ep.79 侯爵夫人がドレスにワインをかけました
「贈り物? 年末王城パーティーで魔王に贈り物をするなど、聞いたことがないが?」
魔王が怪訝な顔をすると、チェーザマリーはにっこりと笑った。
「俺からの贈り物は、色炎です。色使いのユリジェンヌ侯爵令嬢が、俺の依頼を受けてくださいました。新年を迎えるめでたき日に、会場に華を添えさせて頂きたいと思います」
貴族たちがざわつくと、チェーザマリーは声を張り上げた。
「メーデスカイ侯爵、会場に燭台を二百本用意してくれてありがとう」
すると、茶髪に碧眼の男性が前に進み出て優雅に一礼した。
「微力ながら、設営に手を加えさせて頂きました。チェーザマリー公爵からの依頼ですから」
――彼が、チェーザマリーの後任宰相のメーデスカイ侯爵か!
「リト。炎の色を変えてくれ」
私はチェーザマリーに頷くと、指を鳴らした。
次の瞬間、二百本の蝋燭の炎が揺らいだ。
五十本は銀色に、五十本は虹色に、百本は青色の炎へと色を変えた。
会場は群青一色に染まった。さらに、銀色の炎の白銀の輝きと、虹色の炎が放つプリズムの輝きが空間を彩った。
「なんだこの空間は!」
「なんて美しいの! 夜空のようだわ!」
会場は感動のため息とざわめきで満たされた。
私とチェーザマリーは再度、魔王に一礼して声を揃えた。
「ヴァンパイアの魔王様のご威光の元に、新年が素晴らしものになることは、間違いないでしょう」
ヴァンパイアの魔王は笑顔で拍手をした。
「素晴らしいぞ! 贈り物をありがとう!」
拍手喝采が巻き起こった。
――やったあ! 上手く行ったわ!
私はチェーザマリーと微笑み合った。
◇◇◇
「リト。ありがとう。魔王は喜んでくれたみたいだ」
「成功して良かったですわ!」
挨拶が終わったので、私たちは窓際でワインを飲んでいた。
楽しく喋っていると、挨拶を終わらせた公爵家のヴァンパイアたちが、すぐに私たちに話しかけに来た。
「チェーザマリー公爵! ユリジェンヌ侯爵令嬢! はじめまして!」
「色炎はなんて美しいんでしょう!」
「ペアルック、素敵ですね。どちらで仕立てたのですか?」
大勢に囲まれて私は少し焦ったが、チェーザマリーが彼らを一人一人、私に紹介してくれた。
三十分ほど、公爵家の方々と話をしたときだ。
「はじめまして。ユリジェンヌ侯爵令嬢。私、サーズ=デ=イヨと申します。夫は体調不良で欠席ですの。家門代表として挨拶させてください」
――イヨ! ヴァンパイアの国の序列一位の侯爵家だわ!
侯爵夫人に話しかけられ、私は丁寧に礼をした。
「はじまして。リト=ユリジェンヌです」
顔を上げると、サーズ侯爵夫人は私のイヤリングに目を留めた。
「まあ。可愛らしいイヤリングね?」
サーズ侯爵夫人は、私の耳元を覗き込むように一歩近づいた。そのときだ。
「きゃっ!」
夫人の体がぐらりと傾いた。長いドレスの裾を、自分で踏んでしまったらしい。
咄嗟に踏みとどまったものの、その手のグラスが大きく揺れる。
ばしゃっ。
「えっ」
冷たいものが胸元を伝った。
視線を落とす。ドレスの胸元に、赤い染みがじわじわと広がっていた。
サーズ侯爵夫人の顔から、さっと血の気が引いた。
「申し訳ありません! 私ったら、なんてご無礼を!」
「いえ。サーズ侯爵夫人が転ばずに済んでよかったです」
笑って答えながら、私は少し青くなっていた。
――どうしよう! 汚れちゃった! しかも、赤ワインだよ!
「ごめんなさい! 弁償させて頂きますわ! ドレスはどちらで仕立てました?」
「ルーナで仕立てたドレスですの。それを、セバスでアレンジしてもらいましたわ」
サーズ侯爵夫人はさらに青くなった。
「ルーナにセバス!? どうしましょう! この世に二つとない逸品じゃないですか!」
周囲の公爵家のヴァンパイアが、サーズ侯爵夫人に冷たい視線を送った。
すると、チェーザマリーが私の手を引いた。
「リト。執事に相談してみよう。代わりのドレスや予備があるかもしれない。サーズ侯爵夫人、弁償などの詳細は着替えが終わってからにしよう」
「ええ……。本当に申し訳ありません!」
「ひとまず着替えてきますわ」
私がそう言ったときだ。タキシードを着た男性がこちらに駆け寄って来て言った。
「チェーザマリー公爵、ユリジェンヌ侯爵令嬢、一部始終は見ておりました。こんなこともあろうかと、予備のドレスがございます。ご案内しますから、付いてきてください」
「助かるよ」
「よかったですわ!」
私たちが執事について歩き出すと、貴族たちが私とチェーザマリーにちらちらと視線を送ってきた。
「まあ。令嬢のドレスが汚れてるわ。どうしたのかしら?」
「サーズ侯爵夫人がワインをこぼしたんですって」
「ユリジェンヌ侯爵令嬢に!? 信じられない!」
「だってほら……。サーズ侯爵夫人は元は男爵令嬢じゃない?」
「品がないわね」
貴族たちのひそひそ声が聞こえてきた。
◇◇◇
私たちは、広いウォーキングクローゼットルームに案内された。
そこには、サイズや色の違うドレスがずらりと並んでいた。
「お好きなものをご着用ください。今、王城侍女も呼んで参ります。ヴァンパイアの国には着方が複雑なドレスもございますが、着替えの手伝いはお任せくださいませ。染み抜きもこちらでさせて頂きます」
執事に丁寧に案内され、私は落ち着きを取り戻した。
「チェーザマリー。どのドレスが良いと思います? 全部可愛いですわね」
「これとか可愛いんじゃないか?」
チェーザマリーは一着のドレスを手に取った。それは、淡い緑色のマーメイドドレスだった。
「うーん。私、身長が低いから、マーメイドは似合わないかもしれません」
「そうか? なら、こっちはどうだ?」
選んでいると、一人の侍女がやって来た。
「お召し替えのお手伝いに参りました」
「ありがとう。私、このドレスが着たいんだけど、どうやって着たらいいかしら?」
「そちらは"組紐と結わえのドレス"です。布と紐を編み込みながら着る複雑なものです。着付けはお任せください」
「リト。俺は扉の外で待ってるよ。終わったら教えてくれ」
「分かりました」
◇◇◇
侍女は器用だった。いくつもの紐や布を複雑に結んでいく。
「あなた、器用ね。この胸元の組紐とか、どうやって結んでるかさっぱり分からないわ」
「お褒めいただき、光栄です。もう少しかかりますので、少々お待ちください」
侍女は紐をてきぱきと結びながら、能面のような顔で答えた。
私は彼女に気になっていたことを聞くことにした。
「あの。サーズ侯爵夫人について教えてくれない? なんか、悪口みたいなのが聞こえたんだけど」
「サーズ侯爵夫人は、元は序列がかなり低い男爵令嬢なんですよ。下から三番目です。けれど、侯爵に見初められて、侯爵夫人になられました。義母と義父はサーズ侯爵夫人に冷たく当たられてるとか。けれど、侯爵は特にサーズ侯爵夫人を庇わないそうです」
「は!? 酷くない?」
「化け猫の国は家柄史上主義で有名ですが……。ヴァンパイアの国もかなり家柄主義の傾向があります。嫉妬もあるのでは? 自分より格下が侯爵夫人なら、目障りでしょう」
「でも、侯爵夫人なのよ?」
「ですが、男爵令嬢です」
「そんな……。あなた、冷たくない?」
「私は上級侍女ですので、基本は伯爵家や侯爵家や公爵家などの高貴な方のお世話しかしないのです。男爵家については詳しくないのです。お許しください」
「サーズ侯爵夫人、私にワインをかけたせいで、色々言われないかな?」
「言われるでしょう。ユリジェンヌ侯爵令嬢は優しい心の持ち主のようですが……。私は侍女として、下を見下す貴族を沢山見てきました。彼らは攻撃がお好きみたいですね」




