ep.49 ぜひ楽しんでくれ!
チェーザマリーは気前よく笑った。
「ああ。良いよ。タシュビッツ領の観光も楽しそうだしな」
「ありがとうございます!」
「まじかよ。もう噂、止まらなくない? ただの友人なのに。誤解、解けなくない?」
シェルバ公爵が呟くと、クレイ侯爵は少しだけ驚いた顔をした。
「なんだ。恋人疑惑は嘘だったのか。三曲踊る約束をしていたらしいし。事実かと思ったよ」
――うわ……。完全に誤解されてるわ……。
私が青くなると、マスターがクレイ侯爵に言った。
「確か、タシュビッツ邸は西の館と東の館で別れてましたよね? ユリジェンヌ侯爵令嬢とチェーザマリーは別々の館に泊まらせてください。それだけでも噂に歯止めです。ないよりましです」
「ああ。分かったよ。そうしよう」
私は少しだけ胸を撫でおろした。
◇◇◇
「タシュビッツ邸に滞在して観光!? しかも、試食会には花人魚の公爵夫妻五組が来るって!?いいじゃないか! 人脈作りにもなる。行ってきなさい」
夕食の席で私が大伯父様に話をすると、大伯父様は大賛成した。
しかし、パートナーになって欲しいという申し出は呑んでもらえなかった。
「すまないね。リト。十月は本当に仕事が忙しいんだ。チェーザマリー公爵にパートナーになってもらいなさい」
そう言われて、私はため息をついた。
「はあ。噂が広がってしまいますわ……」
だが、大伯父は上機嫌で笑った。
「私としては、リトがチェーザマリー公爵と親しくしてくれて嬉しいよ。彼は九年後に宰相復帰予定。仲良くしておいて損はない」
「でも、恋人だと思われてますわよ?」
「ひとまず私もその疑惑は否定しておこう。気にせず楽しんできなさい」
「分かりましたわ」
私は大伯父様と微笑み合った。だが、知らなかったのだ。
――リト! ぜひ噂を事実にしてくれ! チェーザマリー公爵なら結婚相手として文句無しだ! このまま友好交流を続けてくれ。
そう、大伯父が考えていることを。
◇◇◇
「クレイ。上機嫌ですね。何があったのですか?」
兄に話しかけられて、私は書類から顔を上げた。私の口元には笑みが浮かんでいた。
「ああ。さっき連絡鳩が来てな。ユリジェンヌ侯爵令嬢がチェーザマリー公爵とパーティーに参加することになったよ」
兄は顔を輝かせた。
「それは良かった! つまり、"名門のユリジェンヌ侯爵令嬢とチェーザマリー公爵を自邸に呼べるタシュビッツ"と我が家門に箔がついたわけですね」
「そうだ。誰を呼べるかは大切な問題だ。それが我が家の格と人脈の証明になるからな」
「タシュビッツの家訓は『金で買えないものがある、それは人脈だ』ですからね。流石はクレイだ!」
私は苦笑した。
「まあ。ユリジェンヌ侯爵令嬢の興味を引くために、滞在費も土産代もこちらが出すわけだ。一応、金で好印象は買ってるがな」
「使える物はなんでも使いましょう!」
兄に興奮した声で言われ、私は頷いた。
「それもそうだ。ところで、二人はただの友人らしいぞ? 噂は嘘らしい」
「ええ!? そうだったんですか?」
私はにやりと笑った。
「だがな。これは女の勘だが。チェーザマリー公爵は少々ユリジェンヌ侯爵令嬢に気がありそうだな。令嬢の方はにぶそうだが」
「えー!? 片思いだったんですか?」
「まあ。勘だがな。だが、もしチェーザマリー公爵の片思いなら好都合だ」
「好都合?」
「タシュビッツ領を楽しく観光して距離が縮まれば、恋人関係に近づくかもな? そしたら、タシュビッツ領は楽しい思い出の場所として二人の印象に残るだろ?」
兄はぽんっと手を打った。
「なるほど! 未来の宰相夫妻にタシュビッツを印象付けられれば、色々と我が家にメリットがありますね!」
「そうだ。そもそもな。今話題のユリジェンヌとチェーザマリーペアが招待に応じてくれて宿泊までしてくれるんだぞ? そんなことなかなかできないだろ? 我が家への評価は爆上がりだな。公爵家の連中もびっくりだ」
「ええ! そうですね! それに、ユリジェンヌ侯爵令嬢と距離が縮まれば、また色炎の提供に協力してもらえるかも!」
「そうだ。色炎は金で無限に買えない希少品だ。できればまた買わせてもらいたいね」
「そもそも、ユリジェンヌとワルシャワと距離を縮めて損なしです! 全力でおもてなししましょう」
兄の意気込みがおかしくて、私はクスリと笑った。
「まあ。気合いを入れすぎて構いすぎるのもよくない。滞在中はのびのび過ごしてもらおう。ひとまず、試食会は成功させるぞ!」
◇◇◇
私は馬車に揺られて魔道を駆け、タシュビッツ領へ向かった。
魔道とは、国家間の間に設けられた、魔法で作られた特別な近道だ。貴族や商人などが王城に申請すると通ることができる。
魔道を使えば、化け猫の国から花人魚の国の王城の近くの関所まで約四十時間で着くことができる。
タシュビッツ領はそこの関所から馬車で八時間
かかる。
魔道には宿屋街があるので、私は宿で一泊して、翌日の昼にようやくタシュビッツ邸に着いた。
「ようこそお越しくださいました。ユリジェンヌ侯爵令嬢」
馬車を降りると、クレイ侯爵と使用人たちが総出で出迎えてくれた。
「長旅でお疲れでしょう。部屋まで案内しますよ。ユリジェンヌ侯爵令嬢の部屋は東館の貴賓室です」
「ありがとうございます! クレイ侯爵」
私がお礼を言うと、クレイ侯爵は隣に立っている男性を手で指し示した。
その男性は、腰まで伸びたウェーブのかかった紫色の長髪と、銀色の瞳と爪を持つ柔らかい雰囲気の美男だった。しかし、その目つきは優れた手腕を持つ商人のように鋭い。
さらに、彼は黒い杖をついていた。
男性は胸に手を当てて丁寧に一礼した。
「はじめまして。ユリジェンヌ侯爵令嬢。私はクレイの兄のノワール=デ=タシュビッツと申します。普段はクレイの補佐をしております」
「はじめまして。リト=ユリジェンヌです。今日から数日間、よろしくお願いします」
ノワール卿は柔らかく笑った。
「もう昼食は済ませられましたか?」
「はい。途中下車して、レストランで頂きましたわ」
「そうですか。チェーザマリー公爵は先に着いていて、寛いでいらっしゃいますよ。夕食の席で、またお会いしましょう」
◇◇◇
部屋で本を読んで寛いでいると、あっという間に夕食の時間になった。
使用人に案内されて食堂に行くと、すでにクレイ侯爵とノワール卿とチェーザマリーが席についていた。
私はクレイ侯爵の向かいで、チェーザマリーの右隣の席に座った。ノワール卿はクレイ侯爵の右隣の席だ。
食堂は緑を基調に整えられていて、至る所に黒百合の花が飾られていた。テーブルの上にも花瓶が置かれ、六本の黒百合の花が生けられていた。
晩餐は野菜をたっぷりと使ったコース料理だった。
タシュビッツ領は野菜の産地でもあるのだ。
甘みの強い人参や大根、じゃがいもなどが有名で、ブランド化された種類豊富な野菜が沢山栽培されている。
美味しい野菜を味わい、談笑していると、給仕がキャロットケーキを運んできた。
私がカトラリーを持つと、ノワール卿が笑顔で説明した。
「このキャロットケーキの人参は品種改良した新種でね。クレイが研究費を出資したんだよ。とても甘い人参だから、砂糖がいらないケーキなんだ」
「ええ! そうなんですか!?」
驚きつつ、私は一口食べてみた。
――甘い! これで砂糖不使用!?
「凄く甘いですね……。野菜嫌いの魔族でも食べられちゃいそうです」
チェーザマリーも一口食べると驚いた顔をした。
「これは甘いな……。こんな人参は初めて食べたよ」
クレイ侯爵とノワール卿は私たちのリアクションを見ると、満足そうに笑った。
すると、ノワール卿が誇らしそうに口を開いた。
「クレイは素晴らしい領主だよ。クレイが侯爵になってから領地の産業はさらに発展したし。労働条件もよくなったんだ。クレイは見た目によらず、とっても優しいんだよ」
「おいこら。別に優しくない。なんだそれは」
クレイ侯爵がノワール卿の肩を小突くと、ノワール卿は楽しそうに笑った。
「東館には、当主と当主の配偶者とその子どもしか住めないんだけどね。私は足が不自由だから、クレイが東館に住まわせてくれたんだよ。西館から東館の執務室まで行くのは大変だからさ」
「まあ。そうなんですね」
私とチェーザマリーが驚いた顔をすると、クレイ侯爵がワインを一口飲んでから口を開いた。
「ノワールは変わった奴だ。両親はノワールを次期侯爵に指名したのに、辞退して私を侯爵に推薦したんだからな」




