ep.77 殺害予告の真相
◇◇◇
「ごちそうさまでした。食べきれないほど頂きましたし、俺たちはここで失礼させて頂きます」
シェルバ公爵がそう言ったときだ。第二王女は優雅に微笑むと口を開いた。
「待ってください。最後にユリジェンヌ侯爵令嬢にお願いがあります」
「私にお願い? なんでしょう?」
「ドラゴンの国の年末王城パーティーの会場を、色炎で彩って欲しいのです」
――うわ……。本当に来た!
「今回は竜王家が色炎を正式に買い取らせて頂きます。報酬はたっぷりお支払いしますよ」
「すみません。年末は優先提供契約の関係で、炎玉は悪魔の魔王様に納品することになっています」
「あらそうなの。なら、パーティーにユリジェンヌ侯爵令嬢が参加してくれない? 貴賓として歓迎するわ。現地で燭台の炎を変えてくれればいいのよ。今日みたいに」
「すみません。それもできないんです」
「どうして?」
「私はヴァンパイアの国の年末王城パーティーに、チェーザマリーと参加することが決まっているからです。色炎はヴァンパイアの魔王様に贈らせて頂きます」
「ええ!?」
シェルバ公爵が驚いて声を上げた。
第二王女とアクアマリン卿はぎょっとした顔をした。
事情を知っている大伯父様だけが、微笑んでいた。
「そうなんですか? では、仕方ありませんね。……パーティーのドレスはどこで仕立てたのですか? もしかして、揃いのデザインなの?」
「はい。揃いのデザインです。注文先はセバスですわ」
「セバス!? あの予約困難な悪魔の国の名店で? デザイナーは誰ですか?」
アクアマリン卿に聞かれ、私は誇らしげに胸をはった。
「ネルヴァー=オン=ハエディスト卿ですわ」
「ハエディスト侯爵家の四男の!? 確か、彼が仕立てた悪魔の魔王様のドレスは話題になってましたよね?」
「アクアマリン卿のおっしゃる通りです。ネルヴァー卿は素晴らしいデザイナーですわ」
――チェーザマリー、ネルヴァー卿、ありがとう! 計画通りですわ!
◇◇◇
それは、遡ること四日前。
バー・ゴスメーデにて――。
「チェーザマリー! マスター! お手紙ありがとうございます! 必ず大伯父様にわたしますわ!」
私が頭を下げると、マスターは優しく微笑んだ。しかし、チェーザマリーは厳しい声で言った。
「ユリジェンヌ侯爵と情報共有してもな、まだ、安心できない。俺が心配なのは、色炎の追加依頼だ」
「追加依頼?」
「ああ。リトの色炎は美しい。そして、第二王女はリトを自陣営に取り込みたがってる。なら、リトにまた王城に来てもらって、会話して仲良くなるのがてっとり早いだろ? そのために、年末王城パーティーが使われそうだな。格式あるパーティーだから、色炎で飾りたいと思っても不自然じゃない」
「どういうことですの?」
「俺の予想では、第二王女はお前に言うはずだ。『ドラゴンの年末王城パーティーに参加して、会場に色炎を宿してくれ』と。リトとパーティーで話せば、第二王女に貼り付いてるアクアマリン卿までリトと話せるだろ?」
「なら、どうやって断りましょう……」
「そこで俺から提案だ。ヴァンパイアの国の年末王城パーティーに、俺とパートナーで参加しないか?」
「ええー!?」
私とネルヴァー卿とマスターは驚いた顔をした。
「ヴァンパイアの魔王は、ワルシャワ家が力を持ちすぎてることを警戒してる。俺を三百年間、人間界に追いやろうとしたくらいだからな。だから、俺から魔王に贈り物をしたい。それが色炎だ。俺と魔王の亀裂を緩和すると思って、頼む」
「……それが、もし第二王女様から頼まれたときのお断りの理由?」
「そうだ」
戸惑っていると、マスターとネルヴァー卿が即座に賛成した。
「それはいい! 仮に第二王女から頼まれないにしても、ヴァンパイアの年末王城パーティーで色炎を披露すれば、ヴァンパイアの国にも販路を広げられますよ!」
「ユリジェンヌチェーザマリーペアが復活? 良いじゃん! あっ! 衣装はどうするの? 公爵家と侯爵家と伯爵家の面子は、各国の年末王城パーティー強制参加だし。もう、衣装の準備はしてるんでしょ? 二人は何色着るわけ?」
「私は明るいオレンジ色のドレスですわ。初めての化け猫の国の年末王城パーティーで着る予定のドレスですからね。宝石をふんだんにあしらって気合いを入れました! でも、ヴァンパイアの年末王城パーティーに参加するなら、化け猫王城に辞退申請をしなきゃですね」
「俺はシアンの衣装だ」
「くっそ似合わなそうな色の組み合わせじゃん。僕が今から超速で、揃いの衣装を仕立ててあげるよ。何色がいい?」
「いいんですか?」
「助かるよ。ネルヴァー」
「うん。ベビードレスを大量に作るために、一月末までは休暇を申請したんだ。だから作れるよ」
――やっぱり、持つべきものは人脈だわ……。
「リト。何色がいい? せっかく気合いを入れたオレンジドレスを用意したんだろ? なら、俺の衣装をオレンジに変えればいいんじゃないか?」
「いいんですか?」
「ああ。そしたら、ネルヴァーの仕立ての負担も少ない。そもそも、ネルヴァーの専門はドレスだしな。紳士服を仕立てるのは骨が折れだろ。二着仕立てるより、一着のほうがいい」
「大丈夫! 師匠から、なぜか紳士服の作り方まで叩き込まれたからね。こんな風に役立つとは思わなかったよ。僕に任せて」
「ありがとう。頼りになるな」
「ネルヴァー卿、本当にありがとうございます!」
◇◇◇
ユリジェンヌ侯爵令嬢とユリジェンヌ侯爵とシェルバ公爵が去った後。
爪が皮膚に食い込み血が滲むほど、私は拳を握りしめた。
「くそっ! シェルバの奴……! また邪魔してくれたわね! 私の計画が台無しよ! ああっ!」
「第二王女様! 落ち着いてください……」
アクアマリン卿は穏やかに私をなだめようとした。
だが私は、目の前のフォークを投げつけてやりたくなった。
「せっかくお父さまに呪術をかけたのに……。冬の舞のせいで……効果が切れたわ! 何のために私が殺害予告を自演したと思ってるのよ!」
「効果が切れたとはどういうことですか?」
私は呪術の天才だ。最近改良した呪術は、大発明だった。
私はその呪術を"愛の危機"と命名した。
愛する者が危機に陥ったときに、寵愛と庇護欲が強烈に深まる、というのがこの呪術の効能だ。
愛する者が危険にさらされたときにその者を見捨てる、という呪術を改良したものだった。
――お兄さまを皇太子の座から引きずり降ろす強力な手段の一つは、竜王からの寵愛よ!
私は皇太子の執務机に殺害予告の手紙を入れた。
案の定、呪術は効き、竜王は私をさらに寵愛するようになった。脅迫された私は危機に陥ったのと同じ状況だからだ。
――加えて、お兄さまが側近に不信感を抱けば上出来ね。警備の不十分さが露呈すれば、皇太子としての面子は傷つくわ! 傷つけばいいのよ!
唯一の懸念材料は、占星術師エメラルド公爵だ。彼は一等星ベラに真実を尋ねることができる。
――でも、ベラに聞いて私が犯人だって分かっても、"ベラが教えてくれた。殺害予告は第二王女の自作自演だ"なんて言えないわ。そんなことしたら、被害者面して泣いてやるんだから! 私が手紙を入れた証拠も書いた証拠もないし。
この計画には、他にもメリットがあった。アクアマリン卿を側におけることだ。
ユリジェンヌ侯爵令嬢とアクアマリン卿をくっつけて、こちらの陣営に取り込みたい。そのためにはまず、彼女にアクアマリン卿を気に入ってもらわなくてはいけない。
――アクアマリン卿は常に私につきっきり。なら、ユリジェンヌ侯爵令嬢が来たときに、彼も一緒にお喋りできるじゃない!
竜王の寵愛を深め、皇太子の周囲を搔き回し、ユリジェンヌ侯爵令嬢とアクアマリン卿を親しく話させる、一石三鳥の計画だった。
なのに、しくじった。シェルバがめちゃくちゃにしやがった。
「シェルバ公爵は冬の舞を献上したわ。精霊の冬の舞にはね、邪気払いの力があるのよ。しかも、シェルバは稀代の舞手。あいつのせいで、呪術が解けたのよ! 愛の危機は生涯で一回しか使えないハンデがあるのよ! 私の一回を返しなさい!」
「そんな制約があったんですね……」
驚いた顔をしたアクアマリン卿を、私は睨んだ。
「あなたね。ユリジェンヌ侯爵令嬢にかっこいいところを見せなさいと命令したのに、途中からシェルバに会話の主導権を握られてなかった? あいつ、菓子を食べながらお前に質問ばかりしてきたじゃない! シェルバさえいなければ、アクアマリン卿がユリジェンヌ侯爵令嬢ともっと話せてたのに! とんだ邪魔者だわ! そもそも、お兄さまのせいよ! あいつがシェルバを呼ぶから悪いんだわ!」
「申し訳ありません……。ユリジェンヌ侯爵令嬢に話しかけようとすると、なぜかシェルバ公爵が私に話しかけてくるんですよ! 無視するわけにもいきませんし……」
「シェルバ、なんなの? 社交的なのもいい加減にしてほしいわ! 騎士団の剣舞や仕事について、あんなに聞かなくてもいいでしょ!」
「……シェルバ公爵は、兄の話や騎士団長の話もしてきましたね。随分二人を称賛してました。不愉快だ!」
アクアマリン卿は舌打ちした。
「お前は若いのに副騎士団長よ! 自信を持ちなさい!」
「ええ! ですが私は卿です! しかも、副団長。団長はまだお若いし、私に団長の座が回ってくることはないでしょう。くそっ! いつもいつも二番手だ!」
「今日の悔しさをバネにするのよ! 必ずお兄さまを引きずり落としてやるわ! 竜王になるのは私、竜王になった私の隣で公爵として立つのもアクアマリン卿よ!」
「ええ。他の仲間とも連携して、次の策を考えましょう!」
私たちは頷き合った。




