!」
二月一日。私はウララ公爵邸を訪れていた。
ケイミル公爵夫人が、ぜひ息子に会いに来て欲しいと手紙に綴っていたからだ。
アイミルはケイミル公爵夫人とリドル公爵の息子の名前だ。
ベビーベッドの中でもぞもぞするアイミルは、金髪碧眼の愛らしい赤子だった。
「うわあ! ほっぺがふっくら! 指も手も小さい! 天使みたーい!」
目をきらきらさせる私を見て、ケイミル公爵夫人は楽しそうに笑った。
「リドルってば、アイミルラブなのよ。なかなか離れたがらなくて……。今日も『仕事に行きたくない! もっとアイミルの側にいたい』ってわめくから、邸から叩き出したわ! 仕事に行きなさい!」
「アハハハッ。リドル公爵、可愛いですね」
私はがらがらのおもちゃを鳴らした。すると、アイミルはキャッキャとはしゃいだ声を出した。
「可愛い! もう可愛いしか言葉が出てきません!」
「ふふっ。よかったら抱っこしてみる?」
「良いんですか?」
私は抱っこの仕方を教えてもらい、アイミルを抱き上げた。
「うわぁ! あったかい! 可愛い! 可愛い!」
はしゃぐ私をケイミル公爵夫人は微笑ましそうに見ていた。
「化け猫が子猫が好きっていうのは本当なのね。アイミルは猫じゃないけど、ベビーだもの」
――確かに……。私、はしゃぎまくってるわ。これが、母性? 猫性?
結局私は、アイミルが泣き出すまで、一時間近く抱っこをしていた。
その日はウララ邸に泊まり、翌日の昼に馬車に乗り込んで帰路に就いた。
朝ご飯を食べてから、昼食を食べるまで、私はずっとアイミルと遊んで、抱っこをしていた。
――もっとアイミルと一緒にいたかったな……。なんか、帰りたくないかも……。赤ちゃんって、可愛いんだな……。
もし出産したら、毎日我が子を抱ける。そしたら、幸せなんじゃないだろうか。
一緒に遊んで、あの可愛らしい笑顔を見てみたい。
――痛くないなら……。安全なら……。赤ちゃん、私も欲しいかも……。
アイミルを見つめるケイミル公爵夫人の目は、愛情に満ちていた。女神がこの世にいたら、あんな感じだろうか。
――お母さんって、素敵かも……。産んだら、私もあんな感じになるのかな?
初めて、私の中の考えが揺らいだ。




