ep.7 デビュタント開幕
◇◇◇
化け猫の国のデビュタントの手順はこうだ。
まずは、会場に各家門の代表者が一人か二人ずつ集まる。全員が会場入りすると、化け猫の魔王様が入場する。
化け猫の魔王様が入場した後に、今年デビューする令嬢と令息が入場する。
このとき、身分が低い令嬢と令息から入場するのがルールだ。
今年のデビューメンバーは、伯爵令嬢が二人、男爵令嬢が二人、そして、侯爵令嬢の私の計五名。つまり、入場するのは私が最後になる。ちなみに、今年は成人した令息はいなかった。令嬢のみだ。
舞台の上では化け猫の魔王様が待っており、私たちは入場順に魔王様に挨拶をする。
化け猫の魔王様は、礼が美しければ、髪に赤い薔薇を挿してくださる。及第点なら白薔薇を挿してくださる。つまり、赤薔薇を頂けるかどうかが大切なのだ。
挨拶が済めば、デビューメンバーで十分程度のお茶会が開催される。お茶会が終われば、舞踏会の始まりだ。
「ユリジェンヌ侯爵令嬢のご入場です!」
私が会場に踏み込むと、会場中がざわついた。
「彼女が人間との混血!?……」
「美しいな……」
「ユリジェンヌといえど、所詮は混血よ……」
「オン称号すら名乗れないんでしょう?」
「いやでも、正式なユリジェンヌ侯爵令嬢だ……」
好奇、値踏み、冷たい目。様々な視線が私に突き刺さったが、私は涼しい顔で舞台に向かった。
歩く途中で、公爵家と侯爵家の皆と、大伯父が優しく微笑んでくれた。それだけで、私には十分だった。
私は舞台に上がり、先に入場した男爵令嬢二人と伯爵令嬢二人と並んで立った。
男爵令嬢二人は私を見て、萎縮した顔をした。対照的に伯爵令嬢二人は、挑戦的な眼差しを向けてきた。
「ユリジェンヌ侯爵令嬢……美しいな。他の令嬢も美人なのに……霞んでるよ」
「おい、彼女は混血だぞ……」
そんなひそひそ声が聞こえてきた。
「魔王様に拝謁いたします」
「拝謁いたします。お目にかかれて光栄です」
まずは男爵令嬢二人が礼をした。
化け猫の魔王様は微笑むと、男爵令嬢二人の髪に白薔薇を挿した。
二人はがっかりしたようでありながら、無事に拝礼が終わってほっとしたような笑みを浮かべた。
次に、伯爵令嬢二人が魔王様に拝礼した。
「麗しき化け猫の魔王様に拝謁いたします」
「今日という日を迎えることができ、光栄でございます」
魔王様は微笑むと、伯爵令嬢二人の髪に白薔薇を挿した。
伯爵令嬢二人は、引きつった笑みを浮かべた。
そして、私の番が来た。
「魔王様に拝礼いたします。一天万乗の君にお目にかかれて光栄でございます」
私は優雅に礼をした。
会場の貴族の大半が、息を呑んだのが分かった。
魔王様は微笑むと、口を開いた。
「美しい礼だな。会場が虜になったぞ。流石はユリジェンヌだ」
魔王様は私の髪に赤薔薇を挿した。
会場中がどよめいた。
――勝ったわね。伯爵令嬢も男爵令嬢も知らないけどね。これは事前に魔王様と打ち合わせ済みよ。
実は、デビュタント直前に、魔王様が私に言ってくれたのだ。
「いつも美しい炎をくれるからな。少しサービスしてやろう。お前だけに赤薔薇を挿してやる」
――つまり、あなたたちがどれだけ美しい礼をしても、無意味よ。白薔薇しか貰えないわ。今日は悪いけど、引き立て役になってもらうわよ。
挨拶が終わり、私たちは舞台から降りた。
舞台下に設けられたお茶会スペースへ移るのだ。
まずは男爵令嬢二人が席につく。次に伯爵令嬢二人が座る。最後に、私が腰を下ろした。
すると、金髪碧眼の伯爵令嬢が、黒髪黒目の伯爵令嬢に話しかけた。
「ねぇ……。なんだか人間臭くない?」
――いくらなんでも、露骨すぎるわね。
黒髪の伯爵令嬢は可笑しそうに笑った。
「仕方ないじゃない? ユリジェンヌ侯爵令嬢は人間との混血らしいし。オン称号は名乗れないらしいけど?」
二人の伯爵令嬢はクスクスと笑いあった。
対照的に、男爵令嬢二人は怯えたように顔を見合わせた。
「侯爵令嬢にそんなこと言うなんて……」
「流石にまずいんじゃ……」
男爵令嬢二人のひそひそ声も、私にははっきりと聞こえた。
私はといえば、四人を気にせず、優雅にお茶を飲んでいた。
私は、笑いを堪えるのに必死だった。
――この後が見ものね。
金髪碧眼の伯爵令嬢は、私を見て馬鹿にしたように笑った。
「ユリジェンヌ侯爵令嬢のパトロンは誰なのかしら? いないんじゃない?」
黒髪黒目の伯爵令嬢も笑った。
「祖母のマリアンヌ様は外国にいらっしゃるし。パトロン不在だなんて惨めね。誰が人間との混血のパトロンなんてするのかしら?」
パトロンとは、お茶会が終わった令嬢を呼びに来る貴婦人のことだ。基本は、母親か祖母がパトロンを務める。血縁者でなくてもいいのだが、誰がパトロンになるかどうかで、令嬢の格が決まる。
やがて、十分が経った。十分間、伯爵令嬢たちは私を侮辱し、男爵令嬢二人は縮こまっていた。
だが、こちらに近づいてきた貴婦人の姿を見て、伯爵令嬢二人は青くなった。
私を迎えに来たのは、ウィブルー公爵夫人とジュナドイ公爵夫人だったからだ。
公爵夫人二人は、私の手をとると優しく微笑んだ。
私が立ち上がると、固まっている伯爵令嬢と違い、男爵令嬢二人が小声で話し出した。
「え? パトロンが二人?」
「普通は一人じゃない?」
すると、ウィブルー公爵夫人が男爵令嬢二人に微笑んだ。
「私たち、リトと仲良しなのよ。どっちがパトロンになるかで喧嘩になったから、二人でパトロンをすることにしましたの。ねえ、ジュナドイ公爵夫人?」
ジュナドイ公爵夫人は楽しそうに笑った。
「ええ。過去には母と祖母が迎えに来た例もあるし、別にいいでしょう?」
美貌の公爵夫人に話しかけられて緊張したのだろう。男爵令嬢二人は、緊張した顔で頷いた。
ウィブルー公爵夫人は満足そうに笑うと、私に話しかけた。
「ところでリト。お茶会はどうだった? 誰かに嫌なことを言われなかった?」
「言われました。そちらの伯爵令嬢二人に。人間臭いとか、パトロンがいなくて惨めだとか」
私は即答するなり、わざと瞳を潤ませた。
伯爵令嬢二人は、顔面蒼白になっていた。
ウィブルー公爵夫人とジュナドイ公爵夫人は、怒った顔で伯爵令嬢二人を睨むと口を開いた。
まずは、ウィブルー公爵夫人が口を開いた。
「信じられないわ。他人を見下すだなんて」
私はウィブルー公爵夫人に微笑んだ。
「猫だから、舐めたくなってしまったのかもしれません」
ウィブルー公爵夫人は酷薄な笑みを浮かべた。
「まあ。グルーミングは自分の体だけにしたら? 伯爵令嬢の自分の体をね」
ウィブルー公爵夫人は、伯爵令嬢という単語を異様に強調した。
――つまり、爵位の序列をわきまえろって意味ね。公爵夫人ってば、やっぱりいい性格してるわ。
すると、ジュナドイ公爵夫人が厳しい顔で伯爵令嬢二人に聞いた。
「あなたたち、どちらの家門出身なの?」
金髪碧眼の伯爵令嬢は、小さな声で答えた。
「コリン伯爵家出身です」
黒髪黒目の伯爵令嬢は、さらに小さな声で答えた。
「アラビ伯爵家出身です」
ジュナドイ公爵夫人は、ウィブルー公爵夫人に聞いた。
「化け猫の国って、伯爵家の数はいくつだったかしら?」
ウィブルー公爵夫人はおっとりと微笑んで答えた。
「五十よ」
ジュナドイ公爵夫人はきらりと瞳を輝かせた。
「ああ。そうだったわよね。コリンは確か、伯爵家五十中、上から三十五番目の序列、アラビは四十二番目だったかしら?」
ウィブルー公爵夫人は楽しそうに笑った。
「まあ。三十五番目と四十二番目? 私なら恥ずかしくて歩けないわ。だって私の出身は、バラクイーン侯爵家。侯爵家中、上から二番目の序列だもの。コリンとアラビとは、どれだけ離れているのかしら?」
ジュナドイ公爵夫人は笑うと、伯爵令嬢二人を指差した。
「出身って、残酷ね。お前たち、社交界では身の程をわきまえなさい。ユリジェンヌ侯爵家はね、侯爵家中序列一位。この国の三名家の一つなのよ」
伯爵令嬢二人は、わなわなと震えていた。その顔は、青さを増していた。
――あーあ。侮辱なんてしなきゃよかったのに。
私は内心で、クスリと笑った。
すると、二人の貴婦人がやって来た。身なりからして、伯爵夫人だろう。
伯爵夫人二人は、青くなっている娘を見て、ウィブルー公爵夫人とジュナドイ公爵夫人に恐る恐る尋ねた。
「あの……。どうかしました?」
「娘が何かしたのでしょうか?」
ジュナドイ公爵夫人は二人を一瞥すると、冷たい声で言った。
「こちらの伯爵令嬢二人が、ユリジェンヌ侯爵令嬢を侮辱したんです。私、彼女のパトロンなんですけどね。私の面子まで潰すつもり?」
伯爵夫人二人は縮み上がった。
「なんという失礼を!?」
「お前たち、早く謝罪なさい!」
伯爵令嬢二人と、伯爵夫人二人は丁寧に私に謝罪した。
すると、ウィブルー公爵夫人は口角を吊り上げた。
「伯爵家の教育が悪いみたいですね」
私はウィブルー公爵夫人に微笑んだ。
「きっと、お二人は魔が差したんでしょう」
ウィブルー公爵夫人は私の頭を撫でた。
「リトってば。なんて優しいの!」
「当然です。私、大伯父様からこう言われて育ったんです。差別や偏見はいけないって。大伯父様はユリジェンヌ侯爵ですもの。素晴らしい教育を施してくれました」
――散々馬鹿にしてくれちゃって。えぐってあげるわ。
何度も謝る伯爵夫人を一瞥すると、私たちは茶席を後にした。
◇◇◇
「今日は伯爵家以下とわざわざ話さなくていいんじゃない? 私たち侯爵家以上と過ごしましょ」
ウィブルー公爵夫人の提案で、私は侯爵夫妻と公爵夫妻と大伯父とおしゃべりして過ごすことにした。舞踏会開始まではまだ時間があるからだ。
窓辺の広いソファで、全ての侯爵家と公爵家のメンバーが談笑しているのだ。会場の者たちは遠巻きに眺めるだけで、誰も近づいてこなかった。
――ダンスが楽しみだな。この日のために猛特訓したもの!
おしゃべりしながらそんなことを考えていたときだった。
三人の貴婦人と三人の男性がこちらに近づいてきて、私たちに声をかけた。
「こんばんは。楽しんでいらっしゃいますか?」
「今年デビューされたユリジェンヌ侯爵令嬢は美しいですわね」
「よろしければ一緒にお話ししてもいいでしょうか?」
――誰だろ?
隣に座っていた大伯父が私に耳打ちした。
「この六人は伯爵夫妻だ。紫の髪の夫妻がワスター伯爵夫妻、黒髪と茶髪の夫妻がマンク伯爵夫妻、緑の髪の夫妻がクラロリ伯爵夫妻さ」
――確か、ワスター伯爵家は伯爵家序列一位、マンク伯爵家が序列二位、クラロリ伯爵家が序列三位だったわね。名門だわ。ちゃんと挨拶しとこう。
私は立ち上がると、流れるような所作で挨拶した。
「初めまして。リト=ユリジェンヌと申します。お会いできて光栄です」
私が挨拶すると、伯爵夫妻は口々に私を称賛した。
「まあ。やっぱり礼が美しいわね」
「赤薔薇を挿しているのも納得だわ」
「今年デビューした令嬢の中でもピカイチだな」
「やっぱり、ユリジェンヌ家の令嬢教育は素晴らしいですね」
「侯爵譲りのスカイブルーの左目が美しいわ」
私は丁寧に礼を述べながら、ちらりとクラロリ伯爵夫人を見た。彼女は終始静かに微笑んでいた。
――この夫人だけ、ずっと無言ね……。私を見る目つきがさっきの伯爵令嬢と似てる気がするわ。混血なのが鼻につくのかしら? ひとまず様子見ね……。




