ep.80 ワインの事故なら、恋愛イベントに上書きよ!
◇◇◇
もやもやした気持ちで着替えを済ませると、私は扉を開けた。
「チェーザマリー! お待たせしました」
「全然待ってないよ。……へぇ。よく似合ってるな。リボンが沢山ついてて可愛いな」
「この侍女がとっても器用だったんですよ。複雑な形のリボンもあっと言う間に作っちゃうんです」
「光栄です」
侍女は几帳面に一礼した。
私は真剣な眼差しで、チェーザマリーの目を見つめた。
「チェーザマリー、私、弁償はいらないですわ」
「なんでだ? 気合いを入れたドレスだったんだろ? 宝石だって沢山使われてるし、せっかくネルヴァーがアレンジしてくれたのに?」
「サーズ侯爵夫人の話を侍女から聞いたのですわ。弁償なんてさせたら、周囲から色々言われるに決まってます。可哀想ですもの」
「お前、優しすぎるな」
チェーザマリーは愛しそうに目を細めた。
私はぐいっと身を乗り出した。
「だから、お断り作戦に協力してください!」
「お断り作戦? なんだそれ?」
話し終わると、チェーザマリーは戸惑った顔をした。
「それ、めっちゃ誤解されるぞ」
「いいですよ! どうせ噂は止まらない。なら、有効活用しましょ。いっそ、盛大に誤解させるのです。レッツ、恋人作戦ですわ」
◇◇◇
会場に戻ると、貴族たちの視線を一斉に浴びた。
彼らは私のドレスを見て、ひそひそと話していたが、すぐにサーズ侯爵夫人が青い顔で駆け寄ってきた。
「ユリジェンヌ侯爵令嬢! 着替えは無事に終わりました? 染みは大丈夫でしょうか」
私は笑顔で答えた。
「ええ。今、使用人が染み抜きをしてくれてますわ。それと、弁償は不要です」
「ええ!?」
夫人が驚いて声を上げると、周囲の貴族たちもざわついた。
私は隣で微笑んでいるチェーザマリーを見上げた。
「だって、チェーザマリーが、私に素敵なドレスをプレゼントしてくださるそうなので」
「ああ。今日ここに連れてきたのも、パートナー役も俺だ。事故なんて普通に起こる。大切なパートナーの衣装だから、代わりは俺がプレゼントしたいんだ」
周囲から黄色い声が上がった。
――ああ……! これで誤解確定……!
チェーザマリーは私に微笑んだ。
「リト。明日は俺に付き合ってくれ。一流の仕立て屋に連れていくから。ついでに、観光もしよう。今日より素敵な一日をプレゼントするよ」
「まあ。ありがとうございます」
チェーザマリーはサーズ侯爵夫人に笑顔で言った。
「デートの口実ができて嬉しいよ。むしろ、ワインをかけてくれたことに感謝したいくらいだ」
サーズ侯爵夫人の顔がぱっと明るくなった。一方、会場中が黄色い声とどよめきで満たされた。
◇◇◇
「それで、チェーザマリー公爵と明日はデートですか! キャー!」
帰って話をするなり、アトリは黄色い声を上げた。
「男爵令嬢とかいう批判を恋愛イベントで上書きしてしまう……。ユリジェンヌ侯爵令嬢は発想の天才です! 私がその場にいたら、サーズ侯爵夫人が男爵令嬢とかもうどうでもいいです! ユリジェンヌワルシャワカップルに大注目です!」
「これでサーズ侯爵夫人は批判されないけどね。私の生活が犠牲になったわ。しばらく、チェーザマリーとは"恋人のふり"をするの。時期を見て、別れて友人に戻ったって触れ回ることにしたわ。」
「いっそ、真剣交際されては? チェーザマリー公爵と結婚されてはいかがですか? 家柄も地位も文句無しですよ。数年後に宰相復帰予定ですし」
「私、子どもを産みたくないの。出産が怖いの。だから、爵位持ちは嫌よ。卿と結婚するわ」
「そうなんですか!? ……いや、そういう選択肢もありですよね」
アトリは驚いたが、すぐに優しく微笑んだ。だから、私は笑顔になった。
「うん! それに、結婚はしばらくしなくていいかな? 私はまだ二十歳よ。化け猫は寿命が八百歳あるのよ」
「それもそうですね!」
「ひとまず、明日のデートは普通に楽しむわ! 本当にドレスをプレゼントしてくれるんだって!」
◇◇◇
「ひとまず、明日のデートは普通に楽しむわ! 本当にドレスをプレゼントしてくれるんだって!」
菓子をつまみながらはしゃぐ主を見ながら、私は思っていた。
――ユリジェンヌ侯爵令嬢みたいに優しくて、家柄が良くて、美しい方には、序列一位公爵がお似合いだわ!
何より、主は世界でただ一人の色使いだ。平凡な男など、私が許さない。
――チェーザマリー公爵の容姿は中の上ってとこね。でも、余裕があって、髪と瞳の色がとても美しいわ! 二人が並んだら映えるわ! チェーザマリー公爵! 頑張って!
私は主を見つめるチェーザマリー公爵の瞳から、恋心を感じとった。女の勘は誤魔化せない。
――ユリジェンヌ侯爵令嬢は卿がいいみたいだけど、気が変わるかもしれないもの!
私はチェーザマリー公爵に、心の中で応援を送った。
◇◇◇
次の日。新年、一月一日の十三時にチェーザマリーは私を迎えに来た。
「リト。明けましておめでとう」
「チェーザマリー! 明けましておめでとうございます!」
私たちは馬車に乗り込むと、美術館や王都の名所を巡った。
夜は一緒にディナーを楽しんだ。
食べ終わると、彼は私を仕立て屋に連れて行ってくれた。
仕立て屋の名前はルパン。紳士服もパーティードレスも喪服も作るヴァンパイアの国の名店だ。
「予約困難な店でしょう? 昨日の今日でどうやって枠を押さえたんですの?」
私が聞くと、チェーザマリーは余裕のある笑みを浮かべた。
「店長とは懇意にしてるんだ。『閉店後ならいつでも来店していい』って言われてる。仕立ても優先してやってくれる。緊急の注文も受けてくれるぞ」
「まあ! 凄いですわ!」
――やっぱり、序列一位の公爵なのね!
店長は私を大歓迎してくれて、デザイン画を何枚も描いてくれた。
帰りは、チェーザマリーがホテルのロビーまで送ってくれた。
「おやすみ。リト。良い夢を」
「今日は本当にありがとうございました! 昨日より素敵な一日でしたわ! お休みなさい」
去っていく彼の背中を見ながら、私は思った。
――もう帰っちゃうんだ。なんか、ちょっと残念かも。
次に会う約束をしているのは、一月二十日。
人間界の帝都乗馬クラブで待ち合わせだ。
――もうちょっと話したかったかも。バー・ゴスメーデに行けば、二十日より前に会えるかな? チェーザマリーは常連だし。マスターにも会いたいし、またゴスメーデに行こう!
私は微笑むと、軽やかな足取りで螺旋階段を上りだした。
◇◇◇
屋敷に帰ると、使用人たちが俺を出迎えた。
俺はフットマンにコートを預けると、執事と並んで歩き出した。
「デートは楽しかったですか?」
執事に笑顔で聞かれ、俺は頷いた。
「ああ。楽しかったよ。リトは可愛いからな。二十歳まで屋敷で育ったせいかな? あんまり外の世界を知らない。ピュアだな」
「何回惚気るんですか? 本人の前で、でれでれしてないでしょうね」




