ep.53 虹色真珠の戦略
給仕たちが皿の蓋を開けると、公爵夫人と公爵が驚いた声を出した。
「ええ!? 真珠が虹色だわ!」
「なんという美しい艶だ! しかも、大粒だ!」
「虹色の真珠? 何これ?」
クレイ侯爵は皆のリアクションを満足そうに眺めると、解説を始めた。
「この虹色の真珠は、河海真珠貝という貝が作るものです。人間界の真珠なんです。タシュビッツの河で養殖をして、商品化させて頂きました。商品化のために、人間界から貝を持ち込みました。外来種になるので、厳重に管理しております」
「まあ。人間界からわざわざ?」
「人間界には珍しい真珠があるんだな」
ケイミル公爵夫人とリドル公爵が言うと、クレイ侯爵はにやりと笑った。
「人間界の法では河海真珠貝の採取は禁止ですが。ここは魔界なので法の外です」
ササラ公爵は吹き出した。
「ハハハッ。確かに。人間がわざわざ魔界に来て『違法だ!』とか言ってこないもんね! てか、人間はゲート通らないと魔界に来られないし」
クレイ侯爵が頷くと、カルマ公爵が聞いた。
「だが、人間界の貝を魔界で養殖するなど初の試みだ。花人魚の国の法務課は口うるさい。色々言われないか?」
「問題ありません。昨日、花人魚王族と各国の王族と高位貴族に虹色真珠を贈りました。珍しいので気に入って頂けるでしょう。
法務課長には、管理方法と養殖方法について詳細を記した書類を郵送しました。虹色真珠の実物も入れてます。もちろん、真珠の返却は不要だと明記してますよ」
クレイ侯爵が言うと、ササラ公爵が吹き出した。
「それ、上手いね。各国の王族と高位貴族が気に入れば、養殖しないでくださいとは言いづらい。しかも、返却不要って、手間かけさせないように見せかけて、実質課長への贈答品じゃない? 賄賂じゃない?」
「私は返却不要とだけ書類に書きました。自由に使うのは課長の意思です」
チェーザマリーは可笑しそうに笑った。
「上手すぎる。管理もしっかりしてるなら、養殖にケチつける理由はないな」
「やれやれ。あまりに財力を伸ばされるのは感心しませんけどね。王族や我々に利益があるなら話は別です。この虹色真珠は我々の自宅に郵送されるのでしょう? 人気が爆発する前に、一足先にゲットですね」
カルマ公爵が言うと、クレイ侯爵は頷き、ケーキを指し示した。
私はケーキを改めて見た。
三角にカットされたケーキは、全体に生クリームが塗られ、白一色。絞った生クリームの上には、大粒の虹色真珠が五粒盛られていた。
だが、白一色であることがむしろ、虹色真珠を引き立てていた。
「これはシンプルなパウンドケーキです。中には宝石は入ってません。右手に深めの小さなスプーンがあるでしょう? 真珠はそれですくって除けてください」
私たちは真珠を皿に除けると、パウンドケーキを食べ始めた。
「ふわふわでおいしいですわね。チェーザマリー!」
「ああ。生クリームの甘さも調度いいな」
皆で談笑している内に、私たちはあっという間に平らげてしまった。
給仕たちが皿を下げると、クレイ侯爵は私たちに聞いた。
「いかがでした? 皆さんの感想や意見が聞きたいのですが」
すぐにケイミル公爵夫人が口を開いた。
「見た目が華やかで可愛らしくて、女性受けしそうね! 特別なデートや記念日に向いてそうだわ」
リドル公爵も口を開いた。
「ダイヤとルビーのゼリーが私は好きだね。遊び心がある。だが、一番印象に残ったのは虹色真珠かな。タシュビッツでしか生産できないなら、美しさに加えて、希少性も売りになる」
ササラ公爵は明るい笑顔で感想を言った。
「僕はモンブランが好きだな。特に、飴細工と宝石の組み合わせが斬新で美しい! 色々アレンジできそうだよ!」
カルマ公爵は思案顔でクレイ侯爵に聞いた。
「それで、実際にはどうやって使う? 接待用なんだろう?」
「もちろん、タシュビッツ邸の来客にも使いますがね。花人魚の国の首都に宝石料理レストランを開きます。国立薔薇公園の近くの一等地ですよ」
「レストラン? 具体的にはどんな料理を出す? 運営方針は?」
「ドリンクは宝石を入れたワイングラスを使います。白ワインやシャンパン、炭酸水など、透明で宝石が見える飲み物を用意しました。料理もそれらに合うものを用意しました」
――赤ワインとかだと中の宝石が見えないもんね……。
「料理? 魚料理や肉料理にも宝石を使うのか?」
カルマ公爵が片眉を跳ね上げると、クレイ侯爵はふっと笑った。経営者らしい笑みだった。
「いいえ。料理は、前菜、スープ、メイン、デザートの四皿です。前菜とスープとメインに宝石は使いませんが、皿にはふんだんに宝石を使います。最後のデザートで宝石料理を楽しんで頂きます」
「なんでデザートだけなんだ?」
「四皿全て宝石を使うと高額になり、手が出しづらくなりますからね。それに、魚料理や肉料理は臭いがあるので、宝石のイメージとは合わないかと。
スイーツなら甘い香りだから華やか系で合います。料理で満足してから、本命を楽しんで頂くんですよ。ちなみに、デザートは希望すれば追加で頼めます」
――なるほど……。
「レストランは年中無休営業。予約日は必ず、好きな時間に予約をお取りしますよ」
「ええ!? そんなこと不可能じゃないですか?」
私が驚いて声を上げると、クレイ侯爵は楽しそうに笑った。
「ああ。予約は一日一組しかとらないんだ。だから、好きな時間に来店できるよ」
「一日一組!? それ、利益でるんですか?」
私がぎょっとすると、ササラ公爵がクスリと笑って言った。
「宝石はね、客単価が非常に高いんだよ。だから、宝石店は客が少なくてもやっていける。タシュビッツは食べ終わったらカタログも郵送する。そしたらタシュビッツジュエリーに客は興味を持つかも? ファンになってくれたら、タシュビッツには長期的に利益があるよ。そもそも、一日一組の特別感がいいよね。」
「な……なるほど……」
――ササラ公爵、ジュエリーや経営に詳しいわね……。
「上手いな……。別のスイーツが食べたくなって追加注文されればさらに利益も出る。一日一組だから、丁寧で密な接客ができそうだ。薔薇公園の近くなのも最高だ。食前か食後に散策すれば、それも含めて特別な一日になる。なにより、宝石と薔薇の組み合わせがラグジュアリーだな」
チェーザマリーが感心しながらそう言ったときだ。私の頭に、ふと疑問が湧き上がってきた。
「あの……。クレイ侯爵。お店の広さはどのくらいですか? 広いんですか? 大人数も入れるんですか?」
「いや、広さは十畳より少し狭いくらいだ。最高で十人までしか入れない。少人数の特別な空間っていうコンセプトだよ」
「それは良いですね! 仮に夫婦の記念日で使うとしたら、広すぎるより狭い方が落ち着くかも」
「そうだ。広いスペースが不要だから、一等地の割には土地代も安く済んだよ」
クレイ侯爵は満足そうに笑った。すると、ケイミル公爵夫人が聞いた。
「でも、予約がない日はどうするの? いくら宝石の客単価が高くても、一カ月予約が入らなかったら赤字じゃない?」
「予約がない日は、従業員はお休みです。ですから、年中無休営業ですが働きやすい形態ですよ。もちろん、従業員に固定給はちゃんと払いますがね。店を休みにしてしまえば、光熱費もかからない。完全予約制なので、食材は必要な分だけ買います。コストは意外と抑えられます」
――めちゃくちゃちゃんと設計されてるわ……。
「それに、レストランで利益を生み出すこと自体が目的ではありません。食材も宝石もタシュビッツ産です。つまり、タシュビッツブランドをさらに広めたり、イメージアップによる顧客獲得やブランドの価値向上も目指しているのです。宝石料理店は斬新な広告塔といったところです」
クレイ侯爵が自信満々に言うと、ササラ公爵は拍手をしながら言った。
「これは凄い! 他の貴族に今日のことは宣伝しといてあげるよ! 素晴らしい宝石料理と虹色真珠を体験したってね」
「ありがとうございます」
クレイ侯爵が丁寧に頭を下げると、ササラ公爵は楽しそうに笑った。
「その代わり、レストランの予約が困難なときと、虹色真珠が入手困難なときは僕ら公爵家にちょっと融通きかせてね。なんていったって、僕らが口コミで素晴らしさを広める役にさせられるんだからさ」
ササラ公爵のあけすけな言葉に、ケイミル公爵夫人もリドル公爵もカルマ公爵もチェーザマリーも可笑しそうに笑った。
クレイ侯爵は落ちついた微笑みを浮かべた。
「もちろんですよ。宣伝、よろしくお願いいたします」
――ササラ公爵、なんか凄いかも……。




