ep.50 利益のためなら、魔法は改良するよ
「ええ!? ノワール卿は侯爵になりたくなかったんですか?」
私が目を見開くと、ノワール卿はクスリと笑った。
「うん。僕は足が不自由だから社交ホールで長時間立ってられないし。それに、タシュビッツはジュエリー産業が盛んでしょ?」
「ええ」
「ジュエリーは男性より女性に好まれる傾向がある。クレイなら同性同士、女性コミュニティに入っていけるでしょ? ジュエリーの宣伝のためにもクレイが向いてるかなって。そもそもクレイ、頭良いしね」
「まあ。そうだったんですか」
「化け猫の国と化け狐の国だけは、優秀な男性が爵位を継ぐ。でも、他の国は爵位継承に性別は関係なくて、一番優秀な子が爵位を継ぐじゃない? そのせいで、中には兄弟姉妹で泥沼の爵位継承戦がある家もあるけど……。私は兄妹で協力した方が家門が発展すると思ってるよ」
「ノワール卿は柔軟ですわね」
――なんか、ドラゴンの国の泥沼の後継者争いを聞いた後だと、タシュビッツが超平和に見えるわ……。
感心していると、クレイ侯爵が呆れたようにため息をついた。
「ユリジェンヌ侯爵令嬢は人間界の帝国で猫暮らしをしてるんだろ? 人間は長男が爵位を継ぐルールだそうだな。長男が無能だったらどうすんだ?」
――確かに……。
「そこまで深く考えてないんじゃないか? それに、長男が爵位継承確定なら、魔界みたいな苛烈な兄弟姉妹の争いは起きないぞ?」
とチェーザマリーが言うと、ノワール卿が人差し指をぴっと立てた。
「草人魚から聞いたんですけどね。一説には、財産分与を防ぐためだとか」
「ええ!? 草人魚から聞いた!? どうやって!?」
「は? 草人魚だと? 花人魚が草人魚とどうやってコミュニケーションをとるんだ?」
私とチェーザマリーは揃って声を上げた。
草人魚とは、人間界または魔界の辺境で暮らしている人魚のことだ。
彼らは体長三十センチほどの小型の人魚で、人型になることができない。しかも、草人魚だけにしか分からない言語で喋るので意思疎通が不可能だ。
さらに、草人魚は人間と魔族から食用にされる。
逆に、花人魚は人型になることができる人魚だ。彼らは魔族の言語を話す。食用にもされない。普段から、魔界の花人魚の国で人の姿で暮らしている。
花人魚も草人魚を食すが、それは共食いではなく、種族が違うからだと言われている。
ちなみに、花人魚の名前の由来は、人魚姿になったときに頬に花形の痣が浮かび上がることからきている。
草人魚の名前の由来は、頬に蔓草のような痣を持つからだ。
「草人魚は魔族を見ると、即逃げますわよ! コミュニケーションを取るなんて不可能ですわ!」
「そうだぞ。そもそも言葉が通じないのに、どうやって意思疎通するんだ?」
私とチェーザマリーが矢継ぎ早に聞くと、ノワール卿は余裕のある微笑を浮かべた。
「ああ。人間界に私が行って、草人魚に催眠術を使ったんだよ。私を古い友人だと錯覚させたんだ」
――さらっと言ってるけど、催眠術は超上級魔術ですわよ!
「言語の壁も問題ない。私が翻訳魔法を改良して、草人魚の言葉が分かるようにしたんだ」
「はあ!? 草人魚の言葉が分かるだと!? 世紀の大発明じゃないか!?」
チェーザマリーの大声が食堂にこだました。
クレイ侯爵とノワール卿は誇らしそうに笑った。
「私の兄は天才だな」
「クレイにそう言ってもらえると、私も嬉しいよ!」
――ノワール卿、魔術の天才? 前侯爵夫妻が彼を侯爵にしようとしたのも分かるわ……。
「それで、なんでわざわざ人間界に行ったんだ? その不自由な足で? というか、なんで草人魚に接触したんだ? 食うためだけならそんな魔術は不要だろ?」
チェーザマリーが聞くと、ノワール卿は楽しそうに笑った。しかし、その目つきはどきりとするほど鋭かった。
「きっかけは、タシュビッツの特産品を増やそうと思ったことですね。私が目をつけたのは海です」
「海……? タシュビッツ領に海はありませんわよ?」
「まあ聞いてください。海は真珠や海藻など、資源の宝庫です。しかし、魔界の海でとれる真珠などはすでに販売されている。そこで、人間界に目をつけました」
「人間界に?」
「ええ。人間界の海には、魔界にはない物が沢山あります。つまり、魔族にとって未開拓なんですよ。既存の魔界の海産業に割り込むより、未開拓の場所を切り開いた方が、新発見があります。競合相手もいませんし」
――なんだか難しいけど、未開の地を開拓するって感じ?
「それで、人間界の海を知り尽くしている草人魚に目をつけました。彼らに聞き込みをして、使えそうな物がないか探ってみたんですよ。そのために、翻訳魔法を改良しました」
「なるほど……。それで、タシュビッツの役に立ちそうな特産品が見つかったのか?」
チェーザマリーが聞くと、ノワール卿は嬉しそうに笑った。
「はい。それは、河海真珠貝です」
「河海真珠貝?」
私とチェーザマリーの声がぴたりと重なった。
「人間界の海と河に生息する、真珠を作る貝です。なんと、虹色の真珠をつくるんですよ! 人間は河海真珠貝を神聖視してるので、捕獲は禁止ですが」
「まさか……。捕獲したんですか?」
私が恐る恐る聞くと、ノワール卿は楽しそうに笑った。
「ええ。草人魚は河海真珠貝を神聖視してません。彼らは河海真珠貝がどこに沢山あるかも知ってるのでね。草人魚に頼んだら、私の元に沢山持ってきてくれました。私は河辺で、彼らが貝を持ってくるのを待ってるだけでよかったです」
「ええ!?」
「まじかよ!?」
「手に入れた河海真珠貝を使って、秘密裏にタシュビッツ領の河で養殖をはじめました。タシュビッツは河川が多いし水が綺麗なので、貝の生育に適してましたよ。十年前の話ですよ」
――十年前!? もう養殖済み!?
「試行錯誤を繰り返し、ついに養殖に成功しました! 明日の宝石料理で虹色の真珠を初披露しますよ」
「ええー!? 明日!?」
「まじかよ……。ノワール卿は天才研究者兼商人だな。ところで、なんでわざわざノワール卿自身が人間界に行った? 足が悪いなら、部下にやらせたらよかったのに?」
「ああ。改良した翻訳魔法は私しか使えないので。自分で行きました」
――タシュビッツ、凄すぎない? 行動力ありすぎない? 本当に序列最下位の侯爵家? 実力だけなら、他の侯爵家なんて吹き飛ばせそうだわ……。
「明日の試食会が楽しみだよ」
クレイ侯爵はワインを飲みながら、ノワール卿と優雅に笑い合った。
私とチェーザマリーは、目を見合わせた。
――明日、伝説が爆誕しそうだ……。
私たちは、お互いにそう思っていた。
◇◇◇
一晩眠ると、試食会当日になった。
私とチェーザマリーとクレイ侯爵とノワール卿は、朝食と昼食を共にした。そして、十五時三十分になると、クレイ侯爵が私を部屋まで迎えにきた。
「ユリジェンヌ侯爵令嬢。時間だ。会場に行こうか」
「はい!」
私とクレイ侯爵は西館の最上階に向かった。
螺旋階段で五階まで上がると、クレイ侯爵は階段のすぐ近くの赤い扉を開けた。
「ここが試食会の会場だよ」




