ep.69 毒殺開始
――まじか……。いや、もうやるしかないわ!
私は指を鳴らした。すると、百本の燭台の炎が揺らりと揺らいだ。
直後、五十本は銀色の炎に、残りの五十本は虹色の炎に変色した。銀色の炎は眩いばかりの白い光を、虹色の炎はプリズムのきらめきを会場に散らした。
私はアルバート公爵に優雅に一礼をして、顔を上げると声を張り上げた。
「毒鳥一族代表のアルバート公爵に、祝福の色炎を贈らせて頂きます。末永く、国家と毒鳥一族の友好が続きますように。色使いとして、会場に華を添えさせて頂きます。今日という日が、素晴らしい一日になりますように」
会場が割れんばかりの拍手に包まれた。
「なんて美しい輝きなの!」
「これが色炎!?」
「ユリジェンヌ侯爵令嬢は、教養と品と魔法の実力がありますわね」
感嘆のため息があちこちから漏れた。
――やったぁ! 成功だわ!
私は心の中でガッツポーズを決めた。
アルバート公爵もエル公爵夫人もエンダ公爵夫人もファウバブト公爵もペネロペ公爵も、驚いた顔をしていた。チェーザマリーだけはにこにこしていた。
「美しすぎる! 虹色の輝きは特に華やかだな。ねえ、先生?」
「ああ。色炎がこれほど美しいとは……。想像を超えている」
――よし! 刺さりまくってるわね!
私が成功を噛みしめていると、アルバート公爵が笑顔で私に言った。
「素晴らしい炎をありがとう。嬉しいよ」
「気に入っていただけて、こちらこそ嬉しいですわ」
「そう言ってもらえてありがたい。実はね、ユリジェンヌ侯爵令嬢に僕の娘を紹介したいんだ」
――アルバート公爵、娘がいるの?
「おおい! ラムダ! こっちに来てくれ」
アルバート公爵は、近くで談笑していた三人組に呼びかけた。すると、桜色の髪と瞳を持つレディが振り向いた。
彼女は二人に一言二言声をかけると、こちらに来た。
「お父さま。なんですか?」
彼女は可愛らしく小首を傾げた。
「こちらはユリジェンヌ侯爵令嬢だよ。ラムダと年が近いんじゃないかな?」
アルバート公爵が私を手で指し示すと、彼女は瞳を輝かせた。
「まあ! 先程の色炎、素敵でしたわ! 私、ラムダ=ファル=ハディッシュです」
「はじめまして。リト=ユリジェンヌです」
私が礼をすると、ラムダ公爵令嬢は何か言おうとした。しかし、エンダ公爵夫人が口を開いた。
「皆さま、お喋りして喉が渇きません? 私、何かとってきますわ」
「ありがたいな。エンダは気が利くね」
アルバート公爵がそう言うと、エンダ公爵は嬉しそうに笑い、中央の机に向かった。
すると、ラムダ公爵令嬢が私に言った。
「ユリジェンヌ侯爵令嬢はデビュタントしたばかりなんでしょう? なら、二十歳? 私も二十歳なの!」
「え! 同い年ですわね!」
「ぜひ色々、お話したいわ!」
アルバート公爵は私たちを見て満足そうに笑うと、チェーザマリーとファウバブト公爵と話し始めた。エル公爵夫人とペネロペ公爵も、親しそうに話し始めた。
「ユリジェンヌ侯爵令嬢は、普段は何をして過ごされているんですか?」
ラムダ公爵令嬢は興味津々で身を乗り出してきた。
「えっと。人間界の帝国で猫生活をしてますわ。でも、一週間に一度はユリジェンヌ邸に帰ります。そのときに、化け猫の公爵家と侯爵家の皆さんと、悪魔の魔王様に炎玉を提供しています」
「化け猫が猫生活するって、本当だったのね! 炎玉の提供は? どんな風にしてるの?」
「炎玉は燃えない紙でできた箱に入れて、高速鷹便で届けてもらってます。私が直接お届けするより、鷹の配達員の方が早いですし」
「陸路より、空路ならショートカットだもんね」
「でも、ときどき自分の足でお届けに上がりますわ。特に、公爵家と侯爵家の皆さんとは前から交流ありますし」
「そうなんだあ! 凄いわ! 私も早く自立したいな! 公爵になりたいの!」
「公爵に?」
「そうよ! 私はハディッシュ家の当主になるのよ。あっ。もうすぐ妹か弟が産まれるんだけどね。当主の座は譲らないわ! ちなみに私のお母さまはエル公爵夫人の方よ。私たち、そっくりでしょう? お母さまは今妊娠中なのよ」
「そうなんですか!?」
「懐妊したばかりだから、お腹が目立たないのよ」
「それはおめでたいですね……」
――毒鳥一族は子どもが出来づらいのに、二人目? アルバート公爵はさぞ喜んでるだろうな。
「お父さまは、はしゃぎまくってるわ。お父さまはね、お母さまが大好きなのよ」
「夫婦仲がいいんですね」
「ええ。私もそろそろ結婚しようかな」
「は!? もう!?」
「だって私は毒鳥一族よ。できるだけ沢山子どもを産みたいの。そのためには早期結婚じゃない? ユリジェンヌ侯爵令嬢、素敵な男性知ってる?」
私は知り合いの男性たちを思い浮かべた。
マスター、ダータン伯爵、シェルバ公爵など……。
全員、既婚者か結婚する気はゼロな男性たちだ。
――あれ? でもチェーザマリーは結婚する気があるんだよね。
「外国人なら、卿がいいな。ハディッシュ家に婿入りしてもらわなきゃいけないし。怪鳥なら爵位持ちでもいいけどね」
――なら、チェーザマリーは無理ね。
私は、なんとなく安心した。直後、不思議な気持ちになった。
――あれ? なんで私、今、安心したの?
「ユリジェンヌ侯爵令嬢は? 結婚しないの? 私たち、名家の令嬢だから相手選び放題よ」
「えっと……。私はまだ結婚する気はなくて……」
「そうなの!?」
お喋りに花を咲かせていると、エンダ公爵夫人がトレーに乗せてグラスを八脚持ってきた。
七脚は赤色の液体だが、一脚だけ青色の液体だった。
エンダ公爵夫人は私たちに微笑んだ。
「皆さん、怪鳥の国の名物の蛇ライチジュースをお持ちしましたわ」
「なんで一つだけ青いんだ?」
チェーザマリーが聞くと、エンダ公爵夫人は柔らかく微笑んだ。
「これは、エル用なんですよ。はい、エル。あなたはサファイアストロベリージュースが好きでしょ?」
――ああ。そういうことか。わざわざ気を使ったのね。
「せっかく持ってきてくれたのにごめんなさい。私、今日はサファイアの気分じゃないの。ライチが飲みたいわ」
エル公爵夫人がそう言うと、エンダ公爵夫人は驚いた顔をした。しかし、すぐに笑顔になった。
「あら。そうなの。なら、これは侍従に下げてもらうわね。エルの分の蛇ライチジュースをとってくるからちょっと待っていて」
「じゃあ、私がサファイアジュースを飲みますわ。飲んだことないし。おいしそうですから」
「ペネロペ公爵が!?」
エンダ公爵夫人の顔がさっと青くなった。
――? どうしたの? そんなにびっくりする?
「でも、サファイアストロベリージュースは渋いですわよ? 私、別のを取ってきますわ」
「そんな必要ないわ。私、赤ワインとか渋いのが好きだもの」
ペネロペ公爵はエンダ公爵夫人に笑顔を向けると、サファイアストロベリージュースのグラスを取った。
私たちも順番にグラスを手に取った。
「ユリジェンヌ侯爵令嬢、私たちの出会いに乾杯しましよ?」
「ええ。ラムダ公爵令嬢。乾杯」
グラスを触れ合わせると、一口ジュースを飲んだ。
――おいしい! 蛇ライチって爽やかだわ!
もう一口飲もうとしたときだ。
――ガシャーン!
グラスが割れる音と、ドンッという音がした。
「ペネロペ公爵!? どうしました!? 誰か!? 早く医務官を呼んで!?」
エル公爵夫人の悲鳴に近い声が聞こえて、私は振り向いた。
――嘘でしょ……!
ペネロペ公爵は、床に倒れていた。その顔色は真っ青だ。
床には割れたグラスの破片と青い液体が広がっていた。
会場中がどよめき、誰かが悲鳴を上げた。
「ペネロペ公爵! しっかりなさって!」
エル公爵夫人がしゃがみ込み、揺さぶろうとしたときだ。
「止めろ! 触るな!」
ファウバブト公爵の鋭い声に、エル公爵夫人ははっとした顔をした。
ファウバブト公爵は声を張り上げた。
「魔王様! この件は、国際警察署長の私に任せてください! 三時間とかからず解決してみせますよ。現場の指揮権をください!」
――ええ!? どういうこと!?
私は魔王様がいらっしゃる方を見た。
魔王様は静かに頷くと言った。
「よかろう。やって見ろ」
ファウバブト公爵は頷くと、再び声を張り上げた。
「執事たちは医務官と担架を持って来い! それ以外は、誰も会場から出るな!」
命令するなり、ファウバブト公爵はしゃがみ込み、青い液体に人差し指で触れた。そして、ぺろりと舐めたのだ。
会場中から悲鳴が上がったが、ファウバブト公爵は立ち上がると涼しい顔をして言った。
「皆さん、安心してください。私は舌で毒の識別が可能です。魔術で毒が効かないようにしているのでご安心を!」




