ep.46 どす黒い舞台裏
「ええ。ベストを尽くします」
「チェーザマリーは髪と瞳は美しいけどね。顔立ちは平凡よ。お前はジュエルドラゴンの中では屈指の美形よ。女は美しい男が好きよ。お前なら見込みがあるわ! ユリジェンヌは面食いらしいじゃない? マリアンヌ男爵夫人なんて顔で男爵と結婚したもの」
「ありがとうございます。……それにしても、なぜ皇太子にだけ呪術が効かなかったのでしょうか?」
私は歯ぎしりした。
「分からない! せっかくお父さま以外のスープ皿に風邪の呪術を仕込んだのに! お兄さまだけ無事なのよ? 私は疑われないように風邪をひいて治った演技までしたっていうのに! とんだ無駄足だわ!」
「ところで、どうやって痕跡を残さずに呪術を仕組んだのですか?」
私はふっと笑った。
「楽勝よ。スープじゃなくて、皿に呪術を仕込んだの。だから、厨房の高度な毒味魔法にも引っ掛からなかったわ。皿を調べない無能共のおかげでね」
「流石、第二王女様です!」
アクアマリン卿はブラックな笑みを浮かべると拍手をした。だが、私の苛立ちは収まらなかった。
「私とお父さまだけでパーティーに出席して、家族思いの私だけを観客に印象付けようと思ったのに……。そもそもお兄さまになんて献上したくなかったから、体調不良にしてやろうとしたのに。シェルバ公爵と前座までされてとんだ誤算よ」
「ですが、なぜ皇太子には呪術が効かなかったのでしょう? やはりそこが気になります」
アクアマリン卿が青い顔で聞いてきたので、私は盛大なため息をついた。
「呪術は成功するかが不確定の魔法だからね。おそらく原因はそれよ。失敗したんだわ。でも、仕方ないわ……」
「なるほど……。やはり使い勝手が難しい魔法なんですね」
「ええ。でも、少しずつ呪術で体を蝕んでお兄さまを亡き者にしてやるわ。あいつがいなくなれば、残るのは、私を可愛がってる第三王子と気弱な第四王子だけよ。後継者の座は実績と寵愛のある私のものだわ!」
「素晴らしい! 呪術は元々、使用の痕跡が見つけづらい超高等魔術! 我々が日の目を見る日も近いでしょう!」
「私が竜王になったら、お前を公爵にしてやるわ。あなたの兄は失脚させてやりますからね」
私はアクアマリン卿と笑い合った。それは、暗くてどす黒い笑みだった。
◇◇◇
僕は皇太子から執務室に呼び出された。そして、労をねぎらわれた。
「今回もよくやってくれたね。エメラルド」
僕は笑顔で頷いた。役に立てた。これで僕はさらに重用されるだろう。
「光栄です。皇太子様。ナネブが『第二王女が風邪の呪術をスープ皿に仕込む』と教えてくれて助かりましたよ。」
皇太子はすっと目を細めた。
「ああ。皿に毒が塗られていないかは厨房で逐一調べているがね。皿に呪術を仕込むかなんて調べない。そんな呪術の使い方は盲点だったよ。今後は毒味の方法を改め、さらに念入りに警戒しよう」
「ええ……。それにしても、皿の入れ替えがばれずに済んで良かったです。元の皿からは、呪術の痕跡は見つかりましたか?」
皇太子は悔しそうに顔を歪めた。
「いいや。呪術の専門家に皿を鑑定に回したのに、証拠は見つからなかった。ムーンが一流の呪術師なのは間違いない! 時間をかけて私を呪い殺そうとするとはね!」
皇太子はイライラした顔で机を叩いた。品行方正な彼には珍しく、荒い所作だった。
「ナネブが教えてくれて良かったですよ」
「ああ。ナネブが『第二王女が皇太子を呪い殺そうとしている』と数年前に教えてくれなければ、私は未来で命の危機に瀕していただろうね。まったく。呪術の証拠がどこからも出てこない! 私の妹は大した奴だ」
「ひとまず、浄化のみそぎを毎晩して、呪術防御の薬は毎日飲みましょう。第二王女が皇太子様に呪いをかけ続ければ、お体から必ず証拠がでます」
「ああ。呪術に蝕まれずに、証拠を獲得するぞ! そしたら反逆罪で始末してやる」
僕と皇太子は頷き合った。そして、僕は思った。
――やれやれ。王妃様と第三王子と第四王子の皿も取り替えてやれば、三人は寝込まずに済んだのに。第二王女にばれるリスクを考えて必要最低限、自分の皿だけすり替えるとは。……やはり冷たい方だ。
僕はにやりと笑った。そんな皇太子が嫌いではないからだ。
「それにしても、エメラルドがバー・ゴスメーデから帰宅してすぐに、色炎の献上を教えてくれて助かったよ」
「ええ。第二王女は献上を仲介して、自分の実績にしようとしてましたからね」
「だから私も前座を用意したんだ。色炎の中で舞うシェルバは映えるだろうからねぇ。妹の前座なぞ、私の前座にしてやるわ。色炎は引き立て役だ」
「ええ。素晴らしかったです!」
皇太子は高笑いした。だが、僕は別のことが心配になった。
「皇太子様が、ユリジェンヌ侯爵令嬢に気があるのではないかという噂が広がってますよ。チェーザマリーからファーストダンスを奪ってしまいましたからね」
皇太子はふっと余裕ある笑みを浮かべた。
「すでに対策済みだ。皇太子は、わざわざ色炎を献上した令嬢を労いたかったと噂を流した。恋愛感情はないとね」
「流石です! ところで、なぜユリジェンヌ侯爵令嬢をダンスに誘ったので? チェーザマリーがすでに三曲予約済みだったではないですか?」
「未来のリト=ファル=ワルシャワ公爵夫人と仲良くなっておきたかったからね」
「……は?」
僕がきょとんとすると、皇太子はクスリと笑った。
「あれ? 気づいてない? チェーザマリーは少しだけユリジェンヌ侯爵令嬢に気があるみたいだ。見る目には自信があるんだよ」
「ええ!? チェーザマリーが恋? ……いや。皇太子様がそうおっしゃるなら当たってるかも。皇太子様の洞察眼は鋭いですから」
「愛される宰相の妻に自分を印象付けておいて損はないよ」
「そういうことか。……ところで、虹色の炎で楽しい夢は見られました?」
「ああ。二十人の兄を蹴落として竜王になる夢を見たよ。爽快だったね」
「皇太子様。楽しい夢の定義が黒すぎます。アハハハッ」
僕と皇太子は親しげに笑い合った。だが、急に皇太子が冷え切った顔をして言った。
「ムーンは私に色炎を届けに来た後、さっさと父上の寝室に行ったよ。銀色の炎の中で、朝まで二人で楽しくお喋りしたとか」
「第二王女自ら、色炎を寝室まで届けた理由はそれですか」
皇太子は舌打ちした。舌打ちにしては、妙に上品だった。
「まったく。父上の偏愛もいい加減にして欲しいな。だが、反逆の証拠さえつかめばムーンはあの世行きだ。虹色の炎なんてなくても安眠できる日は遠くないね」
僕と皇太子は声を上げて笑った。息のぴったり合った黒い笑いだった。




