ep.63 化け猫代表に選ばれました
「ササラ公爵は気になるジュエリーあります?」
頭の中で冷静に計算していると、ユリジェンヌ侯爵令嬢が無邪気な笑みを向けてきた。
――あるわけないだろ。僕はタシュビッツジュエリーは好みじゃないんだ。……最下位侯爵のくせに、財力で公爵家を凌駕するとか生意気なんだよ。
タシュビッツジュエリーなど、好きになれるはずがない。家に届く予定の宝石料理の宝石は全部、妻にやろう。
そう決めると、僕はユリジェンヌ侯爵令嬢に柔らかい笑みを向けた。
「今回はないかな。最近、宝石買いすぎちゃったんだよね」
◇◇◇
観光を思う存分に楽しんだ私たちは、タシュビッツ領を後にした。
帰りの馬車の中で、私は手鏡を取り出した。
耳には、タンザナイトのハート型イヤリングが輝いている。
それは鏡の中で、きらきらと青い光を反射していた。
見つめていると、なんだか胸がどきどきした。
大伯父以外の男性にアクセサリーを選んでもらうのが初めてのせいかもしれない。
「結構、似合ってるかも……。チェーザマリーはセンスがあるわ」
――また一緒に買い物に行ったら、選んでもらいたいな。……そういえば、一緒にお出かけするときは奢ってもらってばかりだな。
帝国では、男性が女性に奢るのが当然らしい。だから彼は、乗馬の料金や食事代も全て負担してくれている。
――なんか、悪いかも……。今度、お礼にプレゼントでも持っていこうかな。何がいいかな? おいしいお菓子とか? それか、ネクタとかどうかな?
包み紙を開けたときの彼の喜ぶ顔を想像して、私は笑顔になった。
◇◇◇
「それで、ササラ公爵に案内してもらって、チェーザマリー公爵にイヤリングを選んでもらったのか? 素晴らしい三日間だったな!?」
夕食の席で、タシュビッツでの出来事を報告すると、大伯父は興奮した声を出した。
「公爵夫妻五名とタシュビッツ兄妹と仲を深められて、よかったじゃないか」
「ええ。とっても有意義でしたわ」
私はワインを飲み干すと、にっこりと笑った。
「ところでな、リト。お前に怪鳥の魔王様から招待状が届いてるぞ」
「ええ!? 魔王様から!?」
「そうだ。日時は十一月二十日だ。毒鳥功労祭だぞ。行ってきなさい」
「ええ!? 毒鳥功労祭!? 選ばれた外国人しか行けないやつじゃないですか!?」
毒鳥功労祭とは、怪鳥の国で毎年十一月に行われる祭典だ。
毒鳥とは、強力な毒を操る魔鳥であり、毒鳥一族とは、毒鳥を従えている一部の貴族たちのことを指す。
毒鳥と毒鳥一族は強い毒により、怪鳥の国を守り続けてきた。その労をいたわり、毒鳥と毒鳥一族に感謝の舞を奉納したり、美食を下賜するのが毒鳥功労祭だ。祭典日には、国民にもごちそうが配られる。
毒鳥功労祭に招待されることは名誉なことなのだ。なぜなら、各国の貴族で招待されるのは、たった一名だけだからだ。
ちなみに、毒鳥功労祭に参加できる怪鳥貴族は、毒鳥一族を除けば、伯爵以上の当主のみである。
「な……なんで私!? 私が化け猫国代表!?」
「リトは今話題の色使いだし、ユリジェンヌだから招待されたんだろうな。楽しんできなさい」
――どーしよ! 緊張してきた! 各国からは他に誰がくるんだろー?
◇◇◇
人間界に帰国して、アンとリコと楽しく過ごしている内に、あっという間に十一月になった。
私はユリジェンヌ邸に帰り、荷物をまとめると怪鳥の国へ発った。
化け猫の国から怪鳥の国の王都関所までは魔道で約七十時間かかる。
途中下車して、宿泊と食事を繰り返し、六日目にやっと怪鳥王都に着いた。
「わあ! ここが怪鳥の国なのね! 空気がおいしいわ!」
王都の随所には背の高い樹木が植えられ、様々な花が植えられた鉢も所々に並べられていた。
葉は真っ赤に紅葉し、道は落葉した葉で真っ赤な絨毯になっている。
「綺麗な街並みですね!」
そう言うと、関所の役人は喜んだ。
「ありがとうございます。怪鳥の国は緑豊かな景観にこだわってます。なにせ、魔獣と共存している国ですから。国立公園に行けば、様々な魔獣に会えますよ。珍しい魔鳥も普通に街を飛んでます。滞在中は楽しんでくださいね」
――へえ! せっかくだし、観光してから帰ろうかな?
◇◇◇
王城に着くと、執事が部屋まで案内してくれた。
「ユリジェンヌ侯爵令嬢の滞在部屋は、瞳の館の十号室です。瞳の館は女性のみが使用できますので、お世話はメイドがさせて頂きます。お食事は五階の食堂で召し上がってくださいませ」
「ありがとうございます」
部屋の扉を開けると、黒髪黒目の美しいメイドが待機していた。
「ユリジェンヌ侯爵令嬢の世話を仰せつかりました。メイドのアトリと申します。長旅でお疲れでしょう。薔薇風呂をご用意しましたので、まずはご入浴をされてはいかがでしょうか?」
「ありがとうございます。ぜひそうしたいです!」
浴室に入ると、薔薇の芳醇な香りが肺を満たした。
アトリは髪を流したり、香油を塗ってくれたり、かいがいしく世話を焼いてくれた。
心地よい香りとアトリのマッサージで、馬車疲れが大分楽になった。
髪を乾かしてもらうと、私は急に空腹を感じた。
――お腹空いたな……。
私は壁にかけられた時計を見た。時刻は十一時ぴったりだった。
――食堂に行こう。
今日は十一月十五日。毒鳥功労祭は二十日だ。
――あと五日、のんびり過ごすか。
◇◇◇
私は膝丈のティアードワンピースを着て、タンザナイトのイヤリングをつけた。
髪はハーフアップにセットしてもらった。
――食堂には、他の滞在者がいる。おそらく、功労祭に参加する各国の代表貴族! 鉢合わせするかもしれないし、身支度は気合い入れなきゃ!
アトリに念入りに身支度を整えてもらうと、食堂へ向かった。
食堂は、広い丸テーブル二十卓とオープンキッチンがある開放的な空間だった。
しかし、食事をしている女性は一人だけだった。
女性は金髪とペリドットのようなジュエルアイを持っていた。美味しそうにステーキを頬張っている。
――あっ! ドラゴンの国の宰相のマリア=デ=スカーレット公爵だわ!
マリア公爵も私に気づいたようだ。私に向かってひらりと右手を振った。
私は彼女のテーブルまで歩み寄ると、丁寧に頭を下げた。
「おはようございます。マリア公爵。すすきパーティー以来ですね」
「おはよう、ユリジェンヌ侯爵令嬢。あなた、化け猫の国代表に選ばれたんですって? 若いのにやるわね。あっ。どうぞ座って。一緒に食べましょ」
「ありがとうございます。失礼します」
私が椅子を引こうとすると、近くに控えていた給仕がスマートに椅子を引いてくれた。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
「いえいえ。本日の昼食は、お魚料理が秋刀魚、お肉は牛肉のステーキです。どちらにされますか?」
「じゃあ……お魚料理にします」
「承知いたしました。お飲み物はいかがされますか? 赤ワイン、白ワイン、オレンジジュース、グリーンティーがございます」
「オレンジジュースをください」
「かしこまりました。少々お待ちください」
給仕が一礼して去ると、マリア公爵はクスリと笑った。
「給仕にお礼を言うなんて。ユリジェンヌ侯爵令嬢ってば、お優しいのね」
「え? そうですか?」
――大伯父様もお祖母様もそうしてたけど……。マリア宰相はしないのかな?
「そうよ。所詮は給仕だもの。ところで、今日は髪が編み込みハーフアップなのね。可愛いわ」
「あっ……ありがとうございます!」
――めかしこんできて、よかったー!
「マリア公爵の金髪も素敵ですよね……。銀の薔薇の髪飾りがよく似合ってらっしゃいます」
「ありがとう。あなたのイヤリングも可愛いわね」
「ほんとですか? 実は、チェーザマリーに選んでもらったんです!」
「へぇ……。チェーザマリー公爵に?」
マリア公爵は目を細めた。




