↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
貴族社会を奇策で殴る  作者: 水守 鳴
12章 国一番のロマンチック・ドラマチックカップル
63/133

ep.62 あなたにドキリ

 ササラ公爵は、軽くケイミル公爵夫人の肩を叩いて呼びかけた。しかし、ケイミル公爵夫人は返事をしなかった。目も閉じたままだ。


――ええ!? どうしたの!?


 私は焦ったが、チェーザマリーはすぐに椅子から立ち上がって言った。


「すぐにタシュビッツ邸に帰ろう。屋敷にはノワール卿の専属主治医がいる。足以外も診てくれる優秀な医師だとノワール卿が言っていた。病院より屋敷の方が近い」


「オッケー。僕が馬車まで夫人を運ぶよ」

 ササラ公爵はケイミル公爵夫人を抱き上げた。


 私たちは急遽、タシュビッツ邸へ帰ることになった。


◇◇◇

「ケイミル公爵夫人は大丈夫ですか?」


 タシュビッツ邸に着くなり、私たちは夫人を寝室へ運び、医師を呼んだ。


 ササラ公爵とチェーザマリー、クレイ侯爵、ノワール卿も心配そうにベッドを囲んでいる。


 医師は夫人の脈を取り、しばらく診察を続けていた。

 やがて、その表情がふっと緩んだ。


「大丈夫ですよ。おめでたいですね」


「……おめでたい?」

 思わず聞き返した。


――何が? ケイミル公爵夫人、倒れたんだけど?


 医師は笑った。

「ご懐妊ですよ」


「えっ!?」

 思わず夫人を見る。


「倒れたのもその影響でしょう。先ほど回復魔法で処置しましたし、このまま安静にしていれば問題ありません」


――懐妊!?


 ササラ公爵たちと顔を見合わせる。

 一瞬の沈黙のあと、全員の顔がぱっと明るくなった。


「それはおめでたい」

「病気じゃなくてよかったよ」

「すぐに連絡鳩を飛ばして、リドル公爵に知らせよう。ノワール、行くぞ」

「はい」


 クレイ侯爵とノワール卿が足早に部屋を出ていく。

 私はもう一度、眠っているケイミル公爵夫人を見た。


「先生。夫人はいつ頃、目を覚ましますか?」

「もう少しすれば目覚めますよ」

その言葉に、ようやく肩の力が抜けた。


――よかった……。きっと、リドル公爵は喜ぶだろうな。


「リドル公爵、喜びそうだな」

「まあ! チェーザマリーもそう思います?」

「ああ。生まれる子どもはどっちに似てるかな?」

「ケイミル公爵夫人に似ても、リドル公爵に似ても、天使みたいな子が生まれそうですね」


 私たちが微笑み合ったときだ。ぱちりとケイミル公爵夫人が目を開いた。


「ケイミル公爵夫人! 大丈夫? 気分はどう?」

 ササラ公爵が即座に声をかけると、夫人はゆっくりと身を起こした。


「あれ? 皆さん、どうしたの?」


「あなたは食事中に倒れたんですよ! でも、もう大丈夫! 医師が診てくれて、原因は懐妊だって! おめでとう!」


「え? 懐妊……? 赤ちゃんができたの?」


 ケイミル公爵夫人は一瞬、呆然とした顔をした。直後、輝くような笑みを浮かべた。


「嬉しいわ! ついに子どもができたのね!」


「おめでとうございます!」

「おめでとう!」

「リドル公爵も、後から来てくれるよ。王城で勤務中だから、ちょっと時間はかかるだろうけど」


「そう……。でも、観光案内中に倒れて申し訳ないわね」


 私は慌てて両手を振った。


「そんな……! 気にしないでください! 楽しい観光より、懐妊の方が嬉しいですよ! 観光はまた明日行けばいいですし! ササラ公爵とチェーザマリーと三人で行きます!」


「そうですよ! 無理しないで休んでいてください。……妊娠すると、倒れるくらい大変なのか?」


 チェーザマリーが医師に聞くと、医師は落ち着いた口調で答えた。


「フェアリーは体質で、妊娠すると意識を失ったり、吐いてしまう方が多いのですよ。安静にするのが大切です」


――そうなんだ!? 妊娠ってやっぱり大変なんだ……。


「ケイミル公爵夫人、安静にしていてくださいね! あっ! 蝋燭を持ってきましょうか? 銀色の炎にはリラックス効果がありますし」


「ユリジェンヌ侯爵令嬢ってば。優しいわね。ありがとう」


 ケイミル公爵夫人は腹部を押さえながら、幸せそうに笑った。


「あの……。やっぱり妊娠って嬉しいんですか? どんな感じですか?」


「それは嬉しいわよ。私はずっと子どもが欲しかったの。それに、跡継ぎを産めば、自分の立場も盤石になるわよ?」


「立場が……盤石?」


「そうよ。私は自分が爵位持ちじゃないもの。だから、自分の立場をばっちり固めたいのよ。子どもを産んで、夫とも仲睦まじく過ごしていれば安心よ」


「……なるほど」


「子どもが生まれなければ養子をとればいいけどね。私は嫌よ。私とリドルの子に公爵になってもらいたいの。女なら誰だって、自分の子どもを跡継ぎにしたいでしょう?」


「えっと……。そうなんですか?」

 私が戸惑った声を出すと、ケイミル公爵夫人は不思議そうな顔をした。


「あら。ユリジェンヌ侯爵令嬢は違うの……?」

「……」


 私は少し迷ったが、正直に言うことにした。


「実は……。出産が怖いんです。祖母が出産の後遺症で、子どもが産めなくなったって聞いて……。凄く苦しかったらしくて……。だから、結婚したくないんです。貴族は結婚したら、子どもを産まなくちゃいけないし……」


「ええ!? 産みたくないの!?」

 ケイミル公爵夫人は驚いた顔をした。チェーザマリーとササラ公爵も同様だった。


――やっぱり、変って思われるかな。


 この思いは、今まで誰にも話したことがない。話さない方がよかっただろうか。

 私は手をぎゅっと握りしめた。


 すると、ケイミル公爵夫人は優しく微笑んだ。


「そっか……。そういう選択もありよね」


――ええ!? いいの!?


「なら、爵位持ちじゃない卿の男性と結婚したら? 卿なら跡継ぎ不要よ。理解のある優しい男性をお相手にするといいわよ。もちろん、無理して結婚する必要はないけどね。少数だけど、独身の貴族もいるし」


「……いいんですか? 私、貴族令嬢なのに?」


「そりゃそうよ。自分の体だもの。産むか産まないかは自分で決めればいいのよ」


――理解されないと思ってたのに……。変だって言われるかと思った……。


「あの……。ありがとうございます」

 私は少しだけ、涙が出そうになった。


◇◇◇ 

 深夜になると、リドル公爵が駆けつけてきた。


「ああっ! ケイミル! 懐妊だって!? おめでとう! 体は大丈夫かい? すぐに王都の屋敷に戻ろう! 産休も育休も申請済みだ! 安心してくれ!」


 慌ただしく部屋に飛び込むなり、リドル公爵は、ケイミル公爵夫人を抱きしめた。


「子どもの名前は、アイミルはどうかな? 銀色の薔薇の名前だよ? ケイミルと対になるよ? ああ! ベビードレスも仕立てよう! 子どもの部屋やおもちゃも用意しなきゃ!」


「あなたってば。気が早いわ。まだ妊娠十日目らしいわよ? 産まれるのは三ヶ月後よ」


「たった三ヶ月しかないよ! 早く準備しなきゃ!」


――リドル公爵、なんだか可愛いかも。


 幸せそうに笑い合うケイミル公爵夫人とリドル公爵を見て、なんだか私まで幸せな気持ちになった。


◇◇◇ 

 次の日、私とチェーザマリーはササラ公爵に案内されて、タシュビッツ観光を再開した。


 午前中は秋向日葵園を見て回り、午後はぶどう狩り体験とジュエリー工房見学をした。


 最後に、工房が運営するジュエリーショップに来た。


 私たちは店長に特別室に案内されて、もてなしを受けていた。


「こちらのスターサファイアのイヤリングは特におすすめですよ。透明感が美しく、ご令嬢のスカイブルーの瞳にも映えるでしょう」

「へえ。そうですか……」


――まずい……。デザインが全部素敵すぎて選べない……!


 ベルベットのケースの上には、イヤリングやネックレスなどが整然と並べられていた。


 どれも店長のおすすめで、好きなものをお土産にしていいらしい。


――どれにしよー!


 私が目を泳がせると、チェーザマリーがハート型のイヤリングを手に取った。


「チェーザマリーはそれをお土産にするんですか?」

「アハハハッ。違うよ。リトに似合いそうだなって思ったんだよ。ほら」


 チェーザマリーは私の耳に、軽くイヤリングを当てた。


「やっぱり似合ってるよ。タンザナイトのブルーは、ダークブラウンに映えそうだからね」


 チェーザマリーは優しく目元を緩めた。

 その表情に、私はどきりとした。


 耳に直接触れられたわけでもないのに、少しだけ鼓動が早くなった。


――……なんで?


 私は誤魔化すように、ベルベットのケースへ視線を落とした。


――なんか、チェーザマリーって気さくなのに、大人な男性って感じかも……。五百年生きてるからかな?

 

「えっと……。じゃあ、そのハートのやつにします。チェーザマリーはどれにするんですか?」

「うーん。どれにしようかな。アクセサリーはあまりつけないんだよな」


――そうなんだ……。そういえば、チェーザマリーがアクセサリーつけてるところは見たことないな。


「あっ! これとかよくないですか?」

 私は近くにあったブレスレットを手に取った。


「赤サンゴですよ! 色も濃いし、チェーザマリーのターコイズブルーの髪と瞳と相性抜群です! つけてみてください」


 チェーザマリーはブレスレットを右手につけると、嬉しそうに笑った。


「そうか。せっかくリトが選んでくれたし、これにするよ」

「ほんとですか? とっても似合ってますよ! 素敵なお土産ですね!」


◇◇◇ 

「ほんとですか? とっても似合ってますよ! 素敵なお土産ですね!」

「ありがとう。嬉しいよ」


 微笑み合う二人を見ながら、僕は心の中で突っ込んでいた。


――やべぇ。恋人にしか見えん。いや、恋人まではいかなくても、"なりかけ"じゃないか?


 チェーザマリー公爵がユリジェンヌ侯爵令嬢を見つめる目は優しい。

 なんとも思ってない女を、あんな目で見るだろうか?


――友人とか言ってるが、チェーザマリー公爵は、気があるんじゃないか? 友人ポジションから好きな女を狙う気か?


 ユリジェンヌ侯爵令嬢は美しく、希少な力を持っている。だが、まだ若い。交際経験だってないはずだ。


 魅力的な男たちにアタックされる前に関係を深めておけば、他の男への牽制にもなる。


――チェーザマリー公爵はすすきパーティーで、"結婚する気がある。跡継ぎが欲しい"と言ったらしいな。……公爵夫人にしたいのはユリジェンヌ侯爵令嬢か? 


 だが、ユリジェンヌ侯爵令嬢は子どもを産みたくないらしい。


 僕は心の中で笑った。


――チェーザマリーの奴、どうすんだ? 公爵だから跡継ぎは必要だろ? 養子でも迎えるか? まあ、高みの見物といこうか。


 チェーザマリー公爵がユリジェンヌ侯爵令嬢と結婚しようが、しまいがどうでもいい。


――次期宰相と色使いと距離を縮められれば、目的は達成だ。退屈なタシュビッツの試食会に参加したかいがあったな。ケイミルがいなくなった分、密に話せたし。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。