ep.76 公爵は心をえぐる
◇◇◇
隣室に移動すると、そこには丸テーブルが用意されていて、色とりどりの菓子が皿に盛られていた。
第二王女は笑顔でテーブルを指し示した。
「さあ。皆さん、おかけになって」
シェルバ公爵が椅子を引いてくれたので、私は彼の右隣に座った。大伯父様は私の右隣に座った。
「アクアマリン卿も同席させていいかしら? いつも私を護衛してくれてるから、労いたいの」
私たちは頷いた。そもそも始めから、椅子は五脚用意されていたのだ。
アクアマリン卿が第二王女の隣に座ると、王女は菓子の間に置かれていた銀色の箱を開けた。
「どうぞ。ユリジェンヌ侯爵令嬢。好きなのを五つお選びになって」
「わあ! 美しいですね!」
箱の中には、ミラーカットの竜牙宝石が敷き詰められていた。
赤、青、紫、金――色の種類も豊富だ。
――どれにしよう……。
迷ったときだ。アクアマリン卿が私に言った。
「ユリジェンヌ侯爵令嬢には、水色の竜牙宝石が似合いそうですね。スカイブルーの左目が美しいので、美しさを引き立ててくれそうです」
「あ……ありがとうございます」
アクアマリン卿は優しく微笑んだ。すると、シェルバ公爵が笑顔で口を開いた。
「スカイブルーの瞳も綺麗だけど、ダークブラウンの右目も美しいよ。ユリジェンヌ侯爵令嬢、一つ目はこのセピア色の竜牙宝石にしたら? 対になっていて、映えるよ」
「そうですか? では、せっかくですしそれにします」
私はブラウンの竜牙宝石を手に取った。すると、第二王女が笑顔で小さなケースを差し出してきた。
「こちらは持ち帰り用のジュエリーケースですわ。衝撃緩和の魔法をかけたので、馬車の揺れでも傷つく心配はありませんわよ」
「わざわざありがとうございます」
私は竜牙宝石をジュエリーケースにしまった。
――二つ目はどれにしよう?
すると大伯父が口を開いた。
「リトはピンクが好きだし。このコーラルピンクと蛍光ピンクとショッキングピンクの竜牙宝石はどうだ? 特に、ショッキングピンクなんて珍しいぞ?」
「確かに! 素敵ですわ! 私、コーラルピンクとショッキングピンクにします」
私は二つの宝石をケースに入れた。するとアクアマリン卿が私に聞いた。
「ユリジェンヌ侯爵令嬢はピンク色が好きなんですか?」
「はい。可愛い色なので」
「イメージにぴったりです。桜色のドレスなどが似合いそうですね」
「そうですか?」
私が首を傾げると、シェルバ公爵が私に微笑んだ。
「毒鳥功労祭で着てたブラックドレスは美しかったね。どこで仕立てたの?」
「ルーナですわ」
「ああ。化け猫国一の仕立て屋じゃないか。皆さんはいつもどちらで仕立てていらっしゃるんですか?」
「私はアルファントムですわ。ドラゴンの国一番の仕立て屋ですもの」
「私はルーナだ。リトと一緒だ。ルーナは紳士服もドレスも仕立てる器用な名店だから、気に入ってるんだ」
「シェルバ公爵はどちらで?」
「ハーストです。生地が最高の店ですから。アクアマリン卿は?」
「私はキサラギです」
「へぇ。そういえば、アクアマリン卿のお兄さんのラン=デ=マンダリン公爵は『アルファントムが好き』って言ってたな。俺、ラン公爵とは知り合いなんだよね。彼は堕天精霊の国の果実が好きだからさ」
「兄と仲が良いんですか?」
「うん。人脈って大事じゃない? 公爵同士、俺とラン公爵は気が合うのかも」
◇◇◇
俺の見立てでは、アクアマリン卿は公爵位に憧れている。後継者争いで負けた惨めな男だ。
――さて。アルフィス=デ=ゴスメーデからの依頼を完遂するか。えぐってやるよ。
アクアマリン卿は、間違いなく兄に劣等感がある。
――兄を持ち上げれば、イライラしてユリジェンヌ侯爵令嬢から意識も逸れるだろ。……それに、こういう男をいたぶるのは楽しいからな。
どうせ、権門のアクセサリーとしてユリジェンヌ侯爵令嬢を狙ってるのだろう。
――そういうださい男は劣等感に溺れてろ。
「ラン公爵って、かっこいいよね。金髪碧眼で、ラピスラズリみたいなジュエルアイだよ? 同性の俺から見ても憧れちゃうな」
俺が微笑むと、アクアマリン卿も微笑んだ。
「ええ。確かに兄はかっこいいです」
「ラン公爵は、ジュエルドラゴンの中では、竜王様と皇太子様と王子様の次にかっこいいんじゃない?」
――お前は兄より下って意味な。ちゃんと理解しろよ。
「そうかもしれません」
「いや、間違いなくそうだよ。ユリジェンヌ侯爵もそう思いません?」
「ああ。そう思うよ」
「魔界一美しい男の異名を持つユリジェンヌ侯爵が言うなら間違いありませんね。いや、素敵なお兄さんをお持ちで羨ましいですよ」
「ありがとうございます」
「そういえば、ラン公爵は光魔法が得意だとか。素晴らしいですね。華やかな魔法で素敵ですね。あっ! アクアマリン卿は闇の魔法が得意だと聞きました。シックでかっこいいですね」
「ええ。ありがとうございます」
――光魔法の方が、闇魔法より難易度高いんだよな。
俺は笑いを噛み殺した。アクアマリン卿の微笑みの奥の感情を想像して。
「ところで、俺は剣舞が好きなんですよ。アクアマリン卿は騎士ですから、祭典で剣舞を披露なさるでしょう? なんの舞が得意ですか?」
「私は雪白虎の剣舞が得意です」
「へえ! そうなんですね! 俺が得意なのは海鳳凰の舞です! 俺は激しい舞が大好きなんですよ」
――雪白虎は高難易度だけどな。海鳳凰は剣舞最高峰だ。格の違いを知れ。
「まあ! シェルバ公爵は海鳳凰が十八番? 難しいのに凄いわ!」
「流石だな。精霊大会舞の部で百年連続一位なだけある」
第二王女とユリジェンヌ侯爵に称賛されて、俺は笑顔を作った。
「ありがとうございます。でも、アクアマリン卿も凄いですよ。雪白虎は重い剣を振り回しますからね。あれで優雅に舞うのはきついですよ」
「ありがとうございます」
アクアマリン卿は嬉しそうに笑った。だから、俺は追撃することにした。
「そういえば、ドラゴンの騎士団長も素晴らしい剣舞の舞を踊りますよね。初めて見たとき、感動しました。俺は舞には厳しいんですけど。騎士団長の実力には文句無しです」
「そう言って頂けて、我が国としても誇らしいわ」
第二王女は笑顔になった。俺は彼女に微笑むと、アクアマリン卿に言った。
「間違いなく、ドラゴンの国一番の剣の腕前ですね。いや、素晴らしい上司をお持ちで羨ましい」
「ええ。騎士団長を私は尊敬してます」
――嘘くさいな。お前は団長にも嫉妬してんだろ。お前は所詮、騎士団でもトップには立てないんだよ。
「常に団長をお支えして、アクアマリン卿は仕事熱心だと聞きました。上司を補佐するのが部下の義務ですし。アクアマリン卿は副団長の鏡ですね」
――自分は二番手だと知れ。
俺はアクアマリン卿の瞳をじっと見つめた。そして、確信した。
――効いてんな。こいつ、苛立ってんな。ユリジェンヌ侯爵令嬢とアクアマリン卿の会話じゃなくて、俺との会話になってるのも良い感じだ。
内心でほくそ笑んだときだ。ユリジェンヌ侯爵令嬢が顔を上げた。
「私、決めました! このターコイズブルーの宝石と金色の宝石にします!」
冷たく笑う俺とは違い、ユリジェンヌ侯爵令嬢は無邪気に笑った。
――可愛いな。さっきからじっと見つめて真剣に悩んでたもんな。
果たして、俺とアクアマリン卿の会話はユリジェンヌ侯爵令嬢の耳に聞こえていたのだろうか。
――なんかこの青い宝石、チェーザマリーの髪と瞳の色みたいだな。……選んだ理由、それ? いや、考えすぎかな。
チェーザマリーは彼女に気があるように見える。だが、ユリジェンヌ侯爵令嬢からはそんな感じは全然しない。
気を取り直して、俺は全員に微笑んだ。
「選び終わったことですし、茶菓子を頂きましょう」
――さっさと食って、皇太子に挨拶して帰るか。
第二王女とアクアマリン卿。死ぬほど会話する価値のない相手だ。
――帰りはユリジェンヌ侯爵とユリジェンヌ侯爵令嬢を食事に誘おう。
二人と話す方が、百倍有意義で、百倍楽しい。




