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貴族社会を奇策で殴る  作者: 水守 鳴
13章 毒鳥功労祭、毒殺事件
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ep.70 容疑者は公爵夫人

 会場はどよめいた。


「舌で、毒の識別……?」

 私が呟くと、こんな状況であるにも関わらず、ファウバブト公爵は私に優しく微笑んだ。


「国際警察では、毒の識別訓練を受けるのですよ。狐は味覚が優れてますので、私は舌で毒を識別します」


――何その凄すぎる体質!


「それで……何の毒か分かったのか?」

 チェーザマリーが聞くとファウバブト公爵は頷いた。


「これは婦毒です」


――婦毒?


「不妊に効く藤婦粉という薬があるんですけどね。藤婦粉を長時間加熱すると、性質が変わって強力な毒になるんですよ。それが婦毒です」


 ファウバブト公爵は再び声を張り上げた。

「執事たちは王城騎士団を呼べ! それと、銀のスプーンを持って来い! 最低でも三百本は持って来い」


「銀のスプーン? なんで三百本?」

 ラムダ公爵令嬢が聞くと、ファウバブト公爵はグラスが並べられた机を指差した。


「目視で、あそには今グラスが二百七十脚ある。婦毒は銀で変色する。一脚一脚、毒が入ってないかスプーンで調べさせてもらうよ」


――ええ!? 全部検査!?


 だが、よく考えたら当然かもしれない。他のグラスにも毒が入っていて、その内の一脚を、たまたまペネロペ公爵が飲んでしまった可能性もある。


――そういえば……。あの青いグラスは、元々エル公爵夫人が飲む予定だったのよね……。もし飲んでたら、被害はお腹の子にも……?


 背筋が寒くなったときだ。扉が開き、執事たちが担架を持ってやってきた。


 私はペネロペ公爵をじっと見つめた。そして、昨晩の彼女の笑顔を思い出した。


――ペネロペ公爵……。毒で死んじゃったらどうしよう……! いやだ! 死なないで! ああ! ペネロペ公爵を助けたい!


 強く願ったときだ。

 百本の燭台の炎が、風もないのに強く揺らいだ。


 次の瞬間、銀色と虹色の炎が、真っ青に変色した。

 青い炎は群青色の柔らかな光を放ち、会場を深海のように青く染め上げた。


「これはどういうことだ!」

「青くなったわ!」

 貴族たちはどよめいた。


 担架を持っていた執事たちも、深い青色の空間に魅入られて立ち尽くした。しかし、ファウバブト公爵がそれを許さなかった。


「何をぼっーとしている! 早くペネロペ公爵を運べ! 婦毒は強力だ。一刻も早く医務官に診せろ! 早く治癒魔法で解毒するんだ!」


 執事たちは、はっとした顔をすると、慎重にペネロペ公爵を担架に乗せて運び出した。


 呆然としている私に、ファウバブト公爵は優しく微笑んだ。


「あなたが使えるのは銀色と虹色の色炎と聞いてましたが……。青色も使えるようになったんですね」


「……どういうことでしょう。ペネロペ公爵を助けたいと思ったら、急に炎が青くなったんです……」


「青色の色炎の効果は、強力な治癒能力だ。ユリジェンヌ侯爵令嬢の願いに、色炎が応えたのでは?」


――色炎が……?


「執事たちは、燭台から蝋燭を外せ! ペネロペ公爵の元に蝋燭を運ぶんだ! さあ! 早く!」

 

 ファウバブト公爵の指示に、執事たちは即動き始めた。

 手早く蝋燭を外すと、担架の後を追い始めた。


 私は状況が飲み込めず、呆然と立ち尽くしていた。すると、チェーザマリーが私の肩をそっと叩いた。


「大丈夫か? ペネロペ公爵を助けようとして、凄いぞ。後は医務官とファウバブト公爵に任せろ」

 私はこくりと頷いた。チェーザマリーを見ていると、なんとなく安心した。


 やがて、王城騎士三十名がやってきた。


「さあ! 検査だ! 一本ずつ、グラスにスプーンを入れろ! 確認したら私に報告しろ!」


 ファウバブト公爵が命じると、騎士たちはガラスのグラスにスプーンを入れ始めた。

 私たちは、固唾を呑んで様子を見守った。


「赤ワイン、全て変色しませんでした」

「白ワインも変色しません」

「蛇ライチジュースも変色はなし」

「森ぶどうジュースも変色しませんでした」

「サファイアストロベリージュースも変色しません!」


 騎士たちの報告を聞くと、ファウバブト公爵はにやりと笑った。


「そうか。なら、毒が仕込まれたのはあの一脚だけだな」


――つまり、ペネロペ公爵だけを狙ったってこと? いや、あれはエル公爵夫人が飲む予定だったわ……。まさか、始めからエル公爵夫人を?


 私は青い顔でエル公爵夫人を見た。エル公爵夫人はエンダ公爵夫人を見た。そして言った。


「エンダ……。あなた、私にあのサファイアストロベリージュースを持ってきたわよね?」

「私を疑ってるんですか?」


 エル公爵夫人とエンダ公爵夫人は、青い顔で見つめ合った。ラムダ公爵令嬢は真っ青になっていた。

 すると、アルバート公爵が怒鳴った。


「止めろ! エンダを疑うな! エンダが君に毒を盛るわけないだろ!」


 エル公爵夫人はびくりと肩を震わせた。エンダ公爵夫人は瞳を潤ませた。


 しかし、ファウバブト公爵の声が冷水を浴びせるように割り込んだ。

「どう考えても、エンダ公爵夫人が容疑者だろ」


「そんな……。僕の妻は、そんなことをしません!」

 アルバート公爵が声を荒げると、ファウバブト公爵は怒鳴った。


「黙れ! 私が知っている事実は、エンダ公爵夫人がグラスを八脚持ってきた。エル公爵夫人にだけサファイアストロベリージュースを持ってきた。そのサファイアストロベリージュースにだけ毒が入っていた。エル公爵夫人は飲まず、ペネロペ公爵が毒入りを飲んだ。他のグラスには毒は入ってない。

以上だ。エンダ公爵夫人なら、簡単に毒を入れられるぞ? 自分が他のグラスと区別して持ってきたんだからな」


「エンダはそんなことしません!」

「まだ分からないのか? アルバート! 魔王様から現場の指揮権を委託されたのは私だ! お前ではない! お前が捜査に口を出す権利はない!」


 ファウバブト公爵の一喝が、アルバート公爵を黙らせた。


 会場は、水を打ったように静まり返った。


 震えているアルバート公爵を一瞥すると、ファウバブト公爵はエンダ公爵夫人に向き直った。


「あなたは、ペネロペ公爵がサファイアストロベリージュースを飲もうとしたときに、青ざめていましたよね? 少なくとも、私の目にはそう見えました。なぜですか?」


「私を疑っているんですか? でも、私がジュースを運ぶ前に、犯人がジュースに毒を入れたかもしれませんよ? 私がたまたまそのグラスを運んだ可能性は?」

「質問の答えになっていませんね」


「別に……。サファイアストロベリージュースが大好きなエルが飲まないと言ったので驚いただけですわ。サファイアストロベリーはつわりに効くんですよ? 私はエルにサファイアを飲んでほしかっただけです」


「ふうん……。サファイアストロベリージュースが大好きね。なら、エル公爵夫人が飲むのはほぼ確定だったな。ペネロペ公爵が食らったのは流れ弾か」


――流れ弾!? そんな冷たい言い方する!?


「待ってください! 先生! エンダが犯人なら不自然ですよ! わざわざ自分でエルに毒入りのグラスを持ってきます? 疑われますよ?」


「うるさいな。アルバート。エンダ公爵夫人が犯人だったらね、お前は犯人を庇った夫だよ。さっさと感情を切り離さないか」


――はあ!? 言い方!


「まあ、アルバートの主張はひとまず置いておこう。エンダ公爵夫人が犯人かどうかは、簡単に調べられるんだ」


「どう……やって……?」

 アルバート公爵が掠れた声で聞くと、ファウバブト公爵は余裕のある笑みを浮かべた。


「婦毒はね、柊和紙で包まないと効果が落ちる特殊な毒だ。婦毒は空気にさらされると、五時間で毒性がなくなる。ただし、柊和紙で包めば毒性はなくならない。

柊和紙は空気による酸化を防ぐ働きがあるからね。強力な作用により、酸化防止剤にされるくらいだ。

つまり、エンダ公爵夫人が犯人なら、柊和紙をもっているはずさ。今、この瞬間にもね。

パーティー会場には当然、ゴミ箱なんてない。彼女はずっとアルバートたちといたんだろ? なら、いつ捨てるんだ?」


 ファウバブト公爵は声を張り上げた。

「女性の騎士たちは、別室にエンダ公爵夫人を連れて行け。身体検査だ。服の裏側まで、徹底的に調べ上げろよ」


「私は公爵夫人ですよ……! そんな横暴な振る舞いは許しません! 私に触らないで!」


 エンダ公爵夫人が声を荒げると、ファウバブト公爵は冷たく笑った。


「文句なら、魔王様におっしゃっては? 私に権限を委託されたのは魔王様ですからね。もっとも、容疑者を魔王様が庇うとは思えませんが……。連れて行け!」

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