ep.78 ヴァンパイアの年末王城パーティー、開幕
◇◇◇
「皇太子様! ついにベラから聞き出せました! 殺害予告を入れたのは第二王女様です! 自作自演ですよ!」
十二月十七日の深夜。エメラルドが私の執務室に駆け込んできた。
「よくやったぞ! エメラルド!」
エメラルドは瞳をぎらりと輝かせた。その瞳には、達成感があった。
「王城や私たちを混乱させて! とんでもない妹だ!」
「どうやって第二王女を糾弾しますか?」
私は舌打ちをした。
「ベラが言ったからといってな。強引に追及したら、"命を狙われた可哀想な妹を証拠もなく言及する兄"になってしまう。私の印象に関わる問題だ! くそ! やり方が汚いな」
「では、どうされます?」
私はにやりと笑った。
「こういうシナリオはどうだ? 犯人は、メイズ侯爵家のアンバー=デ=メイズ卿だ。脅迫文を入れた理由はな、第二王女に懸想してたからだ。ムーンが怯える可愛らしい姿を見たかったから。それが動機だ」
「はあー!? なんですかそれ!? しかも、なんでアンバー卿!?」
「アンバー卿はムーンと親しい」
「そういえば、パーティーで第二王女様とアンバー卿が踊っているところを何回か見ました」
「そうだ。ムーン陣営の一人だ。メイズ家の双子のアンバー卿とシトリン卿はどちらも優秀だ。両親はどちらに侯爵位を譲るか迷ってる。俺の予想では、シトリンにするようだが……。万が一アンバーが侯爵になったら最悪だ」
「第二王女の陣営にアンバー侯爵がつくことになりますからね。しかも、メイズは侯爵家序列二位だ」
「そうだ。これを期に、アンバーを蹴落とそう。私たちと親しいシトリン卿に侯爵になってもらわないとな」
「素晴らしいアイディアですが、どうやってアンバー卿に罪を擦り付けるので?」
「確か、取り調べ中の執務室の清掃員の一人にナハという名の男がいたな。ナハは病弱な娘を一人で育てている。こういう筋書きはどうだ?
アンバー卿はナハに接触して、私の執務机に殺害予告の手紙を入れるようにナハに頼んだ。皇太子の引き出しに入れた理由は、事件をより大きくしたかったからだ。アンバー卿は治療費をちらつかせて、ナハに手紙を入れるように説得する。ナハは手紙を引き出しに入れてしまう。だが罪の重さに耐えられなくなり、とうとう自白する。
そして、アンバー卿の私室に騎士団員が調査に乗り込む。すると、アンバー卿の机の引き出しから、ムーンへの恋情を綴った日記が出てくるんだ。ベタだがいいだろ?」
「皇太子様、相変わらず黒いですね」
「シトリン卿はアンバー卿を蹴落としたがっている。日記の偽装と仕込みはシトリン卿に任せよう。あいつは侯爵になりたがってるから、ノリノリで手伝ってくれるぞ?」
「シトリン卿なら、偽装工作は十八番ですね!」
「ナハには自白の報酬として、治療費と貴重な薬草をやろう。もちろん表向きは、"取り調べを聞いてナハを憐れんだ情け深い皇太子が金貨と薬草を下賜"したんだ」
「ナイスアイディアです! しかし、日記だけで足りるでしょうか?」
「ああ。仮に、アンバー卿が嵌められたとわめいたらな。罠から自分の身を守れないと自分で言うようなものだ。メイズ侯爵夫妻はアンバー卿に侯爵位を譲るのを確実に止める。それで、後継者はシトリン卿に決定だ」
「最悪、目障りなアンバー卿は牢獄行き。最高のシナリオ! まずはナハの説得。次にシトリン卿と作戦会議ですね!」
私とエメラルドは、瞳をぎらつかせながら頷きあった。
◇◇◇
年末王城パーティー前日になった。
ヴァンパイアの国での私の滞在先は、湖の白鳥ホテル。
王都のワルシャワ別邸に近いホテルで、シェフの腕が良いことで有名だ。
チェーザマリーは私のために、時計台が見える景観の良い部屋を用意してくれた。
「わあ! 素敵な部屋ですね!」
世話役として連れてきたアトリは、壁一面の広い窓から、ヴァンパイア王都の景色を眺めてはしゃいでいた。
「さあ! 明日は朝からチェーザマリー公爵が迎えに来ますからね! 気合いを入れて髪のお手入れをしましょう!」
眠る前に、アトリは私の髪をくしけずり、丁寧な手つきで髪油を塗ってくれた。
お手入れをされながら、私はため息をついた。
「あーあ。また噂が加速だわ。私たち、恋人同士だと思われてるのよ。ケイミル公爵夫人が『噂を否定する』って約束してくれたけどね。夫人は今妊娠中で部屋で安静にしてるから無理だわ。加速の一方よ」
「ですが、チェーザマリー公爵は序列一位の公爵でしょう? 素敵な方と噂になるならいいのでは?」
「あーあ。なんでペアルックにしちゃったんだろ。ネルヴァー卿が気を利かせて、私のドレスまでアレンジしちゃったのよ。お揃いのオレンジコーデよ。ますますカップル感あるわ」
「いいじゃないですか! 明日は楽しみましょう!」
「はあ……。それもそうね。ところで、明日はジュエリーケースを忘れないでね。チェーザマリーにプレゼントするから」
「もちろんです!」
◇◇◇
「チェーザマリー公爵がいらっしゃいました」
ホテルマンが部屋に来訪を告げに来たので、アトリを連れて階段を降りて玄関ホールに向かった。
ホール中央のソファには、チェーザマリーが腰掛けていた。
「チェーザマリー! おはようございます!」
私が背後から声をかけると、彼はすぐに振り向いて立ち上がった。
「おはようリト。今日は凄く綺麗だな。そのオレンジのドレスもよく似合ってるよ」
ストレートに言われて、珍しく、私はちょっと赤くなった。
「ありがとうございます。チェーザマリーも似合ってますよ。あっ! その赤珊瑚のブレスレット、つけてくれたんですね!」
「ああ。せっかくリトが選んでくれたし。ところで、リトもタンザナイトのイヤリングをつけてるんだな」
「はい! 小さなハートが可愛いですから気に入ってます! それより、今日はチェーザマリーにプレゼントがあるんです!」
「プレゼント?」
「ええ。アトリ、出してちょうだい」
頼むと、アトリはすっとジュエリーケースを差し出した。
私は受け取ると、蓋を開けて中身を見せた。
「チェーザマリーにはいつもお世話になりっぱなしですから。これはお礼のネックレスです」
チェーザマリーは目を見開いた。
「これは……竜牙宝石じゃないか。こんなに貴重なものは受け取れないよ」
中に入っていたのは、銀鎖のネックレスだった。宝石の色はターコイズブルー。
第二王女から受け取った竜牙宝石を、宝石商に頼んでネックレスに加工したのだ。
「ぜひ受け取ってください。あなたのために選んだんですよ」
「……そうか。嬉しいよ。ありがとう」
チェーザマリーは心から嬉しそうに笑うと、首にネックレスをかけた。
――やっぱり。チェーザマリーの髪と瞳にぴったりだわ。
その姿に、私は満足気に微笑んだ。
◇◇◇
年末王城パーティーとは、全ての公爵家、侯爵家、伯爵家の魔族と、全子爵と男爵の半数が参加する大規模パーティーだ。
どの国でも年末王城パーティーは開催され、このルールは各国共通である。
年末王城パーティーでは、序列が高い家門から順番に、玉座に座る王に挨拶することになっている。
ただし、入場は序列が低い家門からする。
ワルシャワ家は序列が一位の公爵家。つまり、入場した瞬間、会場に貴族全員は勢ぞろいしている。そして、すぐに魔王に挨拶するのだ。
挨拶さえ終われば、歓談しようとごちそうを食べようと自由だ。
◇◇◇
「チェーザマリー=ファル=ワルシャワ公爵と、リト=ユリジェンヌ侯爵令嬢のご入場です」
司会者が声を張り上げた。一歩会場に踏み込むと、貴族たちはどよめいた。
「ワルシャワとユリジェンヌがペア!?」
「またなのか!?」
「うわ……。あのペアルック、なんて素敵なの」
「恋人同士って、本当だったのか?」
「彼女が色使いなのね! 美しいわ……」
全貴族たちの視線が痛いほど突き刺さった。
――やっぱり誤解されたー! はい、終了ー!
心の中で叫びながら、私はチェーザマリーに手を引かれてカーペットを歩いた。
そして、玉座の下まで来ると、二人で丁寧に礼をして、声を揃えた。
「ヴァンパイアの魔王様に挨拶いたします。今年も新年を無事に迎えることができて嬉しゅうございます」
ざわめきが収まらない中、魔王は優雅に微笑んだ。そして、右手を挙げた。
その瞬間、ぴたりと会話は止んだ。
「新年を無事に迎えられたのは、国民のおかげだよ。君たちの働きにも感謝する」
静まり返った会場に、魔王のよく通る声が響いた。
私たちは再度一礼をした。顔を上げると、チェーザマリーが口を開いた。
「ヴァンパイアの魔王様、本日は陛下に贈り物がございます」




