ep.5 4時間で魔王様を攻略した結果、ピンチになったが打開します
◇◇◇
次の日、祖母のマリアンヌがユリジェンヌ邸に来た。私が計画を事前に手紙で伝えた上で、祖母を呼んだのだ。
久しぶりに会った祖母は、相変わらず美しかった。社交界の華という異名がぴったりだ。
「お祖母様! お会いできて嬉しいです! 来て頂き、ありがとうございます!」
「リト! 会いたかったわ! 色使いに覚醒おめでとう! 私に協力させてちょうだいな」
祖母は私を抱きしめると、愛おしそうに頭を撫でてくれた。
挨拶が済むと、私は銀色の箱と虹色の箱を祖母に渡した。
「お祖母様! これは先ほど作った炎玉です。魔道を馬車で走れば、二十時間で悪魔の王城に着くでしょう? これを悪魔の魔王様に渡してください。この箱は炎で燃えない紙でできてます」
「分かったわ! 私がしっかり売り込むから安心しなさい! 炎玉の燃焼時間は二十四時間ぴったりだったわね。二十時間は移動で使ってしまうから、四時間で魔王様を落とすわ!」
祖母は瞳をきらりと輝かせた。策士の瞳だった。
「安心してください。二十四時間以内に炎玉から蝋燭に着火すればいいんです。炎玉の燃焼時間が残り十分であろうと、着火してしまえば、そこから二十四時間蝋燭は燃焼します」
「分かったわ! こうしてはいられないわ! 今すぐ王城に向かうわね!」
祖母は早々に、ユリジェンヌ邸を後にした。
後日、悪魔の魔王様から書状が届いた。
~リト=ユリジェンヌ侯爵令嬢へ~
炎玉をもって、マリアンヌ男爵夫人と共にわらわの元へ来い。
淡々とした命令文に、私は歓喜した。
「やった! やったわ!」
大伯父も喜んでくれた。
「よくやったね! リト! 化け猫の令嬢令息は成人するまで領地を出てはいけないが、今回は例外だよ。なんてったって悪魔の魔王様からの呼び出しだからね。化け猫の魔王様からは特別許可をとっておいたから」
――これで、外出制限を突破よ! 悪魔の魔王様に気に入られて、頻繁に呼び出されれば、悪魔の国に滞在できるかもしれない。そしたら、悪魔の国の上位貴族とも仲を深められるわ!
私が屋敷に来てから、大伯父は外国の魔族を屋敷に招待していなかった。情報漏れを防ぎ、私の存在をできる限り秘匿するためだ。
――でも、私は外国の魔族と交流したい! 化け猫貴族を抑えるには、外国の人脈も大事よ! なにより、悪魔の魔王様は魔界一恐ろしい方と有名よ。魔王様に取り入ってみせるわ!
◇◇◇
「お初にお目にかかります。リト=ユリジェンヌと申します。陛下にお呼び頂き、身に余る光栄でございます」
私は丁寧に礼をした。祖母が隣で見守ってくれているにも関わらず、手が震えるのが分かった。
――この方が、父君と兄弟姉妹を皆殺しにして玉座に君臨された魔王様なのね……。
悪魔の魔王様は、絶世の美女だった。
腰まで伸びた銀髪は、本物の銀糸のようだ。金色の瞳は、鋭い光を宿し、どんな不正も不忠義も見抜いてしまいそうだ。長く伸ばした銅色の爪は形がよく、指先の動き一つ一つから、くらりとするような色香を感じる。
魔王様の顔立ちだけは、幼くて童顔だった。しかし、可愛らしい少女のようでありながら、同性の私がどきどきしてしまうような色気を醸し出している。
むしろ、豪奢な玉座も、その横に設けられた翡翠の円卓も、彼女の花顔の前には霞んでいた。
――お祖母様より美しい女性なんて……初めてみたわ……。
私は持ってきた銀色の箱と虹色の箱の蓋を開けると、二つを円卓の上に置き、魔王様に差し出した。
魔王様は金色の瞳で、じっと、銀色と虹色の炎を見つめた。
その表情からは、何を考えているのか読み取れなかった。興味があるようにも、ないようにも見える。
数秒間無言で見つめた後、魔王様は口を開いた。
「色炎は美しいのう」
――よし! 気に入って頂けてるみたいね!
内心でガッツポーズをしつつ、私は控えめに面を伏せた。
「そうおっしゃっていただけて嬉しいです……。頑張って作った甲斐がありました。でも、不十分かもしれません。魔王様の美貌の前では、色炎でも霞んでしまいますわ」
私がそう言うと、魔王様は口角を吊り上げた。
「ほう? 不十分なものをわらわに持ってきたのか?」
隣で微笑んでいた祖母の表情が、引きつった。
――うわ……。怖……。私、試されてるわ……。
私は一瞬、言葉に詰まったが、すぐに微笑みを浮かべた。
「魔王様を満足させるものを作るには月日が必要です。熟練の職人が作った細工物のように。若い私が作れる方がこの世の理に反しています」
――この返しでどうだ!
魔王様は面白そうに笑った。
「ほう。なかなか上手いではないか」
「今日は初めて魔王様に炎を献上した日です。今日の炎を五十点とするならいつか百二十点を目指します。百点でも魔王様には足りないので。少しずつ上手くなるように、ベストを尽くします」
私の言葉に、祖母は目を見開いた。そして、満足そうに微笑んだ。
魔王様も、愉快そうに笑った。
「面白い。私に萎縮しないとはやるではないか」
――いや、冷や冷やしたわ……。よし! ここから挽回よ! 素直さも大事よね!
「いえ。どきどきしてます。魔王様があまりに美しいので。魔王様が男性だったら恋してるかもしれません」
本心だったので、照れてしまい、私が頬を少しだけ赤くすると、魔王様は再び口角を吊り上げた。
「ほおー。では、わらわの第一夫に恋してしまうのではないかえ? あいつはわらわと同じで、銀髪と金色の瞳と銅色の爪を持つからな」
――何この嫌な返答……。返しが難しわね。
「いえ。私のタイプは金髪碧眼です。違う色彩ですから問題ありません」
私があえておっとりと微笑むと、魔王様は挑戦的な笑みを浮かべて私を指差した。
「わらわの第三夫と第七夫は金髪碧眼だぞ? 恋してしまうのではないか?」
――何このイエスでもノーでも詰む質問!?
もし私が、はいと言えば、大問題だ。逆に、いいえと言っても微妙だ。まるで、第三夫と第七夫に魅力がないかのようではないか。
――惚れられないくらい魅力がないのか? さっきは金髪碧眼が好みだと言ったではないか? ……とかなんとか言われそう……。ここは、斜め上の回答で突破するしかないわ!
「第三夫と第七夫は魔王様より美しいのですか?」
「いや。わらわの方が美しい」
魔王様は即答した。
――よっし! この回答は、勝ったわ!
私は可愛らしく微笑んだ。
「なら、問題ありませんわ。私の初恋は魔王様のものなので」
「は? それはどういう理屈だ?」
魔王様は怪訝な顔をした。祖母も不思議そうに首を傾げた。
「私、魔王様を見てときめいてしまいました。これは、恋という名の憧れとときめきです。私の初恋の相手は魔王様です」
私が太陽のような笑顔を向けると、魔王様は声を上げて笑った。
「ハハハッ。面白いではないか」
――やったわ! なんとか掴みはばっちりね! ああ。冷や冷やした……。
笑いが収まると、魔王様は優雅に首を傾げた。
「ところで、お前は人間との混血なんだろう? 化け猫の国で大変なのではないか?」
「人間界にはハードル走という競技があるとか。ハードルは越えるものですわ。越えらないときは、頼もしい祖母と大伯父に助けてもらいます」
私が祖母を見上げると、祖母は優しく微笑み返してくれた。
魔王様は満足そうに頷いた。
「うむ。面白い令嬢だ。お前がわらわに炎を献上することを許してやろうぞ。定期的にもってこい」
「魔王様に献上できるなんて、光栄です!」




