ep.60 悪役令嬢の断罪開始
◇◇◇
パーティー当日になった。
「イザベラ=デ=ラスマン公爵、リドル=ファル=ウララ公爵、ケイミル=オン=アラクア公爵令嬢のご入場です」
司会者が声を上げると、会場に入った途端に、私たちは貴族に囲まれた。
「イザベラ公爵! ごきげんよう!」
「リドル公爵! ようこそ! 今回はなぜ怪鳥の国へいらしたのですか?」
「はじめまして。ケイミル公爵令嬢! 怪鳥の国にいらっしゃるのは初めてですか?」
――誰と話せばいいんだろう……?
戸惑っていると、イザベラ公爵とリドル公爵が彼らをスマートにさばいてくれた。そして、私を王女様に引き合わせてくれた。
「まあ。十五歳まで部屋から出られなかったの? お気の毒に……。今日は羽を伸ばしてね」
私が挨拶すると、王女様は私に色々質問してきた。話を聞き終わると、優しく労ってくれた。
挨拶が終わると、イザベラ公爵は私を怪鳥の公爵家の皆さんに引き合わせてくれた。
イザベラ公爵の紹介のおかげで、彼らは私に親切に接してくれた。
その間、リドル公爵は怪鳥の国の財務部の貴族たちとソファで談笑していた。
会話が一段落した頃、私は喉の渇きを覚えた。
「あの……。私、喉が渇いてしまって……」
私がイザベラ公爵を見上げると、彼女は窓際のテーブルを指差した。
「あそこはソフトドリンクのコーナーだ。怪鳥の国のザクロジュースは特に美味いよ」
「ほんとですか? 私、グラスをとってきます。すぐに戻りますね。あっ。イザベラ公爵も飲みますか?」
「いや、私は大丈夫だ」
「分かりました」
私はドリンクコーナーに行き、ザクロジュースの入ったグラスを手に取った。
そして、一口飲んだ。
――おいしい!
私はもう一口飲んだ。
――よし! イザベラ公爵のとこに戻ろう。公爵家の皆さんと、もっと色々話したいな。
私が歩き出したときだ。
「ケイミル公爵令嬢。ちょっといいかしら?」
背後から可愛らしい声が聞こえて、私は振り返った。
そこには、美しい茶色の巻き毛と青い瞳を持つレディがいた。
――誰だろう。綺麗なレディだな。
「私の名前は、クレオミサ=デ=パラデーと申します。兄が最近、侯爵になったばかりですの」
――パラデー? 確か、怪鳥の国で序列五位の侯爵家だったはず。
「はじめまして。ケイミル=オン=アラクアです」
私はグラスを一旦テーブルに置き、丁寧に一礼した。
すると、クレオミサ令嬢が視線を鋭くして私に言った。
「私ね、これからリドル公爵に告白するつもりなんです。いいかしら?」
「……はい?」
私がぽかんとすると、クレオミサ侯爵令嬢はさらに視線を鋭くした。
「さっき王女様から聞いたんですけどね。あなた、十年間もウララ公爵邸で療養してたのね。二人って、恋人なの?」
「は!? 違います!」
「ふーん。そう。リドル公爵は、あなたを随分優しい眼差しで見てましたけど?」
――なにこの令嬢……。
「まあ。いいわ。私ね、三年前に、リドル公爵をパーティーで見て一目惚れしたの。でも、ダンスに誘ったら冷たくされたのよ」
――女嫌いって、やっぱり本当だったんだ……。
「その後も何回かアタックしたわ。けど、適当にあしらわれた。でもね、王女様のパーティーで告白したら、成功するらしいじゃない? 私、告白するから。邪魔しないでくれる?」
「邪魔……。私が?」
「そうよ。あなたはリドル公爵と距離が近いんでしょう? 邪魔だわ。私が告白するときは、どっか行ってて。告白が成功しても、彼に話しかけないでよね。邪魔よ」
――はあー!? 何なのこの令嬢!? 頭大丈夫? 失礼すぎるわ!
「あの……。告白するなら、私に許可取る必要ないですよね……。自由に告白すればいいのでは?」
「は? あなた、女社会を分かってないわね。邪魔者の牽制は大事よ。私は彼の近くに綺麗な令嬢がいるのが嫌なの。彼に構わないで」
「あの……。さっきから失礼じゃないですか? リドル公爵と仲良くするのは、私の自由です。あなたに口出しされる筋合いありません」
「なんですって!?」
クレオミサ侯爵令嬢は眉を吊り上げると、大きな声を出した。
「ひどいわ! そんなこと言うなんて! 私が侯爵令嬢だからって馬鹿にしてるのね!」
そう言うなり、ぽろぽろと涙を流したのだ。
――ええー!?
会場中の貴族たちが、私たちを見た。
「え? 何? 喧嘩?」
「クレオミサ侯爵令嬢が泣いてるわよ」
「まさか……ケイミル公爵令嬢が泣かせたの……?ひどいわね」
――まずい! なんか誤解されてる!?
私が青くなると、離れたところにいたイザベラ公爵とリドル公爵が駆け寄ってきた。
リドル公爵は心配そうな顔で私に聞いた。
「どうしたんだ? 何があった?」
私は彼の存在に安堵した。そして、口を開こうとしたときだ。クレオミサ侯爵令嬢が潤んだ瞳でリドル公爵を見上げて言った。
「ケイミル公爵令嬢のドレスに糸くずがついてたので、とってあげたんです。そしたら『いきなり気安く触らないで!』って言われました。ただの親切心だったんです。不快にさせてごめんなさい」
――はあ!? そんなことしてないし、されてませんけど!
「私はそんなこと言ってません! そもそも、あなたに糸くずを取ってなんてもらってないです! どうしてそんな嘘をつくんですか」
「酷いわ! 私は嘘なんてついてません! ケイミル公爵令嬢は私が嘘つきだって言いたいんですか?」
クレオミサ侯爵令嬢はわっと泣き出した。
「ええ? 何これ?」
「どっちが本当のことを言っているのかしら?」
「でも、クレオミサ侯爵令嬢は泣いてるわよ?」
「ケイミル公爵令嬢が嘘をついてるんじゃない?」
周囲の囁き声に、私は背筋が冷えていくのを感じた。
すると、イザベラ公爵が言った。
「ひとまず水でも飲んで落ちついたらどうだ? 話はそれからゆっくり聞こうじゃない……」
「待ってください! ケイミルがそんなことをするはずはありません!」
リドル公爵の鋭い声が、イザベラ公爵の声を遮った。
「ケイミル。何があったのかお前の口から聞きたいよ。君がそんなひどいことをするはずはないからね」
リドル公爵が私を見つめると、周囲のざわめきが大きくなった。
――リドル公爵は私のことを信じてくれるんだ……。
私は胸が温かくなった。そして、正直に打ち明けることにした。
「クレオミサ侯爵令嬢が私に言ったんです。『これからリドル公爵に告白するから邪魔しないで。リドル公爵に話しかけないで』って。
私は、『告白は自由ですけど、仲良くするのは私の自由です』と言いました。そしたら、クレオミサ侯爵令嬢が突然泣き出して嘘をつきはじめたんです」
周囲がどよめいた。すると、リドル公爵は冷たい目でクレオミサ侯爵令嬢を見て言った。
「そういえば君は、私が怪鳥の国のパーティーに参加する度に、しつこくダンスに誘ってきたな。私の屋敷に手紙が届いたこともあった。私には、ケイミルの言い分が本当に聞こえるよ」
クレオミサ侯爵令嬢は青くなった。その反応を見て、リドル公爵は冷たく笑った。
「どうした? 君の主張が真実なら、『その話は今は関係ありません』と言えばいいだけだ。なのになぜ青くなっている? 周囲はどう思うかな?」
「そ……それは誤解です」
クレオミサ侯爵令嬢が震える声で言ったときだ。背後から美しく澄んだ声が聞こえた。
「まったく……。話は聞きましたよ。これはどういうことですか?」
振り向くと、王女様が立っていた。
リドル公爵は王女様に一礼すると、声を張り上げた。
「王女様のパーティーに嘘つきが紛れこんでいるようです。口は嘘をつきますけどね。行動は嘘をつかない。郵便局に問い合わせれば、彼女が私に手紙を送った履歴が残ってるはずですよ」
周囲の空気が冷たく冷え切った。
王女様は優雅に微笑むと、クレオミサ侯爵令嬢を見て口を開いた。
「そう。問い合わせてみようかしら? そしたら、ケイミル公爵令嬢の言い分の方が本当みたいね」
「待ってください! 手紙と今回のことは無関係です! 私は糸くずをとっただけです! どうしてケイミル公爵令嬢が嘘をついているか分かりません!」
「黙れ! なら、俺が悪魔の魔王様に嘆願書を書いてやる。
魔王様は正誤魔法が使える。ケイミルかお前、どちらが正しいことを言ってるか判定してもらおう。
お前が嘘をついてたら、ただじゃおかないからな。ケイミルは私の大切な家族だ。一方的に悪者に仕立て上げて……。
正誤魔法の結果を見て、パラデー侯爵家に抗議文を送らせてもらうよ」




