ep.71 姉と姉の娘が私から奪う
ファウバブト公爵が命じると、女性騎士たちがこちらに来た。そして、一人の女性騎士がエンダ公爵夫人に丁寧に頭を下げた。
「参りましょう。公爵夫人。手荒な真似はいたしませんから安心してください」
「私に触らないで! そんな侮辱を受けるくらいなら、自白するわ! 本来は、すぐに自白するつもりだったのよ! ええ! 私が犯人よ!
私がエルに毒を盛ろうとしたのよ! ペネロペ公爵が飲むなんて思わなかったわ! エルもお腹の子どもも死ねばよかったのに!」
私は息を呑んだ。次の瞬間、会場がどよめいた。
「でも、ペネロペ公爵が飲んでくれて良かったわ! 外国の貴賓が死ねば、ハディッシュ公爵家も終わりね! そうよ! こんな家門、潰れればいいんだわ!」
エンダ公爵夫人は、乾いた笑い声を上げた。
会場は、静まり返った。
公爵夫人の笑い声だけが、会場に反響した。
「エンダ……。何を言っているんだ?」
アルバート公爵は震える声で尋ねた。エル公爵夫人とラムダ公爵令嬢は青い顔のまま固まっていた。その唇だけが、わずかに震えている。
だが、ファウバブト公爵の声が全てを断ち切った。
「魔力拘束具をつけて、エンダ公爵夫人を連行しろ。取り調べは私が行う」
ファウバブト公爵は魔王の方へ体を向けると、丁寧に一礼した。
「怪鳥の騎士団と連携して、取り調べをさせて頂きます。これは国際警察署長の私が承った案件ですから、騎士団を拝借しますよ。
それと、化け狐の国の国際警察本部にも連絡鳩を飛ばしてください。殺人犯罪課のメンバーを呼んでください。到着次第、彼らとも連携します」
会場のざわめきが収まらない中、前代未聞の毒鳥功労祭はお開きとなった。
◇◇◇
「エンダの結婚相手はアルバート=ファル=ハディッシュだぞ。序列二位の公爵だぞ。公爵夫人になれるぞ! やったな」
父に告げられた瞬間、私の心は歓喜で満たされた。
私はずっと、アルバートが好きだったのだ。
父とアルバートはどちらも魔獣管理課に勤めている。
私の父のパリス=デ=ランス侯爵は課長だ。父はアルバートが魔獣管理課に入職したときから彼に目をかけていたので、二人は仲が良かった。だから、アルバートは頻繁に我が家を訪れたのだ。
初めて彼に会った日、一目で恋に落ちた。こんなにかっこいい男性がこの世にいるのかと思った。
だが、私の喜びはすぐに打ち砕かれた。
「エルもアルバートと結婚することになった! めでたいな! 姉妹揃ってハディッシュ家に嫁入りだぞ! 知らないレディと妻仲間になるよりいいだろ? 二人で仲良くアルバート様を支えるんだ」
――エルもアルバート様に嫁ぐの? いやだわ……。
私はアルバート様が好きなのよ。誰にも渡したくない!
だが、願っても詮無いことだった。自分の好きな男は毒鳥一族だ。複数妻を持つのが普通なのだ。
嫉妬の炎を必死で抑える私とは真逆で、エルは嫁入りを素直に喜んでいた。
「やったあ! アルバートの妻になれるのね! 公爵夫人よ! エンダ! 二人で子育てしましょ! 楽しそうだわ!」
――エル、頭大丈夫?
「あなたは嫌じゃないの? 他の女と夫を共有するのよ? アルバート様は他にも妻を持つかもしれないのよ」
「別にいいわ! だって私、アルバート様がずっと好きだったもの! 妻の座が一つなら、他の女とバトルして勝ち取らないといけないけどね。一夫多妻なら共有できるわ! 私も確実に妻の一人になれるのよ!」
――はあ? 私は独り占めしたいわ。ていうか、エルもアルバート様が好きだったのね……。
共有なんて耐えられない。でも、アルバート様と結婚したい。彼に愛されたい。だから、私は彼と結婚したのだ。
結婚生活が、私を蝕むなんて知らずに。
◇◇◇
ハディッシュ邸はいくつかの宮で構成されている。
夫と妻たちの宮は別々だ。つまり、同じ敷地に住んでいながら、夫が妻の宮を訪ねる通い婚方式なのだ。
アルバートは冬の宮に住んでいる。私は秋の宮に、エルは春の宮に住むことになった。
エルは春の宮の内装を気に入っていた。
「ピンクで可愛い部屋なのよ! 家具は螺鈿細工できらきらだわ! エンダは?」
――エル、何が嬉しいの? 夫と別居なのよ? 私は一緒に住みたいわ。
「私の内装は黄色を基調に整えられてるわ。家具は檜と白檀ね」
「エンダの宮も素敵ね! 木の香りがしそうだわ!」
――アルバートがあなたを訪れるなら、私は秋の宮で一人で過ごすのよ。エルも同じよ。エルは何が楽しいの? さっぱり分からないわ。
案の定、別居生活は私にとって苦痛だった。
「アルバート様は本日は春の宮で過ごされるそうです」
侍女にそう言われる度に、心が引き裂かれそうだった。
――アルバートとエルはどんな風に過ごしてるのかしら?
想像するだけで、涙が出た。
一人寝の日は、毎晩、枕を濡らした。
けれど、私はアルバートの前ではいつも微笑んでいた。醜い嫉妬を見せたくなかったからだ。
アルバートは私とエルを平等に愛してくれた。
エルに贈り物をするときは、私にも贈り物をしてくれた。エルも同様だった。宮を訪れる頻度も回数も、私たちは同じだった。
それでも、私は満足できなかった。私だけが彼の特別でいたかった。
だが、結婚から一年が経ち、全てが変わった。
エルが懐妊したのだ。
◇◇◇
魔族はそもそも子どもができづらい。中でも毒鳥一族は特に子どもができづらい。子どもは二人生まれれば良い方だ。なのに、エルはたった一年で懐妊した。
懐妊した子どもはアルバートの血をひく毒鳥一族であり、公爵家の後継者だ。
ハディッシュ邸は喜色一色になった。誰もがエルを祝った。
特に、アルバートの喜びようは尋常ではなかった。
――どうして懐妊したのがエルなんだろう。なんで私じゃないの? 私だって、愛するアルバートとの子どもが欲しいのに……。
私だけが泣いていた。
エルの元には、貴族たちから懐妊祝が山ほど届いた。王家からも、祝の品が届いた。パーティーに行けば、エルばかりもてはやされた。
だが、胸を締め付けたのはそんなことではなかった。アルバートが春の宮ばかり訪ねるようになったのだ。
――妊娠しないから、私の元には来てくれないんだわ……。エルだけ、ずるい。
毎日、窓から春の宮を睨んだ。
そして、半年が経った。とうとう子どもが産まれた。
産まれたのは、エルにそっくりの女の子だった。
アルバートは娘に、ラムダという名前をつけた。ラムダは魔鳥語で、愛しい我が子という意味だ。アルバートはラムダを溺愛した。
ラムダに会いに来くために、相対的に秋の宮を訪れる回数は減った。
彼は二週間に一回しか、秋の宮に泊まってくれなくなった。
――ラムダなんて、産まれなければよかったのに。
◇◇◇
結婚して、五年が経った。
ラムダは元気に走り回るようになった。私の宮にも頻繁に遊びに来た。
ラムダを見る度に、私は苦しくなった。
「叔母様好き! 会う度にお菓子をくれるもの!」
――私は殺してやりたいほど、あなたが憎いわ。
無邪気に懐かれるほど、叩き出してやりたくなった。だけど、ラムダとエルとアルバートの前では、私は相変わらず微笑んでいた。
私は一人で泣いていた。
――エルは妊娠したのに、なんで私は妊娠しないの?
私は婦人科医を呼んで、体を診てもらった。診察が終わると、医師は青い顔で私に告げた。
「エンダ様は、子どもができない体です」
ショックで打ちのめされる私に、医師は藤婦粉という薬を処方してくれた。不妊に効く薬だった。
私は侍女に隠れて服薬した。子どもができない体だと、アルバートに知られたくなかった。知られたら、アルバートはもう、私の寝室を訪ねてくれないかもしれない。
そんな日々を過ごし、いつの間にかラムダは二十歳になっていた。アルバートの溺愛っぷりは相変わらずで、ラムダが欲しがるものは何でも買い与えていた。
家族三人で、仲良く過ごしていた。
私の心は限界だった。
――私はアルバートが大好きなのよ。あなたが欲しい。
泣き暮らす私に、さらに追い打ちをかけたのが医師の一言だ。
「やはり、懐妊は難しいかもしれません。薬の効果が確認できません」
――私はアルバートの子どもを産めないんだ……。アルバートの妻の座は、エルのものだわ……。
私は寝込んだ。アルバートもエルもラムダも私を心配した。けれど、風邪だと嘘をついた。
そして、秋になった。エルが再び懐妊したのだ。
――どうして……? エルはもう、持ってるじゃない? ラムダがいるじゃない……。私にアルバートの愛情を返して。




