ep.65 何を言った?
イライラしながら断ろうとしたときだ。
「ファウバブト公爵の言うことも一理あるんじゃないか?」
聞き慣れた声が、近くの薔薇のアーチから聞こえてきて、私は振り向いた。そして、目を剥いた。
そこに立っていたのはチェーザマリーだったのだ。
「チェーザマリー公爵。お久しぶりですね」
ファウバブト公爵は胸に手を当てて優雅に一礼した。
「ああ。久しぶり。静かな庭園で話し声が聞こえたから、来てみたんだ」
「そうですか。チェーザマリー公爵も散策をしてらっしゃったんですね。ところで、どこから聞いていらっしゃったのですか?」
「わりと最初の方から。庭園は静かで、声が響くからね」
チェーザマリーは私を見ると、柔らかく笑った。
「案内はファウバブト公爵にしてもらうといいよ。外国人が王城を案内するなんて変な話だけどね。彼は博識だから薔薇にも詳しいし、リトと話したいみたいじゃないか?」
――私は全然話したくありません! 感じ悪すぎるでしょ!
「俺とファウバブト公爵とリトの三人で散策しないか?」
――うっ……。断りずらいな……。でも、チェーザマリーがいるならいいかも……。
「そうですね。そうしましょう」
私が作り笑いを浮かべると、チェーザマリーはファウバブト公爵に穏やかな口調で言った。
「リトはあのメイドが気に入っているようだ。化け狐の貴族なら身分を気にされるのは当然だが……。お気に入りなら、気まぐれでなんとなく側に置きたくなったのでは? 女性同士、話しやすいんでしょう」
「だがな、お気に入りを平民のメイドにするのはいかがなものかな?」
「瞳の館には、マリア公爵とリトしかいないそうですね。話相手が極端に少ないですし、リトはたまたま近くにいた彼女を話相手に選んだのでは? 他の女性たちが到着したら、彼女たちと楽しく話すでしょう。それに、専属メイドが令嬢に気に入られたとなれば、怪鳥の王族の方々も喜びそうだ」
「……それもそうですね。私が少々差し出がましかったかもしれません」
ファウバブト公爵は私に向き直ると、優雅に頭を垂れた。
「すみません。先程の発言は忘れてください」
――謝る相手、私じゃなくない?
「いえ……。気にしてませんよ」
私は必死で笑顔をつくった。すると、チェーザマリーがアトリに言った。
「君は先に部屋に戻れ。散策でリトの足が疲れるかもしれない。足湯の準備でもしたらどうだ?」
「は……はいっ! そうさせて頂きます!」
アトリは一礼すると、早足で去っていった。
――チェーザマリー、もしかして、上手く場を収めてくれたの……?
私がチェーザマリーをじっと見つめると、彼は安心させるように微笑んでくれた。
――かっこいい……。チェーザマリーって頼りになるかも。
「ユリジェンヌ侯爵令嬢はどんな薔薇が好きですか?」
ファウバブト公爵の声に、私ははっとした。
「あっ……。えっと。私は真っ赤な大輪の薔薇が好きですわ」
「そうですか。ではあちらに行きましょう。白薔薇の区間が終わって、赤薔薇が咲き乱れてますよ」
「へぇ。そうなんですね」
「よかったじゃないかリト。ファウバブト公爵が直々に案内してくれるなんて、滅多にない幸運だぞ」
――チェーザマリーがいなかったら、その幸運はいらないわ。
◇◇◇
私たちは赤薔薇区間を歩き始めた。
ファウバブト公爵は終始にこやかで、信じられないくらい丁寧に薔薇の説明をしてくれた。
「随分薔薇にお詳しいんですね……。薔薇がお好きなんですか?」
「いえ。特に好きではありません」
――ならなんで、こんなに詳しいの!?
「私、焼き付けの魔術が使えるのですよ」
「焼き付けの魔術? 聞いたことない魔術ですわ」
「見たものを、目と記憶に焼き付ける魔術です。使えば、焼き付けたものは一生忘れません」
――何その魔術!?
「私は読書が大好きでして、役に立ちそうな知識が書かれているものは焼き付けの魔術を使いながら読みます。花の図鑑を読んだときにこの魔術を使ったので、薔薇に詳しくなりました」
「そんなに知識を焼き付けたら、頭の中がパンクしません?」
「しませんよ。脳に負荷がかからない魔術なのでね」
「ええ……凄い」
「そう言って頂けて嬉しいです」
ファウバブト公爵は本当に嬉しそうに笑った。
「ファウバブト公爵は凄いよ。焼き付けの魔術は、魔術の中でも最高難易度レベルだ」
「チェーザマリー公爵までそうおっしゃってくださるなんて。光栄ですね」
――なんか……。こうやって喋ってると、普通に優しい男性だな。平民にだけ冷たいのかな?
「ここから先は黄色薔薇の区間ですよ」
「わあ! クリーム色の薔薇がいっぱい咲いてる!」
目の前には、柔らかな色合いの薔薇が咲き乱れていた。
私は次第に、最初の不快感が徐々に薄れてきて、ファウバブト公爵とも楽しくお喋りをするようになった。
やがて、庭園の出口に辿り着いた。
「ファウバブト公爵、案内ありがとうございます! 薔薇のことがよく分かって勉強になりました」
「いえいえ。私も有意義な時間を過ごせましたよ。では帰りましょうか。よければ、瞳の館までお送りしますよ」
――どうしよ……。悪い狐ではないのかもしれないけど、ファウバブト公爵のことはそこまで好きじゃないんだよね……。
私が迷ったときだ。チェーザマリーが笑顔で口を開いた。
「その役目はよかったら、譲ってくれないか?」
――ええ!? なんで!? 誤解されない?
私があわあわしていると、チェーザマリーはファウバブト公爵の耳元で何か囁いた。すると、ファウバブト公爵は一瞬だけ目を見開き、すぐに口角を吊り上げた。
「もちろん、チェーザマリー公爵にお譲りしますよ。では私はこれで。ユリジェンヌ侯爵令嬢。毒鳥功労祭でまたお会いしましょう」
「はい……」
――チェーザマリー、何を言った!?
ファウバブト公爵は私に微笑むと、去っていってしまった。
「あの……。チェーザマリー。さっき何を言ったんですか?」
「何でもない」
――何でもなくないですわよ!
私が心の中で突っ込んだときだ。チェーザマリーの視線が刃のように鋭くなった。
「それよりお前な。ああいうときは、適当に話を合わせておけよ」
「ああいうとき?」
「メイドが侮辱されて、イライラしてただろ? だがな、公爵とメイド、どっちが重要度が高いと思う?」
「……」
「当然、公爵だ。メイドを可哀想に思うならな。ファウバブトには『あなたのおっしゃる通りです』とかなんとか言っておくんだ。それで、メイドは即部屋に帰せ。その上で、部屋に戻ってから彼女に『素敵な案内ありがとう』って言って菓子でも渡せばいい」
「でも、アトリは傷ついてたみたいですわ……」
「優しさは美徳だがな。社交界で生きるなら、優先順位をつけられないのは美徳じゃない。ファウバブトの考え方を否定しても、良いことはなんにもないぞ? あいつは化け狐の序列一位公爵だ」
「……」
私が下を向いて俯くと、チェーザマリーはため息をついた。
「リトは、化け狐の公爵家と侯爵家の屋敷がどうなってるか知ってるか?」
「見たことないし、知りませんわよ。いきなり何の話ですか?」
「屋敷の使用人はな、執事からフットマン、メイドに至るまで、全員が下級貴族なんだよ。もちろん、爵位を継がない狐たちだ」
「ええ!? 貴族が下働き!?」
「そうだ。『誰を側に置くかは品格に関わる問題、貴族を使用人にできることが家の格の証明、身分は何より大事』と親から教えられて、化け狐の公爵と侯爵家の子どもは育つ」
「そうなんですか!?」
「つまり、ファウバブトはごりごりの階級主義。仕方ないんだよ。俺は優秀なら身分関係なく雇用するが。ああいう奴もいるんだ。化け狐の公爵侯爵連中がまず見るのは身分。その次に能力だ」
「……」
私が黙ると、チェーザマリーは少し屈んで優しく微笑んだ。
「さあ。帰ろう。ちょっときつい言い方して悪かったな」
「いえ……。アドバイスありがとうございます」
――根付いた価値観だから、どうしようもないのかな……?
私は、もやもやした感情を無理やり飲み込んだ。




