ep.75 第二王女からのもてなし
「護衛? 誰?」
私とネルヴァー卿の声がぴたりと重なった。
「シェルバ公爵ですよ」
「シェルバ公爵!?」
「なんでシェルバ!?」
私とネルヴァー卿が聞くと、マスターは自信のある笑みを浮かべた。
「シェルバ公爵はすすきパーティーで竜王に、豊穣の舞を献上しました。なら、今度は冬の舞を献上すればいいのでは?」
「冬の舞?」
「精霊の冬の舞を見た者は、冬の間は風邪も引かず、健やかに過ごせるそうですよ。同じ献上仲間同士、一緒に行動すれば良いでしょう。ドラゴンの城で落ち合い、二人で竜王に献上に行くのです。もちろん、ユリジェンヌ侯爵も一緒です」
「マスター! ナイスアイディア!」
ネルヴァー卿は拍手した。チェーザマリーも手紙から顔を上げると満足そうに笑った。しかし、すぐに続きを書き始めた。
「アクアマリン卿は魅力的な男性ですけどね。魅力的な男には魅力的な男をぶつけましょう。シェルバ公爵の方が百倍良い男ですよ」
「マスター! 護衛ってそういう意味?」
ネルヴァー卿は吹き出したが、私はマスターに慎重に聞いた。
「でも、シェルバ公爵が承諾してくれますかね」
「大丈夫です。シェルバ公爵には私から事情を説明します。高速鷹便で手紙を送りますよ。明日の昼までには手紙が届くでしょう。
魔王の十四夫でゴスメーデ公爵家の嫡子の私の頼みですからね。シェルバ公爵なら必ず聞いてくれます。シェルバ公爵が承諾したら、シェルバ公爵から皇太子に、舞を献上したい旨の手紙を送ってもらいましょう。
すすきパーティーでシェルバ公爵に舞の献上を頼んだのは皇太子ですから。今回も、舞は皇太子からの演出という体で。それと、今から私はユリジェンヌ侯爵にも事情を書いた手紙を書きます。安心してください」
「皆さん……! 何から何までありがとうございます!」
◇◇◇
十二月十六日になった。
私と大伯父様とシェルバ公爵は、ドラゴンの国の王都関所で落ち合うことになった。
シェルバ公爵は快諾してくれたのだ。
馬車で関所に着くと、すでにシェルバ公爵が待っていた。
「ユリジェンヌ侯爵令嬢、ユリジェンヌ侯爵! おはようございます!」
「シェルバ公爵! おはようございます! 本当にありがとうございます!」
「君がいてくれれば心強いよ。今日はリトをよろしく頼む」
「安心してください。全力で護衛しますから。今日は三人で離れないようにしましょう」
シェルバ公爵は明るく笑った。すると、大伯父が苦い顔で吐き捨てた。
「第二王女め……。男を使ってリトを自陣営に取り込もうとするとは……。最低だ! アクアマリン卿も消してやりたい」
「ユリジェンヌ侯爵、落ち着いてください。第二王女は野心に満ちてますがね。皇太子と仲良くすればいいんですよ。ひとまず今日を笑顔で乗り切りましょう。アクアマリン卿は序列二位の公爵家の卿で副騎士団長ですが。ユリジェンヌの前にはモブです。抑えてください」
「そうですよ! 大伯父様! 第二王女様を睨んだりしたら駄目ですからね」
「そんなことするわけないだろ? 完璧な作り笑いで乗り切ってやるわ!」
「……ユリジェンヌ侯爵に嫌われるとは。第二王女様の先行きは怪しそうだ」
シェルバ公爵は面白そうに口角を吊り上げた。
――うわ……。シェルバ公爵はいつも明るいのに……。ここで笑うのね。やっぱり権力者だわ。
◇◇◇
「シェルバ=ファル=チョコレータ。冬の舞を献上しに参りました」
「リト=ユリジェンヌ。色炎を献上しに参りました」
「ハブシュラ=オン=ユリジェンヌ。ドラゴンの国の太陽と月にお目にかかれて光栄でございます」
私とシェルバ公爵と大伯父様は、揃って礼をした。
広い謁見室の玉座には竜王が腰掛け、両隣には皇太子と第二王女が立っていた。壁際には臣下たちが並んでいる。
竜王は上機嫌で口を開いた。
「シェルバ公爵とユリジェンヌ侯爵令嬢が、再び俺に献上してくれるなんて嬉しいよ。竜王家の威光にも箔がつく。ユリジェンヌ侯爵も遠路はるばるご苦労だな」
「もったいないお言葉です」
私たちが控えめに面を伏せると、皇太子が笑顔で言った。
「まずは色炎を献上してもらいたいな。そういえば、ユリジェンヌ侯爵令嬢は青い色炎も使えるようになったと聞いた。この謁見室の壁には、二百本の燭台がある。ペネロペ公爵を救った青い炎をぜひ見せてくれ」
私と大伯父様は前に進み出ると、手に持っていた箱を掲げた。
「まずは、銀色の炎玉を竜王様に献上いたします。安らげる時間を過ごせますように」
私が銀色の箱を差し出すと、竜王は満面の笑みで受け取った。
次に、大伯父様が皇太子の前に進み出て、皇太子に虹色の箱を差し出した。
「皇太子様には、虹色の炎玉を献上いたします。楽しい夢をご覧になれますように」
皇太子が笑顔で受け取ると、私は口を開いた。
「実は、青色の炎玉は献上できません」
「まあ。なぜですか?」
おっとりとした声音で第二王女が聞いてきた。
「青の色炎はつわりに効くのです。現在、青の炎玉は全てケイミル公爵夫人に納品しております。夫人は妊娠中ですから」
私が答えると、皇太子が笑顔で言った。
「それは素晴らしいね」
「ありがとうございます。けれど、燭台の炎は青色に変色させて頂きます。銀色と虹色はそれぞれ五十本ずつ変色できますが、青色は一度に百本の変色が可能です。どうぞお楽しみください」
私は軽く一礼すると、指を鳴らした。
次の瞬間、五十本の燭台の炎が銀色の炎に、残りの五十本の炎は虹色の炎に、後の百本の炎は青色に変色した。
銀色の炎は純白の光を、虹色の炎はプリズムの光を放ち、青色の炎は部屋全体を水中のように真っ青に染め上げた。
「なんと美しい……!」
竜王も皇太子も第二王女も感嘆のため息をついた。臣下たちは言葉を失っていた。
数秒間見惚れた後、皇太子が口を開いた。
「では、次はシェルバ公爵から冬の舞を献上してもらう。頼んだよ。シェルバ公爵」
「はい! それでは舞わせて頂きます」
シェルバ公爵は懐から扇子を取り出すと舞い始めた。
それは、天女のような舞だった。
動きはゆっくりとしていて、関節の動きは滑らかで繊細。まるで、女性が踊っているような錯覚を覚える。
扇子の使い方も巧みだった。細かく震わせた扇子の動きは、粉雪が降っているようだ。
派手な動きは一切ないが、目が離せない舞だった。
――この空間で舞うシェルバ公爵は、まさに精霊だわ……!
舞が終わると、私たちは割れんばかりの盛大な拍手を送った。
拍手が収まると、第二王女が口を開いた。
「素晴らしい献上をありがとうございます。お礼に、厨房が腕によりをかけたお茶菓子を用意しましたわ。ぜひ、召し上がってからお帰りになってください」
「お気遣い痛み入ります。頂きます」
私とシェルバ公爵と大伯父様は揃って頭を下げた。
「アクアマリン卿。行きましょう」
第二王女が呼びかけると、臣下たちの間から、プラチナブロンドの髪とアクアマリンのようなジュエルアイを持つ美男が進み出て、王女の手を取った。アクアマリン卿だ。
「本日はご苦労であった。二人とも、素晴らしい献上だったぞ! ありがとう!」
竜王に礼を言われ、私たちは再度礼をした。




