ep.81 チェーザマリー公爵の裏側
「するわけないだろ。超紳士だ。夫人がワインをこぼしてくれてナイスだったよ。しばらく恋人のふりをするからな。これを口実にデートに連れ出せる」
「感慨深いですね。人間界滞在中、遊びでしか人間の女性とお付き合いをしなかったチェーザマリー公爵が本気とは」
「魔族の貴族の女はめんどくさいからな。公爵夫人の座を狙って俺に群がってくる。リトは違うけどな。それより聞いてくれよ。オレンジのドレスも似合ってたが、着替えたリボンドレスも可愛かった」
「それ、昨日も聞きました」
執事は微笑むと、視線を鋭くした。
「ユリジェンヌ侯爵令嬢は間違いなくモテます。頑張って他の男は蹴落としてくださいよ」
「もちろんだ。ケイミル公爵夫人は卿なんて勧めてたけどな。非爵位持ちなんて蹴散らしてやるよ。爵位もない身分の低い男はリトにふさわしくない」
「妻も迎えられて、華々しく宰相に復帰してくださったら、私としても嬉しいです」
「そうか」
――リトとこの屋敷で暮らすのが楽しみだな。
きっと、彼女は俺の求婚を受けるだろう。俺は彼女が望む条件を全て揃えるから。
――卿なんかと結婚したい理由は、跡継ぎを産みたくないからだったな。遠縁から養子をもらえば解決だな。あの家の双子の内、優秀な方を次期ワルシャワ公爵にするか。
「リトの肖像画が家にあればいいのに。美しい彼女を見てると満たされる」
「結婚したら、腕の良い絵師を呼びましょう。公爵夫人には肖像画が必要ですから」
「ああ。俺とリトが二人で並んでるやつも欲しい」
「いいですねぇ。その理想のためにも、ライバルは潰してくださいね」
執事は真剣な顔をしているのに、俺は笑ってしまった。
「俺は序列一位の公爵だぞ? 財力も人脈もある。きっと、結婚するだろう。侯爵令嬢から公爵夫人になれるんだからな」
「話を聞いてると、ユリジェンヌ侯爵令嬢はステータスだけで結婚する方ではないですよ。その認識は危険です」
「本人にその気がなくてもな。俺が求婚したら周りがリトを説得するよ。ユリジェンヌ侯爵とかマリアンヌ男爵夫人とかがな。そしたら落ちそうだな。まあ、ステータスと魅力で勝負だな」
「恋愛は手段を選ばない戦場です。使えるものは何でも使ってください!」
「ああ。まずはリトの周囲に、先に根回ししておくか。今日リトと色々喋って、近況を聞いたからな。使えそうな人選も増えたよ」
◇◇◇
ユリジェンヌ邸に帰ると、すぐに人間界に発った。
魔界での疲れを癒すべく、私は人間界で猫生活を満喫していた。
シバ伯爵邸で、アンとリコに可愛がられ、たっぷり昼寝をして過ごす内に、婦毒の変や年末王城パーティーでの疲れも癒えた。
その日、伯爵一家の豪華な晩餐の食卓のすぐ側で、私は爪研ぎをしていた。
――この新しい爪研ぎマット、研ぎ心地最高だわ!
バリバリと真剣に爪を磨いていたときだ。
「アン! どうしたんだ!」
食器が割れる音がして、私は振り返った。
――アン!?
私は青くなった。
アンは床にうずくまり、嘔吐していたのだ。
駆け寄ると、リン伯爵が私を抱き上げた。
「吐瀉物を舐めたりしたら大変だ! 誰か! 早く医者を呼べ! クレハを部屋から連れ出せ! すぐにアンを寝室に運べ!」
クレハはシャム猫のときの私の名前だ。私は使用人に抱かれ、部屋から出されてしまった。
――アン! どうしちゃったの! 毒だったらどうしよう!
しばらくすると、医者がやって来た。医者がアンの部屋の扉を開けた隙に、私はアンの部屋に忍びこんだ。
アンは青い顔で、寝台で眠っていた。
リコとリン伯爵と伯爵夫人が付き添う中で、診察が始まった。私ははらはらしながら見守っていた。
――青い色炎を使いたいけど、この部屋に蝋燭はないし……。二日前に青い炎玉を作ってしまったから、今日は炎玉を作れないわ……。
青い炎玉は、五日に一回しか作れないのだ。
――仮に蝋燭があっても、突然青い色炎が宿ったら、皆びっくりするよね……。私が化け猫なことは内緒だし……。ああ! 何もできない!
私は落ち着きなく部屋をうろうろした。もどかしくて、家具の扉で爪研ぎしようとしたときだ。
「それは本当か!?」
リコが大きな声を上げた。
私がリコの足元に駆け寄ると、リコは私を笑顔で抱き上げた。
「クレハ! アンが懐妊したって!」
――ほんと!?
私の耳がぴくぴくした。
「それはめでたいわ!」
「男子なら、シバ家の後継者だ!」
隣で、リン伯爵と伯爵夫人もはしゃいでいた。
――アン! おめでとう! よかったわね!
私はにこにこしながらアンを見た。けれど、アンの顔色は悪く、眠ったままだった。
――妊娠って、やっぱり大変なんだ……。
◇◇◇
一月十三日の夜、私はバー・ゴスメーデを訪れた。
「マスター! こんばんは! 明けましておめでとうございます!」
「いらっしゃいませ! 明けましておめでとうございます」
「ユリジェンヌ侯爵令嬢! 明けましておめでとー!」
「おめでとうございます」
扉を開けると、マスターとネルヴァー卿とダータン伯爵が、私を温かく出迎えてくれた。
私がダータン伯爵の隣に座ると、ネルヴァー卿がにやにやしながら切り出した。
「ヴァンパイアの王城年末パーティーでの話は聞いたよー。ラブラブじゃん! 友人だって言ってたのに。やっぱりつきあうことにしたんだ!」
「悪魔の国にまで、噂が広がってるんですか!?」
私がぎょっとすると、ダータン伯爵が真顔で頷いて言った。
「ヴァンパイアの国序列一位のワルシャワ公爵家と、化け猫の国三名家のユリジェンヌ侯爵家のカップルだぞ? 話題にならないはずがない。政治的にもビッグカップルだ」
――どうしよう……。実は違うんだよね……。
「ねぇ! チェーザマリーのブレスレットはユリジェンヌ侯爵令嬢が選んだやつだったんだって? しかも、竜牙宝石のネックレスも贈ったんだって? てか、ユリジェンヌ侯爵令嬢のイヤリングはチェーザマリーが選んだやつなんでしょ? ラブラブじゃん!」
「ネルヴァー卿、なんでそれも知ってるんですの?」
「だって、アクセサリーについて貴族たちに聞かれたときに、正直に喋ったんでしょ? そりゃ話題になるよ! 竜牙宝石って入手困難だし。そんなのあげるなんて、ロマンス感じるね!」
――ロマンス!?
私が口をぱくぱくさせると、マスターがにこにこしながら口を開いた。
「チェーザマリーになら、ユリジェンヌ侯爵令嬢を任せていいかな。あいつが変なことしてきたら私に言ってください。ぶっ飛ばしてあげますから」
――マスター!
「付き合うことになったきっかけは?」
ネルヴァー卿が身を乗り出したときだ。
――リリリン。
ベルが鳴り、シェルバ公爵が来店した。
「マスター! ユリジェンヌ侯爵令嬢! ダータン! ネルヴァー! 明けましておめでとう!」
明るく挨拶するなり、シェルバ公爵は私に言った。
「ユリジェンヌ侯爵令嬢! チェーザマリーとラブラブなんだって? 話、聞かせて。あっ! 隣に座っていい?」
「もちろんですわ」
シェルバ公爵は私の左隣に座るなり、身を乗り出した。
「馴れ初め教えてよ!」
――そんなの、ないですわよ! どうしよう……。しばらくは恋人のふりをする予定だし……。それっぽいこと言っておこう。
「えっとお。頼りになるので、気づいたら好きになってました」
「まじか! 二人は家柄的にもお似合い! 化け猫って基本的に国内婚しかしないし、世紀のレア、ビッグカップルだよ!」
――まずい……。嘘つき続けたらぼろが出そうだわ。話を逸らそう。




