ep.74 不可解な殺害予告
◇◇◇
「ユリジェンヌ侯爵令嬢! 久しぶりー! 婦毒の変では大活躍したんだって? お疲れ様!」
バー・ゴスメーデに行くと、マスターとネルヴァー卿が大歓迎してくれた。
「どうぞ。蜂蜜入りのホットミルクです。体が温まりますよ」
「マスター! ありがとうございます!」
マスターは私にミルクをサービスしてくれた。そして、毒鳥功労祭での出来事について色々聞いてきた。
話が一段落すると、ネルヴァー卿が切り出した。
「お願い! 四月になったら、僕に青い色炎を売ってくれない? 一週間に一回、色炎を販売してるんでしょ? 四月の販売枠は全部、僕に頂戴!」
「ええ!? なんでですか? 体調不良なんですか? でも、なんで四月?」
「実は、ミマサク夫妻にとうとう赤ちゃんができたんだよ!」
「ミマサク夫妻に!?」
ネルヴァー卿は、幼い頃からグリフィンの国でデザイナー修行をしていた。
ミマサク邸は彼の滞在先だ。ネルヴァー卿の恩人であり、第二の家族がミマサク伯爵夫妻なのだ。
「グリフィンにつわりはないけどね。出産は大変でしょ? 出産のときに青い色炎があったら楽になるかと思って。
出産の予定日は四月二十日らしいんだけど、いつ産まれるか分かんないからさ。出産の日に確実に当たるかは分かんないけど、四月は毎週、色炎を贈りたい。いくらでも出す! 頼むよ!」
ネルヴァー卿は両手を合わせて頭を下げた。私は笑顔で頷いた。
「そういうことなら、お売りしますわ」
「ありがとう!」
配達日時を細かく決めると、ネルヴァー卿は笑顔で私に言った。
「僕、飲み終わったら魔界に一時帰国するんだ。ほら、ミマサク夫妻の赤ちゃんのベビードレスを仕立てたいからさ。サプライズでプレゼントするんだ」
「きっと喜ばれるでしょうね!」
「ユリジェンヌ侯爵令嬢も飲み終わったら魔界に帰るんでしょ? 一緒に帰ろうよ。人間界から魔界へのゲートは僕が開くからさ。ゲートの解錠には意外と魔力使うしね」
「助かりますわ! ゲートまで一緒に帰りましょう!」
私が笑顔で頷いたときだ。
――リリリン。
扉が開き、チェーザマリーが来店した。
「あっ! チェーザマリー! こんばんは!」
「チェーザマリー! 久しぶりー!」
「いらっしゃいませ」
私たちが声をかけると、チェーザマリーは私だけをじっと見つめた。
――え? なんだろう?
チェーザマリーは私の側まで来ると、しゃがんで目線を合わせて言った。
「リト。大丈夫か? 婦毒の変でメンタルやられてないか?」
――心配してくれてたのかな……?
「大丈夫ですわ!」
私が笑うと、チェーザマリーは安心した顔をした。すると、ネルヴァー卿が口笛を吹いた。
「ヒュー! 仲良いね! シェルバから二人は友人って聞いたけどー?」
にやにやするネルヴァー卿の肩を私は思わず叩いた。
「もう! 私たちは友人ですわ!」
「はいはい。からかっただけだよ」
ネルヴァー卿とマスターは楽しそうに笑った。しかし、チェーザマリーは私の隣に座ると真剣な表情で言った。
「確か、十六日に竜王に色炎を献上に行く予定だったよな? 今、第二王女に殺害予告の手紙が届いてる。大丈夫か?」
その瞬間、さっとマスターとネルヴァー卿の顔色が変わった。
「実は、私もそのことが気になってました。後で話そうと思ってたのですが……」
マスターがそう言うと、ネルヴァー卿も頷いた。
「十二月に献上するとは聞いてたけど……。今、ドラゴンの王城に行くなんて危なくない?」
「大丈夫ですわよ! 大伯父様が付いてきてくださいますわ!」
「いや、安心できない」
チェーザマリーが鋭い声で言い放つと、マスターが口を開いた。
「そもそも、今回の殺害予告は不可解な点が多いです」
「不可解?」
「ええ。十二月一日に、第二王女の殺害予告の手紙が、皇太子の執務机に入っていたんですよ。でも、おかしくないですか? 警備が厳重な皇太子の執務室に危険人物が入りこめるでしょうか?」
――皇太子の机の中に、王女様の殺害予告? なんで!?
「皇太子の執務室に入れるのは、皇太子の側近と竜王と王妃と第三王子と第二王子と第二王女。あとは清掃員だけだよ。ひとまず、清掃員が取り調べを受けてるらしいよ?」
「ネルヴァー卿も詳細を知ってるんですね」
「うん。僕が聞いた話はこうだよ」
十二月一日の深夜、皇太子は書類仕事を切り上げて寝室に帰ろうとした。そのとき部屋にいたのは、皇太子とエメラルド公爵と秘書のヤーシャ侯爵。
三人が部屋を出ようとすると、第二王女が夜食の差し入れを持ってきたので、四人で菓子を食べた。
四人が執務室を後にしたのは、深夜二時ぴったり。
その後、清掃員二名が清掃に入った。二人は二時三十分頃に退出した。
翌朝、九時に皇太子は執務室に一人で入った。そのときに、鍵のついてない引き出しを開けたら、第二王女殺害予告の手紙が入っていた。
文面はたった一文。十二月中に第二王女を殺しに行く。
皇太子は即座に竜王に報告に行った。
王城の警備は強化され、第二王女の側には副騎士団長のアクアマリン卿が片時も離れずについている。
竜王は騎士団長を護衛にしようとした。しかし、第二王女が退けた。
「アクアマリン卿の方が気心が知れているし、団長が私につきっきりは申し訳ない」
第二王女はそう言ったそうだ。
「皇太子が最後に引き出しを開けたのは、一時くらいらしいよ。その後に、第二王女様が来たんだって」
私はネルヴァー卿に聞き返した。
「やっぱり、清掃員が怪しいんですかね?」
「いや、清掃員説は僕はありえないと思う」
「なぜ?」
「だって、そんなことしたら清掃員は真っ先疑われるよ? 犯行可能なのは、清掃員以外なら皇太子か第二王女か、エメラルド公爵とヤーシャ侯爵だけ。王族と側近なんだからさ、取り調べなんて簡単にされないよ?
逆に清掃員は厳しい取り調べを受けてる。馬鹿でもこの展開は想像できるでしょ?」
「確かに……」
「それよりさ、皇太子の自作自演の可能性は? だって、手紙見つけたの皇太子じゃん? 絶対に取り調べなんて受けないポジションだよ?」
ネルヴァー卿がそう言うと、マスターが厳しい声で言った。
「それはあり得ないでしょう。そんな自作自演をして、皇太子になんのメリットがあるんですか? 自分から警備が手薄だと言うようなものです」
ネルヴァー卿が黙ると、チェーザマリーが口を開いた。
「第二王女の自作自演の線は? 夜食を持ってきたときに、手紙を入れることは理論上可能だ」
「ええ! 自分で自分の殺害予告!? なんでですの!?」
「第二王女にだけはメリットがある」
――メリット?
「『もしかしたら、側近のエメラルド公爵かヤーシャ侯爵が入れたのでは?』と皇太子に不信感を植え付けられる。
皇太子の執務室の警備の不十分さも露呈する。そしたら、多少なりとも皇太子の面子は傷つく。
自分は被害者だから簡単に疑われない。証拠もないのに第二王女に『お前の自作自演か?』なんて誰も言えない。不敬だろ」
「それだけのために、殺害予告を出します?」
「第二王女は玉座への野心がある。皇太子は目障りだ。皇太子の周囲を掻き回そうとしてもおかしくない。逆に、エメラルド公爵とヤーシャ侯爵を俺は疑わない。二人は忠誠心が強い。それに、殺人鬼に味方するより、皇太子陣営に忠誠を誓うだろ?」
「いったい……誰が殺害予告を入れたんでしょう?」
私が青くなると、チェーザマリーの視線が鋭くなった。
「正体不明の殺人鬼も怖いがな。他にも心配なことがあるよ」
「なんですの?」
「アクアマリン卿は常に第二王女の側にいるんだろ。第二王女はリトの結婚相手にアクアマリン卿を勧めてきた。当然、献上に行ったら第二王女に会うだろう。その側にはアクアマリン卿もいる。つまり、リトとアクアマリン卿がまた接触するぞ」
「それは地味に嫌ですわ」
「第二王女はアクアマリン卿を使ってリトを取り込もうとした。なんか嫌な予感がするな。ユリジェンヌ侯爵がいても、心配だな」
「私、どうしたらいいでしょう? 不安だけど、献上に行くしかありませんわ」
「まずはな。俺がユリジェンヌ侯爵に手紙を書いてやる。バー・ゴスメーデでの第二王女とのやりとりと、すすきパーティーでの詳細だ。第二王女がアクアマリン卿を使ってリトを取り込もうとしてることもな」
「……いいんですか?」
「ああ。まずは情報共有だ。アルフィス。便箋とペンくれ」
マスターはすぐに引き出しから便箋とペンを取り出すと、チェーザマリーに渡した。
チェーザマリーは真剣な顔で手紙を書き始めた。
――チェーザマリー、親切すぎるわ……。
「ユリジェンヌ侯爵令嬢、大丈夫?」
ネルヴァー卿が私の顔を覗き込むと、マスターが腕を組んで言った。
「ユリジェンヌ侯爵令嬢にも、護衛をつけましょう」
「護衛? 誰?」




