ep.8 私を舐めるなら、反撃よ!
伯爵夫妻たちは空いている席に座ると、私たちと話し出した。
五分ほどおしゃべりしたときだ。ワスター伯爵が、私を見た。
「ところで、君のイヤリングは美しいな。鳳凰のデザインだなんてゴージャスだな」
「ありがとうございます。実は、ウィブルー公爵夫人からの贈り物なんです。夫人のセンスがいいのですわ」
ウィブルー公爵夫人は嬉しそうに笑った。
「まあ。ありがとう。デビュタントはやっぱり、気合をいれなくちゃね」
ワスター伯爵は感心したように頷いた。
「へえ。デビュー前から、こちらの皆さんと仲良しだったんだね。それに、髪飾りも美しいな」
そのときだった。今まで優雅に微笑んでいたクラロリ伯爵夫人が初めて口を開いた。
「確かに美しい髪飾りね。素敵だけど……少し大人っぽすぎるわよ。あなたは可憐だし、たんぽぽとかマーガレットが似合うんじゃない?」
――はあ? ガキは分をわきまえろって意味? たんぽぽってある意味雑草よ。馬鹿にしてるわね。 なら、ストレートに反撃してやるわ。
私は自分の髪飾りに触れながら口を開いた。
「こちらの椿の髪飾りは悪魔の魔王様から頂いた髪飾りなんです。こっちのサザンカの髪飾りは化け猫の魔王様から頂いたんですよ。クラロリ伯爵夫人は魔王様のセンスにけちをつけてるんですか?」
その瞬間だった、クラロリ伯爵夫人の顔が青くなった。同時に、空気が冷え切り、その場の全員が冷たい目でクラロリ伯爵夫人を見た。
クラロリ伯爵夫人は慌てて口を開いた。
「いえ……。そんなつもりでは……」
私は、あえて困った顔をした。
「悪魔の魔王様が言ってくださったんです。『きっと似合うだろう。つけたところが見てみたいな』って。でも、夫人は似合わないと思ったんですね。感じ方は猫それぞれですが……。なんだか悪魔の魔王様に申し訳ないわ……」
クラロリ伯爵夫人が唇を震わせると、クラロリ伯爵が立ち上がった。
「妻が失礼なことを言って申し訳ない。妻はおしゃれが好きだがコーディネートが苦手でね。私たちは他の貴族にこれから挨拶周りに行くんだ。ここで失礼するよ」
クラロリ伯爵は伯爵夫人を立ち上がらせると、少しだけ足早に去っていった。
「まあ。なんて失礼なの……」
「あれってマウントのつもり?」
「表面的には失礼じゃないけどね。どう考えても牽制でしょ」
公爵夫妻と侯爵夫妻は立ち去るクラロリ伯爵夫妻に冷たい視線を送った。
すると、ワスター伯爵が私に聞いた。
「悪魔の魔王様から頂いた髪飾りなのか? 成人するまでは領地から出られないのに……。一体、どうやって?」
――ワスター伯爵ってば、私の人脈を探る気満々ね。
「祖母のマリアンヌ男爵夫人と悪魔の魔王様が仲良しなので……。祖母経由で謁見しましたの」
――色炎のことは、デビュタント後半まで内緒よ。私は嘘の説明はしてないわ。
ワスター伯爵は驚いた顔をした。ワスター伯爵夫人と、マンク伯爵夫妻も驚いた顔をした。そして、ワスター伯爵は周囲の侯爵夫妻と公爵夫妻を見渡した。
「誰も驚いてないということは……。皆さんはご存知なのかな? いやはや。ユリジェンヌ侯爵令嬢は皆さんと秘密を共有する深い仲らしい。若いのにミステリアスだね」
――ワスター伯爵ってば、頭が切れるわ。
公爵夫妻と侯爵夫妻と大伯父は楽しそうに笑った。
◇◇◇
やがて、三十分ほどが経ち、司会が声を張り上げた。
「舞踏会のお時間です! 皆様、素敵な時間をお過ごしください!」
すると、ウィブルー公爵が私に話しかけた。
「リト。一緒に踊ろう」
「まあ。公爵様と踊れるなんて光栄です」
私の声は自然と弾んだ。
魔界でのダンスは、人間界のダンスとは違う。
人間は男性だけが女性にダンスを申し込む。しかし、魔族は女性からもダンスを申し込む。ダンスの相手は、パートナーでも、既婚者でも、未婚の異性でもいいのだ。
ウィブルー公爵に手をとられて立ち上がったときだ。
――ドドドッ。
そんな足音が聞こえた気がして、私は振り返った。
案の定、何人ものレディたちがこちらに押し寄せてきていた。彼女たちは、一直線に大伯父に向かっていた。
「ユリジェンヌ侯爵様! 私と踊ってください!」
「ファーストダンスはぜひ私と!」
「次は私と踊って頂けませんか?」
「ちょっと! 押さないで!」
――流石は大伯父様。再婚してない侯爵だし、侯爵以上で未婚は大伯父様だけだもの。モテモテね。なんていったって、大伯父様の異名は魔界一美しい男だもの。
優雅に足を組んで座る、大伯父のソファの周りを囲むレディたちを見て感心したときだった。
私を侮辱した金髪碧眼の伯爵令嬢が大伯父に話しかけた。
「ユリジェンヌ侯爵様! 私と踊ってください」
大伯父は立ち上がると、冷たく笑った。
「公爵夫人から聞いたよ。君はリトを侮辱したそうじゃないか。私の大姪に失礼を働いた令嬢と踊る義理はないな。君と踊る男性の気がしれないよ」
真っ青になった伯爵令嬢には構わず、大伯父は輪の外側でもじもじしている令嬢に話しかけた。
それは、今年デビューした男爵令嬢だった。
大伯父は彼女に優しく微笑んだ。
「デビューおめでとう。門出を祝して、よかったら一緒に踊らないか?」
男爵令嬢は泣きそうな顔になって言った。
「ありがとうございます。嬉しいです……」
――大伯父様ってば、紳士ね。
◇◇◇
私はウィブルー公爵とダンスを終えると、今度はジュナドイ公爵と踊った。
二曲続けて踊り終えたところで、公爵が私を気遣うように声をかけた。
「疲れてないか? 何か飲もう」
「はい。ありがとうございます」
ドリンクが置かれているコーナーでジュナドイ公爵とクランベリージュースを飲んでいたときだった。
ウィブルー公爵夫人がこちらに歩いてきた。
「リト。ダンスは楽しんでる? 次は侯爵たちが踊りたがってたわよ。ユリジェンヌ侯爵は、今日は譲ってあげるみたいね」
夫人は楽しそうに笑った後、急に冷たい笑みを浮かべた。
「さっきの金髪の伯爵令嬢、ダンスのお相手が、いないそうよ。可哀想ね。デビュタントなのに」
「まあ。お相手がいないんですか?」
「ええ。ユリジェンヌ侯爵が『君と踊る男性の気がしれない』って言っちゃじゃない? あの話が会場中に広まっちゃったのよ」
「それはお気の毒ですね」
私が本心とは逆の発言をすると、ジュナドイ公爵は冷たく笑った。
「ユリジェンヌ侯爵にそんな烙印を押されるなんて……。私が伯爵令嬢ならもう帰りたいな。まったく、なんでユリジェンヌ侯爵をダンスに誘ったのやら……」
ジュナドイ公爵がそう言ったときだった。
こちらに歩いてくる金髪碧眼の伯爵令嬢と彼女の母親と父親の姿が見えた。
三人は私たちの前まで来ると、頭を下げた。
「娘が失礼なことをして申し訳ありません!」
「今後はよく言い聞かせますからどうかお許しください!」
「本当に申し訳ありませんでした!」
切実な表情だった。
――なんか、可哀想になってきちゃった……。
「謝罪したら、許されると思ってるのか?」
突然の声に驚いて振り向くと、大伯父がいつの間にか後ろに立っていた。
ウィブルー公爵夫人は怒った顔で腰に手を当てた。
「まあ! パートナーがいないと謝りに来るの? それとも、私とジュナドイ公爵夫人に説教されたから謝罪したの? 私たちに言われる前はリトを侮辱したくせに? 保身のために謝ってるだけでしょう?」
――正論すぎ。公爵夫人に刺されなかったら、絶対に反省しなかったわよ。……でも、ここらで許してやりますか。
私は周囲を見渡した。
何人もの貴族が、こちらをちらちら見たり、耳をそばだてていた。
私は大伯父に微笑んだ。
「流石に、デビュタントでダンス相手がいないのは可哀想ですわ。でもね……」
私は伯爵令嬢を冷たい目で射抜いた。
「私以上に、大伯父様とウィブルー公爵夫人は私のために怒ってくれているの。二人に謝罪してちょうだい」
伯爵令嬢が震えながら大伯父とウィブルー公爵夫人に謝罪すると、ジュナドイ公爵が口を開いた。
「私も怒っているからね。私にも謝罪してほしいな。リトは私が可愛がっている子だし」
伯爵令嬢が謝罪すると、ジュナドイ公爵は冷たい声で言った。
「ユラン子爵と踊ってこい。私の部下だからね。私の名前を出せば踊ってくれるはずだよ」
「ありがとうございます!」
伯爵令嬢と伯爵夫妻は、何度もお礼を述べるとその場を立ち去った。
すると、大伯父は私に微笑んだ。
「リト。私と踊ってほしいな」
私はクスリと笑ってしまった。
――大伯父様ってば、やっぱり踊りたかったのね。
私が大伯父の手を取ると、ウィブルー公爵夫人は楽しそうに笑った。
「次は私と踊ってくださいよ。ユリジェンヌ侯爵。なんてったて、イケメンですから」
◇◇◇
大伯父とダンスを踊った後、私は侯爵たちと踊った。
侯爵全員とのダンスが終わると、ワスター伯爵などの名門伯爵たちとダンスを踊った。
合計で、二十人と踊り終わったときだ。会場に司会者の声が響いた。
「化け猫の魔王様のご入場です!」
全員が、一斉に道を開けた。
化け猫の魔王様は、デビューした令嬢令息の挨拶が終わると、別室に移る。そして、パーティー終了の一時間前に会場に戻ってくるのがルールだ。
魔王様は入場すると、舞台に上がった。そして、
会場を見渡して口を開いた。
「全員、楽しんでいるか? 実はな、今日はめでたい知らせがある。わが国に、史上七人目の色使いが誕生したのだ」
会場がどよめくと、魔王様は声を張り上げた。
「ユリジェンヌ侯爵令嬢! 舞台まで上がりなさい!」
私が舞台に向かうと、ざわめきはさらに大きくなった。
私が魔王様の隣に立つと、魔王様は私に命じた。
「この会場の壁には、百本の燭台がある。炎の色を変えてみよ」
「かしこまりました。魔王様」
私が指を鳴らすと、百本の燭台の内、五十本には銀色の炎に、残りの五十本は、虹色の炎に変色した。
純白の輝きと、虹色のきらめきが会場を彩った。
会場のどよめきはさらに大きくなった。
「なんて美しいの!?」
「これが色炎!?」
「ユリジェンヌ侯爵令嬢が、色使い!?」
――これが最後の仕上げよ。デビュタントは大成功ね! もう誰にも、私を侮辱させないわ。
貴族たちは、私の色炎を口々に称賛した。
デビュタントは、大成功だった。
◇◇◇
デビュタントから五日が経った。私は、うんざりしていた。




